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第14話

 六限の授業が終わり、帰りの支度をする。今は担任の先生に呼び出された凛を待っている最中だ。


  「お待たせしました」


  「ううん。何言われたの?」


  「この後話し合いがあって。アマネさんも連れてくるように言われました」


  「げ。なんかやったかな。もしかしてほんとに髪の毛まずかったとかかな」


  「あなたの護衛に関することです」


  凛が硬い声色で言う。友達としてではなく、秘密組織の構成員としての声だった。


  「……なんで、そのことが学校で?」


  「来てください」


  アマネは先を行く凛に付いて行く。しばらく着いて行くと、講堂にある舞台、その後ろにあるカーテンの裏に案内された。


  「ここです」


  暗い通路にさしかかる。センサーが反応し電灯がつく。白い壁と通路が現れた。凛はそのまま進んで行き、ひとつだけポツンとある扉、その隣の壁に手を当てる。


  「あ、このことは他言無用でお願いしますよ。カモフラージュのためのものなので」


  「は、はい」


  思わず敬語になってしまう。

 凛が手を当てた場所から、手のひらを舐めるように、緑色の光が現れた。扉の鍵が開く音が聞こえる。


  「入って」


 言う通りアマネが部屋に入り最初に目についたのは、大きなモニター、会議室で使われるような綺麗な長机、黒いオフィスチェア、そしてその周りを囲んでいるガラス製の壁と、その先にいる無数のオペレーターと情報機器だった。


「……CTUみたい」


 目の前の光景がいかにも海外ドラマの世界に見えて、側にいる凛の存在も忘れアマネは呆然と呟いた。向こうにある映画館にあるくらい大きいモニターに映し出されているのは、なにやら気象図のようなものや世界中のニュース映像。さらにアマネが見たこともないような風景が映し出されているものもある。


  「立松さん、来たね」


  聞こえてきた声にアマネは振り返った。アマネのクラスの担任である、国立始が立っている。


  「は、始先生……?」


  「そうだけど、今はそうじゃない。まぁ、とりあえず座って」


  始に促され、アマネはそばにあった椅子に座る。長机の角だ。始は下座の所に腰掛けた。


  「先生も、『協会』のメンバー、なんですよね」


  「そうだよ。三番隊を任されている。雫山さんや花袋くんの直属の上司に当たるんだ」


  「学校に、こんな……」


  「この学校は我々協会によって運営されている。通ってる生徒の大半は僕たち協会メンバーの関係者か、または異界の工作によって家族を亡くしてしまった人たちだ……君をここに呼んだのは他でもない、君の警護についてだ。立松さん」


  「……りん先輩だけじゃないんですか?」


  「雫山さんだけじゃ心もとない。別に雫山さんが実力不足って言ってるわけじゃなくて、雫山さん一人だとつい先日のように大部隊で来られた場合対処できない可能性があるから」


  「……私って、そこまで守られなきゃいけない存在、なんですよね。きっと」


  「少なくともこの間の襲撃は君を狙っていた。君は異界側にとってわざわざこの世界に来てまでも欲しい存在なんだろうね」


  「…………」


  アマネは押し黙ってしまった。その姿を見て、始は安心させるように笑いかける。


  「不安なのは分かるけど心配しないで。事態が落ち着くまで、僕ら三番隊が全力をあげて君を守るよ」


  「……ありがとうございます」


  「さて、じゃあ肝心の話だけど……現在立松さんの護衛についている雫山隊員に加え、班員である花袋東弥隊員、明杜春人隊員、屋永米李隊員を新たに護衛班に加える。入って来て」


  「え? 明杜春人って……」


  始の合図で、呼ばれた三人が部屋に入ってくる。アマネは信じられないような視線で春人と米李を見つめていた。


  「は、春人くん……?」


  「はい、先輩。今朝ぶりです」


  「米李ちゃんも……?」


  「えへへ、なんか試験免除になって部隊所属になったんだぁ」


  「は、はなくんも……?」


  「……誰のことか分からないが、そうだよ」


  「腕の怪我は……?」


  「もう治った」


  「う、嘘だよ。朝はギブスしてたのに」


  「強制的に治す薬打ったから治ったんだよ。いいから隊長の話を聞いてくれ」


  アマネはまだまだ聞き足りないような顔をして、始に向き直った。


  「今回花袋君には少し酷なことをしたと思うけど、でも立松さんに近しい人を集めたかったんだ。屋永さんも実力なら正式な隊員と遜色ないし、明杜君はもちろん雫山さんも優秀だ。これからは学校では僕と雫山さん、明杜君。家では雫山さんと屋永さん、そして花袋君という構成で行きたいと思う。いいね?」


