006
006
「ええっ!! そんなの嫌よ!」
王妃は素直に嫌がった、そして駄々を捏ねた。
ブラウンが立てた作戦はこう。
カルファンとアストレイが雲の場所へ行く。
残りは、捜索。
至極簡単な振り分けだけど、実に理に叶った分け方だ。
カルファンの移動魔法で現地に飛び、偵察をする。仮に戦闘をするようなことになっても魔法使いと戦士の相性はよく、特に問題はない。
で、残ったメンバーで捜索。
その際、光りの羽を操れるのは、精霊魔法が使える弓使いクラスのシンフォニーだけ。なら二手に別れた場合、これが一番よいパーティーメンバーとなる。
王妃以外、その作戦に意義を挟む者はなく、多数決を取るまでもない。
あと、これは褒めるべきだろう。
少し前にやり合ったばかりの魔法使いと剣士だったが、流石はトリプルSクラスの冒険者たち、その称号は伊達ではない。
最良を心得ている。
「ダメですぞ、王妃。ここは我慢してください。このパーティーが一番理想なのですから」
ブラウンの目は何も譲らない、といった感じでしっかりと腕組みをしている。
大きなため息をついた王妃は、「わかったわ、そうしましょ」とだけ言い、皆に背を向けた。
「よし、それではカルファン様とアストレイ様。宜しく頼みます。何か有れば直ぐに退散してください。あくまでも偵察が主ですから。では、ご武運を!」
二人はその場から消え、王妃の愚痴が残った。
「あーあ。私も行きたかったわ……」
「諦めが肝心ですぞ。さて、我々も捜索を再開しようではありませんか」
ブラウンは意気揚々と背負った鞄を何度か揺すり、光りの羽が差すダンジョンへと向っていった。
シンフォニーが王妃に目配せをして、ブラウンについて行くものだから、慌てて王妃も後を追い駆けた。
「ねえーー! 待ってよーぉ」
王妃のパーティーメンバーは、とても大事な事を忘れていた。
カルファンが居ないこのパーティーは、完全に孤立した状態になっている。
それは、通常の冒険者たちとなんら変わらないということ。
そして今から向かうこのダンジョン。
世界三大ダンジョンの一つ、ミストダンジョンだと言う事をシンフォニーは知ってるはずなのが……。
しかし、彼女はそれを言葉にするのを忘れたのか、わざとなのか。
これから向かうダンジョンに、一体何が待ち受けているのか、それは神のみぞ知る、と言ったところであろう…………。
◆
『アリスヘブン様、どうしましようか』
『そうね、仕方ないわ。適当に見切りをつけて、王妃たちに合流しなさい』
『はいっ。しかし……』
『いいのよカルファン。貴方は心配しないで、私が何とかするから。だから、貴方が邪魔だと思えば、いつでも殺っておしまい』
カルファンは返事を返すことなく、相互を絶った。
荒れ狂う雷鳴の下、目の前にはアストレイが立っていた。
◆
「二人を離せ!!」
「あら、いいわよ。離してあげるわ。だからさっさと昇天させなさい。私の可愛いドラゴンが痛がる姿、見たくないのよ」
「なっ可愛いドラゴンだと! あんな化物を……!!」
「酷い言い方ね。さあ、早くしなさい。二人の方がもっと酷くなるわよ」
女性は高笑いをし、釣り下げられていた二人を更に高く浮かす。
呼吸は荒々しく、苦しそうにもがいているが空中にいる限りどうすること出来ない。
首に赤い筋が浮き始める。
「さあ、早く!」
一際大きな声で呼びかけ、グレンが指を動かしかけた時、リオンの目が赤く光りだし、それは次第に部屋中を赤に染めあげた。
「な、なにこの子!? まさか……!!!!!」
女性が目を逸らした瞬間を見逃さなかった。
助走なしに一気に飛んだグレン。
女性の顔面めがけ短剣を伸ばす。
ダークローブを着た女性の顔面に刺さるかと思った瞬間。
その切っ先は女性を通り越し、壁に乾いた音をたて突き刺さった。
床に落ちる音が、二つ。
着地したグレンが慌てて振り向くが、忽然と現れ消えたダークローブは、どこにも居なかった。
力なく倒れている二人に近寄り、
「大丈夫か! ミーサ、リオン!!」
「だ、大丈夫よ、グレン。それよりリオンは……」
リオンを揺するグレンの手が激しくなる。
「おいっ、リオン! 目を覚ませ、リオンーっ!!」
ぐったりとしたリオンは、人形のように揺さぶられるがまま、手足をバタつかせていた。
◆
「おい、あれ。二匹いないか?」
「……そうだな。一匹はワイバーンだ」
「こりゃいいやー。狂った魔物使いに、暴走した召喚士ってか。お互い禁忌を犯してやがるぜっ! こんなの滅多に見れるもんじゃねえ、見物して行こうぜ。クック」
