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第13話

「起きて、アマネさん。もう七時ですよ」


  暖かな陽光が窓から燦々と降り注ぎ、部屋を明るく照らしている。アマネは布団の中で、心地良い温みを堪能していた。


  「ほら、起きてってば。学校遅刻しますよ?」


  「んんー……もうちょっと……」


  アマネの身体を何度も揺する凛に、アマネはもぞもぞと布団に潜り込むことによってもどかしい抵抗をする。


  「ダメです。さ、もう起きて。起きないと朝ごはん食べ逃しますよ」


  無理やり布団を剥ぎ取られ、仕方なく目を開ける。まだしぱしぱする目を擦り、視界がゆっくりと鮮明になっていく。凛がこちらを覗き込んでいるのが見えた。


  「ぉはよ……」


  「ほら、立って。制服とか出しておくから、その間に顔洗って来てください。洗面所の場所わかりますか?」


  「わかるよー……せんぱいはー……?」


  「私もまだです。一緒に食べましょ?」


  布団から這い出て眠い目を擦りながら洗面所に向かう。


  「あ、おはよう」


  「おはよー……」


  すれ違った男性に挨拶される。花袋東弥だ。


  「…………。……え、はなぶくろ……えっ、なんで!?」


  「おおっ」


 急に覚醒し大声を発したアマネを、東弥が心配そうに見る。


  「な、なんだ?」


  「なんでここにいるの!? ……って、そういや、そっか」


  「……なんなんだ」


  二つの世界について知ることができた話し合いが行われたのはつい昨日のことだ。その後アマネは警護の観点からしばらく雫山家に居候させてもらうことになった。寝泊まりは凛の部屋で、朝ごはんは組員のみんなと食べるというのがこの雫山家のルールらしく、アマネもそれに従わなければならない。


  「完全に忘れてた」


  「大丈夫かよ。おい、洗面所の場所わかるか?」


  「うん、わかるよ……あ」


  寝起きの頭が次第に冴えて、目の前の異変が鮮明になった。目の前にいる東弥の右腕にはギブスが嵌められ、首から三角巾を下げている。


  「それ……」


  アマネがおずおずそれを指差すと、東弥は少々気まずそうに顔をしかめた。


  「なんでもない。すぐ治るやつだから」


  「………私のせいだ」


  「違う」


  顔が曇ったアマネをすぐさま東弥は否定する。


  「それは違う。お前のせいじゃない。その……これは俺たちの仕事だ。だから、慣れてる」


  「……ありがとう」


  どうやら口下手らしい東弥が懸命にアマネを励ます。その姿にアマネはいつしか笑みがこぼれた。素直に感謝を伝える。


  「じゃあ、俺は行くから。また朝飯ん時に会おう」


  「うん」


  東弥を見送り、洗面所に行く。雫山邸の洗面所は高級ホテルのように設えている。大きな鏡に金色の蛇口、大理石の台。なかなか気持ちが落ち着かない。傷つけたらどうしよう……とビクビクしながら顔を洗う。いつまで経ってもこの洗面所には慣れない。


  「ふつーに家の中に男の人いるの変な感じ。家にはほとんど一人だったからなぁ」


  しかし、見たこともないような高級洗顔料で顔を洗えるのは、今苦労している自分へのせめてものご褒美かもしれない。


  ────こ、これは……! 肌に泡が吸い付く! さすがサボン!


  洗った後の肌の光沢が、心なしかいつもと違い、より滑らかになった気がする。凛のあの輝く肌の秘訣がわかった気がした。


  「な、なんて贅沢な……」


  「アマネさーん、ごはんですよ。行きましょ?」


  「ほんと?」


  凛に呼ばれ、鼻をくんくんさせると、たしかに美味しそうな匂いが漂ってくる。一緒に食堂に行くと、そこには東弥を含めた雫山邸に現在出入りしている者全員、それに凛の両親が揃っていた。


