オークス戦記 ~血の七日間~
『オークス戦記』
B.D.8609年。
力ある者が力無き者を支配し、無法と化していた時代。
カルバン帝国は、世界の統一を計ろうと模索していた。
そんな中、ある人物が独立宣下をする。
それが今から五百年前に建国した「オークス国」。
オークス一世は、「民衆の為の国」という旗を掲げ、無秩序と混沌の世界に、秩序と規律をもたらし、一代で人口10万人たらずの国を築きあげた。
それを支えたのはもちろん、国王の下に集まった民衆ではあったが、その土地に隣接する「ジュノー共和国」の下支えが甚大に影響していた。
ここで少し、ジュノー共和国にも触れておこう。
そう言って、筆頭執事のブラウンは、カップに注いだミルクを口にした。
カルバン帝国の次に歴史がある、「ジュノー共和国」。
古くは三千年以上の歴史を持つ三つの国がそれぞれ手を取り、一つの国として成り立っている。
締結したばかりの頃、類をみないほどの多民族、多種族だったことから、いさかい事が絶えず勃発し、一時は共和国そのものが崩壊の危機に瀕していた。
それを「公平」――すべてを幸福に帰する。
という強い信念の下、安定した統治を目指し、それを成し遂げたのが二代目国家元首のジュノー二世であった。
国家間の争いはもちろん、民族、種族間すら彼の指導力によって、統一することができたと言っても過言では無い。
それに、絶大な誇りと行動力で、時には紛争地帯に直接赴き、説得を試みるなど、通常考えられないことを意図も簡単に遂行する国家元首として有名だった。
止まらぬ国家元首、と当時そう囁かれていたのは、真実を元に吹聴されていたことは言うまでも無い。
その国家元首の親友でもあるオークス一世|(当時参謀担当)は、別の理想を持っていた。
平和はもちろんのこと、商業国の夢を抱いていたのだ。
それが現実となったのは、今から五百年前の、V.D.9009年。
ジュノー二世の力を借り、建国したのが「オークス国」の始まりだった。
当時、まだめずらしかったダンジョンを有する森、「シュナの森」と隣接していることもあり、「オークス国」の運営はすぐに軌道にのった。
「シュナの森」には、大きく分けて五つのダンジョンがあり、それを領土として持っていた「ジュノー共和国」から、その一部借り受ける形で国の運営は始まった。多くの冒険者たちを招きいれ、日々成長を遂げていた「オークス国」は、次第にそれに特化した国へと変貌することとなる。
それから四百年の時が流れ、「ジュノー共和国」及び、「オークス国」に遣える人々の意識や建国当初の理想までもが風化し、それと同時に当時のことを知る者も、数多く亡くなっていった。
そして、商業をメインにした「オークス国」は、いつしか「ジュノー共和国」を凌ぐほどの国力を蓄えていた。
そこに、「魔物の巣窟」と呼ばれる新たな場所が発見されたのだ。
それを発見したのが、「オークス国」から冒険者だったことから、いち早く独占所有権を主張した。
当時、国を統治していたオークス四世は、そこを特別地区として定め、勝手にオークス国の国有財産としたのだった。
そうなると火を見るより明らかなことがおき始める。
貸しているつもりだった「ジュノー共和国」にしてみれば、飼い犬に手を、この場合は、ケロベルスに炎を吐かれる、となるのか。
要は、反逆行為と取られたのだ。
所有権を主張する二国間の隔たりは大きく、いつの間にか国家間紛争にまで発展した。
その間も、平和を主張する両国の首脳陣たちは、平和的解決を試みたが、ある決定的な出来事の前に、それは潰えてしまうことになる。
「申し訳ございません、ミルクを」と、ブラウンはそう言って口に含ませると、何かを決意したかのように咳払いを一つして、続けた。
事実上の戦争状態に突入した両国家間。
紛争の火種となったシュナの森は全面立ち入り禁止とされ、それが却ってレア素材を聖域にまで高める原因となり、超高値で取引されいた。
そうなると、やはり出てくるのが、抜け駆けである。
ある日、禁止されているダンジョン内で、「オークス国」から抜け駆けした、当時最高レベルSSクラスのパーティーメンバー全員の死亡が伝えられた。
当初、モンスターに殺された、と思われていたが、その犯行現場の凄惨さから真意が疑われ始めた。
ダンジョン内のあらゆる箇所に血しぶきが飛び散り、血の海と成り果てた床には、生きたまま抜き取られたと思われる四つの心臓だけが残されていたのだ。
戦争下といえ、その残虐性が問題視され、直ぐにオークス四世の耳まで届き、『血の七日間』へと動き出す最初のきっかけとなった。
