018
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荒れた大地に荒々しい岩が点在し、草木は一本も無い。
見渡す限りの赤茶けた土と岩。
時折吹く風が、乾燥した土を砂塵に変え、空高く舞い上がらせ、殺伐とした風景を演出している。
畏怖をもって皆が忌み嫌う場所。
そんな場所で、一人の少年が目を開けた。
無意識に伸ばした手の先に、分厚く浮かんだ黒い雲が空に張りついていた。
◆
ギルド酒場は、今日も賑わっている。
まだ昼間だというのに、大勢の冒険者たちが集まっていた。
中には、ジュンビールを飲むヤツもいたが、大抵の冒険者は冷たいミルクや蜂蜜を混ぜただけのハニーミルクを注文していた。
「ねえ、お父さん」
忙しく手を動かすマスターは、「ん、なんだ?」と声だけ届ける。
「どうして、お父さんはあの冒険者から私を遠ざけるの?」
「あ、うん。すまない……」
「ううん、謝らないで。どうしてかは大体わかるの……。私がシルビアって人と一緒に狩りに行って欲しくないからでしょ。それは分かるの……危険だし……、もちろん、ミストダンジョンだって場所も関係するんだろうけど……」
ムーンは、悩んでいた。
今朝、王妃に会ってからのお父さんの表情は暗いまま。
それに、時々冒険者たちの注文も間違えた。
最初は怒りもしたが、次第にそれも違うと感じ、こうして事情を聞こうとしていた。
「そうだね……ムーン。何も言わないお父さんを許してくれ……」
ムーンと視線を合わせるのが辛かったのか、俯き加減で話しだす。
「ムーンが生まれるずっとずっと昔、お父さんはジュノー共和国に居たんだ。ムーンも聞いたことがあると思うけど、『血の七日間』で、お父さんの同族は沢山殺されたんだ。もちろん四百年も前の話だからね。お爺ちゃんのそのまたお爺ちゃんの前の前、ずっとまえの話しだけどね」
と、ワザとらしく笑ってみせた。
頷くだけのムーン。
娘の真剣な眼差しで何かを決断したのか、「沢山の同族を殺したのは、あのシルビアだから……」と、辛い表情を隠すことなく、そう言った。
それから、『血の七日間』のこと、『薔薇の血』のこと、今の王国にいるアリスヘブンのことも、ムーアの知らないことだらけだったが、それを優しく難しい言葉は使わず、多くの事を教えてくれた。
頭の中が一杯になり、よく理解出来なかったのか、ムーンはもう一度聞き直す。
「お、お父さん。ありがとう……すごい話しだね……うん。でも、どうしてお父さんがそこまで……ええっとシルビアだっけ? 嫌うの?」
「そうだね……」
「おい、マスター! ミルクをもう一杯くれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
返事を返したマスターが、カウンターから離れて行く。
昔の話しだとしても怖くて怖くてしかたなかったのか、父親の姿が店内に紛れると、そっと涙を拭いた。
戻ってきたマスターは、そんな娘を一目見て、「続きは今度にしよう」と言い出した。
黙って頷き、素直に「はい」と、口にした。
◆
王妃は篝火の下、地図を見ていた。
一階はまだなんとなく覚えていて、地図を頼りに階段まで来れたが、地下二階は別世界。
地図を何度も見返すが、自分の位置すらつかめない状態だった。
幸いまだ、モンスターには出くわしていないが、いつ出てきても可笑しくはない。
何かを感じているのか、王妃は頻繁に後ろを振り返っている。
少し進んでは、後ろ。
角を曲がっては、後ろ。
しばらくそれが続いたが、次の瞬間、その動作が完全に止まる。
振り返りたくてもそれが出来ない様子の王妃。
地図を持つ手が小刻みに揺れる。
「ヤダ……どうしよう。見られてる……」
心で思っている事が思わず口にでた。
足音がする。
ひとつじゃない。
これは……。
ダンジョン内で、大声は自殺行為に等しい。
恐怖に支配された王妃はそのことを忘れていたのか、肺に溜まったありったけの空気を悲鳴に変換して、吐き出した。
「きゃぁぁーーっ!!!」
耳をつんざく叫び声。
「落ち着けって。どうした!?」
「嫌よぉーー! 落ち着けないわー!」
「なんで? どうして?」
「だって、モンスター……ってあれ!?」
喋るモンスターが居るのか、と王妃はしゃがみ込んで抱えていた頭を警戒しながら、恐る恐る上げる。
「あれっ!?」
「あれじゃねえよ。大丈夫か? 怪我でもしてるのか?」
「ええ、あ、ええ、あああ??」
「落ち着けって。俺は人間だ。モンスターじゃない」
そう言って笑う冒険者たち。
それでやっと理解できたのか、王妃は足を崩し座りこんだ。
「はあ、びっくりした……」
「びっくりしたのはこっちだ。ダンジョンで悲鳴を上げるだなんて、よっぽどの馬鹿か、強者だ。お前、そんなに強いのか? パッとみ、馬鹿の方に見えるけど?」