  「お、こっちだ、こっち!」


  いかつい顔のスーツを着たおじさんが顔に満面の笑みを浮かべて凛たちを手招きする。そのはしゃぎように、凛は若干引き気味に口をひきつらせる。


  「もう、お父さんったら……」


  「君がアマネちゃんか、可愛いじゃないか! ええ? 昨日は大変だったろうに会えなくてすまんかった」


  二人が席に着くと、凛の父親はすぐさま喋りだす。


  「雫山武人。凛の父親や。よろしゅう」


  「よ、よろしくお願いします」


  差し伸べられた手を握ると、あまりの厚さと大きさに手が上手く握れない。その屈託のない笑顔に少し面食らうが、嫌な気分はしない。しかし凛は気が気でないようだ。


  「もう、お父さん、食事中に行儀悪いよ」


  「なんだ、アマネちゃん取られて嫉妬か?」


  「なに言ってんの? そんなわけないじゃん」


  そう言いつつ、凛の顔は少しだけ不機嫌そうだ。初めて見る凛の年相応の様子を、アマネは物珍しそうに見つめる。


  「はい、アマネちゃん、ごはん」


  「あ、ありがとうございます」


  凛の母、音乃が茶碗をよそってくれる。そして次々と鮭や味噌汁、スクランブルエッグが運ばれてくる。どれもシンプルだが、美味しそうに照り付いている。生唾が止まらない。


  「じゃんじゃん食べてね。お代わりしてくれてもいいから」


  「ありがとうございます!」


  お言葉に甘えて行儀よく、しかし勢い良く食べる。朝が弱いせいであまり朝食を食べる時間が取れないが、もともとアマネはかなり食べる方だ。朝あまり食べないせいか、学食のメニューはいつも大盛りになる。


  「おいしい!」


  思わず叫ぶと、厨房を仕切っている音乃は嬉しそうに顔を綻ばせる。


  「ありがとう。そう言ってもらえると作りがいがあるわ。この人たちは味に慣れたのか知らないけど、最近あまり感想を言ってくれないから」


  ちらり、とわざとらしく組員たちの方を見ると、組員は一斉に「美味しいです!」「奥さんの料理は天下一です!」「もう奥さんのメシじゃねぇと生きていけねぇ!」と口々に言う。特に東弥は大声だった。


  「あの、武人さんと音乃さんも、パ……お父さんの幼馴染なんですよね」


  「……こんな若い子に名前読んでもらえるなんて‥‥‥」


  感極まり一瞬調子に乗った武人を、凛と音乃が鋭く睨みつける。


  「冗談冗談。そう、礼司と鳴海とはもう何年か…四十年くらいの仲だなぁ」


  「そんなに……」


  「もともと住んでたところが近かったし、小学校から大学まで一緒だったからな。ま、腐れ縁ってやつさ」


  「でも、音乃さんもそうだって」


  「音乃は中学からの知り合いだ。たまたま同じクラスになって、それで仲良くなった感じだな。しっかし強い女だよ、コイツァ。なんせこんなヤクザの倅と一緒になるっつたんだからな」


  「そうなんですか?」


  「もともとうちの両親は駆け落ち婚なんです」


  「え、そうなの!?」


  凛の補足にアマネは驚く。


  「ああ。元から婚約者がいて、でもそいつとの結婚は嫌だって言ったら勘当されてな。そんときゃ礼司も鳴海も魁斗も協力してくれてなぁ。しばらくはやーもんとは無縁の暮らしだったさ」


  「魁斗さんって、亡くなったっていう……」


  「あいつはいい奴だった。あそこで死んでいい男じゃなかったよ。俺らがこんな組織作ったのぁ、あいつへの弔い合戦のつもりだ。少なくとも、おれぁね」


  「お父さんは副司令で久世さんが司令官で……」


  「俺は特別顧問って奴だが、ま、名前だけだよ。あとは発足当初はうちの人員のほとんどを貸してやったくらいか……だから、うちのもんはみんな協会に所属してるんだ。あん時は人員不足が深刻でな」


  「いまは世界中に支部があるって聞きました」


  「よく増えたもんだよ。でも人員が増えて金が増えたのも、それが結局『向こう』との戦争の被害が増えたおかげなんだから、どうかと思うがな。その戦争止めるためになんとかやってるんだが」