稲妻が走り、轟音が轟く中、二匹のドラゴンが火を吐き、翼で攻撃し、共に死力を尽くし空中を飛び回っている。
時折、豪快に反転する魔物の風圧で、森が、山全体が震えた。
それが低空で動き回るとなると風圧はもちろんのこと、吐いた炎の熱気で燃え易い物から火が付く。
ここは森。
あちらこちらで木が燃え始めた。
「おい、あそこに家があるぞ。どうしてこんなところに……」
「……さあなあ」
「冷たいヤツだなあ。ちょっと見に行こうぜ。誰かいたら助けないとやばいっしょ。こんな山奥だ、もしかしたら手がかりがあるかも」
「……俺らは偵察が主だ。余計な事はするな」
「なにいってんだお前? じゃあいいよ、役立たずが。クック」
アストレイはカルファンに背を向け、山道を駆け出した。
「焼死か、圧死か、好きにしろ」
カルファンは詠唱を行った。
何に向けてだろう。
彼が視線を送る先は、走り去っていたアストレイがいる。
――郡流星
その言葉通りになったのは、少し遅れてのことだった。
◆
「ねえねえ、なんだか凄く殺気を感じるんだけど……」
「まだ入って直ぐですぞ。大体一階には弱いモンスターと相場は決まっておる。今頃からそんなことを言ってどうするのじゃ、王妃」
「……ううっ。だって……怖いんだもん」
光りの羽が示す方向はダンジョンの奥へと誘った。
それに従い、何の不信も感じることなく突き進むうちに、地下へと続く階段が現れた。
「ううん。ちょっと可笑しくないですか?」
「そうじゃな。シンフォニー様もそう思われますか……」
暗く口を開ける階段の先は見えず、暗闇だけ。
そこに向って「ここだよ」と、光りの羽が差す。
シンフォニーが何度か魔法を掛け直ししたのだが、クルっと回っては同じ場所を示していた。
「ねえねえ、何が可笑しいの? こっちじゃないの?」
「王妃。仮に人さらいがここを通ったとしても、地下に行くのはちょっとどうかのう。人目を避けるだけならダンジョンを通り抜け、そのまま別の場所に出る方法を取るはずなのじゃが……」
「そっか。でもさあ、地下に抜け道があるってことはない?」
確かにそれはあるかも、と手を打ち鳴らし納得するシンフォニー。
じゃ行きましょう、と言って階段に足を掛けた王妃が突然揺れた。
「あれ? なに……!?」
王妃が足を掛けた石作りの階段が音を立て、揺れ始めた。
「え? えーえっ??」
「じ、地震じゃー!」
「ま、まさか、これは……」
ダンジョン全体が揺れている。
床や壁、天井が共に反響し合い、耳をつんざく音に変え震える。
「きゃぁぁーーーっ!」
座りこんで叫ぶ王妃。
耳を押さえながら辺りを見回すブラウン。
でも、シンフォニーだけは平然と立っている。
そして……。
「これ……郡流星よ。しかも凄く近い場所……」
「なんだって……今、おぬし何と言ったんじゃ!?」
「私、間違えてたかもしれない……。あーあ、なんてことを……」
シンフォニーはそのまま言葉切り、ロングボーを構えた。
二頭の巨大狼が赤い眼を光らせ、低い唸り声を上げて飛びかかって来た。
――拡散の矢
知らぬ間に矢を引いていたシンフォニーが詠唱を行い、矢を放つ。
二頭の巨大狼の目前で矢の先が四方に拡散し、その矢と矢の間には網が張られ、それが巨大狼の体を包みこむように絡まり、動きを封じ、落下させた。
その隙をついて、
――三連の矢
再び詠唱したシンフォニーだったが、放たれた矢は重なり倒れていた巨大狼の片方だけを貫いた。
絡まる網を食い破り唸り声をあげた残りの巨大狼、座りこんでいる王妃目がけて飛躍した。
「ぎゃぁーー!!」
「王妃ーっ、逃げて下さい!」
鈍い音と何かが砕ける音。
頭を抱え込んでいた王妃が震えながら顔を上げる。
「ああ……なんことなの……」
体を張って突進を止めたのだろう。
閉じた口の隙間から長い舌を覗かせたまま、巨大狼は息絶えていた。
巨大狼の傍に短剣を持ったブラウンがうつ伏せのまま横たわっている。
唖然となる王妃に代わり、シンフォニーが急いで駆け寄り、脈を確かめる。
ブラウンの腕を手に取り目を閉じる。
「大丈夫よ、生きてる。衝撃で気を失ってるだけだわ」
安心して力が抜けたのか、地面にペタンと座り込み、俯いたその下に涙が落ちた。
「よ、よかった……」
その声に、何かが反応する。
一階とは言え、ここはダンジョン。安息地などないことをパーティーメンバーは忘れていた。
顔を上げた王妃の前を、何かが横切る。
瞬きする間に、シンフォニーの姿は消えていた。