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 王妃室で、乱れた髪をメイドたちに巻き髪を直させながら、()だを吐いていた。


 「あのペテン師め、ただじゃおかないんだから!」


 物騒なその物言いに、メイドたちは反応することなく、黙々と金髪の長い髪を整えていた。

 しかし、その言葉に迅速に反応した人物がいた。


 「王妃。そのような事を口に出されては困ります。例え嘘であってもです」

 「嘘? なにを言っているの、私は本気よ! その内契約解除させてやるんだから!」


 (そば)で聞くメイドたち、今の言葉には流石に動きが一瞬止まる。

 

 「王妃なんということを…………」


 額に手を当て大げさな仕草を見せたのは、先程王妃を注意したばかりの筆頭執事のブラウンだった。

 年配のその男性は、オークス国が建国した頃から執事職を先祖代々受け継いだ家系の生まれで、生粋の執事である。

 それが今、皇帝陛下への謁見(えっけん)の為、国を離れた国王に変わり、王妃のお世話を専属でしているという訳である。


 「それにしても、王妃はなぜご一緒されなかったのですか」

 「ふん、嫌よ。あんな馬鹿みたいな晩餐会。わざわざ出向いたところで、息が詰まるだけよ」

 「しかし、皇帝陛下への謁見、そうあることではないのですよ」

 「だからなによ。私には関係ないわ。皇帝であろうがなかろうが、私は王妃でいたのよ。誰にも頭は下げたくないわ」


 わがままにも程がある、といった感じでブラウンは肩を落とした。

 その落胆ぶりには、他の原因も含まれていた。


 それは、彼女が王妃の座についてから、国費が倍以上に膨れ上がり、それに伴って昨年から民衆に課す税を上げたばかりだというのに、今年になってから又上げろ、と言い出していたのである

 その理由が、いかにもアントニーらしかった。と言っても悪い方の意味で。


 シュナの森に外遊(お忍び)で行った時、そこで観た自然豊かなルツェルン湖の景色がとても気に入り、ここに離宮を建てると言い出していたのだ。

 離宮を建てるだけでも大変なことなのに、そこへ行く森の中の道も整備し、モンスターに襲われないようにしろ、と。

 それはそれは無理難題なわがままっぷりを発揮させ、周囲を困らせた。


 もちろんそんなことがまかり通る筈がない、と思われいた矢先、何とすんなりと事業許可がおりたのだ。


 ことの経緯を改めて整理。

 当初、筆頭執事を始め、国務大臣やら財務大臣は猛反発したのだか、建設大臣とあの魔法使いが賛成に回ると、計画はすんなりと進行し始め、挙句の果てに国王にも認められたのだ。


 そうして、王妃の無茶振りで始まった計画が進むと思いきや、半年前から起こり出した、町中での出没するモンスター騒動。

 それをきっかけにして、冒険者も民も減り、予定通りの徴収が困難になり、おまけに人手不足も重なって、現在その計画は頓挫している。

 最高峰(トリプルS)の魔法使いが居るにも関わらず、こんな事態に陥ったことを、言わば逆恨みをして、あのような言い草に至っていた。

 計画の邪魔をされたと……。


 「でも可笑しいわよね? 魔女は私の計画に賛成したはずなのに、やっぱり、思い違いかしら……」


 と、独り言。

 というか、独り言をどう捉えているのか、首を捻りたくなるほどの大きな声で喋っていた。


 「これこれ王妃。魔女などと下世話な言葉を大声で。あの方は仮にも、いや、魔法国(ウィザード)の中でも五本の指に入る魔法使いなのですよ。くれぐれも無礼なのないようにお願いしますぞ。それこそ魔法国で変な噂が立てば、我が国の品位が下がってしまいます」