  「は、はい。大丈夫です」


  「あとはこれ。副司令から」


  「お父さんから?」


  始はポケットから手のひら大のケースをアマネに渡す。


  「これは最終手段用だ。本当に危なくなる時まで開けないで欲しい」


  「最終手段?」


「もしなんらかの異常があって、もし僕たちが全員君の側に居なくて、協会の保護も頼れなくなった時、君自身で自分を守ってもらうしかなくなる。その時はこれを起動して欲しい。そんな状況にはなって欲しくないけど」


「……起動したらどうなるんです?」


「戦えるようになる」


「…………」


「君の情報は聞いてるよ。異界でノウナと交流し、友好関係を築いたと。しかし全員が全員君に友好的なわけじゃない。言葉が通じるからこそ、敵対することも、理解が得られないこともあり得る。」


「……分かってます」


 アマネはあの力の事をまだ認識していなかった。門が開いた時、ノウナの身体を操ったあの力のことを。あの瞬間はどこか夢心地で、アマネ自身も、自分が飛び降りる直前と直後の数秒間がすっぽり頭から抜け落ちているせいでなぜ自分が助かったかイマイチ把握していない。

 だから“戦う”という言葉に、抵抗と違和感を覚えるだけだった。自分が異界に対して介入できるとは思っていなかったから。


「じゃあ、今日伝えたいことは以上だ。そっちから質問は?」


「……ないです」


「それでは、今日は解散する。僕はこのまま残るけど、立松さんは帰って構わないよ。護衛されるのと同じくらい、日常を送ることは大事なことだから」


「分かりました。ありがとうございます、先生」


「こんな時まで先生と呼んでくれて嬉しいよ。じゃあ、雫山さん、屋永さん。彼女のこと、よろしく頼むよ。花袋君と明杜くんは少し残って欲しい」


「了解しました」


「は、はい」


 アマネは凛と米李に連れられ、三番隊基地を後にした。


「……それで、報告とはなんだったかな」


「はい、先の襲撃の実行犯が判明しました。おそらく、クオン國の特A級ノウナであると思われます」


 東弥が一歩前へ出て、手にした端末を見ながら報告する。


「クオン國の特A級というと、『オオトカゲ』のことかな」


「はい。尖兵として送られた分身から見ても間違いないと思われます。そして乗っていたのははおそらくですが、特A級の『マンタ』です」


「『マンタ』……実在したんだね。一度しか記録されなかった幻の個体だ。戦闘には参加しなかったんだろ」


「はい、宙を漂うだけでした」


「実際に対峙してみてどうだった?」


「……厄介ですよ。もし仮説通りの相手なら、少なくとも十数人は居ないと太刀打ちできない。あの時は立松が居たから戦わずに済んだんだと思います」


「……僕からも一つよろしいですか」


 春人が小さく手を挙げた。


「なんだい」


「クオン國の『トカゲ』は向こうの、言わば大将ですよね。人間界にわざわざ自分で来るような立場じゃないはず。でも来た。ってことは、立松先輩が向こうにとってとてつもなく重要な存在ってことですよね」


「あるいは極秘任務だったのかもしれない。大規模の軍を動かせるにも関わらずたったの二体でしか来なかったってことは、クオン國で立松さんを攫うべき、と考えた一派が無理やり行動に出たのかも」


「なら、次はどんな行動に出るか分からない。最悪の場合に備えるべきです」


「……おい、それ以上言うな」


 春人の言葉を予期し、東弥が諌めようとする。


「先輩に日常生活を遅らせるのはあまりに不用心だ。ほとぼりが冷めるまで万全のセキュリティーがある場所に居てもらった方がいい」


「これは司令と副司令直々の命令だ。君の言うことも分かるけど、今回は従ってくれ」


「襲ってくるのを待てと言うんですか」


「そういうことじゃ────」


 春人の言葉に反論しようとしたその時、地響きが伝わってくる。


「…………戦闘準備」


 東弥と春人はすぐさまナイフを取り出し、血司武器を出す。東弥は刀。そして春人は二丁の拳銃だ。始は備え付けられているマイクで基地全体に声を飛ばす。


「学校に人は!?」


『全員退避させています!』


 通信機からオペレーターの一人の返事が来る。


「よし、本部に連絡を! 何かが来て────」


 凄まじい音とともに、天井が崩れ落ちた。








 


