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 「俺を呼びつけたヤツは貴様か?」


 その言葉の意味を計りかねていた。

 騎乗から漂う気配は尋常ではない。

 リオンだけがそう感じるのではなく、周囲の雑魚すら近寄ろうとしないことから、自分の知覚が間違えていないと知る。


 「ん? ……そうか、貴様は魔物(ドラゴン)か。道理で目覚めが悪いはずだ」

 「……ドラゴン……目覚め?」


 手綱を緩め、(あぶみ)を軽く蹴って進み出す。

 四本の脚を優美に動かし、騎乗する人物を軽やかに上下させる。

 蹄の音は響かず、それでいて地面をしっかりと蹴っている。


 「…………っ!」


 見上げるその高さは、頭上の景色をすっかりと奪う。

 その大きさに威圧感はあるが、なぜか最初に感じた恐怖や敵意のようなものは感じられなかった。

 ……なんだ!? こいつ……。


 「ルーラが(いなな)かないとはめずらしい。貴様、魔物じゃないのか」

 「それは……。お前こそ誰なんだ!」


 頭上の視界を奪う馬顔のせいで、騎乗してる人物のことを窺い知ることは出来なかったが、なぜかリオン自身も敵意と呼べるモノを喪失している。

 但し、三つ目の赤目(レッドアイ)だけは大きく開き、すべてを俯瞰して眺めているようだった。



 ◆



 ――古びた建屋。


 鍵のないその建物の扉を開けると、直ぐに感じたあの臭いはない。

 筆頭執事のブラウンも滅多に近づくことは無いのだが、記憶していた臭いとは別の臭いがあった。

 テーブルに置かれたカップから立ち登る湯気の匂いはブラウンでさえ、中身を見ずに言い当てることが出来る。


 「この臭い……」


 臭いのことも大いに気にはなったが、それと同じくらい別のモノにも意識が集中する。


 並べられた書庫の下に、何かを移動したときに出来る擦った跡があった。

 これがニック連隊長の言っていた隠し通路へと続く扉か、と思ったのだが、その有り様が余りにも稚拙だったので、少し首を傾げた。


 よく見ると床の引っかき傷は書庫から続くのではなく、そこから少し離れた場所に付いている。

 書庫が壁から移動するならこんな傷つき方はしない。


 そう、それはそこだけにある傷。

 何かを床に置いて引きずり、そしてその何かを退()かすと出来るような傷跡。


 「一体これはなんじゃ??」


 松葉杖をテーブルに立てかけて、ブラウンはもっとよく見える位置に移動し、しゃがみ込んで手で触れて見た。


 「はっ! こ、これは……」


 息を飲んだ筆頭執事は触れた指先を見て、改めて唾を飲み込んだ。


 「魔法陣の跡……」


 詠唱し終わった跡に残る(かす)、とでも言えばいいのか、その一部が残り床を傷つけいた。

 慌てて周りの床も確認する。

 肉眼で見ただけでは分かりづらかったのか、両手を使い周囲を撫で回す。


 「こんなところで詠唱を行っていたのか……」


 立ち上がる際、テーブルに手をついた軽い衝撃でカップとソーサーが触れ合い音を立てた。

 そこからカップの中身が有り有りと見えた。

 

 立てかけてあった松葉杖を肩下に、ブラウンは足早に部屋を後にした。


 「これはいかん。ニック連隊長に早く伝えねば」


 松葉杖を器用に動かし、宮廷へと消えていった。



 ◆



 「離しなさい、アリスヘブン! 貴方、こんなことしてどうなるか分かってるの!!」

 「ええ、もちろんよ」


 いとも容易く返答をする彼女に、アントニー王妃は困惑を隠しきれないでいた。

 一国の王妃を、柱に縛り付ける。

 戦渦によって敵国に捕まったとしても、こうまでされることはないだろう。


 「王妃には、そこで人柱になってもらうわ。貴方の命もここにきてやっと役にたちそうね」


 せせら笑うアリスヘブン。

 目が見えない分、想像力が増すのであろうか。

 彼女の不気味さに体が竦み、息を凝らす王妃。


 「ちょっと遠回りしたけど、もうすぐ私の願いが叶うわ。貴方がルツェルン湖に離宮を建てると言った時、とっても嬉しかったわ。現地調査と銘打って何度も行くことが出来たし、怪しまれるどころかこうして完成することが出来た」


 両手を大きく広げ、地下空間に作れらた構造物を仰ぎ見る魔法使い。

 それを見て、満面の笑みを浮かべる。


 今から四百年前、ジュノー四世の肝いりで作られたその構造物は、人種から魔力を吸い上げ己の力とし、それを余すことなく発生させるための装置。

 『血の七日間セブン・ディズ・オブ・ブラッド』を凌いだ魔力の貯蔵庫。

 

 それが今、アリスヘブンの前に展開され、完成していた。


 巨大なオベリスクが四隅に立ち、その中央には円で囲まれた三角錐が置かれている。

 ルツェルン湖から引いているのだろうか、円の中は水で満たされている。


 その三角錐に(もた)れる形で王妃は縛られ、膝下辺りまで浸かっている。

 といっても、縛る縄などは見えず、光りの輪が手足に輝いているだけだった。


 「そんなことはどうでもいいのよ! 早く解きなさい!」

 「どうでもは、良くないよわ。貴方には何度お礼を言っても言いきれないほど感謝してるのだから」


 侮蔑の笑い声。

 縛られた王妃を見下ろし、話を続ける。


 「この時をずっと待ちわびたの。貴方には想像も出来ないくらいの屈辱や迫害を受けて、魔法使いの尊厳も失われ、オークス国で生きてきた……。ねえ、貴方には分かるかしら。自国の民を殺された挙句、敵国の一国一人(魔法使い)になり、その民を守るという行為を。貴方には一生掛かっても理解できないでしょうね」

 「…………そ、それは、お互いさま……で……しょ」


 消えそうな声で応酬する王妃。

 しかし、彼女はそのまま引用する。


 「お互いさま、いい言葉ね。じゃあ、そのお互いの半分を貴方に受けもってもらおうかしら。貴方の命と引き換えにね」


 ダークローブを翻し、階段状に作られた大理石を降り振り返る。

 そして、四本のオベリスクすべてが見える位置まで宙に上がる。


 「さあ、王妃受け取りなさい。ジュノー四世の魂を!」


 胸元辺りに両手を突き出し、その指先から漆黒の闇が放出される

 それが四本のオベリスクを覆いかぶさるように広がり、全体を包み込む。


 「始まるわ! 私の希望!」


 首を後ろに逸らし、見上げる直眼の閻はいつになく晴れやかに光っていた。


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