027
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――突如、魔法陣の中心から現れた邪悪な気配。
「なんだあれは!?」
――始まったわね。可愛いモンスターたちよ。
「モンスターだと!? クソっ、アントニーさんを返せ!!」
――そう言うと思ってね、シルビアが作ったこの魔法陣を利用させて貰っているの。いいのよ、貴方は何もしなくて。
反響するその声に、笑いが乗る。
「お前を必ず見つけ出して、助け出してやる!」
――ふん、若いのは良いことだけど、聞き分けの悪い子は嫌いよ。
歪な高笑い。
一方的に喋る彼女は一体何者なんだ……。
リオンの赤目を持ってしても未だ見つけられずにいる。
……クソっ、どこだ!
――この魔法陣はね、錬金術師ダンジョンのモンスターたちを転送移動させる効力があるの。とっても素敵な魔法陣ね。これがあればいつでも国を滅ぼせるわ。
「……なんてことを」
握った拳に力が入り、唇を噛み締めた。
――そうそう、今回の転送先は魔法防壁の内側にしてあげたわ。きっと今頃、皆驚いてるわね。
「なんだと!!??」
再び笑うアリスヘブンの声に、リオンは苛立ちを滲ませた。
赤目を輝かせ宙に舞ったが、どこにも彼女の痕跡が確認出来ない。
……魔女は違う場所にいる!?
だとしたらどこだ、考えろ……。
――貴方とのお喋りはつきないけど、この辺にして置くわ。ほら、早くしないと町がモンスターで溢れかえるわよ。
「待て! 逃げるなー!!」
――逃げも隠れもしないわ。あはははーはははーさようなら。
アリスヘブンの声はそれ以降聞こえることはなかった。
そして、見下ろすそこはモンスターたちの巣窟となっていた。
◆
空気を切り裂く音がして、業火の塊はムーンの寸前で横にさらわれ、そのまま燃える家の壁へと突き刺さった。
「はぁー。油断しないで、相手はS級モンスターよ」
「……えっ、あなたは」
「ほら、しっかり構えて! 次ぎ、来るわよ!」
亜種魔族は、強敵が現れたことが分かるのか、背中の翼を羽ばたかせ宙に浮く。
鋭く尖った両手を上げて、何かを口ごもった。
「逃げて!」
「きゃぁー」
ムーンの悲鳴と共に、亜種魔族から数本の火柱が上がり、地面を伝って押し寄せてくる。
「ムーン!」
横から走って来たマスターがムーンに飛びかかり、火柱の餌食になる前に救い出した。
「大丈夫か……」
「……お父さん」
「しっかりしろ、前を見て……痛っ」
「どうしたのお父さん!?」
ぎりぎり間に合わなかったのか、マスターの左足が溶けて消失していた。
苦痛に歪む父親。
「お父さん!!」
「またくるわよ、しっかりしなさい! こんなところで全員死にたいの!!」
そう言われ、咄嗟に睨み返すムーン。
「そんなわけないでしょ!!」
「元気はまだあるようね。よかったわ」
痛がる父親を建物の端まで引きずり、少し離れたその場所からムーンはいきなり矢を放つ。
熱気渦巻く周囲の空気を切り裂いて、一本の矢が近くにいたモンスターの頭部を消し飛ばした。
「お父さんは、私が守る! この町も、皆も!!」
目を丸くした弓使いの女性は、口元をほころばせた。
「中々いい腕ね。じゃあ、ここで食い止めて、守るわよ!」
「モンスターなんて、全部殺してやるわ!」
「あら、怖いわね。お姉さん負けちゃうわ」
弓使いの軽口に、ムーンは肩をすくめ言い返す。
「そうでもないでしょ。お姉さんのその弓、普通じゃないじゃない」
「ちょっと性能強化を施しただけよ」
視線を交わす二人の女性。
恐ろしいほどの笑顔を湛え、亜種魔族とその後ろから沸いて来るモンスターどもを迎え撃つこととなった。
◆
リオンは思案していた。
このままアリスヘブンを探し出して、アントニーさんを救出しに行くか。
それとも、ここに残ってモンスターを駆除するか。
そう思っている間も、彼は異形の姿に変わり、迫り来るモンスターどもを退治していった。
リオンにとってS級モンスターなど雑魚程度にしか感じなかったが、何匹かは退治する前に、その場から姿を消していた。
魔女が言うように、これが町へ飛んで行っていたら……クソっ切りが無い!
