004
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――待ちなさい。
冷淡でもあり邪悪そのものでもある響きに、我に返ったグレンは、間一髪でサラマンダーを昇天させた。
危なかった。
その響きが届かなければ、今頃この少年はゴブリンのように跡形もなく消し飛んでいただろう。
夜空を見上げ、感謝の表情こそみせたがお礼はなし。
まだ手を握っていた少年を担ぎ上げ、シュナの森深くへと消えて行った。
◆
独占契約期間は翌日から数えて十日間。
早速次ぎの日、パーティーを組んで捜索に出掛けていた王妃だったのだが……。
「あーん、足が痛い」
「これこれ、まだ始まったばかりじゃぞ」
「あーん、腰が痛い」
「これこれ、まだ休憩は早いぞ」
「あーん、お腹すいた」
というやり取りを、シュナの森に入って一時間ほどで繰り広げていた。
こんな会話をもしあの二人が聞いていたら、と思うと恐ろしくなってしまうのだが、それよりも、もっと凄いことがあった。
今のパーティーメンバーは、アントニー王妃にブラウンに加え、あと三人。
エッ、三人? ってことは五人!?
そう、通常四人パーティーが基本で原則なのだが、そこはほれ、オークス国の王妃、自分の地位を最大限以上に活用する。
ギルド大臣に直接面会して、あくまでも王妃は助っ人、そして、筆頭執事はその又助っ人というわけで……。
「ねえ、いいでしょ?」
「いや、いくらなんでも規約違反かと……」
「あ、そう。ならいいわ。国王に話しを通すから」
「はい……。そうして頂けると……」
「貴方が、許可しなかったばっかりに、私は民の信頼を失った……、子供一人捜せない王妃になった、と泣き叫んでやる!」
「ハァッ!? アッ!?」
「ねえ、いいでしょ?」
「…………」
と、まあいつもの王妃だったのだが、そこにたまたま通り掛かった魔法使いアリスヘブンの提案もあり、結論から先に言うと、このクエストのみ特例とし許可が下りた。
「大臣、私の弟子も付けることですし。確かに大臣が仰ることも一理あります。しかし王妃は民の為、しかも子供の為。きっと国王もお喜びに成られると思います。どうでしょう、今回は特例ということで」
「う、ん、まあ。アリスヘブン様がそこまで仰るのであれば……」
「マジでー! やった!! ありがとう、大臣。だーいすき!」
「アントニー王妃、お戯れはほどほどに。大臣の身になってお考え下さい。万が一、王妃の身に何かあればそれこそ大問題になります」
一気にしらける王妃。
少し間を置いて続けるアリスヘブン。
「私はいつでも弟子と相互が図れます。いざという時も安心です。それで宜しいですか、大臣」
「はぁー。アリスヘブン様がそこまで支援して頂けるのであれば、今回は特例として……」
「きゃー素敵よ大臣! じゃ、早速手配するはね」
王妃、お待ち下さい、と言ってアリスヘブンは別の提案を話し出した。
昼食にはまだ一時間以上もあったが、王妃のわがままに押し切られる形で、キャンプを張っていた。
そう、王妃のキャンプ。
普通じゃないのは言わなくても分かるので割愛する…………。
「ねえ、このお肉ちょっと固い」
「これこれ、贅沢言ってはいけません」
「ねえ、葡萄酒はないの?」
「…………王妃」
とまあ、こんな感じだったので、進むものも進まない。
「ちょっと、ブラウン」
「なんで御座いましょう」
「あの、ほら、魔女の弟子っ。気持ち悪くない?」
「これ王妃、何て事を!?」
「だってさあ、さっきからずーっと、眼を瞑ったままよ」
「そうで御座いますな。でも、そこは魔族。なんなりと見えるのでしょ」
「ふーん、そういうもんですか」
「そういうものでしょ」
どこか腑に落ちない王妃は、魔法使いの弟子から目を離した。
アリスヘブンの弟子、それはカルファン。
彼がいつ、どこから、どうやってアリスヘブンの弟子になったのかは、誰も知らない。
誰もが知らない内に、知っていた、という感じで弟子の立ち位置を得ていた。
アリスヘブンは魔法国の中で五本の指に入る魔法使い。それはそのまま世界で五本のという意味にも繋がる。
その魔法使いの弟子ともなれば、国力の底上げも期待され、反対する者はいない。
それを拒む者がいるとすれば、敵国くらいだろう。
今オークス国は、隣接する『ジュノー共和国』と良好な関係とは言えなかった。
シュナの森を挟む両国の火種は、今いるこの森が原因なのだ。
「しかしあれですな。ちょっと上手く事が運び過ぎかもしれんのう……」
「なに、ブラウン? なんか言った?」
「いえ、何も……」
ブラウンが懸念するのはカルファンの登場もそうだが、残りの二名を差しているのかもしれない。
その二名は『薔薇の血』と呼ばれる、Sクラス以上のダンジョンを専門とする冒険者たちなのだ。
普段は戦士、弓使い、僧侶、魔物使いの四名からなる理想とも言えるパーティー構成なのだが、今は僧侶と魔物使いが抜け、残りの二名が王妃のパーティーに加わっている。
なぜ?