  わかんねぇもんだな、と武人は勢いよく朝食をかきこみ、手を合わせた。


  「ごちそうさん! 朝から景気の悪い話してすまなかったな。しばらくの間だが、自分の家だと思って、寛いでくれ。今日も帰りは遅いが、まあ気にせず好き勝手やってくれ。お前ら! たんまりもてなせよ!」


  「はい! 親父!」


「じゃあな、アマネちゃん。これからも苦労するだろうが、うちもできる限りサポートするよ。頑張れよっ」


  「は、はい」


  勢いに押されながらも返事を返したアマネに笑みを向け、武人は去っていった。






























  「すごかったね。りん先輩のお父さん。めっちゃパワフル」


「ほんと、お恥ずかしい……。そういえば今まで会ったことなかったですもんね」


  「駆け落ちかぁ。ちょっと憧れちゃうな」


  「まぁ、女の子の憧れではありますね」


  「どこかに私を攫ってくれる王子様はいないかしら」


  「アマネさん……」


  どこかかわいそうな目を向けてくる。


  「ちょっとぉ、いいじゃない夢くらい見たってぇ」


  洗面所で髪を整えながら、凛に向かって茶目っ気たっぷりにウィンクする。

  ドライヤーで前髪を左右から乾かし根元をラフドライ。次に後ろから少しずつ乾かし全体を整える。そうすることで髪に段ができ、黒髪でも重い印象になりにくい。あとは軽くヘアバター、ワックスを塗って馴染ませると柔らかく、“ふわり”とした感じになる。即席でも充分映える見た目だ。


  「うし、完成」


  鏡を見て満足げにするアマネを見て、凛が呆れたような声を出す。


  「相変わらず髪に対する執着がすごいですね」


  「女の美しさの六割は髪! たとえどんな状況でも、女はキレイを追求しなきゃ。これが私の人生哲学」


  「本当に尊敬します。ちなみに他の四割は?」


  「お砂糖とスパイス」


 自分の髪型を凝りに凝るアマネ。一方凛はドライヤーで乾かし手櫛で整えるだけだ。


  「もうっ! 凛先輩はせっかくそんな美人で髪もキレイなのに、オシャレしないなんて勿体無いよ!」


  「そういうのは馴染みがなくて。最低限のことができればそれで」


  「惜しいなぁ、今……は時間ないか。次時間あるときには、絶対私がいじるからね!」


  「もう。好きにしてください」


  洗面所から出て、カバンを担ぐ。そろそろ家からでなければ遅刻してしまう。


  「なんか、ふつうに学校行くなんて変な感じ」


  「まだ学生なんですから、学生の本分を忘れちゃいけませんよ」


  「はーい。……あれ?」


  見ると、廊下の奥の方からのそのそと歩いてくる少女が見える。


  「米李(めい)ちゃん!」


  米李、と呼ばれたボサボサのプリン頭の少女は、いかにも今起きてきました、というように目をこすっている。


  「……え? アマネちゃん? なんで……」


  のそのそとこちらに近づいてくる。それをアマネは受け止めるように抱きしめた。


  「米李ちゃーん! 久しぶり! おはよう! 今までどこいってたの?」


  「自分の部屋……昨日合宿から帰ってきてそのまま寝てたから」


  「合宿?」


「アマネちゃん、いつからいたの?」


  「ああ、昨日の昼過ぎくらいだよ。一応部屋には行ったんだけど反応無くて。今日帰ってきたら挨拶しよっかなって思ったんだ」


  「ごめんね、寝てた」


  「いいのいいの」


  抱きしめられた米李は少し照れ臭そうにしている。

  屋永(おくなが)米李。彼女は凛の義理の妹だ。その昔、門の前に捨てられた赤子を凛の両親が引き取って育てたらしい。一般的な日本の学校システムに適応できなかった彼女は、現在は学校に通っていない。いわゆる不登校だ。それと同時に、彼女は学校教育が追いつかないほどの頭脳を誇り、すでに秘密裏にだが(雫山家の権力を使い)日本の某超有名大学を特別に受験し、見事合格、卒業したことになっている。ありきたりな設定のようにも聞こえるかもしれないが。

