007
007
リオンを抱きかかえ家の外に出た時、グレンはそれを見た。
天から降り注ぐ流星の流れを。
無数の火の玉が空を埋め尽くす。
その塊が森の至るところに落下し、魔物とワイバーンもその餌食となっていた。
悲鳴に似た鳴き声、逃げ惑う二匹。
「ワイバーン!!」
グレンが叫ぶその声に、何かを見つけ出そうとする。
狙いが定まったのか、一目散に飛来するワイバーン。
炎が迫る中、グレンたちの目の前に降り立ったワイバーンは傷だらけだった。
グレンを見てひと鳴きする。
「よしよし、いい子だ。済まないがもうひと働きしてくれ!」
優しい声でそう語り掛けると、
「ミーサ、リオンを頼む! ワイバーンに乗って安全な場所へ避難してくれ!!」
「なに言ってるの! 貴方は……」
「大丈夫だ、後から必ず追い駆ける。だから心配するな!
「でも……」
「ほら、乗って。少しゴツゴツするが許せ。ワイバーンには命令を出しておく。リオンを頼むぞ!」
「グレン……貴方……」
渋るミーサを無理矢理担ぎ上げ、ワイバーンの背に乗せると黙ってリオンを手渡す。
下から見上げるグレンの表情は満面の笑顔を湛え、親指を突き立てた。
「リオンを頼む! 行け、ワイバーン!!」
それを合図に甲高い鳴き声を上げ、力強く翼をはばたかせ、稲妻の間をくぐり抜け、小さくなって行く。
見えなくなるまで見届けたグレン。
焼け焦げた木を踏み均す音の方へ。
「お待たせ。これでお互い遠慮なしにぶっぱなせるなあ、人殺し……違うな、仲間殺しと言った方がよかったか」
辛辣な声を掛けれられたその人物は、気にすることなくこう言った。
「貴方が伝説の召喚士、グレンですか。流石、鼻がいいですね」
炎と煙の切れ間から見えたその姿。
それがカルフォンだと知る者が居れば、その表情に驚愕を感じるだろう。
悠然と立ち尽くすその顔に、微笑みが浮かんでいたのだから。
◆
「……クソッ……ヤツも狂っていたか……」
郡流星の直撃は免れたといえ、右腕は消失していた。
止血は終わっていたが、周囲は荒れ狂う炎の海。
「トリプルSがこのザマじゃあ笑えねえなあ。クック」
片膝を着いていたアストレイは、左腕に手にした大剣を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がる。
足元が少しぐらついたが大剣を一振り、姿勢と呼吸を整える。
――疾風足
アストレイは前傾姿勢のまま、森の草木と炎の間を風ように駆け抜けていった。
◆
「あの物騒な魔物を連れてきた魔物使いか?」
――業火
グレンの前に炎の壁が突如出現し、その男は躊躇うことなく腕を振る。
「おいおい、冗談だろ。これ以上の火遊びはかんべんしてくれっ! ってか魔物使いじゃない!?」
炎の壁から飛び出した無数の火柱が、グレン目がけて集中砲火を浴びせる。
火柱がグレンの体に突き刺さる。
かに見えたが、後ろの家の壁にそれが突き刺さり爆風を伴って炎上する。
「……んっ!?」
「おおっと動くなよ」
いつの間にかその男の背後に立ち、喉元に短剣を当てるグレン。
「動いてもいいが綺麗な顔と体がさよならするぜ!」
「貴様……いつの間に……」
男の腕が振り下ろされる一瞬の間合で、魔法――駿足を使っていた。
狙った場所に近距離移動する魔法。
「悪いな。召喚士とは名ばかりで、実は俺、召喚士って言うんだよ。で、貴様は何者だ? 家の中にいたヤツの仲間か?」
「さあ、どうだろう。それより自分のことを心配したらどうだ」
