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 荒れた大地に荒々しい岩が点在し、草木は一本も無い。

 見渡す限りの赤茶けた土と岩。


 時折吹く風が、乾燥した土を砂塵(さじん)に変え、空高く舞い上がらせ、殺伐とした風景を演出している。


 畏怖をもって皆が忌み嫌う場所。

 そんな場所で、一人の少年が目を開けた。


 無意識に伸ばした手の先に、分厚く浮かんだ黒い雲が空に張りついていた。



 ◆



 ギルド酒場は、今日も賑わっている。


 まだ昼間だというのに、大勢の冒険者たちが集まっていた。

 中には、ジュンビールを飲むヤツもいたが、大抵の冒険者は冷たいミルクや蜂蜜を混ぜただけのハニーミルクを注文していた。


 「ねえ、お父さん」


 忙しく手を動かすマスターは、「ん、なんだ?」と声だけ届ける。


 「どうして、お父さんはあの冒険者から私を遠ざけるの?」

 「あ、うん。すまない……」

 「ううん、謝らないで。どうしてかは大体わかるの……。私がシルビアって人と一緒に狩りに行って欲しくないからでしょ。それは分かるの……危険だし……、もちろん、ミストダンジョンだって場所も関係するんだろうけど……」


 ムーンは、悩んでいた。

 今朝、王妃に会ってからのお父さんの表情は暗いまま。

 それに、時々冒険者たちの注文も間違えた。

 最初は怒りもしたが、次第にそれも違うと感じ、こうして事情を聞こうとしていた。


 「そうだね……ムーン。何も言わないお父さんを許してくれ……」


 ムーンと視線を合わせるのが辛かったのか、俯き加減で話しだす。


 「ムーンが生まれるずっとずっと昔、お父さんはジュノー共和国に居たんだ。ムーンも聞いたことがあると思うけど、『血の七日間セブン・ディズ・オブ・ブラッド』で、お父さんの同族は沢山殺されたんだ。もちろん四百年も前の話だからね。お爺ちゃんのそのまたお爺ちゃんの前の前、ずっとまえの話しだけどね」


 と、ワザとらしく笑ってみせた。

 頷くだけのムーン。

 娘の真剣な眼差しで何かを決断したのか、「沢山の同族を殺したのは、あのシルビアだから……」と、辛い表情を隠すことなく、そう言った。


 それから、『血の七日間セブン・ディズ・オブ・ブラッド』のこと、『薔薇の血(ブラッドローズ)』のこと、今の王国にいるアリスヘブンのことも、ムーアの知らないことだらけだったが、それを優しく難しい言葉は使わず、多くの事を教えてくれた。


