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第12話

  「二番隊、雫山凛。立松アマネをお連れしました」


  「ご苦労。入ってくれ」


  扉の向こうから許可が届く。凛は扉を開け、アマネの入室を促した。


  「やぁ、十一時間半ぶりだ」


  部屋の真ん中にある、皮の長ソファ。その上に座るのは東京部隊の久世鳴海司令官と、アマネの父親である立松礼司副司令だ。鳴海はにこやかな笑みを浮かべているが、礼司の方は心なしか表情が暗い。


  「ど、どうも」


  「座ってくれ。雫山隊員も」


  言う通り、示されたソファに腰を下ろす。アマネと凛、鳴海と礼司が向かい合う形になる。


  「まずは、当人の許可なく異界に関しての記憶を操作したことを謝罪する。君を守るためとはいえ、申し訳ないことをした」


  「……はい」


  「そして、今回の件。君を危険に晒したことについては、作戦を指揮した私に全ての非がある。すまなかった」


  鳴海は膝に手をついて頭を下げる。アマネは首を振った。


  「……謝らないでください。私より、もっと痛い思いをした人が、たくさんいると思うから」


  「……感謝する」


  「アマネ。それで、昨日の件だが────」


  「ごめん、パパ。その前に……」


  アマネは鳴海をまっすぐ見つめる。


  「異界について、知りたいんです」


  「…………」


  「私は、異界の人とはまだ二人にしか会ったことないし、言った場所もごく一部でしかない。もっと彼らのことを知りたいんです」


  「そうだな。君は知る権利がある」


  鳴海は頷いた。そして話を始める。


  「この世界とあの世界は、とてもよく似た別の世界だ。向こうの世界にもきっとこちらと似たような宇宙があって、こちらと似たような方法で生き物が生まれる惑星が出来て、我々と似たように進化したのだろう。我々に取っての『人間』が向こうに取っての『ノウナ』だ」


  「……はい。それは聞いたことがあります」


  「まだ大まかなことしか分かっていないが、私たち人間と異界人の間には、相違点がある。それは『結晶』の存在だ」


  「『結晶』……?」


  鳴海は首肯した。


  「異界人には、身体のどこかに必ず結晶がある。ちなみに、それは異界の自然にも発生しているもので、おそらく我々人間よりも自然に近い生態をしているのだろう……その結晶の役割は詳細には分かりきっていないが、彼らの持っている特殊な能力を発するためのキーとなっていると考えている」


  「特殊な能力……」


  「おそらく異界人は生来、なんらかの超能力的なものを有している。それが攻撃の手段となるものが我々の戦っている者たち……王国の兵士などだ」


  「…………」


  「我々はそれに対抗するために、異界の技術を応用して、『血司システム』という物を戦闘員に組み込んだ。これは人間の体内に結晶と同じ成分を組み込んで血液を介し、全く別のものを取り出す。主にナイフ型のこのような『鍵』を使って、左手にある『鍵穴』に差し込む」


  鳴海はテーブルに置いてあるホルダーからナイフを取り出し、左手に刺した。するとそこから血のような赤い液体が固まり、黒い鉄扇となった。

 

  「このようになる。君の父、礼司もこれを持っているんだ。有事の際は私たちもこれで応戦する」


  鳴海が鉄扇をテーブルに置くと、鉄扇は溶けて液体に戻り、その液体はすぐに蒸発した。


  「さて、では肝心の戦争の経緯を話そう。そもそもこの我々の人間の世界と異界がいつから繋がっているか、はっきりしたことは分かっていないんだ。判明しているのは、お互いの世界が確実に繋がっているという事実のみ」


  「…………」


  「そしてそのつながりとは、『各々の世界に存在している人間とノウナの数のバランス関係』だ。これはほんの少しのバランスの歪みも許さない天秤のような関係で、一方の世界の人口が増えれば、もう一方の世界の人口は激減する、という仕組みになっているらしい」


  「……数?」


  にわかには想像できない答えに、アマネは思わず聞き返す。


  「ずっと昔、人間が経済革命産業革命を起こす前、つまり人間の総数が少なかった頃、異界では多くの現在の数十万倍のノウナが生き、世界全体が栄華を極めていたようだ。しかし人間の数が増えていくにつれ、少しずつ世界の理が異界を苦しめて行った。いつしか戦争が始まり、疫病が流行り、人口はどんどん減少していき……百年ほど前まで、異界は血で血を洗う、群雄割拠の大戦争が世界中で起こっていたらしい」