「そうかよ。偉く自信過剰なヤツだな。まあ、そういうの嫌いじゃないがなあ。もう一度聞くぞ! お前は調査隊か何かか?」
喉元に短剣が当がわれていることを忘れているのか、声を上げて笑う。
「気でも狂ったか? 命まで取りはしない。黙って大人く引けっ!」
「……変わった事を言う」
「ん、なんだと!?」
炎上する家から火柱が一つ、二人めがけて飛来する。
「ば、ばかな……」
その言葉より早く、男の胸を貫き、後ろにいたグレンの肩に火柱が突き刺さった。
「うがぁぁ……お、おまえ!?」
衝撃と痛みで、短剣を離し膝を落とすグレン。
業火の火柱で出来た胸の空洞をそのままに、男は言う。
「見ての通り、ただの魔法使いだ。死ぬ行くお前に名だけは言ってやろう。我が名はカルファン! さあ、死ね!」
「カルファン……」
上機嫌に喋る魔法使い。
グレンは何かを思い出そうとしていたのか、カルファンの見る目が変わった。
彼の行動には、心がない。
浮かべていたその表情すら怪しい。
これは……。
「お、お前……操り人形か……」
「お見事だグレン。いや、今はあえてこう呼ぼう。男爵、とな」
「…………っ」
男爵と呼ばれ、グレンは記憶を遡っていた。
カルバン帝国の皇帝陛下から直接拝受した爵位。
その名が世界中に知れ渡り、彼はすべての冒険者の中で一番の成功者、そして一番妬まれる存在となった。
しかし、それは今から十数年も前の話し。
今はそんな風に呼ぶ者はいない。
自分でも名乗った通り、召喚士と呼ばれることの方が多いのだが。
「なぜそう呼ぶ……」
「フッ、笑わせるな! 貴様、もう忘れたのか。あの時、見殺しにした魔法使いのことを!!」
叫ぶカルファン。
グレンの中で「見殺し」と「魔法使い」が走馬灯のように掛け巡る。
忘れていたわけではない。
そう言われても仕方が無い出来事。
肩に刺さる火柱に耐えながら、あの日ことを思い出していた。
◆
「なに……なにが起ったの!?」
突然目の前から消えたシンフォニー。
王妃は現状を理解出来ていないのか、頼りない足取りで彼に近寄ると、
「ねえ、ねえってばぁ……。起きて、起きて頂戴……ブラウン。ねえってばぁ……」
泣きながら筆頭執事の体を揺する王妃。悲痛を伴ったその声はダンジョン内に静かに木霊した。
遠くの通路で、断末魔が聞こえる。
しかも、女性の。
恐ろしくなった王妃は、横たわるブラウンの体に顔を押し付け、落胆する。
引きずるような足音。
「イヤァーーーっ!!」
泣きじゃくりながら叫ぶ王妃の肩に、手が置かれる。
ビクッとしながらも、青くなった顔を上げるその先に、頭から血を流し、ロングスカートが裂けたシンフォニーが立っていた。
その後ろに水色の半透明な物体を引き連れて。
「シ、シンフォニー……だ、大丈夫なの?」
「ご心配をお掛けしました、私は大丈夫です。王妃こそ、ご無事でなによりです」
「あ、あれはなに?」
後ろを指差して、驚いた表情をみせる。
「私が出した精霊。水の精霊です……。それよりも早くここから脱出しましょう。私を瞬間移動させ襲って来たのは小悪魔、ここは普通のダンジョンとは違います。さあ、早く! 王妃!!」
ふらつき、立ち上がる王妃。
シンフォニーが精霊に指示を出し、倒れているブラウンを抱きかかえさせ、出入口へと向った。
一行がダンジョンから抜け出した時、東の空に見えていたあの分厚い黒の雲はどこかに消え、空は晴れいた。
「ここがミストダンジョンだったなんて……迂闊だったわ……」
忘れていたとはいえ、悔しい表情を浮かべたシンフォニー。
晴れた東の空を見て、「お姐様」と囁いた。