 もう遅い。

 王妃は今朝、その魔法使いに対して頭ごなしに怒鳴りつけたばっかり。

 アゴの下に片手を当てて、何かを思い悩む表情を(うかが)わせたが、柄にもないその表情は長くは持たない。

 王妃は勇ましく立ち上がり、「今から、町の視察に出るわ」と、今度ははっきりと大声を出し、言い切った。


 またか、と周りはただただ困惑するばかり。


 そして、王妃は想定外の行動に移った――いや、これもまたかである。

 片腕を高らかに掲げ、口を真一文字に結び、座っていた椅子に片足を上げ、


 「さあ、行くぞ!」


 筆頭執事は目まいを起こし、ふらふらと腰を落とした。




 普通、王族たちの視察というと、先頭に二頭の馬を配置し、馬車は四頭立て。

 後方から支援する馬が同じく二頭の、合計八頭の編成で行くのが一般的と言われている。

 なので、城の門が開いた時、それに気づいた民衆は誰が出てくるのか、興味本位で見物したり、道沿いで眺めたりするのだが、今回は一目で元の作業に戻った。


 城の奥から駆け出して来たのは、先頭も後方もいない、ただの二頭立ての馬車。

 観るからに古そうな馬車、誰が興味を示すものか。

 

 でも実はコレ、お忍び用に(くわだ)てられた馬車。

 王妃は文句こそ言わなかったが、少し()ねていた。

 王族たちと同じ普通の視察仕様かと思いきや、ブラウンが、


 「もし、本当の視察をお望みとあらば、目立つようなことは避けるべきです」


 ということで、出来るだけ派手さを押さたカッコになった。

 それを拗ねながらでもすんなりと受け入れたあたり、王妃はやはり曲者かもしれない。


 町へと来た馬車は朝という時間帯もあり、町の様子を見るには最適だった。

 人が減ったといえ、そこは城下町。

 冒険者たちや商人などで溢れ、何も知らない民衆は、昨日の朝となんら変わらぬ働きをしている。


 「ふーん、それなりに活気あるじゃないの。増税しても問題なさそうね?」


 そう見えているのは王妃だけだろう。

 昨年の増税の時、慣例であれば説明や使用目的などが通達されるはずだったが、今回は何の説明もなしに、増税されます、とだけ。

 不満をぶつける者もいたが、城下町という好条件に、魔法防壁。それにもまして、シュナの森は世界中の冒険者を魅了する場所でもあるので、商売をするにはもってこいの場所。

 それらを差し引いて、何とか我慢をしていた者も多かったが、あの日を境にそれも消え失せた。


 一人の少年が行方不明になり、それをきっかけに町中に出没するようになったモンスターたち。

 そういった不安や苦しみ、果てには増税。

 民衆の怒りは爆発寸前。

 そうとは知らず、馬車に揺られる王妃。


 なんの為のお忍びか理解してないあたり、王妃はやはり曲者ではなく、抜けているだけなのか……。


 「王妃、それは見た目だけであって、決して皆、裕福に暮らしてはおりませぬ。皆、一生懸命働いて、働くことによって潤い、幸せを掴んでおるのです。それを昨年増税され、皆疲れ果てております。ここは何卒我慢をお願いしたい」