  帰り道。基地に敵が襲来する少し前。アマネは凛と米李とともにのんびりと帰っていた。

 外はもうすっかり暗くなり始めて、十月の終わりということをどうしようもなく感じさせた。

  アマネは暗い顔で呟いた。


  「センターまでもう百日切ってんの、信じらんないよね……」


  「そうですね」


  重い表情のアマネの言葉を、凛は飄々と返す。米李がおずおずとアマネを見た。


  「じゅ、受験勉強大変なんだ」


  「大変ってもんじゃないよ。たまに死にたくなるね」


  「そ、そうなの?」


  「うん、特に自分と同じ志望校の人が、自分には分かんなかった問題簡単だって言ってる時とか。もう殴られたみたいになるもん」


  「うわぁ……」


  米李は同情するようにアマネの側に寄る。


  「そう考えると、米李ちゃんすごいなー。だってもう大学卒業扱いなんでしょ?」


  「う、うん」


  「今更言っても仕方ないけどさ、もう少し頭良かったらなって思ったりするんだよね。でもそん時だけは後悔するんだけど、結局まぁいいやってなっちゃうんだよなー」


  「それで私に毎回愚痴って来るんですよね」


  「ちょっ、しー! しー!」


  米李にばれたくないのか、口元に人差し指を当てる。


  「今までこういう話題避けてたけどさ、りん先輩って、大学受験するの?」


  アマネは恐る恐る尋ねる。受験生同士にとってこういう話題は限りなく地雷に近いからだ。今更こんなことを言ったところで凛との仲がこじれるとも思えないが、受験生はとてもナーバスなのだ。

  そのアマネの不安とは裏腹に、凛はあっさりと言い放った。


  「受けませんね」


  「やっぱりぃー」


  アマネは歩きながら脱力する。


  「この仕事もあるし、ある程度落ち着くまでは、私は身を尽くすつもりですよ。せっかく選ばれたこともあるしっていうか」


  「選ばれた?」


  「協会の戦闘員になれるのはほんのわずかしかいないんですよ。そもそもスカウト制だし、訓練生として選ばれても訓練で見込みなしと脱落すれば記憶を消される。なかなか厳しいんですよ」


  「へー。じゃあ訓練生からいきなり戦闘員になった米李ちゃんってすっごいんだね」


  「あとは……お給料がいいんです」


  「お給料?」


  「はい。私は親が預かってますけど、だいたい月に……」


  アマネに耳打ちされた金額は、飛び上がるほど高額だ。普通に働くよりよっぽどお得に映るかもしれない。


  「そ、そんなに……!?」


  「はい、だから……。…………」


  凛が辺りを見渡す。途端に焦りで顔がこわばったのが分かった。アマネのそれを見て、嫌な予感がせり上がってくる。


  「……米李は?」


  「……え!?」


  アマネも急いで振り返る。自分たちの後ろを歩いていたはずの米李が、いない。


  「ど、どういうこと? たしかにいたはずなのに……」


  そこで、気づいてしまった。

  人通りが多かったはずの大通り、自分の周りを歩いていたはずの人びともいないことに。

  通行人も、車も、聞こえていたはずの喧騒まで。

  全て、何も、無い。


  「な、なんで……これって……」


  となりの凛の袖を掴む────はずだった。


  「りん、先輩……?」


  手は虚空をすり抜け、何も掴まない。そこにあるはずの温もりは無かった。

 凛も居なくなってしまった。

  もう、周りには誰も居ない。


  「な、なにこれ……」


  人で溢れかえっているはずの場所に。誰もいない。

  いつしか日は落ち、電灯が街を照らし始めた。

  夜の中、アマネ以外、誰も存在しない。


  「……やだ、よ」


  無意識のうちに、抱きしめるように二の腕を掴む。得体の知れない恐怖に震えが止まらない。身体の竦みが収まらない。

  生気のない、血の通わないただのコンクリートの世界が漠然と目の前に広がっている。

  アマネはどうしようもなく、道路の上に立ち尽くした。


  「…………」


  震えが止まらない。一人ぼっちなんて、異界に行ってしまった時と同じだというのに。

 どうして、こんなにも不安と恐怖が心を支配するのか。

 

  ────いやだ、いやだ、ひとりはいやだ。


  涙が出てきた。

  どうやら恐怖という名の暗闇に対して、ニンゲンは灯を持たないようだ。

  無力で、うずくまって、泣いて耐えるしかない。


  「………………わたし、よわいじゃん」


  ぼそり、呟く。

  極限の精神状態の最中、自分の中の真実を見つけてしまった気がした。

 あんなに大きなこと言って、私が二つの世界の橋になれたら、なんて。


  「バカみたいだ」


  わたしはひとりだ。

  だれもたすけにこないんだ。

  ここで────

 









 悲鳴が、轟く。


「────っ」


  顔を上げ、声の方に一心不乱に走り出した。

 迷いはない。ただ、身体が動いた。

 暗闇をただ進む。

 先へ進むその意思こそが、アマネの灯だった。

 ひとりの女性と、彼女に剣を突き立てようとする、男。それに向かって、腹の底から、叫ぶ。


  「やめて!!」


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