024
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「ムーン、見るな!」
荒れる店内。
倒れた男性の下に数人の男たちが駆け寄り、傷の具合と生死を確認するが、その両方とも必要はなそうだ。
背中は傷は肋骨まで達し、内臓はすっかり抉り取られていた。
この冒険者が語ったことが真実ならば、町は一体。
「クソっ、どうなってやがる! 魔法防壁はどうした!?」
恐怖と怒りが混在する冒険者たちは、各々武器を持ち身構えた。
ざわめきが静寂と変わり、興奮した息遣いだけが聞こえる。
ピンっと張り詰めた緊張感。
痛々しいほどの空気が支配する。
「このままじゃ、袋のねずみだ。外がどうなってるか見てくる」
一人の冒険者がそう言って扉まで行きかけた時、別の冒険者が、
「やめとけ! お前一人じゃどうにもならねえ。もし町にモンスターが溢れいたら、ここで篭城した方がいい……」
「ちっ、俺はこんなところで死にたかねえ。好きにさせてもらうぞ!」
その言葉に賛同したのか、数名の冒険者たちが後に続く。
店の扉を開け、外の様子を窺う。
顔を出したまま、手で合図をよこし、一歩前に出た。
その男の頭部が破裂する。
「うぅわーーー!!!」
それを間近で見た冒険者が悲鳴を上げる。
返り血で真っ赤に染まったその顔は、目を大きく見開き、動かない。
何を見ているのだろう。
少しだけ上を向く。
木が砕ける音がしたその瞬間、その冒険者は扉と反対側の壁に叩きつけられ、その場で飛散する。
と、同時に店の扉は破壊され、憎悪が床に漂い始めた。
黒く、そして赤いその流れは、やがて冒険者たちを震撼させた。
床を踏み鳴らし入って来たそれは、口元からはみ出る牙を持ち、頭には角、全身筋肉質のその体からは悪臭が漏れる。
右手の鋭く尖った爪からは血が滴り落ち、肉片のような物が挟まっている。
闇の目が店内を見渡す。
それはまるで商品を品定めをする人の動きに似ていた。
満足する結果が得られなかったのか、激しい咆哮が響き渡る。
耳を覆いたくなるそこ叫びに、誰かが言った。
――亜種魔族
店内はまさにダンジョンとなった。
◆
「!?」
振り下ろされた剣がブラウンの頭を割る寸前、すべてが消失した。
閉じていた目を見開き、消えた骨のすぐ後ろに立つダークローブ、彼が声を出すまで少しの時間を要した。
口をパクパクさせブラウンは言う。
「…………あ、あれは!?」
「剣士の骨だ。もうこんなところにまで……」
アリスヘブンはダークローブを翻し、大廊を歩き出す。
彼女の目前に再び、窓を突き破って剣士の骨が進入してきた。
彼女は冷静に指を差し、詠唱する。
――死の蘇生
剣士の骨の腰の辺りに神々しい光りの円が発生し、それが瞬時に狭まり、骨に接触すると弾けて消えた。
例えるなら水滴が床に落ち、拡散し消える感じに似ている。
跡形もなくなった剣士の骨。
しかし、別の場所でガラスが割れる音と、悲鳴が上がる。
「異常事態だ、ブラウン。私の魔法防壁は生きているが、何者かが町にモンスターを解き放っている。衛兵や戦える者たちを集め、町を城を守るのだ」
「……しかし、なぜ」
「詮索は後でいい。放置しておくと私以外誰も残らないぞ」
そう言った彼女の横顔には、笑みが浮かんでいた。
背筋が凍りそうなその微笑に、ブラウンは我に返り、震える松葉杖をつき立ち去って至った。
ブラウンが見えなくなってから、
『アリスヘブン様、これは一体……誰がこんなことを……』
『さあ、誰かしらね。私の魔法防壁の内側に、直接モンスターを送り込むなんて、身の程知らず、と言ったところかしら』
『…………』
『まあ、いいわ。計画を変更するつもりはないから』
『はいっ! では、私はこのままヤツを捜索すれば?』
『ええ、そうして頂戴。こちらは私一人でも十分よ』
窓の外から眺めるその風景に、町の明かりが見えた。
それが一つ、又一つ。
消えたかと思うと大きな炎が上がり、それが至る所に広がり始めている。
「愚かなことを……」
侮蔑する言葉を吐き、アリスヘブンは大廊を優雅に歩んだ。
◆
どれくらい経っただろう。
アントニー王妃は、壁を頼りに歩き続けた。
何度も躓いては膝や手をつき、その度に立ち上がり又、歩き続けた。
暗闇の中、王妃は諦めることなくそれを繰り返す内に、ある疑問が沸いていた。
……もしかしてここは。
ふとそんな事が口をついて出た時、人の気配を感じたのか、足を止める。
「誰……。誰か居るの?」
「…………」
「ねえ、居たら返事をして! ここはどこなの!?」
泣きそうな声を無理に我慢して平静差を保っているが、血色を失くした唇は小刻みに震えている。
「大丈夫ですか?」
若い少年の声に、一瞬体をこわばらせ、声のする方へ振り向く。
「誰……誰のなの……」
「俺は……」
「名乗れないのね。それはそれでいいわ。なぜ私をここに閉じ込めてるの!」
「……分からない。ただ、助けに来ただけだから……」
「そう、助けに来てくれたの……ありがとう」
「……ああ、うん」
「随分若い声ね」
「どうかな……」
戸惑うその少年の声に、王妃は何を感じたのだろうか。
突然壁から手を離し、手探りながら声の発する方へ歩く。
すべての会話が反響し合う中、それを探り当てたのは奇跡。というよりも、歩き周った末に辿り着いた結論から推測したのだろう。
伸ばした腕を左右上下に動かし、指先が何かに触れる。
一瞬手を引っ込めたが、触れたその位置に再びそっと腕を伸ばす。
「……私より背は低いのね」
「ああ、そうだよ」
「それに、とっても辛そうね」
なぜ王妃がそう言ったのかは分からないが、その問いかけに少年は俯いた。
せわしなく動かす王妃の手が、少年の頭を撫で回す。
「ここがどこだか分かる?」
「きっと、ダンジョンの最下層だよ」
「……そう。入ってこれたなら出られる方法、知ってるわよね?」
「ああ……」
「あら、あまりお喋りが好きじゃないのからしら。それとも……」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、貴方……もしかして目が……」
「……やっぱり。目が覚めた時、真っ暗だったから初めはそうとは思わなかったけど……何となくね。ほら、自分自身のことじゃない、自分が一番よく分かるっていうか……」
気丈に振る舞っていた王妃だったが、突然嗚咽に堪えきらず、口に手を当て泣き崩れた。
そう、ここは暗闇なんかじゃない。
光りを見ることが出来なかっただけなんだ、と……。
「さあ、行きましょう」
優しくそう声を掛け、労わる様に彼女の手の掴む。
その時、王妃がその手を引っ張り、少年は体勢を崩した。
「……!?」
「ごめんなさい、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから。こうさせて……お願い……」
少年の首に手を回し、アントニー王妃は抱き付いていた。
悲しい泣き声が幾重にも重なり、響いた。
明るく照らしだされた魔法陣の中心で抱き合う二人。
少年の赤目は、激昂で一杯になっていた。