 「ふんっ、アンタの話しなんて聞いてないわ。私は自分の目で確かめるだけよ」


 アントニー王妃はそう言って、馬車を止めさせた。


 「な、なにをなされるのですか!!」


 興奮気味に喋る筆頭執事のブラウンを尻目に、さっさと馬車を降りて行く王妃。

 顔の表情はまるで子供のよう。

 というのも、彼女が王妃になって二年余り。

 お忍びといっても、国王が国を離れた時くらい。

 されど国王、そう頻繁に国を空ける事も少なく、お忍びは今回を合わせてまだ二回。

 もちろん、その一回目は自然豊かなルツェルン湖の外遊(お忍び)だったのだが……。


 町中で不意に降りて行った王妃に腰を抜かし、慌てれば慌てるほど足が絡まるブラウン。


 歳には勝てぬ……。


 王妃は町の大通りに立ち、辺りを眺めていた。


 こうやって来るのは実に久しぶり。


 王妃は初めて遊びに来た少女のように瞳を輝かせ、道行く人や、その場の雰囲気を味わっていた。

 そこにやっと馬車から降りて来たブラウン。

 捕まえられてはやっかいだと思ったのか、目の前にある一軒の店に軽快に滑りこんだ。


 当然、変装はしてる。

 普段はドレスで着飾っていた服を脱ぎ捨て、皮の上着に綿のパンツ。

 ヒールはブーツへと変わり、自慢の金髪は頭上で束ねていた。

 それでも一見するだけで、気品というか、麗しさは拭えなかった。

 王妃になって二年とはいえ、この辺は流石というしかない。

 まあ、知性という言葉はまた別の機会にでも。


 「いらっしゃい。って食事ならまだできませんよ。すみません」


 王妃は気にすることなくつかつかと中に入って行く。

 その足音を聞いて、カウンターの裏で仕込みをしていた店主は作業の手を止め、疲れた表情で面を上げた。


 「あの、聞こえなかったんですか? まだですよ」


 王妃は尚も素知らぬ顔をして店内を眺める。

 だから、店主は続ける。


 「お嬢さん、聞こえてましたか? まだ…………」

 「うるさいわね! ねえ、あれなに?」


 驚いた表情を浮かべた店主。

 逆切れされて驚いたわけではない。

 実際はそれも少しは含まれていたのだろうけども、その女性が指差す先にあれがあったからだ。

 でも、すぐに。


 またか……。


 「……あれは依頼書。この町一番の報酬ですよ、お嬢さん」

 「依頼書くらいは知ってるわよ。馬鹿にしないで。こう見えても王……なんでもないわ」

 「ひやかしならもう十分ですから、帰ってください!」


 そう言い放すと、止めていた手を前より力のこもった感じで動かし始めた。

 裏口から入って来た少女が、「なに、朝から大声だして」と、苛立ち気味に言う。


 「お客さん?」

 「そう、お客さんよ。で、あれはなに?」


 と、二人の顔を見て、尚も指差す王妃。

 少女は、「なるほど」と頷き、そしてあからさまに馬鹿にした声をだす。


 「ええ、あれは人捜しのクエスト。受けてくれるの?」


 少女のことなど気にする風もなく、


 「ミスリル貨二枚ね……。ふーん、そこそこイイ感じじゃない」

 「そうよ。誰も受けてくれないけどね。どいつもこいつも根性なしばっか!」

 「へー、そうなの。貴方たちにとってミスリル貨二枚って大金じゃない?」


 そうだよ、と少女はご機嫌斜めの声を出す。

 受けてくれるの?


