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 鋭利な音が肉体を突き抜け、口から吐血が霧状に散る。


 「……お前」


 返り血を浴びる赤目(レッドアイ)は、それよりも赤く輝いている。


 「…………」

 「……そうか……あの時から……俺は……」


 己が魔法で呼び出した偉大なる槍の審判ジャッジ・オブ・グレート・ランスで胸を貫かれたカルファン。

 余りにも素早い動きで、気づく(いとま)もなかったのだろう。

 地面に突き刺さった槍を手に、リオンは言う。


 「もう終わりにしよう……」

 「……俺の憎しみは……」


 それを今も、昨日のことのように思い出せる。


 『薔薇の血(ブラッドローズ)』のメンバーでもあり、母でもあった魔法使い(メイジ)ルナの死。

 錬金術士(アルケミスト)ダンジョンで不遇の死を遂げたと知った時から、彼の心は憎悪と復讐に支配され、今日まで生きてきた。

 その目的を達成する為、悪魔のような魔女に自分の魂を売ったこと。

 後悔こそしなかったが、幸せな日々ではなかった。

 だからなのだろうか、慈愛に満ちた母の笑顔が浮かぶ。


 「ああ、そうか……だから君が……」

 「………………」

 「お母さん……許してくれ……」


 赤目(レッドアイ)は消え、元の姿に戻っていたリオン。

 その目からは悲しみと寂しさが溢れいる。

 今、ゆっくりと目を閉じるカルファン。

 全ての呪縛から開放され、安らかに眠っているようだった。

 彼のそんな気持ちが分かるというか、リオンは胸に手を当てて、


 「すべてを断ち切って見せる」


 力強く吐き出されたその言葉に、一切の迷いは感じられなかった。



 ◆



 アントニー王妃の元に戻ったリオンは優しく手を取り、「さあ、行こう」と声を掛けた。

 黙って頷くだけの王妃。

 彼女には分かっていた。

 アリスヘブンの部屋と同じ異臭がしたことを……。

 例えそれが彼の体からしようとも、彼女はそれを口にすることはなかった。

 散らばった多くの欠片を、彼女自身の手で埋めよとしていたのかもしれない。

 それは、王妃としての自覚がそうさせているのか、それとも一人の女性としてなのか。

 見えなくなった目で、尚も前を見ようとするアントニー。

 彼女の表情からは、それを窺い知ることは出来なかった……。



 しばらく歩き続け、魔法陣の端まで来た時、大きな揺れを感じた。

 しがみつく王妃の肩をかばい、リオンは周囲を見渡した。


 「……なんだあれは」


 魔法陣が光りを放ち、天井にその文様を写し出した。


 「どうしたのリオン? 何がったの!?」

 「大丈夫……」


 何を睨むリオン。

 すると、どこからともなく軽薄な声が聞こえ、反響して耳に届いた。


 ――カルファンは死んだのね……最後に敵は取れた見たいだけど、それはそれで良かったのかしらね。


 人の死を軽く言ってのけるその喋り方。

 見えないはずの王妃は名指しする。


 「アリスヘブン!!」


 ――お久しぶりね、元気、ではないご様子ね。


 笑いに軽蔑がこもる。

 リオンは声の主を必死に探す。


 ――シルビアったら、こんな物を作っていただなんて。それで私の……。いいわ、ちょっと利用させて頂こうかしら。


 「アリスヘブンどこ! 貴方は何がしたいの!」


 ――何がしたい、ね……。今は言えなわ。でも、ここから出してあげる。王妃様だけね。


 そう言い終わると、突然王妃の体が薄らぎ始めた。

 気がつかない王妃は辺りを見渡すが、ふいにリオンを掴む手に感触を失う。


 「リオン!? どこ?」

 「……クソっ!」

 「ねえー、リオン!」


 必死に掴もうとする王妃。

 彼女の背後が見えるリオンは、何度も手を握っては又、その手を伸し握る。

 お互いがお互いを掴めずにいると、透明にまで薄らいだ王妃は忽然と消えた。


 見えなくなった王妃を見据えたまま、大声で叫ぶ。


 「何をしやがった! アントニーさんを返せ!!」


 ――王妃には一時避難をしてもらったわ。これで貴方は一人。思う存分力を発揮して頂戴。


 と、その時。

 魔法陣から浮き出た光りが中心に向って集合し、やがて丸い球状となり、そして輝きを放ちながら砕け散った。


 砕けた光りの後から黒い(もや)が立ち登る。

 そこから漏れだしてきた邪悪な気配に、リオンの目は釘付けとなった。



 ◆



 ――その頃、町の中には闘う親子がいた。


 「もう大丈夫だ……はやく城まで」


 炎が襲う家から一人の子供を救い出し、今その母親に手渡した。


 「あ、ありがとうございます。ホントに……」

 「ここはまだ危険です。さあ、城へ急いで!」


 何度も会釈する親子を見届け、大きなため息をつく。

 肩から掛けたエプロンは焼け焦げ、皮膚の所々は火傷を負っている。


 それでもマスターは、顔を上げ、次の救出に向おうとした時、焼け崩れた家から異様な気配を感じ、振り向いた。


 「ま、まさか……」


 ――亜種魔族(レッサーデーモン) 


