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 「アリス! アリスヘブンはどこ!」


 宮廷内に響き渡るその声は、アントニー王妃。

 前王妃が死去された後、若干二十四歳にしてその座を射止めた二番目の王妃。


 悲しみ暮れる国王につけ込み、半ば強引に既成事実を作った悪妃だと、まことしやかに噂されていたのも、もう二年前のこと。

 今じゃすっかり悪女と呼ばれる始末。


 そんな王妃が今、三人のメイドに一時間以上もかけさせた自慢の巻き髪を振り乱し、大廊を彷徨(さまよ)っていた。


 「またあそこね……」


 目を吊り上げながら宮廷の外れにある一棟の建物まで来た時、王妃の怒りは、苦い表情へと変化していた。

 絢爛豪華な宮廷の建築とは違い、年代を感じさせる古びたその建物は、周りと一線を画す独特な雰囲気を放っていた。

 王妃を待ちわびたように勝手に開く扉。

 そこに現れたのは、ダークローブを身に(まと)った絶世の美女でもあり、絶望を感じさせる女性でもあった。

 それが今、ゆっくりと片膝を折り頭を下げた。


 「王妃、ここで御座います」

 「やっぱりここ……。いいわ。それよりどういうことなのアリスヘブン。説明してちょうだい!!」

 「アントニー王妃、何事でございましょう」


 それを聞いた王妃は頭を下げるアリスヘブンに詰めより、王妃ならぬ言葉で攻め立てた。


 「とぼけないで! 今日も町の民が襲われ死んだのよ! どういうつもり! 変な噂が流れて、税が徴収できなくなったらどうするの、貴方にこの責任が取れるって言うの!!」

 「襲われ死んだ、と申されましても、私には何のことだか」

 「うるさい、うるさい! 口ごたえするな! お前の魔法防壁パーフェクトウォールがダメダメだから夜にモンスターが侵入して…………」


 子供のように(わめ)き散らしたアントニー王妃が、突如黙り込む。

 優雅に顔を上げたアリスヘブンの目を、瞳を直視しまったからだ。

 直眼の(えん)――ドラゴンをも魅了させるその瞳を。

 

 「お言葉ですが、王妃。私は今も、そしてこれからも魔法防壁パーフェクトウォールを維持します。いかなる状況に陥ろうとも決して解かれることのない永遠の(ちぎ)り。それを私が、私みずから破ったと、そうおっしゃるのですね」


 ゆるぎないアリスヘブンの言葉に、王妃は反論出来ずにいた。

 永遠の契り、それは魔法契約を意味する。


 一国に一人。魔法使いとの契約が許され、国が滅びるか、契約主|(国を代表する者、もしくはそれに準じる者)の逝去、あるいは請負主|(それを手助けする者。主に魔法使い)の死亡以外、契約破棄は認められていない。

 その存命が続く限り絶対に破ることの出来ない、言わば呪いの契約なのだ。

 それを今、王妃は破ったと、そうおっしゃるのですか。


 「そ、そこまでは言って無いわよ。ただ、最近になって町や周辺にモンスターの出現率が上がって……。!! そう、そうだわ! 民が困っているの、だからこの国を背負う王妃としては……ええっと……! 助けないといけないわけっ」

 「はい、王妃の御心情をお察しすると、とてもお辛いことと存じあげます。私の方でも、どうしてモンスターが周辺に増えた(・・・・・・)のか調べてみます」


 瞬き一つせず、王妃の目を見て配慮の意志を示したアリスヘブン。

 それを見届け、「分かれば言いのよ」と、呟く王妃。

 尚も視線を送るアリスヘブンの眼力に、乱れた髪を整えることなく、そそくさと扉を開け出て行った。

 建物から出るとき、「今度から違う部屋で接見させて、ここ(にお)うわよ」と、一言文句を言い残し去って行く王妃を思い出し、アリスヘブンは微笑を漂わせた。


 「臭う、ね。そうね。とてもとても嫌な臭いでしょうね」


 不敵な笑みに変わっていたアリスヘブンは、先ほどみせた王妃への配慮は消し飛び、何もない(・・・・)空間に目配せをした。


 『よろしいのですか、あのような嘘をついて』


 何処からともなく、乾いた男の声が聞こえる。

 いいよの、と罪悪感なく答えるアリスヘブン。


 『魔法防壁もそのうち……』

 「カルファンが気にすることじゃないわ」

 『そうですか、どちらでも構わないですが』


 雲のように軽い口調で、ホントにどうでもいいように響いて、カルファンもアリスヘブンも静かになった。

 声だけでなく、姿形、気配すら静かになっていった。



 ◆



 マスターがテーブルを拭きながら、「昨日の依頼件数はどうたっだ?」と。

 プンスカと聞こえてきそうな態度でムーンは言う。


 「どうもこうも、すっかり減ってるわ。隣町に持ってかれてるわよ!!」


 テーブルを拭く手を止めてマスターが、大きなため息をつく。


 「ちょっと、お父さん! 気分が悪いのは私も同じよ! やっとCマイナスまでランクが上がったと思ったら、誰も来やしないなんて、ふざけてるわよ!」


 今からちょうど半年前、ムーンは弓使い(アーチャー)クラスのギルド試練を受け見事一発で通過し、元から素質があったのか、性格が幸いしたのか、あれよあれよという間にCマイナスにまで登りつめたのが、つい先週の話し。

 しかし、それと時期を示し合わすかのように現れ出したモンスター。

 その出現場所が町中やその周辺地域だったことから、町は混乱を帰していた。

 退治クエストは毎日のように出されていたが、どれも民衆からの依頼クエストだったので支払われる報酬も低く、しかも太陽が登るといなくなるという不思議な現象も相俟(あいま)って、誰もが率先(そっせん)して狩ろうとはしなかった。


