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第16話

「アマネ、少しいいか……」


 病室の扉が開き、聞き慣れた声が聞こえてくる。礼司だ。大泣きしながら女子高校生にすがりつく妙齢の女性に、それを受け止め聖母のごとく撫でながら慰める自分の娘の姿を見て、礼司は気まずそうな顔をする。


「あー、取り込み中か。すまん、出直すよ」


「え? ぱ、パパ!? なんで……」


 礼司の後ろから東弥も出てくる。愛は気配を察知してすぐにアマネから離れ、居住まいを正した。その顔は羞恥で真っ赤に染まりきっている。


「あの、私部屋の外に出た方がいいですか?」


「ああ、出来ればそうしてくれると助かる」


「は、はい」


 愛は鼻をすすりながらそそくさと部屋を出て行った。アマネは二人を不思議そうに見つめる。


「パパ、はなぶくろくんも。どうしてここに」


「すまない。もっと重大なことが起きたんだ。落ち着いて聞いてほしい」


「重大なこと?」


 礼司の口調から鋭いものを感じ、アマネの顔が引き締まる。

 そして、その口から発せられた言葉に、その目は驚愕に見開かれた。


「雫山さんと屋永さんが、異界に攫われたかもしれない」












 放たれた言葉は鉛のように飲み下せずに喉に鎮座し、詰まって息が出来ない。嫌な予感が腹の底に渦巻く。視界が自分のものではないように感じる。嘘だと信じたかった。


「りん先輩と、米李ちゃんが……」


 やっとのことで紡ぎ出した言葉は、ただの鸚鵡返しだった。アマネの言葉に礼司は頷く。


「ああ、昨日から二人の連絡が途絶えている。組織が必死に捜索しているが、見つからない状態なんだ。そしてもう一つ悪いことがある。三番隊の基地が襲撃された」


「が、学校がってこと? クラスのみんなは!?」


  「あらかじめ全員帰らせておいてよかった。しかしその影響で国立始隊長、明杜隊員はじめ多くの人員が治療を受けている状態だ」


  東弥は悔しそうに俯いた。


  「花袋君は隊長に命令されてアマネを助けに行ったんだ。基地への攻撃はアマネたちを襲撃することへの布石だと判断して。結果的にアマネは助かった」


  「でも、先輩たちが……そんな……」


「おそらく、お前が捕まらなかった時のために、保険をかけられていたと見られている」


「……助けに行かなきゃ」


  アマネは呟き、ベッドから降りようとする。すぐに痛みが襲ってきた。


  「待て! そんな身体で無理したら……」


  「でも、りん先輩も米李ちゃんもいないんでしょ!? だったら私が行かなきゃ! 私が……!」


  一歩踏み出して、よろけてバランスを崩す。その身体を東弥が慌てて支えた。


  「……立松。落ち着け」


  「落ち着けるわけ……!」


  「大丈夫だ。まだお嬢と米李さんの生命反応は途絶えていない。隊長も明杜も他のみんなも生きてる。まだ手遅れじゃない。まずお前が落ち着け」


  「はぁ……はぁ……はぁ……」


  東弥に支えられて、ベッドに腰掛ける。高ぶっていた感情が徐々に収まっていった。


  「……ごめん。取り乱した」


  「分かってるならいい」


  「……ねぇ、パパ。お願いがあるんだ」


  「だめだ。許すことはできない」


  「いやだ。行く」


  「だめだ」


  「りん先輩と米李ちゃんを助けに行かせてよ!」


  「……許すわけにいかない。あいつらはお前を狙ってるんだから。そこにお前が行ったら向こうの思う壺だ」


  「でも……!」


  「それに、そんな身体で動けるわけないだろう」


  「……ハナちゃん」


  「それは俺のことか?」


  「一瞬で骨折を治す薬、ちょうだい」


  「……危険だぞ」


  「いいの。おねがい」


  「…………」


  東弥は上着のポケットからアンプルを取り出した。


  「待て。花袋君。やめろ」


  「パパ、お願い。行かせて。私のせいで連れていかれたなら、私が連れ戻しに行かなきゃ。先輩たちは私の大切な人たちだもん」


  「…………」


  礼司は眉間を揉んだ。


  「副司令。俺は立松の意思を尊重すべきだと思いますよ。お嬢と立松は本当に思い合ってる。それに、救出に行くメンバーは一人でも多い方がいいでしょう」


  「…………」


  「ど、どういうこと?」


  見れば、礼司はひどく疲れたような顔をしている。


  「……実は、今東京部隊は異界からの攻撃を受けている最中だ。現在も鳴海が指揮を執って戦っているんだ。だから雫山さんや屋永さんを、助けに行く余裕がないのが現状なんだ」


