008
008
「見殺し」と「魔法使い」
あの日、あの時の出来事。
――それは、今から約十年前の話。
グレンがまだ名も無き冒険者だった頃、金と名誉の為だけに日々ダンジョンを攻略し続けていた。
そう、『薔薇の血』のメンバーと共に。
『血の七日間』から数えて四代目となる当時のメンバーは。
剣士のマリー、弓使いのミーサ、召喚士のグレン。
そして、魔法使いのルナ。
完璧にして、鉄壁にして、四人で五重の壁とも謳われた強い守りを配したパーティーメンバーだった。
歴代の『薔薇の血』の中でも最強の守備力で、あらゆるダンジョンを攻略し、更に金と名誉を上げる為、世界四大ダンジョンに手を伸ばした。
当時、未攻略だったアルケミストダンジョンに狙いを定め、攻略し始めた。
何の問題もなく順調に攻略し、地下五階に辿り着いた時、壁の一部が崩壊しており、その先を覗き込むと別のダンジョンへと続いていた。
彼らはここでとんでもないミスを犯した。
誤って向こう側から、こちら側に入ってこれないようにそこを封鎖してしまったのだ。余りにも強かった『薔薇の血』のメンバーは、ただの親切心でそれを安易におこなってしまった。
当時、シュナの森には五つのダンジョンがあるとされ、もう一つの未攻略のミストダンジョンを除けば、Aクラスやそれ以下でも足を踏み入れることの出来るダンジョンだったから……。
滞りなく攻略を進めるうち、あることに気付き始めた。
地下を降りる度、十階、十五階と、全くモンスターが出ない階があった。
通常のダンジョンではそのような場所はほとんどなく、仮に有ったとしても、精々一箇所くらい。
だからなのか、それを認識するのが遅れていた。
五階降りる毎に休憩場所があると、いち早く気づいた魔法使いのルナは、さっき封鎖したあの場所は、向こう側のダンジョンを攻略している冒険者たちの休憩場所だ、と言い出したのだ。
確信が持てないまま、折角十七階まで来て、引き返すことにかなり意見が割れたが、一旦戻るという決着をみた。
不運というか、悪運は時を選ばずやってくるもの。
地下に降りる度、モンスターが強くなるのは分かる。
しかし、戻る。
言うなれば一旦通過したダンジョンを上がるのは楽になっていくはず。
だった――それが間違いだったと気付いた。
未攻略にも関わらずアルケミストと呼ばれるこのダンジョン、すなわち錬金術師の意味をそこで初めて知ったのだった。
地下十二階のモンスターより、地下八階のモンスターの方が強かった。
階を重ねる毎に強くなったりはしない、このダンジョン。
ランダムに強くなるこのダンジョン。
常にダンジョン自体が錬金され、弱いモンスターがいる階もあれば、いきなり強敵が現れる階もあった。
その為かどうかは分からないが、五階毎の休憩場所はかなり安心というか、攻略するパーティーメンバーからすれば非常に助かる安息地であった。
何とか五階まで辿りつた『薔薇の血』は、封鎖したばかりの壁を再び壊し始めた。
この場所のありがたみを再確認したメンバーたちだったが、壊し終えた壁の向こう側には、無数の冒険者たちが息絶えていた。
普通のダンジョンに休憩場所などない。
それがあるならと無茶をする冒険者たちもいる。見るからにAクラス以下の装備をした彼ら見て、言葉を失った。
でも、それが彼らの犯したミスではない、もっと別の事。
壁に穴を開けるという行為そのものだったのだ。
外側からの進入に対しては何の反応も示さない錬金術師ダンジョン。
そうであろう。入る者を拒むダンジョンなんてない。
しかし、内側からとなるとどうなる。
逃げようとする者を、はいどうぞ、と言って逃がしてくれるほど甘くはない。
ここは錬金術師と名が付くダンジョン。
この後起きる出来事に『薔薇の血』メンバー全員が、死を覚悟するとこになった。
