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019

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 窓辺に持たれていたティナー。


 「見失った私は一旦村に戻った。報告ついでになあ」


 そこで出会ったのか、しかし……。


 「だから助けた。そして逃がしてもくれた……それは偶然だったの?」

 「そうだ。出会ったのはたまたま。それに私もまだリオンに確信を持てなかったからな」

 「……確信? なにそれ!!」


 リオンの身を案じてだろう、少し声が高まった。


 「はあ? お前知らないのか? そっか、山暮らしだったんだもんな、あの男とよ。でもな、グレンだっけ? やつは気づいてたぜ。絶対に!」

 「やめろ! メイ」

 「なんだと、ティナー! こっちはなぁ……」

 「メイ、お願いやめて。私にも非があるのよ、ごめんなさい……」


 シンフォニーの突然の謝罪に、流石のメイも押し黙った。

 困惑をする『薔薇の血(ブラッドローズ)』たち。


 再び、静寂が流れる。


 「メイ、ここからは私だけが話す。気に食わないなら席を外してくれ」

 「…………」


 椅子が床に擦れる音がして、二階へと上がるメイ。

 すまない、では先を進める、とティナーは無表情を装った。


 「話が違う方向へ行ったみたいだから、少し戻る」


 改めて話し始めた内容は、確かに凄惨を極めるものだった。


 禁忌の魔法を手に入れたアーネスト・シルビアは、自らの手で集めた冒険者たちに服従の霊(マインドソウル)を掛け、あらゆるダンジョンを攻略していった。

 テイムされた人種たちは無敵で、腕を斬られても、焼かれても、毒を浴びせられても怯むことなく闘い続ける。


 それをゴミのように次から次へと、テイムしては捨てて行った。


 しかもどういうわけか、四百年の時が過ぎてもヤツは死ななかった。

 魔族やエルフ族ならいざ知らず、アーネスト・シルビアは人間だったはず。

 だからいずれ死んで、その魔法も自然消滅するだろうと。

 なのに……その被害者は減らなかった。


 「そこで、我々はあることに気が付いた……。服従の霊(マインドソウル)を使いテイムするだけじゃない。テイムした人に憑依し、人から人へ乗り換えた。だから発見できない……」


 衝撃的な事実を前に、ミーサはどう感じたのか。

 カップを持つ手が震えていたが、沈黙を持って見守った。


 「それで、その方向から捜してみると……当たってた。色んな町で色んな人種が行方不明になり、そしてある日突如と見つかる。変わり果てた体になって……時には胴体だけの時もあった……」

 「そ、そんな……」

 「嘘じゃない。多くの村や町で私はそれを見てきた。最初はジュノー共和国内だけだったけど、監視がきつくなるにつれ、他国でも起きはじめた……。それでも自国の名誉ため、その情報は極秘扱いだったわ……」


 そんな悪魔の魔法がアリスヘブンへ渡ればどうなるか。

 火を見るより明らかだった。

 それを分かって上で、ティナーは希望の言葉を発した。


 「でも近くまで行けば、ヤツの服従の霊(マインドソウル)を使った痕跡は分かる! 独特な臭気を発するから。そうね、貴方の言う通りよ。普通の人には分からない。一般の人には気づきもしないけど、我々なら分かる! だから見つけ出すことは可能よ!」