犯人は直ぐに発覚する。
真意を確かめる為、魔法使いを始め、鑑定人たちがその周囲を調べると、特殊な魔法トラップの痕跡が発見されたのだ。
そのトラップとは、モンスターを足止めし、狩りをし易くするための物だったが、その特長ある仕掛けによって、犯人が推測されたのだ。
それを元にオークス四世は、ジュノー五世|(当時まだ十七歳)に書簡を送りつけ、真偽を正したのである。
国家間の紛争とは言え、民を無残に殺戮した罪の重さを感じたジュノー五世は、直ちに国内に手配書を回し、そこに浮上してきたのが『薔薇の血』と名乗るメンバーたちだった。
『薔薇の血』のパーティーは四人一組だったが、その中の一人。魔法使いだけは国境沿いに施す魔法防壁の任務中だったため、除外された。
残りの三人はジュノー国家元首の前で、事の真相を問い詰められた。
良かれと思い行動を起こしていた三人は、直ぐに犯行を認め謝罪したが、オークス四世はそれに納得出来ず、その者たちの引渡しを要求。
そうとは知らない三人に、ジュノー五世は無慈悲な決断を下した。
「いかなる状況、問題があったにせよ、あのような残虐行為はあってはならない。因って、その者三名は直ちにオークス国へ出頭するのだ」
それを聞いた三名は落胆し、その場で自決した。
ジュノー五世が、どの様な決意を持ってその様な決断をしたのか、今となっては闇の中だが、それ機に父ジュノー四世を幼い頃に亡くしていたジュノー五世はその後、公の場から姿を消した。
そういった複雑な諸事情が民衆感情に火を付けたのか、
「ジュノー共和国」内では、オークスに呪いを。
「オークス国」内では、ジュノーに死を。
それらを旗標に後戻り出来ない、『血の七日間』へと突入していったのだ。
その頃はまだ、一国一人の制度が敷かれる前もあり、戦争の主役は魔法使い中心に戦火が広がって行った。
そんな中、国力と金貨に物を言わせたオークス国は、世界各国から魔法使いを雇い集め、シュナの森の大部分を領土に治めつつあった。
が、そこに圧倒的な力の差をみせつけた一人の魔法使いがいた。
のちに世界の五本の指に入るとされる、あのアリスヘブンが立ちはだかったのだ。
一人で、五十人分の魔力を発揮すると言われる彼女の前では、寄せ集め集団の魔法使いでは歯が立たず、彼女が登場するや否や、逆転劇が起り始めた。
それにいち早く危機感を持ったオークス四世は、禁じ手と言われるドラゴンのテイム。
そう、SSクラスの魔物使いたちに命じて、生きたドラゴンを捕まえる魔法。
――支配の魔物
これを発動したのだ。
テイムされたドラゴンは魔物使いたちを飲み込みながら、「ジュノー共和国」へ解き放たれた。
魔物使いを失った制御不能と化した魔物は、分厚く黒い雲を引き連れてジュノー国民を恐怖と絶望のどん底に突き落とした。
ドラゴンが命が尽きる時、「炎が世界を覆う」という謂れに従い、魔物は死んだ……。
――魔炎、を吐きながら。
それを見るだけ、その熱を感じるだけで灰へと変える魔炎によってあらゆる物が焼きつくされ、ジュノー国民の三分の一が消失した。
それでも被害をその数に押し留めていたのは、『薔薇の血』のメンバーの一人、魔法使いのアリスヘブンがいてからこそだった。
彼女が張り巡らした魔法防壁のおかげで、最低限の被害と死者で事なきを得たとされている。
国家元首不在のまま、このままでは国を失い兼ねないと感じた首脳陣たちは、和平を申し込んだ。
それに応えるように突き付けて来たのが、「シュナの森」の正当な所有権とアリスヘブンの引渡しだった。
その二点を差し出せば、これ以上の戦争は望まないという求めに、「ジュノー共和国」の首脳陣は反論することなく、それに応じた。
本来なら、万年生きるとされているドラゴンの力を魔法防壁で凌ぎ、尚且つ、魔物の魔力を奪い続け、たった七日、されど七日で生き絶えさせた魔女の存在は、やはり驚異だったのだろう。
その後、和平が結ばれ現在に至るのだが、和平の際に訪れたオークス四世は、魔物に焼き尽くされた惨状を目の前にし、涙を流し気が触れた、とされている。
それ以来、支配の魔物は各国で禁止とされ、それを破った者には直刑が言い渡されるようになり、そのテイム魔法も封印された。
その封印された魔法を維持管理するのが、いつしか魔法使いの役割となり、そして、一国一人の管理制度が誕生したのだ。一般の魔法使いとは区別され、国家に遣える僕として。
こうして治まった両国間の戦争は、『血の七日間』という不名誉な戦歴を両国間に残し幕を閉じるのであった。
『オークス戦記』
第四章 『血の七日間』に間する資料より抜粋。