  そして今は同人ゲームを製作し、同人ゲーム界始まって以来の記録的ヒットを達成したらしい。

  ちなみになぜプリン頭なのかは、『ぐれたかったから』らしい。しかしそんな容姿をしていても、流石にこの家の娘らしく、礼儀作法はしっかりしている。少し人見知りなだけなのだ。


「……昨日ってことは、そっか。一昨日のことで巻き込まれずに済んだんだね。よかった」


「……アマネさん、その伝えなきゃいけないことが」


  「ふふふ、アマネちゃーん。ふふふふふ」


  米李はアマネの胸に顔を埋め、安心しきったように笑う。米李とアマネの出会いは一年前、アマネが屋敷内で迷い、米李の部屋に間違って入ってしまったことに端を発する。それから米李はアマネにすこぶる懐き、アマネも米李のことを妹のように可愛がっている。


  「その、米李のことなんですが」


  「ねぇ、アマネちゃん。今日もウチにいるの? 遊ぼうよ」


  「……米李?」


  「ひっ……」


  アマネの後ろから地の底から這い出たような恐ろしい声が聞こえる。アマネの腕の中で米李は縮こまった。


  「ちょっと静かにして。あなた聞いてないの?」


  「な、何を?」


  「……もしかして何も見えてなかったの?」


  「え? 何、どういうこと? 私ほんとに昨日の記憶なくて」


  「……アマネさん。その、この子も一応組織の戦闘員なんです」


  「……だよね。なんとなく分かってた」


  米李は心底驚いた顔をする。


  「言っ、言っていいの?」


  「すぐ連絡を確認しなさい」


  米李は密着していたアマネから少し離れ、ポケットからスマホを取り出す。画面を追う米李の目がだんだん見開かれていった。


「ア、アマネちゃん……だ、大丈夫だったの? 怪我は!?」

 

  「大丈夫だよ。どっちかっていうとりん先輩とかはなぶ……東弥くんの方が」


  「東弥くんも? ……そっか」


  「米李は九州まで戦闘訓練に行ってたんです。一週間の合宿で。訓練中は電子機器没収なんで、連絡が行き渡らなかったみたいですね」


  「うん……ごめんね。私も駆けつけたかった」


  「無茶言わないの。あなたはまだ試験に合格してないでしょ」


  「試験?」


  アマネが尋ねると、凛は「はい」と頷いた。


  「正式な構成員として認められるにはいくつか試験に合格しないといけないんです。一種の国家試験みたいな感じなんですけど」


  「そう言うおねぇちゃんだってまだ一年目のくせに」


  「はいはいそうですねー」


  「ムキー!」


  「ははは……って、やばいよ先輩!」


  何気なくスマホを見れば、もうすぐにでも家をでなければ遅刻してしまう時間になっていた。


  「え、もうそんな時間ですか?」


  「うん、行かなきゃまずいよ。ごめんね、米李ちゃん、また後で!」


  「ばいばーい」


  米李に手を振り返し、玄関から屋敷を出る。

 よし、行こう。意気込んで、その時目に飛び込んできたのは────異界からの怪物によって半壊した屋敷の一部だった。


  「………………」


  目が釘付けになる。一昨日の出来事がまだ瞼に焼きついていて、震えが蘇ってきた。


  「アマネさん」


  肩に手が乗る。凛の手だ。


  「……せんぱい」


  「行きましょ? 遅刻しますよ」


  「……うん」


  「大丈夫ですよ。私がいますから」


  「ありがとう」


  凛はアマネの手を握り、導くように屋敷の門をくぐった。

























  「なんとか、間に合ったぁー」


  校門の前で乱れた息を整える。髪の毛を崩さない程度に全力で走ったのが中々にこたえた。対象的に、凛は全く息を切らしていない。


  「結構余裕でしたね」


  「ま、まあ、着いてみれば、ね……」


  「────言ってるうちに始業まであと10分ですよ、先輩」


  そう言いながら近づいてくる男子生徒がいる。アマネはそれに気づくと大きく手を振った。


  「春人くん! 今日当番だっけ」


  「ええ。先輩、これ以上そんな校則違反ギリギリの髪してきたら、また呼び出されますよ」


  アマネに忠告しているのは、明杜春人。高校二年生で、アマネたちの後輩にあたる。風紀委員会に所属している春人は、週に一回、こうして校門の前に立ち生徒の遅刻欠席や身だしなみのチェックをつけている。


