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 ――突如、魔法陣の中心から現れた邪悪な気配。


 「なんだあれは!?」


 ――始まったわね。可愛いモンスターたちよ。


 「モンスターだと!? クソっ、アントニーさんを返せ!!」


 ――そう言うと思ってね、シルビアが作ったこの魔法陣を利用させて貰っているの。いいのよ、貴方は何もしなくて。


 反響するその声に、笑いが乗る。


 「お前を必ず見つけ出して、助け出してやる!」


 ――ふん、若いのは良いことだけど、聞き分けの悪い子は嫌いよ。


 (いびつ)な高笑い。

 一方的に喋る彼女は一体何者なんだ……。


 リオンの赤目(レッドアイ)を持ってしても未だ見つけられずにいる。

 ……クソっ、どこだ!


 ――この魔法陣はね、錬金術師(アルケミスト)ダンジョンのモンスターたちを転送移動させる効力があるの。とっても素敵な魔法陣ね。これがあればいつでも国を滅ぼせるわ。


 「……なんてことを」


 握った拳に力が入り、唇を噛み締めた。


 ――そうそう、今回の転送先は魔法防壁パーフェクトウォールの内側にしてあげたわ。きっと今頃、皆驚いてるわね。


 「なんだと!!??」


 再び笑うアリスヘブンの声に、リオンは苛立ちを滲ませた。

 赤目(レッドアイ)を輝かせ宙に舞ったが、どこにも彼女の痕跡が確認出来ない。

 ……魔女は違う場所にいる!?

 だとしたらどこだ、考えろ……。


 ――貴方とのお喋りはつきないけど、この辺にして置くわ。ほら、早くしないと町がモンスターで溢れかえるわよ。


 「待て! 逃げるなー!!」


 ――逃げも隠れもしないわ。あはははーはははーさようなら。


 アリスヘブンの声はそれ以降聞こえることはなかった。

 そして、見下ろすそこはモンスターたちの巣窟となっていた。



 ◆



 空気を切り裂く音がして、業火の塊はムーンの寸前で横にさらわれ、そのまま燃える家の壁へと突き刺さった。


 「はぁー。油断しないで、相手はS級モンスターよ」

 「……えっ、あなたは」

 「ほら、しっかり構えて! 次ぎ、来るわよ!」


 亜種魔族レッサーデーモンは、強敵が現れたことが分かるのか、背中の翼を羽ばたかせ宙に浮く。

 鋭く尖った両手を上げて、何かを口ごもった。


 「逃げて!」

 「きゃぁー」


 ムーンの悲鳴と共に、亜種魔族レッサーデーモンから数本の火柱が上がり、地面を伝って押し寄せてくる。


 「ムーン!」


 横から走って来たマスターがムーンに飛びかかり、火柱の餌食になる前に救い出した。

 

 「大丈夫か……」

 「……お父さん」

 「しっかりしろ、前を見て……痛っ」

 「どうしたのお父さん!?」


 ぎりぎり間に合わなかったのか、マスターの左足が溶けて消失していた。

 苦痛に歪む父親。


 「お父さん!!」

 「またくるわよ、しっかりしなさい! こんなところで全員死にたいの!!」


 そう言われ、咄嗟に睨み返すムーン。


 「そんなわけないでしょ!!」

 「元気はまだあるようね。よかったわ」


 痛がる父親を建物の端まで引きずり、少し離れたその場所からムーンはいきなり矢を放つ。

 熱気渦巻く周囲の空気を切り裂いて、一本の矢が近くにいたモンスターの頭部を消し飛ばした。


 「お父さんは、私が守る! この町も、皆も!!」


 目を丸くした弓使い(アーチャー)の女性は、口元をほころばせた。


 「中々いい腕ね。じゃあ、ここで食い止めて、守るわよ!」

 「モンスターなんて、全部殺してやるわ!」

 「あら、怖いわね。お姉さん負けちゃうわ」


 弓使い(アーチャー)の軽口に、ムーンは肩をすくめ言い返す。


 「そうでもないでしょ。お姉さんのその弓、普通じゃないじゃない」

 「ちょっと性能強化(エンチャット)を施しただけよ」


 視線を交わす二人の女性。

 恐ろしいほどの笑顔を湛え、亜種魔族レッサーデーモンとその後ろから沸いて来るモンスターどもを迎え撃つこととなった。



 ◆


 リオンは思案していた。


 このままアリスヘブンを探し出して、アントニーさんを救出しに行くか。

 それとも、ここに残ってモンスターを駆除するか。


 そう思っている間も、彼は異形の姿に変わり、迫り来るモンスターどもを退治していった。

 リオンにとってS級モンスターなど雑魚程度にしか感じなかったが、何匹かは退治する前に、その場から姿を消していた。


 魔女が言うように、これが町へ飛んで行っていたら……クソっ切りが無い!