 「そうね。でも、払えるのかしら? 二枚だよ」

 「払えるから出してるに決まってるじゃないの! 冷やかしなら帰って。こっちはまだ仕込み中で忙しいの!」

 「あら、男らしいわね。そうね……」


 王妃は、おもむろに手を伸ばし、それを剥ぎ取った。

 そして、カウンターに叩きつけ、


 「受けましょ、この依頼!」

 「えっ、う、あっ!? う、受けるんですか!?」


 店主が先にそう答え、嬉しさを表情に表したが、又すぐに、


 「無理しなくていいですよ。難しいクエストじゃないけど、遊びならやめてくれ」


 指差しながら、「これ、貴方のお子さん?」と、王妃はかまわず続ける。


 「え、どうしてそれを……」

 「だってそうでしょ、誰が人捜しにミスリル貨二枚なんて出すのよ。この報酬だったら世界三大ダンジョンの一つ、あのミストの最深部にだって行ってくれる報酬よ」


 思い詰めたように店主は喉を詰まらせ、「半年前に行方不明になったんです」と、切れ切れに言葉を繋いだ。


 「そう。それにしても子供にミスリル貨二枚とは豪勢ね。この店儲かってるのかしら」

 「金貨で子供が帰ってくるなら、誰だって……」

 「誰だって? 誰だって何よ」


 急に苛立つ王妃。


 「フンッ! 世の中ね、金貨が沢山あっても、自分の子供に銅貨一枚出さない親だっているのよ!!」

 「……でも、それは」

 「でも、なによ。うるさい! この依頼は私が受ける! 捜してみせるわ! 絶対に!!」


 唖然となる店主と少女。


 涙を隠すためだったのだろう。

 その女性は踵を返し誰にも届かない声で囁く。


 「私もそうして欲しかったわ……」


 何かの視線を感じ、俯いたその表情を上げた先に、いつのまにか筆頭執事のブラウンが居た。

 そして、何の前触れもなくの手を掴まれたものだから、今度は王妃が唖然となっる。


 「お、驚かさないでよ、ブラウン! 何してるのよ!」

 「おおーお! なんと慈悲深いアントニー王妃(・・・・・・・)よ。私は感銘いたしましぞ。長年オークス国に遣え、不肖ながらお支えてしてきたこのブラウン! 初めてであります! このような感動と興奮を与えて下さったのは。そして……何より愛を感じたのはっ!!」


 呆気に取られた、一同|(ブラウンを除く)。

 そりゃそうでしょ、いきなりネタバレするんだから。

 更にネタバレを続けるブラウン。


 「この依頼、絶対に完遂させますぞ! 子を思う親の気持ち、|お金ではないアントニー王妃・・・・・・・・・・・・・の心意気。決して無駄にはさせませんぞ! このブラウン、お手伝いさせて頂きます、支援させて頂きますぞ! この人捜し、見つけて参りますぞっ!!」

 

 いや、お金はいらいとは言ってないけど……と、王妃が言う言葉に被せ、号泣し出したブラウン。

 何となくとんでもない方向に話が反れて言ったような気がして、そこに居た全員|(ブラウンを除く)がドン引きしたのは言うまでもない。


 しばらく経ち、ブラウンを含め全員が落ち着いてから、ここまでの経緯を筆頭執事が簡素に説明した。


 もちろん、増税の為の視察なんて話しはなしで、成り行きだけを語った。

 王妃の噂を知らない二人ではなかったが、こうして受けてくれるだけでも心強かった。

 それにオークス国の王妃ということもあって、もしかしたら、という思いも大いにあったに違いない。

 それでも時折不安な表情を覗かせいてた二人に、王妃はあっさりと独占契約を結ぶことで払拭させた。


 通常Aランク以上のクエストの場合、完遂出来た内容を精査するため、なんだかんだんだと結果が出るまで数日掛かってしまう。

 そこで、許可されているのが、Aランク以上のクエストとそれに見合う報酬がある場合に限り、複数のパーティーと依頼を結んでもよい、ということになっている。

 ひとつのクエストにひとパーティーだと、平等が担保できないという理由からである。


 今回の人捜しクエストなのだが、半年前の出来事であるのと同時にシュナの森周辺で起きた、という事案を考慮され、それに該当することとなった。


 独占契約の保証金は、金貨十枚。

 普通よっぽどのことがない限りそれはしない。

 成功しても、失敗しても、金貨は戻ってこないのだから。


 「これで私が独占ね。ええっと名前は……」

 「はい、ありがとう御座います。私はここのギルド酒場のマスター兼、ギルドマスターをしております、バンデック・ルインと申します。こちらは、娘のムーンです。先程までのご無礼お許し下さい」

 「ふーん、娘ね……。まあいいわ、マスターとムーンね。あと、今度からここに来る時、私は王妃でも何でもないんだから気を使わないで。私はただの冒険者よ」


 アントニー王妃は、爽やかなウインクをして魅せた。


 その日のギルド酒場は、いつもより陽気な雰囲気と元気な二人の声で満ちあふれていた。

 この後予想もしないことが起こることは、まだ誰も知らない。


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