  「…………」


  「そこで、初めて『気づいた』ノウナ達がいた。なにかおかしい、いくら考えても、今までの歴史から見て問題にならなかったことが問題になり戦争が起こった。今まではそうならなかったことで病気になった。ここで彼らは『神』の存在に気づいたんだ」


  「かみ……?」


  確かに、ソラは高台から見たあの建物のことを神殿と言っていたが、実在するようには言っていなかった。


「形而上的な存在ではなく、お互いの世界をつないでいる門番、管理者という存在らしい。神というのはあくまで便宜上の話だ。神の存在を知った彼らは世界の仕組みを知り、行動を起こした。『向こうの世界を攻撃すれば、このノウナの世界はまた平和になる』と。そして行動を起こした」


  「じゃ、じゃあ……」


  「先に攻撃を仕掛けたのは、異界側だ。その攻撃はたった十数名によるものだったようだが……それは、人間側に大きなダメージを負わせるに十分だった。この時の記録では一時的に人類総人口のうち二千万名以上が殺害されている」


  「…………」


  「世界中での二千万人は、正直大した数ではない。しかしそこで徐々に平和を取り戻して行った異界。そしてそれに呼応して二度の世界大戦が人間界で起こり始め、大量殺戮兵器が生み出され、たくさんの命が失われ……そうしてバランスが取れて行った。そして再び人間界に平和が訪れ、再び異界が危機に陥った時、異界人はもう一度秩序を取り戻そうと『調整』を行った。それが今から三十年前。そしてその時、私たちの親友の一人が殺された」


  鳴海の顔が歪んだ。礼司もなにかを耐えるように俯いている。


  「彼の名は荻魁斗……君の母、つまり柚子さんの兄だ。義理の兄妹だったが」


  「私のおじさん……?」


  「魁斗は普通の人間ではなかった。向こうの世界から時たま漂流してくる異界人だった。しかし彼は、私たちを守るためにかつての同胞と戦い、散った。彼がそこから見つけ出したわずかな手がかりが、私たちに異界の存在を認識させた。そして私たちは行動を開始し、この協会を創り出したんだ」