 炎渦巻く中から出てきた、悪魔の化身。

 赤黒いその体に、無数の傷跡が残っているが、どれも致命傷にはなっていない。

 憎悪に満ちた目をマスターに向け、ゆっくりとした足取りで迫ってくる。


 「よくもうちの客をー!!」


 片膝を地面につけたマスターは、身を丸め、そして顔を上げる。

 怒りに満ちたその表情を亜種魔族(レッサーデーモン)へぶつけ、狙いを定める。


 気合の雄叫びを上げ、力強く地面を蹴ったその力を利用し、肩から亜種魔族(レッサーデーモン)へと体当たりをかます。


 肩の骨が砕ける音がして少し後退した亜種魔族(レッサーデーモン)

 だがしかし、次の瞬間、マスターの体を両手で受け止めた。


 「うぅーあ、あーっ!!」


 痛さに声が噴き出すマスター。

 彼の耳元で軽い空気音。


 「……!?」


 奇奇怪怪な奇声音を狂ったようにあげた亜種魔族(レッサーデーモン)

 その目に一本矢が突き刺さっていた。


 「お父さん! 離れて!」


 すぐに娘の声だと知って、一瞬驚いた表情を浮かべたマスター。

 その後、同じ音が続けざま二回ほど繰り返される。


 それでやっと理解できたのか、目前に立ちはだかる亜種魔族(レッサーデーモン)の胸に二本の矢を確かめて、声のする方へ駆け出した。


 「なんで逃げない! ここは危険だと……」

 「なら、お父さんも危険でしょ! もう逃げるのは嫌なの!」

 「だからって……」

 「もうだれも失いたくない……お父さんも……リオンも……誰も……」

 「ムーン……」


 優しく抱き寄せ、父親の胸に顔を埋める娘。


 「お父さん、ごめんね。私、もう嫌だから……」

 「ああ、わかった。お前のわがままは馴れてる。でも、お父さんの言う事をちゃんと聞いて行動してくれよ」

 「ふん。私、お父さんよりランク高いのよ、馬鹿にしないで」


 笑い声に変わる娘を、父親は少し悲しい表情で抱き占めていた。


 「お前も、大人になったな……」

 「当たり前でしょ! 毎日傍にいるくせに気づかなかったの?」

 「ははは、鈍感でわるかった」

 「馬鹿っ……」


 親子の愛情劇をモンスターは待ちはしなかった。

 射ぬかれた矢を取り終えた亜種魔族レッサーデーモンは、腕を突き上げ手の平に業火作り、振りかぶった。


 「あっ、お父さん危ない!」


 父親を押しのけ、素早くボーガンを構える娘。


 「間に合って!!」


 矢を放つその先に、業火の塊は彼女の瞳に大きく映し出されていた。



 ◆



 「どうじゃ、なんとかなりそうか?」

 「いま総動員して対応してます」

 「そうか。城に避難して来た民を優先して対応してほしい」

 「もちろんです、ブラウン殿」

 「……すまない、ニック連隊長。貴殿を巻き込むような真似をさせて……」

 「では、ここから先は我ら近衛兵団におまかせください」


 国の大事とはいえ、筆頭執事のブラウンは各大臣や参謀などを飛び越して、王室騎兵団にまで声をかけ、この未曾有を危機を乗り越えようとした。

 どんなお咎めでも受ける覚悟は出来ている。

 

 というのも、あれから各執務室や大臣室に行って掛け合ったが、己の保身ばかりで一向に話は進まなかった。

 傷つき負傷した衛兵に代わり少しでも多くの兵を出すため、城の守り手、いうなれば王を守る近衛兵団を出動させるということを。


 しかし、各大臣は渋ったのである。

 国王が不在の中、勝手な判断はできないと……。


 それに嫌気が差したブラウンは実力行使に出た。

 目の前に迫る危機が理解できない堅物を説得するより、直接直談判した方が早い。と、そう思ったブラウンが向った先は、先程のニック連隊長がいる部屋だった。

 彼も又、大臣の命を待っていたのだが、一向に指示が出る気配はなく、焦っていたらしい。

 そこでお互いの胸の内を明かしてるうちに意見が合致し、今の運びとなった。


 それとは別に一つ。

 気に掛かることを告げられていたことを思い出した。


 「ブラウン殿はご存知かどうかしらぬが、あの魔法使いの部屋。どうやらどこかに通じる隠された通路があるらしく、以前秘密裏に調査隊を出したのだが、全員戻ってこなかった。もちろん公に出来ることではない……悔しいが遺族たちには私から誠意を尽くさせて貰った」

 「誠意、じゃと?」

 「はい。実は後日見つかったのですが、その場所が……」


 ルツェルン湖に浮いてた……か。


 そう呟いたブラウンは、眼下に見える古びた建物に目を移した。

 連隊長指揮の下、なぜ一国一人(魔法使い)を調べる必要があったのか、それも気になるところだが、今はそれりも大事なことがある。


 彼は器用に松葉杖を動かし、体を反転させると、大廊の端にある階段を降って行く。

 何かを見つけた時のような眼差しで、ブラウンは先を急いだ。


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