痛さと出血に薄れゆく意識、グレンは謝った。
あの時、あの日の決断を。
「もう、遅い! 死ね、男爵!!」
カルファンは詠唱を行わず、手にした杖を振りかざし、彼の頭上から降り下ろした。
「母の魔の杖で死ねええ!!」
消えゆく視界に、ブルーに輝く杖が目の前に迫ってきた。
彼は安らかな表情で瞳を閉じた。
◆
無事、魔物から離れられたミーサとリオン。
ワイバーンは、そこが指定された場所だと言わんばかりに、降り立った。
甲高い鳴き声を上げ、再び上空へと飛び去って行った。
二人が降り立った場所。
ジュノー共和国の国境沿いにある、フェレンという小さな村で、昔ここがダンジョンへ行く出発拠点となっていた。
しかし今はそのダンジョンも閉鎖され、この村を訪れる者はほとんどいなかった。
リオンを担ぎながら近くの宿場を探してると、そこに通り掛かった一人の女性が声を掛けてきた。
「あら、どうしたの? そんに焼けて……。火事でもあったの?」
「……えっ、あ。その……」
口ごもるミーサに対し、何かを察したのか、その女性は傷の手当と着る物を用意してあげるという。
現状を考えると怪しいと思っていても、その申し出を断る理由が見つからなかったのか、ミーサは小さく頷いた。
年のころでは、ミーサと変わらない二十台前後の年齢。
とはいえ、ミーサはエルフ。
見た目と実年齢には相当な開きがある。
でも、目の前を歩くその女性に特徴ある長耳はない。
きっと人間なんだろう……。
村の外れにあるその家は、こじんまりとして掃除が行き届きた家だった。
「じゃあ、この部屋使って。彼はこのベッドに寝かすといいわ。あと、貴方は……、この子の母親でも無さそうだし、ね。まさか、彼氏じゃないわよね?」
「えっ、あっ、はい。彼は……」
「まあ、いいわ。言いたくない事もあるわよね。部屋はあるからもう一つ貸してあげる、好きに使いな。落ち着いたらリビングにおいで。その汚れた服の代わりを用意してあげるから」
リオンをベッドに寝かし、ミーサはリビングでティナーと話した。
その女性の名は、ティナーといい。以前は宿場だったそうだが、今はごらんの通り、というわけ。
自分の事情はほとんど話さずに、ティナーの事だけ聞いた。
それでも何も言わず、ティナーは自分の事だけ語り、それが終わると服を用意してくれた。
「ピッタリじゃない。私が着るより似合ってるなんて、ちょっと悔しいわね。でもよかった。絹の上着にロングスカート、それ、一式貴方にあげるわ」
「えっ、でも……」
「いいのよ、別に。そんなお洒落して行く場所は私にはないし、それに引き出しの埃になるくらいなら、使って貰った方が絶対いいからさぁ」
クスクスと明るく笑う。
それを見てか、やっとミーサも緊張の糸を解き始めた。
「すみません。今、金貨がなく……何の事情も話せず……」
「良いってことよ、気にしないで。うん、そうだな。どうしても気にするってんなら、食事の手伝いくらいはしてくれ。どうせ私一人、他に気を使うところはないからさ」
何も無いっといった感じで両腕を広げ、おどけた振りをする。
ティナーの気取らない喋りとその接し方に、ミーサも笑顔と取り戻した。
少し安心したのか、お腹が鳴って長耳を赤らめたミーサ。
「じゃあ、飯作るか! ちょっくら買い物に行って来るよ」
ミーサは頭を下げ、待っている間に出来ることはないか、と聞いてみたが、特にないと言われ、リオンが寝ている部屋で待つことにした。
眠っているリオンを見つめているうちに涙がこぼれいた。
「グレン……」
震える声でそう呟き。
涙を手で拭った。
目を瞑るリオンを眺めていると、いつの間にかミーサも目を閉じてた。
疲れていたのだろう。
エルフの長耳を立てることなく、眠りについた。