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 「どうやら今から、帰るようだな」


 山頂から千里眼を使い、目を瞑ったままのティナーが答えた。


 「はやいな。もう帰っちまうのか。ヤツら王妃を救う気あるのか?」


 小馬鹿にした薄笑いを見せるメイ。

 それとは対照的な態度を見せるシンフォニーは、ティナーに問いかける。


 「ねえ、何かわかった? その……痕跡みたいな……」


 彼女は彼女で複雑なのだろう。

 アーネスト・シルビアを許せないのはもちろんのこと、王妃とは少しの間だったが、共に時間を過ごした仲間なのだから。


 それを察してか、


 「いまのところ、王妃もシルビアも痕跡のような物は見えないわ。まあ、この距離じゃ無理があり過ぎるが、一団が引いてからもう少し近づこう。あちらさんもおっかない魔法使いを連れて来ていることだし、今は下手に動かない方が良さそうだ」



 ティナーがそう言うや否や、木に持たれかかっていたメイがいきなり立ち上がる。


 「近くにいるぞ! 魔物使い(ティマー)の臭いだ! クソっ、俺様が気づかないないんて……」


 その言葉の途中で、天から塊が、いいや違う、人間が降って来たのを目撃する。

 彼女たちの周りに、地響きを立てて降り立つ三名の凶器。


 刹那であったが、それでも距離を取り木の影に隠れた『薔薇の血(ブラッドローズ)』たちは流石といえよう。

 ミーサもいつの間にか、身を屈めている。


 「ヤツらは操られている、気にするな殺せ!」


 メイが叫ぶ。

 しかし、相手は人間。

 一瞬の動揺と、千里眼の直後だったせいもある。

 ティナーは次ぎの行動に移る判断を鈍らせていた。


 「あっ、うぉぅぅー……」


 断末魔が響く。

 

 木の影に隠れる動作が一歩遅れていたティナー、天から降って来たその三名は彼女の動きを見逃してはいなかった。

 三方から一斉に飛びかかり、三方向から剣を振るった。


 人の力を遥かに凌駕した剣捌き、やはりテイムされているからだろうか、人体の三倍ほどもある木ごと、易々と切り裂いた。


 「ティナーぁぁーーー!!!」


 思わす叫ぶシンフォニー。

 三名の目が一様にそちらに振り向く。


 「馬鹿がっ!」


 飛び出した魔物使い(テイマー)のメイが詠唱をする。


 ――地の棘(アーススパニー)


 地面が隆起したその先端から、棘の生えた蔦がテイムされた人間どもの足元に絡み付き、動きを止める。

 内一名がそれを(かわ)し、シンフォニーに飛びかかる。


 風が抜ける音。


 飛びかかって来た人間の頭部は失われ、シンフォニーの目前で力無く落ちる。


 悲しい声の詠唱が、森の間から遅れて二重に届いた。


 ――三連の矢(トリニティーアロー) 

 

 ――分岐の矢(ブランチアロー)


 ミーサの弓から射られた一本の矢が三本に別れ、そこから更に三本の矢となって、放たれた。


 人体一つにつき、刺さる音は三つ。

 残りの六本の矢はメイが足止めした二人に、それぞれ突き刺さり絶滅させていた。

 

 しかし、別の声が聴こえる……。


 「ほー、二重詠唱(ダブルアリア)とはめずらしい。……そうか、お前。あの時の『薔薇の血(ブラッドローズ)』の生き残り……。確か、その時に己の非力さを思い知り、会得したんだっけ?」


 森の中に高笑いが汚らわしく通過する。

 何の前触れもなく、木の間から姿を現したアーネスト・シルビア。


 シンフォニーとメイの目線が彼女に注がれ、憎しみを露骨に見せる。

 ミーサだけは、どこか違ったように感じるのは気のせいだろうか。

 唇を噛み締め、手にしたハンターボーを握り絞める。


 「生き残りはお前だけになったな。ははは、伝説だったグレンは死んだ。お前が可愛がっているリオンとやらにな!!」

 「!?」


 何か言おうとするが、声にならないミーサ。


 「ミーサ、しっかりして!!」


 シンフォニーが、素早く矢を居抜く。

 金属の弾ける音がして、シルビアの近くの木に刺さる。


 「……貴方……まさか……」

 「知らなかったのか? いつまでも魔物使い(テイマー)だと思っていたのか? 何百年生きてると思ってる。私もそれなりに学習するのだよ」


 唖然とするシンフォニーに向って手を突き出す。

 傍にいるミーサは、それに気づかない。

 彼女の瞳に、強い感情が宿りだす。


 「ゆるさない……貴方だけは絶対に……」


 俯き呟くミーサに、メイが走る。


 「やめろ!」


 メイがミーサに飛びつく。

 走って来た勢いそのままに、二人は倒れ込む。


 「どうしたの……メイ」

 「う、うるさい……黙れ……」


 彼女の口から血が噴き出した。

 驚くミーサの目に、一本の矢が映る。

 その矢がシンフォニーの放った物だと知って、更に愕然とする。


 「どうして……」

 「…………」


 さっきまで傍にいたシンフォニーが距離を置いて立っている。

 こちらを向く彼女の瞳に光りはなく、虚ろ。


 「貴方が私の下僕を殺したから、代わりを作っただけよ」


 持っていたロングボーをおもむろに構えだす。


 「シンフォニーやめて!!」


 ミーサの叫びが木霊する。

 彼女はそれに応えることなく、(つる)は引かれ、ロングボーが(たわ)みだす。

 

 いずれ限界を向かえるその撓み。

 軽く、空気が裂ける音がした。


 放たれた矢は一本の線となり、木々の間を正確に通りぬけ、倒れる二人に真っ直ぐ引かれて行く。


 黒い影が、その線を横切った!!


 メイの体をきつく抱きかかえていたミーサの手が、ふと緩む。 

 矢が飛んで来てない……?


 ミーサが疑問を口にする前に、先にシルビアが声を上げた。


 「なんだ!?」


 森の奥から獣の鳴き声。

 すべての目線がそこに集中する。

 テイムされたシンフォニーすら、二本目の矢を弦に掛けようとはしない。


 低い鳴き声が続く。


 すると突如、生い茂る木々が左右に別れ、音を立てて倒れ始めた。

 倒れた木々の間から異様な気配が漂い、それがこちらに向かって動き出す。

 移動するたび、細い木の枝のように次々となぎ倒されていく。


 「…………っ!!」


 驚嘆の表情を見せるシルビア。

 異様な気配と対峙する彼女の目に映るもの、それは――三日月の細い目に真っ赤な闘志を(たぎ)らせている――死んだはずの穹牙獣(クーガー)だった。


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