  「……そんな」


  「当初の予定では花袋君一人だけで救出作戦を行うしかなかった。異界の言葉がわかるアマネが行ってくれるなら、これ以上心強いことはない。だけど……」


  「行く。ハナちゃん!」


  手を伸ばしたアマネに、アンプルを手渡す。そのままキャップを取って首に突き刺した。


  「うっ……!」


  「アマネっ!」


  どくん。身体の急激な変化に耐えきれず蹲ったアマネに礼司が駆け寄る。アマネはそのまま震えて動かなかったが、やがて震えが収まり、アマネは顔を上げた。ベッドから降りる。


  「アマネ……」


  「私はたしかに護衛対象だよ。でも守られてばっかりじゃいられない。お願い。友達を助けたいの」


  「…………!」


  礼司は苦しそうに目を強くつむると、口を手で覆い考え込んだ。そして結論を出す。


  「……頼む」


  「うんっ!」


  「今は協会からの異界に行くルートは閉ざされている状態だ。悪いが異界に行く方法はアマネ頼みになる」


  「朝飯前だよ」


  「こっちもごたごたが終わったらすぐに駆けつける」


  「うん、待ってるね!」


  そう言い残し、アマネと東弥は病室から飛び出していった。




 








 


 


  「まずは着替えなきゃ。患者服のままじゃ外出れないよ」


  「あ、アマネさん!」


  「愛さん!」


  病室から飛び出ると愛が近寄ってくる。


  「あの……外の話聞こえてて。もしかしたら要るかなって思って服買っておきました」


  「わぁ! ありがとう! じゃあちょっと着替えてくるね!」


  そう言ってアマネはトイレに引っ込み、十分後装いを新たに変えて出てきた。


  「これ可愛いよ! ストリートファッションだね!」


  「はい。スポーティな方が動きやすいかなって思って」


  アマネが来ているのは、女性ダンサーが来ているような紫色のダボダボなシャツに黒いスウェット、そして履き心地の良い白いスニーカーだ。


  「よし、じゃあ今から路地裏に行こう!」


  「路地裏……?」


  「私が前に異界に行っちゃったところだよ」


  「アマネ!」


  声がした方を見れば、礼司が病院の玄関で手を振っている。


  「車だ! 早く!」


車に飛び乗ったアマネたち一行は、アマネが初めて異界に行ってしまった場所である路地裏の前まで来ていた。しかしもうそこに来て二十分が経過している。アマネは焦りを感じていた。


  「どうしよう……私、ダメなのかな……」


 「《────大丈夫。アマネちゃん。気を楽にして》」


「……え?」


 愛がアマネに近づき、肩に手を置く。顔をアマネに近づかせ、路地の方を指差す。


 「《想像して。ここじゃない世界のこと。そこの思い出を明確に心に描いて》」


 アマネの目を手で覆い、優しく囁きかける。アマネは無意識にそれに従った。


 「《大丈夫。落ち着いて。自分を信じて。あなたの大切なことでしょう?》」


 愛の言葉はなんの抵抗もなく心に入ってくる。染み込んでくる。

 そこに元からあったかのように。

 そこにあるべきかのように。


 「《あなたは繋げるの。2つの世界を。そう、強く信じて》」


 強く、信じた。


「ほら。もう目の前にある」


 愛が母親のように語りかける。

 目の覆いが払われた。

 眼前にはなんの変哲も無い、ただのビルとビルの隙間。


「うん、行ける」


 アマネは東弥を振り返った。


「ハナ、行くよ」


「行くって……」


 東弥は困惑する。目の前には変わらぬ隙間だけだからだ。


「はい」


 アマネは手を差し出した。


「握って。目ぇつぶって。あとは任せて。良い?」


「……ああ」


 東弥は少しの逡巡の後、目をつぶってアマネの手を握った。自分より全然大きい男の手。少しドキドキした。

 後ろをちらりと見れば、何が起こってるか分かっていない父親がやけにぼやけて見えた。

 小さく手を振っている愛がやけに鮮明に見えた。


「……いってくる、ね。愛さん」


「いってらっしゃい。気をつけてね」


 親子みたいだ。心がたったそれだけで満たされた。

 アマネは、一歩を踏み出した。















 礼司は、急に消えていったアマネたちを呆然を見ていた。


「い、行ったのか? 今ので」


 思わず呟く。それほどあっけなく、何が起こっているのか分からなかった。何度か異界に行ったことのある礼司も、これほど何事もなく異界に行く手段があるとは思えなかったからだ。通常は装置を使い、いくつもの観測をしながら大仰に行うもののはずだった・


「しかし、アマネはさっきから、なんで独り言を……?」















「『愛さん』って……誰だ?」

 


 


 

 


 


 


 


 



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