強くはないが嘆きたくなるほどの量のモンスター。
黒い中心部から次から次へと沸き出している。
それこそ、錬金術師ダンジョン内にいる全てのモンスターがここに集結してるかのようだった。
……どうにかして止めないと。
そうやって退治しているうちに、リオンの目にある物が映った。
どうやらあれは、モンスターにとって嫌いな物らしい。
わざわざ迂回して通っている。
「よし、一か八かやってやる!」
再び宙に舞い上がり、それを目指して飛翔する。
しかし、その近くまで行くと事態は少し違っていた。
なんと真逆の行動を示しているモンスターがいるのだ。
「なるほど、やっぱりそれが弱点か……」
額の真ん中が割れ、三つ目の赤目が開きだす。
それが今、眩しいばかりの輝きを放ちだした。
「守護しても無駄だ。邪魔するなら殺す!」
その声に反応したのか。
大きな咆哮を上げ、恐怖の根源とも言える二つ瞳が、リオンに負けないくらいの光りを帯びていた。
「俺を呼びつけたヤツは貴様か?」
「……!?」
そう問い正してきたのは、黒い馬に騎乗する人物から発せられていた。
視覚を惑わすほどの美顔の持ち主は、騎乗する馬と同様、全身黒で統一され、手綱を持つ腕だけが不規則な模様に彫り込まれていた。
◆
「来るわよ!」
亜種魔族が再び、火柱を上げる。
それを二手に分かれ躱す。
横に飛び、地面に着くその間に、素早く詠唱をする弓使いの女性。
――神速の弦
――三連の矢
弓は本来、複数個体に対して非力と言われているが、欠点を補うに余る効果があった。
二重詠唱を行った弓使いの矢は、一度に三本の矢を同時に射るだけでなく、その動作を、神速の弦の精霊魔法で刹那に五回行っていた。
それが十五体のモンスターすべてを貫き、息の根を止めた。
もちろん、反対側に飛ぶ、ムーンの矢も一体のモンスターを仕留めていた。
「うわ、すごい! 初めて見た……」
「感心してる場合じゃないわよ。亜種魔族はまだなんだから!」
亜種魔族の肩を射ぬき、左腕ごと消失させていたが、致命傷にまでは追い込めなかった。
前進するその悪臭を一歩踏み留まらせただけに過ぎなかった。
再び奇声音を発し、火柱は無駄だと悟ったのか、今度は素早く飛翔してきた。
狙う相手は人もモンスターも同じ。
必ず、弱い方からである。
踊り来る亜種魔族。
ムーンは冷静にボーガンを構え。
見て聞いたばかり詠唱を行う。
――三連の矢
射られた矢は三本、いや、上手くいかなかったのか二本にしかならなかった。
驚愕の表情に変わったムーン。
二本の矢が亜種魔族に当たる寸前、別の詠唱が聞こえ、その矢に重なる。
――聖なる矢
ムーンが射った矢が突如光りの輪に包まれ、亜種魔族の頭部と胸に当たり、その箇所が消滅した。
上半身を歪な形で失った亜種魔族はしばらくそのまま移動を続け、地面に落ちた。
目前で朽ち果てたモンスターを見、涙目になるムーン。
弓使いは彼女に近づき頭を軽く撫で、こう言った。
「やるわね。私、ミーサ。貴方は?」
顔を上げたムーンは涙をそのままに、ミーサに抱きつき声を上げて泣いた。
優しく包むように抱きしめたミーサの目にも、暖かい雫が流れていた。




