022
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「ほー。主人をなくした召喚獣のくせに、意志を持つか」
一度は驚いたシルビアだったが、今は微笑が浮かんでいる。
この状況をあたかも楽しんでいるかのようだ。
彼女は身を翻し、少し離れた木の枝に飛び乗る。
詠唱は行わず、手の平を上に向け手招きをする。
挑発するようなその仕草に、
「この場から離れろ!!」
ミーサも何かを感じ取ったのか、メイを抱きかかえたまま、力の限り飛躍する。
地鳴りがしたと思うと、今まで居た場所や至る所に亀裂が入り始める。
それはまるで意志が有るかのごとく、穹牙獣を見据え、やがて取り囲むように亀裂が円を描く。
「もう一度死ね、グレン!」
亀裂の隙間から仄暗い闇が現れる。
それに触れた草木は、時間を早送りするように腐れ、枯れ始める。
ボロボロと崩れだす草木、石までもその被害者となり、風に吹かれ砂塵と化して行く。
「あれは……なに!?」
ミーサの目前でも同じことが起る。
緑色から茶色へ。
そして、砂に埃に姿を変え朽ちて行く。
風に吹きあげられた砂塵は周囲の視界を奪う。
気を失っていたメイが、意識を取り戻し、
「な、なにが起った……」
「わからないわ……。突然、何かが現れて、そしたら……」
体を起こすその先に、砂塵が風の流れで押し出されて行く。
見えて来たのは剥き出しになった大地、それと……。
メイが指を差す。
「なんだあれは!」
宙に浮くシルビア、そして大地に立つ穹牙獣。
「なるほど、伝説の男が呼び出した召喚獣だけはある。大地の死を凌ぐとは恐れ入った」
賞嘆してみせるアーネスト・シルビア。
しかし、穹牙獣の灰色の毛並みには所々斑模様の茶色い斑点が浮かんでいる。
何かを確信したのか、シルビアの眉が上がる。
「さて、次ぎこそ終わらせてあげる。貴方だけに余り時間をかけてられないの。それじゃ、さようなら」
無情の声が、見下す獣に当てられる。
シルビアは指と指の間を目一杯広げ、上空に向ける。
その間に細かな稲妻が迸る。
三日月の目が唸り声をたてるが、見上げるばかりで動こうとはしない。
やはり先程の攻撃で何かしらの傷を受けているのか。
開いた口からは、荒い息と涎が流れる。
「ミーサよく聞いてくれ……。機会は一度きりだ。ヤツが魔法を溜め込み、放つ瞬間、三連の矢を射ってくれ……。ヤツの魔法を逆流させて……やる……」
苦しい息使いを見せるメイだが、無理して立ち上がる。
左肩を射ぬかれているせいで、よろめく。
「メイ、無理しないで……」
支えるミーサの手を払いのけ。
「うるさい……お前は黙って……機会を待てば……いい……。はあはあ……」
痛々しく肩に食い込んだ矢が、荒い呼吸にあわせ震える。
「しっかりしろ! この機会を逃がすつもりか!!」
知らぬ間に涙が溢れているミーサの瞳。
ハンターボーを手に取り、弦を引き、狙いを定める。
「死なないで、メイ……」
「今だ!」
合図をする彼女の横顔が少し見えた。
ミーサはそれに何を感じたのだろう。
次ぎの瞬間、力のこもったミーサの詠唱がメイの背に届く。
――三連の矢
ミーサの放った矢が、宙に浮くシルビア目がけて飛翔する。
それに続いてメイの詠唱――選定移動が聞こえると同時に姿を消し、今まさに手を振り下ろすシルビアの元に三本の矢が届こうとしていた。
そこに突如現れた別の矢。
三連の矢を予測していたのか、下から放たれた矢がそれを阻止する為、接近する。
ミーサの放った矢に選定移動で移動したメイ。
それを下から放たれた別の矢が命中し、方向を変えて落ちる。
幻覚だったのだろうか、矢の上にいたメイの姿が消える。
しかし、それも知った上のことだったのか、二本目の矢の上に現れるメイ。
だがしかし、二本目の矢も……。
最後に残った三本目の矢の上に現れたその瞬間、シルビアの手が振り下ろされた。
――天の雷鳴
彼女の指の間にあった細かな稲妻が遥か彼方の上空まで届き、轟音を纏いながら巨大な一筋の稲妻となって降ってきた。
下から放たれる矢。
三連の矢、最後の一本。
大地を蹴って跳躍する穹牙獣。
そこに天から割り込む稲妻。
それらが重なり合うと、目を覆うほどの眩い光量が球体状に発生し、それが爆風を伴って押し寄せてくる。
吹き飛ばされまいと、踏ん張るミーサの体に、光源からの熱と砂塵が当たる。
熱を帯びたその砂の粒は、容赦なく彼女の皮膚を傷つけ、引き裂いて行く。
身を屈め、それを凌ごうとする彼女が最後に目撃していたこととは。
縦に飛翔する三連の矢の矢は下から順に打ち落とされ、その都度選定移動で移動するメイ。
最後の一本になった時、下から飛んできた矢を彼女は体で受け止めた。
少しでもシルビアとの間合いを近づけるため、あえてそうしたのだろう。
そこに天から落ちてくる雷を体全身に浴び、彼女はそのまま矢の勢いを利用し、シルビアに突き刺さった。
雷と矢で麻痺し動けない状態になったシルビア、下から遅れて跳躍した穹牙獣の牙がメイもろとも切り裂いた。
逃げ場を失った天の雷鳴は、穹牙獣を次ぎの獲物と捉え、襲いかかる。
飛散したシルビア、メイと共に光源に包まれた。
程なくして爆風は収まり、無数の傷跡から血を流すミーサが目にしたものとは、呆れるほど何も無い山肌だった。
爆発が起ったその直下では無くなるどころか深く抉れ、穴が出来てきた。
ミーサが流す涙に血が交じり、赤い雫が乾いた砂塵に落ちる。
赤に染まった大地は、時折吹く風に上書きされ、落ちては又消され、それを繰り返す。
「……メイ、シンフォニー……グレン……」
悲しみ俯く彼女の元に、ロングボーを持ったシンフォニーが現れた。
◆
地面から振動を感じたアントニー王妃は動きを止め、周囲をしきりに見渡していた。
頭にかかる砂埃を叩くことなく、再び体を引きずり、手を伸ばす。
「痛っ……」
何かが手に当たり、慌てて引っ込める。
怯えるその仕草からは、そこに壁があることが分からない様子だった。
引っ込めた腕をそっと伸ばし、手が当たった辺りで壁に触れた。
「なに……この感触……」
初めて触るその感触に王妃は眉をひそめ、今度は両手を伸ばし壁に持たれるようにしながら立ち上がった。
そのままの体勢で、少しため息をついた王妃。
「ここから脱出しないと……」
壁に両手を沿わせながらゆっくりと歩き出した。
そこがダンジョンの最下層に作られた巨大な魔法陣の中心だということを、彼女はまだ知らずにいた。