 そう言って勢いよくミルクを煽り、新しくミルクを入れるためソーサーを手にした。

 しかし、その希望と威勢とは裏腹に、注ぐ手は微妙に震えている。

 新しいミルクを口につけ、「リオンって子のことだが……」。

 一瞬、間を空けて。


 「あの子は多分、魔に魅せられている……」


 ミーサは持っていたカップを床に落とした。

 目を吊り上げならがティナーに駆け寄る。


 「なんてことを言うの! リオンは……グレンが守った子なのよ! 違うわ! そんなことない、絶対嘘よ! 嘘と……言って……ちょうだい……」


 激しく揺すったティナーの肩から手が滑り落ち、ミーサは床に膝を着いた。

 そして、泣き崩れた。


 傍にいたシンフォニーも掛ける言葉を失っていたのか、テーブルに肘を付き手で顔を隠していた。

 ティナーは涙がこぼれないように上を向いて、我慢した。


 朝日から昼間の太陽に変わり、外は快晴。

 でもこのリビングだけは、悲しい雨がいつまでも降り続いてた。



 ◆



 『どうしのカルファン。急ぎの用事でもできたのかしら』

 『はい、たった今、アントニー王妃がヤツに連れ去れました』

 『そう。なら、そろそろね』

 『いかがいたしましょうか』

 『貴方は何もしなくていいわ。またヘマをされたら、私に迷惑が掛かるでしょ』

 『…………』


 アリスヘブンは立ち上がりダークローブを纏い、古びた建物から出て行く。

 騒ぎ立てる宮廷の中をただ一人、音も立てず歩くその姿に妖艶な空気を引きずり、微笑む彼女を気に留める者は誰一人としていなかった。



 ◆



 宮廷内は、騒がしく多くの人々が行きかっていた。

 王妃が出発されて、今はお昼をかなり過ぎた頃。

 偶然通りかかった冒険者によって、ミストダンジョンの前で馬車が乗り捨ててあったと、つい先程報告が上がったばかりだった。


 筆頭執事はもちろん、宮廷内の衛兵たちは直ぐに現地へ向っていた。

 アリスヘブンにもその情報はもたらされ、今こうしてブラウンと同じ馬車に揺られている。


 「どうか、ご無事で……」


 手を合わせ祈るブラウン。

 その横で、涼しい顔をし外を流れる景色に目をやるアリスヘブン。

 何度目の質問だろうか、ブラウンが同じ事を又聞いた。


 「アリスヘブン様、王妃が無事であるのは間違いないのですか?」

 「ええ、そうよ。さっきから同じことを言ってるでしょ」

 「そうなのですが……」

 「心配ないわ。生命の鼓動は感じている。ただ弱くなっているけど」

 「どこにお居でかは、分からないのですね?」

 「いくら何でもそれは無理ね。現地で何か発見できれば別だけど」


 ブラウンは気づきもしないだろう。

 外を眺めるアリスヘブンの表情はいつになく楽しげで、雰囲気も明るいことを。


 四頭立ての馬車は、シュナの森を荒々しく駆け抜けて行った。



 ◆



 「ちょっと休憩でもしようか」


 と、ティナーが言い出した。

 昨晩から何も口していないから腹が減った、と。


 「そうね、一旦落ち着きましょう」


 シンフォニーもティナーの意見に同調し、「メイを呼んでくる」と言って二階へ駆け上がった。


 ティナーに肩を抱きかかえられ、力なく椅子に座らされるミーサ。

 疲れ切った表情を浮かべ、下を向いている。


 割れたカップを掃除し、ミルクを拭く。


 「気の利いたことは言えないけど、リオンは大丈夫。生きているのは間違いない。それだけは、私が保証しよう」


 とその時、玄関の扉が勢いよく開かれた。

 そこに一人の男性が戸口に手を掛け、遠くから走って来てたのか、かなり息を切らしていて肩で息をしいる。


 「す、すみません……、ティナーさん! 今……」


 床を拭いてたティナーと目が合い、そしてリビングの奥にいる人物に気づき、不信感をあらわにする。


 「どうした、なにがあった?」


 二階からメイとシンフォニーが降りてくる。


 「はい、しかし、ティナーさん、あの後ろの者は……」

 「いいの。気にしないで。さあ、なにがあった」


 信用出来ないのか、尚も後ろを窺う男性。

 二階から降りてきたばかりのメイは、その男性のことを知っているのか、蔑むように声を掛ける。


 「ほら、早く言え! でないと追い出すぞ!」


 たじろぐ男性にシンフォニーが追いうちを掛ける。


 「ティナーとメイの言う通りにして、何があったの?」


 三人に言われ諦めたのか、その男は一度咳払いをし、


 「先程、偵察隊から情報が入りまして、今朝早くオークス国のアントニー王妃が連れ去られたと。しかも、連れ去った相手が……」


 もう一度、奥に居る人物に視線を合わせ、「アーネスト・シルビアだそうです」と早口で答えた。

 

 リビングの奥から木製の椅子が床に倒れる音が響いた。


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