 強くはないが嘆きたくなるほどの量のモンスター。

 黒い中心部から次から次へと沸き出している。

 それこそ、錬金術師(アルケミスト)ダンジョン内にいる全てのモンスターがここに集結してるかのようだった。


 ……どうにかして止めないと。


 そうやって退治しているうちに、リオンの目にある物が映った。

 どうやらあれは、モンスターにとって嫌いな物らしい。

 わざわざ迂回して通っている。


 「よし、一か八かやってやる!」


 再び宙に舞い上がり、それを目指して飛翔する。

 しかし、その近くまで行くと事態は少し違っていた。

 なんと真逆の行動を示しているモンスターがいるのだ。


 「なるほど、やっぱりそれが弱点か……」


 額の真ん中が割れ、三つ目の赤目(レッドアイ)が開きだす。

 それが今、眩しいばかりの輝きを放ちだした。


 「守護しても無駄だ。邪魔するなら殺す!」


 その声に反応したのか。

 大きな咆哮を上げ、恐怖の根源とも言える二つ瞳が、リオンに負けないくらいの光りを帯びていた。


 「俺を呼びつけたヤツは貴様か?」

 「……!?」


 そう問い正してきたのは、黒い馬に騎乗する人物から発せられていた。

 視覚を惑わすほどの美顔の持ち主は、騎乗する馬と同様、全身黒で統一され、手綱を持つ腕だけが不規則な模様に彫り込まれていた。



 ◆



 「来るわよ!」


 亜種魔族(レッサーデーモン)が再び、火柱を上げる。

 それを二手に分かれ躱す。


 横に飛び、地面に着くその間に、素早く詠唱をする弓使い(アーチャー)の女性。


 ――神速の弦アクセレーションストリング


 ――三連の矢(トリニティーアロー)


 弓は本来、複数個体に対して非力と言われているが、欠点を補うに余る効果があった。

 二重詠唱ダブルアリアを行った弓使い(アーチャー)の矢は、一度に三本の矢を同時に射るだけでなく、その動作を、神速の弦アクセレーションストリングの精霊魔法で刹那に五回行っていた。

 それが十五体のモンスターすべてを貫き、息の根を止めた。


 もちろん、反対側に飛ぶ、ムーンの矢も一体のモンスターを仕留めていた。


 「うわ、すごい! 初めて見た……」

 「感心してる場合じゃないわよ。亜種魔族レッサーデーモンはまだなんだから!」


 亜種魔族レッサーデーモンの肩を射ぬき、左腕ごと消失させていたが、致命傷にまでは追い込めなかった。

 前進するその悪臭を一歩踏み留まらせただけに過ぎなかった。


 再び奇声音を発し、火柱は無駄だと悟ったのか、今度は素早く飛翔してきた。

 狙う相手は人もモンスターも同じ。

 必ず、弱い方からである。


 踊り来る亜種魔族レッサーデーモン


 ムーンは冷静にボーガンを構え。

 見て聞いたばかり詠唱を行う。


 ――三連の矢(トリニティーアロー)


 射られた矢は三本、いや、上手くいかなかったのか二本にしかならなかった。

 驚愕の表情に変わったムーン。

 二本の矢が亜種魔族レッサーデーモンに当たる寸前、別の詠唱が聞こえ、その矢に重なる。


 ――聖なる矢(ホリーアロー)


 ムーンが射った矢が突如光りの輪に包まれ、亜種魔族(レッサーデーモン)の頭部と胸に当たり、その箇所が消滅した。

 上半身を歪な形で失った亜種魔族(レッサーデーモン)はしばらくそのまま移動を続け、地面に落ちた。


 目前で朽ち果てたモンスターを見、涙目になるムーン。

 弓使い(アーチャー)は彼女に近づき頭を軽く撫で、こう言った。


 「やるわね。私、ミーサ。貴方は?」


 顔を上げたムーンは涙をそのままに、ミーサに抱きつき声を上げて泣いた。

 優しく包むように抱きしめたミーサの目にも、暖かい雫が流れていた。


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