  「ごめんごめん、これも受験勉強の息抜きだからさ。見逃して、ね、ね?」


  わざとらしく春人に擦り寄る。春人は嫌そうに顔をしかめた。


  「はいはい、俺に色仕掛けは通じませんよ。さあ入った入った」


  「ちぇー。行こっ、りん先輩。またね、春人くん」


  「はい、また」


  凛は春人を見つめている。春人は凛のその視線に頷き返す。


  「どしたの? 先輩、春人くんに何かようだった?」


  「いえいえ、ほら、早く行きましょう?」


  下駄箱につき、靴を履き替える。二人の話題はいつしか春人についてのことになっていた。


  「あんな風紀委員! って感じでもね、春人くんだって休日じゃピアス空けてるんだから」


  「あら、休日に一緒に出かけたんですか?」


  「ち、ちがうよぉ。たまたま会っただけ。でもその時にすっごいかわいい子がいてね? クール系なんだけど、春人くんと全然似てなくて。その子彼女? って聞いたら顔真っ赤にしてお兄ちゃんのスネ蹴っちゃってさ。あ、結局妹ちゃんだったんだけど。可愛かったなぁー」


  「妹さんいたんですね。会ってみたいです」


  「その時に気づいちゃったんだけど、あの二人同じペンダントつけてて。仲よさそうで羨ましかったな。ほら、私一人っ子だから」


  「そうですか? 兄弟姉妹がいるとタイヘンなんですよ」


「米李ちゃん、タイヘンなの?」


  「ええ。ちっちゃい頃は泣き虫だったし。まあ、今もですけど。頭がいいのに子供っぽいし。そこがいいところですけどね。でも最近はお姉ちゃん離れしてきて少し寂しいです」


「先輩がイギリスに留学してる頃は大変だっただろうな」


  「一週間どこに行くにも付いてきましたよ」


  「かわいいなー。私も妹欲しいなー」


  「アマネさんがお姉ちゃん……」


  凛は少し考えるそぶりを見せると、アマネを見つめてニヤニヤし始めた。


  「な、なによぉ」


  「いやあ、アマネさんがお姉ちゃんって……ふふ、ちょっと似合わなくて……。アマネさんが妹って感じだから」


  笑いをこらえきれず吹き出している。それを見てアマネは地団駄を踏んだ。


  「も、もう! 先輩なんか知らない!」


  「ああ、ごめんごめん、許してください」


  「やーだねっ」


  そうこうしているうちに三年生の自分たちの教室に着く。それと同時に始業のチャイムが鳴った。


  「こら、席につきなさい。チャイム鳴ったぞ」


  「あ、始先生」


  注意してきたのはアマネたちのクラスの担任である国立始、二十六歳。まだ若いながら、分かりやすい授業と物腰の柔らかさと、どことなく逆らえない迫力が同居していることから生徒からの人気が高い先生で、担当は国語だ。


  「立松さん、それ校則違反じゃないの?」


  「髪っすか? 風紀委員にチェックしてもらったんで問題なしでーす」


  「アマネさんはこういう時は抜群に頭が回りますからね」


  「もう、先輩ったら」


  「はいはい、席席。朝礼さっさと終わらせないといけないでしょ」


  「はーい」


  朝礼が終わると、一限目は英語なので移動授業となる。荷物をまとめ、凛と一緒に授業が行われる教室に行く。


  「そういえば今日アマネさんが当てられてましたけど、予習やってきました?」


  「……やっべ」


  そう言ってアマネは青ざめた。正直予習などやってる余裕などなかったが仕方ない。大人しく次の授業で恥をかくことにした。

  束の間の日常。たったの一日ぶりのことなのに随分久しぶりに感じた。

  これが本当に束の間だったことを、アマネは予期していなかった。


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