 それにほとんどの冒険者は昼間狩りをして、夜は飲んだくれ。

 それを忌み嫌った人が、一人、又ひとりと町を離れ、以前の賑わいと活気は失われつつあった。


 「ふん、へぼい冒険者ばっかね。退治クエストもまともにこなせないなんて! いいわ、今日は私が依頼を受けるわ」

 「ダメだ。(ギルド酒場)の営業に支障がでる。ムーンがいないと人手が足りないんだからさ」

 「でも、お父さん! 誰かが退治しないと……」

 「ムーンの気持ちは分かるけど、今は止めておこう。それにあの事がまだ……」


 厳しい目つきでお父さんを睨みつけたムーン。


 「うるさい! 黙ってて、お父さん! 黙ってて…………」


 威勢(いせい)は直ぐに聞き取れないくらい、弱くなった。


 「すまない……ムーン。お父さんが言いすぎた……」


 悪い事を言った、と苦痛を(にじ)ませ、マスターは店内で一番目立つ場所に掲げてある依頼書に目をやった。


 ミスリル貨の文字が一際目立つ。


 一枚で、庭付き二階建ての一軒家が建てられる上、十年は遊んで暮らせると言われてるミスリル貨が二枚。

 逆にそう聞いてしまえば、ドラゴンの霊眼(れいがん)か、天赫(てんかく)を奪取するような高難易度クラスのクエストを思い浮かべてしまうが、実はとてもシンプルで、真偽を疑いたくなるほどの簡単な依頼内容だった。


 依頼:人捜し

 依頼内容:少年の発見と連れ帰る事|||(生死問わず)

 報酬:ミスリル貨二枚


 備考欄には捜して来て欲しい人物の名前が書かれ、横には特徴が記載されている。とはいえ、瞳の色が赤目(レッドアイ)くらいで、その他はコレと言って目立つようなモノはなし。

 そして、一番下にある日付は何度も上書きされた跡。


 知らないうちに、マスターの目から涙が落ちる。

 期待と失望を何度となく繰り返し、その度に書き換えられて来た日付。

 

 先日もそう。

 依頼を完遂したと言って持ち込んだ人骨は、魔法鑑定で偽と判断され、その冒険者はギルド登録を抹消された。

 その度に打ちのめされるような絶望感を味あわされ、それでも有効期限の一番長い設定を出し続けた。

 その手数料だけでも相当の金貨が必要とされる中、半年以上もそれを続けているのは他ならない、この店のマスターだった。

 長耳を少し下げたムーンは、口ごもる。


 「リオン、どこへ行ったのよ…………」




 ――半年前。


 見ず知らずの召喚士(サモナー)によって、少年は救われた。


 火の精霊『サラマンダー』を召喚し、瞬きの半分ほどの速さでゴブリン三匹を葬り去った。

 全身に赤い炎を宿したサラマンダーは、少年を取り囲むように待機し、それに負けず劣らず、真っ赤なローブを着込んだ特徴ある髭の男が、その後ろから颯爽と現れた。


 腰を抜かし、倒れていたリオンに手を伸ばし、「次は()を開けろ、そして生きろ」、乱暴だが元気つげるように男は言った。

 引き起こされた時、リオンは握った手を見て驚いた。

 手の甲にある紋章は、あの有名な召喚士(サモナー)の証があった。

 一説によると、サキュバスやメデューサはもちろん、ワイバーンも召喚できると噂されてる。


 改めてよく見ると、特徴あるあご髭は赤く燃えているようだ。


 ま、まちがいない……。


 召喚士(サモナー)でありながら男爵(だんしゃく)爵位(しゃくい)を持ち、文字通り金と名誉を勝ち取った冒険者、生きながら伝説となったその名は、グレン。


 そうだ、生きながら……なのだ。


 リオンがまだ孤児院にいる頃。

 シュナの森の特別地区――魔物(ドラゴン)の巣窟へ単身で突撃し、見事ドラゴンの霊眼を奪取し、傷一つ受けることなく生還した男、それがグレンだった。


 戻った彼を民衆は英雄扱いし、町を挙げて大歓迎、祭典騒ぎになったことを今でも覚えている。


 でも、歓迎する者ばかりではなかった。

 報酬で散財すればするほど、金は人を変える、と揶揄(やゆ)され疎まれ始め、無傷だったグレンを見て、召喚士ならぬ、盗賊(チーフ)だと。それもドラゴンの寝込みを襲った、盗人(チーフ)だと。


 それはそれで凄いことなのだが、それを境に彼は忽然と姿を消した。

 のちに分かることだが、報酬の大半は孤児院などに寄付されていた。


 それでも民衆は黙って消えた英雄を面白おかしく噂し、美味いものを喰いすぎて死亡したとか、逆に寝こみを襲われたとか、女に騙されたショックで自殺したとか、嘘ぶく者まで出てくる始末。

 しかしそれを正すにしても、町を離れた後の彼を目にした者はおらず、ドラゴン退治以降の武勇伝も聞こえてこなかった。

 そして、人々はいつしかこう呼ぶようになっていた。


 生きながらの伝説となった英雄、召喚士(ぎぜんし)グレンと…………。


 あれから六年。

 今まさに、リオンの前に立ち、そして窮地を救ってくれた。

 間違いない。彼は正真正銘の伝説の召喚士(サモナー)だ。

 興奮がおさまらないリオンは、思わず強く手を握り返す。

 と、その時。


 「お前…………魔っ!!」


 グレンの目が力を最大限に発揮する時にみせる蒼白(そうはく)の眼。


 ドラゴンの狩猟時すら見せなかったその瞳、待機していたサラマンダーたちが一斉に飛びかかる。


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