言い方は悪いが、たかが人捜しのクエストではないか。
それなのに、アリスヘブンは彼女らを指名した。
出発する前からそれが気になっていたブラウン。
腑に落ちない原因はそこにあったのかもしれない。
「でもさあ、よかったわよね。彼女たちが参加してくれて。トリプリSですって、凄いじゃない」
「そうですね……」
「なによ、さっきから! 私の感想に文句があるわけ??」
「そうではありませんが……」
「スッキリしないわね。何か有るなら言いなさいよったく」
そう言ってブラウンを睨んだアントニー王妃。この後、ブラウンから語られる、とある物語に衝撃を受けることとなる。
そうとは知らず睨み続ける王妃に、「ご存知ないと思いますが」と、沈んだ声で断りを入れた。
この『薔薇の血』を語るには、その初代メンバーの一人でもあった冒険者アリスヘブンが、なぜオークス国の一国一人の今の地位に居るのか、そこから始める必要がある。
それはオークス建国以来、最大にして最悪の戦争。
国が一つ、滅びていても不思議ではなかった、『血の七日間』から始まり、終わる物語り…………。
◆
『オークス戦記』
そこからの引用をさせて頂くとしよう。
ブラウンは胸の内を明かすかのように語り始めた。
『オークス戦記』の章へ
◆
「そう……そんなことがあったのね……」
「はい、王妃。オークス国の黒歴史にして、恥ずべき行為であります」
語り終えたブラウンは疲れ切っていた。
アントニー王妃は、得も言えぬ不安に苛まれていた。
余りにも残酷な自国の歴史を直視するには、若すぎたのか、それとも、平和すぎる時代を生きていたせいなのか。
王妃はなんとか自分を奮い立たせ、パーティーに命令を下す。
「さあ、お昼は終わりよ。人捜しを始めましょう!」
返事を返す者はおらず、各自立ち上がり、支度を始めた。
傍にいる二人の女性に目が行かないわけがない。
ついさっきまで心強いと思っていた『薔薇の血』の二人。
今、見る目は完全に変わっていた。
彼女たちが直接あの凄惨な事件に加わった訳ではないが、知る前と知った後で変化する心の有り様はどうすることも出来ない様子だった。
王妃はそれを悟られないようにしたかったのか、出発前に挨拶を交わしただけの二人に声をかけた。
「ねえ……。貴方はたしか戦士よね。得意な戦法!? んんと、戦術って言うのかしら、それはなんのかしら?」
「はあ? 言えるわけねーだろ!」
「お姐様おやめ下さい。王妃、大変申し訳御座いません。うちの姐は口の聞き方を心得ておりません。後で私の方から言い聞かせますのでお許し下さい」
と、言って頭を下げたのは純潔のエルフ、弓使いクラスのシンフォニー。
その言葉に気を害したのか、それとも王妃に対してか。
何も言わず歩き出すのが、戦士クラスのアストレイ。
シンフォニーが会釈をし、アストレイに追随して行く。
「これこれ王妃。私の話を聞いては頂けなかったのですか……」
「聞いていたわよ。今は武力衝突が行われいるわけじゃないんでしょ。だったら良いじゃない、ケチケチしないで!」
二度目ならぬ三度のため息を吐いて、ブラウンはどうしたものかと頭を掻いが、何処吹く風の王妃は、すでに元気一杯になり、カルファンに声を掛けた。
「行きましょ! 目指す方向に必ず少年はいるはずよ!」
カルファンが呪文を唱えると、光りの羽がくるんと一回転し、少年が居るであろう方角を示した。
人捜しと言っても闇雲に探し回るには、もう半年以上も前の話し。
城を出発する前準備で、ギルド酒場のマスターから借りて来た少年の上着を手がかりに、カルファンは魔法を施していた。
そこである事実が発覚したのだが、カルファンはパーティーメンバーにそのことは告げず、アリスヘブンだけに話しを通していた。
『そうか、やはりそうであったか』
『はい。微量ながら魔力を使った痕跡が見受けられます』
『なるほど。あの時、私の魔法防壁に感じたあの感触。そうであったか』
『どうなさいます。皆に報告しておきましょうか』
『否、せんでいい。黙っておれ』
『はっ。では、残りの二人にも?』
『そうだな。知らぬ方が良い時もある。何事も知る前と知った後では違うからな』
アリスヘブンは冷たい目線を皮の上着に向けたまま、口元を緩ませ微笑んだ。
傍で見ていたカルファンは、なぜか視線を反らし、それを見ない振りをしたことを今、思い出していた。
人捜しの魔法、光りの羽。
なんて都合のよい魔法があるわけがなく、単にモンスターや狙った物体を探すための高等魔法。
――求め占うもの
半年も経とうとしているモノに対し、その触媒が少年の上着だけ。
カルファンの『求め占うもの』の魔法で示される光りの羽は、時々考えるようにして止まっては、回転し、進んでは回転をし、を繰り返すばかりであった。
それでも、広大に広がるシュナの森を探すには、それに頼るしかなく、又ここではないかもしれない、という不安も拭い去ってくれるのであった。