「えっ、あははは。そ、そうよ! 私は強者よ!」
「はあ? 強い器だって……? まあ、いいか。強いなら大丈夫だな。邪魔したな」
立ち去ろうとしたそのパーティーを王妃は咄嗟に捕まえた。
「ち、ちょっと待って。聞きたいことがあるの」
「うん? なんだ、急に」
リーダーと思しきその人物の目が光る。
基本ダンジョン内では敵、とまでは言わないが、助け合うことは滅多にない。
お互いここへ来る目的は一つなのだから。
「ごめんなさい。邪魔するつもりはないの。ちょっと聞きたいことがあるだけ」
「モンスターの居場所なら言わないぜ。人に教えるほどお人好しじゃないんでな」
「違う違う、そうじゃないわよったく。私が聞きたいのはね」
ついつい、いつもの口調で喋る王妃に対し、更に眼光が鋭くなる。
「おいお前、誰に口聞いてんだ!」
やっちまうか、と後ろの男が剣を取り出し言った。
「えっ、ちょっと待ってよ。貴方たち、私は……」
「私はなんだ? 言ってみろっ!!」
「そ、それは……」
「止めなさい!」
暗闇の中から凛とした声が響く。
「誰だ!」
剣を持った男が叫ぶ。
「誰だっていいだろう。貴様らも名乗ったのか?」
篝火もなしそう言って現れたパーティーからは、焦げた臭いがしてきた。
「先程、炎の魔人を倒したばっかりで少し興奮してる! 手元が狂ったらすまない」
そう言って取り出した剣を、一瞬の間合いで振るう。
粋がっていた男性のベルトが切れ、腰に巻いてある鞘が地面に落ちる。
「……っ!?」
「さあ、次ぎはどこがいい? 違うな、どこから斬るべきか教えてくれ!」
その声に圧倒されてか、落ちた鞘をそのままに、それこそ王妃ではないが悲鳴を上げ立ち去った。
圧倒的な実力の差。
それを素早く読み取るのも生き残る手段の一つなのかもしれない。
「チッ、逃げやがった」
なぜか勿体無いと言った感じの口調。
剣を鞘に収めながら大丈夫か、とガラリと変わった優しい声で話しかけて来た。
王妃もそれに押されていたのか、「ええ」とだけ。
「見た感じ、狩りに来た訳ではなさそうだが、何者だ?」
乾いた喉に唾が音を立てて通る。
「あ、ちょっと人捜しを……」
「人捜し? ダンジョンでか。怪しいな、お前」
「い、いえ。会って話さないといけなくて……」
「じゃ、外で待ってればいいだろ。わざわざ入ってくる必要もない」
少し気持ちが落ち着いたのか、立ち上がって再び尋ねた。
「そうなのですが、どうしても直ぐに会いたくて……シルビアって男性を知って居ますか?」
「シルビア、男性?」
「そうです。昨日もこのダンジョンで狩りをしていたらしく、今日も来ているはずなんです。野良パーティーだと聞いています」
「なるほど。男性か……。命を賭けて来るほど会いたいってか?」
少し笑いを含ませた声。
アントニー王妃は、その人物の笑いに負けない口調で返す。
「ええ、私の家族を殺した人ですから」
それを聞いて、相手の口元が少し緩んだことを王妃は知らない。
篝火がないのもそうだが、わざと下を向いたせいもある。
「もう一度言ってくれないか? その殺人鬼の名を……」
「アーネスト・シルビアです。私も顔は知りません。名前だけしか」
「そっか、もし私がそうであれば、その聞き方はよくないと思うぞ。もし本人ならば名乗るわけないからな」
その時、どこかで嗅いだことのある臭いを感じたのか、少し片眉が上がるが、それを無視して王妃は答える。
「……ははは、そうですね。でも貴方は女性じゃないですか?」
「確かに、そうだ。でも私のパーティーにいるのは男性ばかりだぞ」
「その点も大丈夫です。その男性はリーダー的存在だって、聞いてますから」
「了解した。その殺人鬼に合わしてやる」
「えっ、知ってるんですか!? 本当ですか!!」
「ああ、保障してやる。ところであんた名前は?」
「失礼しました……。ええっと、私は……」
「隠さなくてもいいよ、オークス国の王妃だろ?」
ニヤッと白い歯を見せる。
「ど、どうしてそれを……」
「色々あってな、アンタの顔は覚えているよ……ははは」
自分が間違えていた事を思い知った瞬間だった……。
私は自分から一度も殺人鬼などと言っていない。
家族といっても、両親だけ。
それなのに、殺人鬼とは、一体なんだ。
言葉の扱いとしては問題ないが、普通なら犯罪者、だとか人殺しだろう。
それに王妃は別の間違いにも気づき、落胆を隠せずにいた。
男性じゃないかもしれない。
あの時ちゃんと確認していれば……。
そういえばブラウンに言われたことを、今更ながらに振り返る。
『くれぐれも言動にはご注意願います』
それを噛み締め、王妃は気を失った。
「こんなところで出会えるなんて、ツイてる」
その人物は楽しげに高笑いを始めた。