  「…………」


  「そしてやっとの事で組織の体裁を整えた我々は十五年前、先遣隊として日本の隊員数名を異界の調査へ向かわせた。その時の隊長が────」


  「俺、だったわけだ」


  礼司が後を引き継ぐ。


  「そこで、俺たちは異界にある『クオン』という国で、あるノウナに遭遇、接触した。その彼女は────」


  「クオン!?」


  思わず礼司の話を遮ってしまう。鳴海はアマネの反応に合点が行ったように頷いた。


  「そう。君が漂着した異界の国だ。流石に因縁を感じずにはいられなかったよ」


  礼司は鳴海の言葉に頷くと、先ほどの続きを話し始める。


「彼女は、我々の言葉が理解できた唯一の異界人だったんだ。彼女はクオン國の王女、『テン』というらしい」


「テン!?」


 またしても飛び上がる。この反応には鳴海と礼司も驚いたようだ。鳴海は身を乗り出した。


「知ってるのか、彼女を?」


「……クオン國で会った『ソラ』って子の妹だって。そのテンは連れ去られたって。まさか……」


 アマネはこの先の展開を予想して青ざめる。礼司はそれ慌てて否定した。


「待ってくれ。俺たちじゃない」


「でも、クオン國はそれですごく混乱したって。そのあと人間から侵攻を受けたって」


「まずは話を聞いてくれ。立松さん。ここが重要なんだ」


「……分かりました」


 鳴海の言葉に、アマネは興奮を抑え椅子に深く座る。


「……私たちは彼女に協力を頼み、上手く人間界へ同行が叶った。彼女もこの状況を打開する策を探していたらしい。だが、私たちは痛恨のミス犯したんだ」


「ミス?」


「私たちとは違う目的で異界を利用しようとしている『敵』が調査隊の中に紛れ込んでいたことに気づかなかった。あいつらは私たちの隙をつき彼女を攫い……殺した」


  「────────」


  口を抑える。そんな、本当に死んでるなんて。

  ごめんなさい、ソラ。


  「……アマネが出会ったという『ソラ』には、申し訳なことをしたと思っている。俺たちもその敵が何なのか、まだ量りかねているんだ」


  礼司と鳴海は目線を落とした。


  「……じゃあ、私たちが本当に戦うべきなのは異界じゃなくてその敵なんだね」


  「そうだ」


  「私、昨日ノウナのマスケさんから、異界に迷い込んだ人はみんな組織に殺されたって聞いたんだけど……」


  「ああ、それも確認している。『敵』の仕業だ」


  「…………」


  「あの後、テンからなんらかの情報を入手した敵は組織を動かし、十二年前、異界に侵攻。二年に渡る血みどろの戦いは多くの犠牲を生み、人間側は撤退した。日本東京部隊も半数の優秀な戦闘員を失い……今に至る」


  礼司は、うつむき、苦しそうに言葉を紡ぐ。


  「……俺たちは、たしかに選択を間違えてしまったのかもしれない。この事態に対し、全く解決策が見つからないのは、どうしようもない事実だ。……だから、もし、本当にアマネが、本当に、異界の言葉を話せるというなら、これ以上に重要で、使えることはない」


  「礼司」


  礼司が顔を歪ませる。


  「でも……俺は家族が、危ない目にあって欲しくないんだ。たとえその結果何も変わらなかったとしても、俺は、アマネには何にも縛られず自由に生きていてほしい。そう思ってきたんだ、アマネ」


  「パパ……」


  アマネは向かいに座る父親を心配げに見る。手に温い感触が降りてきた。凛の手が、アマネの手に重なっている。


  「パパ、私、決めたんだ。立ち向かうって。これが私のやるべきことなら、全力でやるって」


  「アマネ……」


  「異界に行った時、ソラが私の首を絞めた。その時、ソラはとても辛い顔をしてたの」


  しばらく前からあった首に残る赤い跡。ずっとなんだろうと思っていたが、やっと分かった。この傷の意味も、流れ込んできた思いも。


  「私、あの子が辛い気持ちになってるのは嫌なの。なんでか分からないけど、とてもそう思うの。昨日みたいな戦いも嫌なの。りん先輩が傷だらけになってるのも嫌なの……!」


  言葉を重ねるにつれ、言葉が重くなっていく。


  「パパがこれから傷つくかもしれないと思うと、すごくすごく痛いの」


  「…………」


  礼司と鳴海はアマネをじっと見つめている。凛はアマネの手を握る力を強くする。


  「これから傷つくかもしれない人も、ノウナも、少しでも減らせるなら。二つの世界が傷つかなようにできるなら。私は、全てを賭けます」


  アマネは立ち上がり、組織の司令と副司令に頭を下げる。


  「お願いします。協力させてください」


  しばらくの静寂。永遠にも思った直後、鳴海が口を開いた。


  「……私は、ぜひそうしてもらいたい。立松さんはきっと、私たちの力になるだろうから。……礼司。君はどうなんだ」


  「……俺は……」


  礼司はアマネを見つめる。アマネも見つめ返した。


  「……無茶はしないでくれと言ったって、どうせするだろ」


  「…………たぶん」


  「絶対諦めない、自分のためだけに死なない、そして将来幸せに生きるって約束できるか?」


  「それって……」


  アマネはハッとする。母親の最期の言葉だ。


  ────アマネちゃん。三つだけ、約束して。

  ────やろうとしてることを、決して諦めないで。全力を尽くせば、必ず光が見えてくるから。

  ────自分のためだけに命を投げ出さないで。それはこの世で最も傲慢な行為だから。誰かのために、生きて。

  ────幸せに生きて。笑わない日がないように。幸せになることは、生きる者にとっての義務だから。


  「守れるか?」


  「……一生守るって決めてるから。私、嘘はつかないよ」


  「……ほんと、柚子そっくりだ」


  礼司は諦めたように笑うと、椅子に身体を預けた。


  「なら、頼む」


  そして、頭を下げた。


  「二つの世界のために、どうか」



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