 頭の中が一杯になり、よく理解出来なかったのか、ムーンはもう一度聞き直す。


 「お、お父さん。ありがとう……すごい話しだね……うん。でも、どうしてお父さんがそこまで……ええっとシルビアだっけ? 嫌うの?」

 「そうだね……」


 「おい、マスター! ミルクをもう一杯くれ」

 「あ、はい。ありがとうございます」


 返事を返したマスターが、カウンターから離れて行く。


 昔の話しだとしても怖くて怖くてしかたなかったのか、父親の姿が店内に紛れると、そっと涙を拭いた。


 戻ってきたマスターは、そんな娘を一目見て、「続きは今度にしよう」と言い出した。


 黙って頷き、素直に「はい」と、口にした。



 ◆



 王妃は篝火ライトの下、地図を見ていた。

 一階はまだなんとなく覚えていて、地図を頼りに階段まで来れたが、地下二階は別世界。

 地図を何度も見返すが、自分の位置すらつかめない状態だった。

 幸いまだ、モンスターには出くわしていないが、いつ出てきても可笑しくはない。


 何かを感じているのか、王妃は頻繁に後ろを振り返っている。

 少し進んでは、後ろ。

 角を曲がっては、後ろ。


 しばらくそれが続いたが、次の瞬間、その動作が完全に止まる。

 振り返りたくてもそれが出来ない様子の王妃。

 地図を持つ手が小刻みに揺れる。


 「ヤダ……どうしよう。見られてる……」


 心で思っている事が思わず口にでた。


 足音がする。

 ひとつじゃない。

 これは……。


 ダンジョン内で、大声は自殺行為に等しい。

 恐怖に支配された王妃はそのことを忘れていたのか、肺に溜まったありったけの空気を悲鳴に変換して、吐き出した。


 「きゃぁぁーーっ!!!」


 耳をつんざく叫び声。


 「落ち着けって。どうした!?」

 「嫌よぉーー! 落ち着けないわー!」

 「なんで? どうして?」

 「だって、モンスター……ってあれ!?」


 喋るモンスターが居るのか、と王妃はしゃがみ込んで抱えていた頭を警戒しながら、恐る恐る上げる。


 「あれっ!?」

 「あれじゃねえよ。大丈夫か? 怪我でもしてるのか?」

 「ええ、あ、ええ、あああ??」

 「落ち着けって。俺は人間だ。モンスターじゃない」


 そう言って笑う冒険者たち。

 それでやっと理解できたのか、王妃は足を崩し座りこんだ。


 「はあ、びっくりした……」

 「びっくりしたのはこっちだ。ダンジョンで悲鳴を上げるだなんて、よっぽどの馬鹿か、強者(つわもの)だ。お前、そんなに強いのか? パッとみ、馬鹿の方に見えるけど?」

 「えっ、あははは。そ、そうよ! 私は強者(つよいうつわ)よ!」

 「はあ? 強い(うつわ)だって……? まあ、いいか。強いなら大丈夫だな。邪魔したな」


 立ち去ろうとしたそのパーティーを王妃は咄嗟に捕まえた。


 「ち、ちょっと待って。聞きたいことがあるの」

 「うん? なんだ、急に」


 リーダーと思しきその人物の目が光る。

 基本ダンジョン内では敵、とまでは言わないが、助け合うことは滅多にない。

 お互いここへ来る目的は一つなのだから。


 「ごめんなさい。邪魔するつもりはないの。ちょっと聞きたいことがあるだけ」

 「モンスターの居場所なら言わないぜ。人に教えるほどお人好しじゃないんでな」

 「違う違う、そうじゃないわよったく。私が聞きたいのはね」


 ついつい、いつもの口調で喋る王妃に対し、更に眼光が鋭くなる。


 「おいお前、誰に口聞いてんだ!」


 やっちまうか、と後ろの男が剣を取り出し言った。


 「えっ、ちょっと待ってよ。貴方たち、私は……」

 「私はなんだ? 言ってみろっ!!」

 「そ、それは……」


 「止めなさい!」


 暗闇の中から凛とした声が響く。


 「誰だ!」


 剣を持った男が叫ぶ。


 「誰だっていいだろう。貴様らも名乗ったのか?」


 篝火(ライト)もなしそう言って現れたパーティーからは、焦げた臭いがしてきた。


 「先程、炎の魔人(イフリート)を倒したばっかりで少し興奮してる! 手元が狂ったらすまない」


 そう言って取り出した剣を、一瞬の間合いで振るう。

 粋がっていた男性のベルトが切れ、腰に巻いてある鞘が地面に落ちる。


 「……っ!?」

 「さあ、次ぎはどこがいい? 違うな、どこから斬るべきか教えてくれ!」


 その声に圧倒されてか、落ちた鞘をそのままに、それこそ王妃ではないが悲鳴を上げ立ち去った。


 圧倒的な実力の差。

 それを素早く読み取るのも生き残る手段の一つなのかもしれない。


 「チッ、逃げやがった」


 なぜか勿体無いと言った感じの口調。

 剣を鞘に収めながら大丈夫か、とガラリと変わった優しい声で話しかけて来た。

 王妃もそれに押されていたのか、「ええ」とだけ。


 「見た感じ、狩りに来た訳ではなさそうだが、何者だ?」


 乾いた喉に唾が音を立てて通る。


 「あ、ちょっと人捜しを……」

 「人捜し? ダンジョンでか。怪しいな、お前」

 「い、いえ。会って話さないといけなくて……」

 「じゃ、外で待ってればいいだろ。わざわざ入ってくる必要もない」


 少し気持ちが落ち着いたのか、立ち上がって再び尋ねた。


 「そうなのですが、どうしても直ぐに会いたくて……シルビアって男性(・・)を知って居ますか?」

 「シルビア、男性?」

 「そうです。昨日もこのダンジョンで狩りをしていたらしく、今日も来ているはずなんです。野良パーティーだと聞いています」

 「なるほど。男性か……。命を賭けて来るほど会いたいってか?」


 少し笑いを含ませた声。

 アントニー王妃は、その人物の笑いに負けない口調で返す。


 「ええ、私の家族を殺した人ですから」


 それを聞いて、相手の口元が少し緩んだことを王妃は知らない。

 篝火(ライト)がないのもそうだが、わざと下を向いたせいもある。


 「もう一度言ってくれないか? その殺人鬼の名を……」

 「アーネスト・シルビアです。私も顔は知りません。名前だけしか」

 「そっか、もし私がそうであれば、その聞き方はよくないと思うぞ。もし本人ならば名乗るわけないからな」

 

 その時、どこかで嗅いだことのある臭いを感じたのか、少し片眉が上がるが、それを無視して王妃は答える。


 「……ははは、そうですね。でも貴方は女性じゃないですか?」

 「確かに、そうだ。でも私のパーティーにいるのは男性ばかりだぞ」

 「その点も大丈夫です。その男性はリーダー的存在だって、聞いてますから」

 「了解した。その殺人鬼に合わしてやる」

 「えっ、知ってるんですか!? 本当ですか!!」

 「ああ、保障してやる。ところであんた名前は?」

 「失礼しました……。ええっと、私は……」

 「隠さなくてもいいよ、オークス国の王妃だろ?」


 ニヤッと白い歯を見せる。


 「ど、どうしてそれを……」

 「色々あってな、アンタの顔は覚えているよ……ははは」


 自分が間違えていた事を思い知った瞬間だった……。

 私は自分から一度も殺人鬼(・・・)などと言っていない。

 家族といっても、両親だけ。

 それなのに、殺人鬼とは、一体なんだ。

 言葉の扱いとしては問題ないが、普通なら犯罪者、だとか人殺しだろう。


 それに王妃は別の間違いにも気づき、落胆を隠せずにいた。


 男性じゃないかもしれない。

 あの時ちゃんと確認していれば……。

 そういえばブラウンに言われたことを、今更ながらに振り返る。


 『くれぐれも言動にはご注意願います』


 それを噛み締め、王妃は気を失った。


 「こんなところで出会えるなんて、ツイてる」


 その人物は楽しげに高笑いを始めた。


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