017
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軽い振動がミーサの足裏に伝わり、光り輝く魔法陣は消えてなくなった。
それと同時に周囲が見えてくる。
周りの景色は一変し、木も川もなく、その代わりにこじんまりとした一軒家が現れた。
「ここは……」
「私の家だ。さあ、中に入って」
ミーサを除く後の三人は、さっさと扉を開けて入って行く。
最後に入ったティナーが戸口で振り向き。
「ほら、早く。そんなところで突っ立てると、自衛団に見つかるぞ。ほらっ」
即されて尚、ミーサはティナーに背を向け、この村を懐かしむように眺める。
ここに来た時のことを思い出していたのだろうか。
「リオン……」
ひと言そう呟いた。
もう一度ティナーの声が聞こえ、踵を返したミーサは黙って扉をくぐった。
東の山に、太陽が登り始める。
フェレンの村に朝が訪れるほんの少し前だった。
リビングに入ったミーサは、既にテーブルに付いている二人とティナーを見る。
立ったまま、話掛ける。
「貴方たちは何者なの? どうしてリオンを追っているの……」
「いきなり本題かよ、お嬢ちゃん。自分の置かれている立場、分かってる?」
「やめな、メイ。今はまだ」
「チッ」
ふて腐れた態度で、カップに手を伸ばし口をつけるメイ。
ミーサも、と言い、ティナーがテーブルにカップを一つ置いた。
「座って」
命令ではないその口調に、ミーサは三人を値踏みするように見渡す。
自分の目を信用したのか、ゆっくりと腰を下ろす。
「そうね、自己紹介がまだだったわね。私は……」
「いらねえよ! 黙っとけシンフォニー、いい子ちゃんぶるんじゃねえよ!!」
心外だと言わんばかりの目になるシンフォニー、ティナーが口を挟む。
「我々は『薔薇の血』のメンバーで、私の……名はいいか。職業は僧侶だ。そして、こちらが弓使いのシンフォニー。で、この口が悪いのが魔物使いのメイだ」
口が悪いのは元からだ、と毒づくメイ。
シンフォニーがそれに頷き、睨まれる。
「おいおい、二人ともよしてくれ。苛立つのは分かるが、今はそれどこじゃない。しっかりしてくれ!」
彼女の声に、二人は目を逸らし、黙り込む。
「ちゃんとした説明が必要だと思う。いいな二人とも、事情が変わった」
その問いかけにシンフォニーは返事を返し、メイは舌打ちで返す。
「よし、じゃあ説明するからよく聞いてくれミーサ」
椅子を引き、ミーサの真向かいに腰を下ろしたティナー。
二人の視線は相反するモノがあったが、お互い譲ること無く、話しは始まった。
◆
アントニー王妃は、暗いダンジョン内を篝火で明るく照らし出していた。
先日、人捜しに出発する際、シンフォニーから教わったばかりの魔法。
低級魔法とは言え、一般人が習得するにはそれなりに修行が必要、と言われ、はしゃいだことでも思い出したのか、口元が少し緩んでいる。
自分でも、分かってた。そんな余裕などどこにもないことを。
前回はパーティーで来ていた、だから安心だった。
その辺の感覚が狂っているのかと自覚してか、ふぅーっと長い息を吐く……。
篝火まだ、ダンジョンの奥まで照らす光量は確保出来ていないが、壁にいきなりぶつかることはない程度に、辺りを識別させている。
王妃は構わず奥へ奥へと進み出す。
未攻略のダンジョンがゆえ、地図があるのは地下二階まで。
その先こそが真の恐怖と言えるのだろうが、この階にだってあの時襲われたモンスターが又、出現しないとは言いきれない。
単に地図があるだけで迷うことはない、というだけなのだから。
地図を頼りに、地下二階へとつづく階段を見つけた。
ここまで何も遭遇しなかったのは奇跡に近い。
王妃は地下に続く暗闇を覗き込む。
前回はここで終わっている。
階段に足を掛けた瞬間、ダンジョンが揺れだしたのだ。
息を凝らし、そっと足を掛ける、が、何も起らない。
少し胸を撫で下ろしそれで何かを思い出したのか、自身で照らし出す篝火の先を見つめた。
あの日もこんな暗い夜だった……。
貧しい村で生まれたアントニーは、突然現れた冒険者に、両親を持っていかれた。
金貨になるいい仕事だったと両親は言っていた。
幼いアントニーは両親に言われるがまま、家に一人残り、帰ってくるのを待った。
次の日も、その次の日も。
暗い部屋で一人、ランプを燈しながら待ち続けた。
そして、彼女は孤児院に預けられ、大人になった。
大人になって初めて知った両親の失踪原因。
ずっと両親に嫌われたと思っていた彼女に、初めて憎しみが芽生えた瞬間でもあった。
涙が一つ筋、頬を伝い落ちた。
それで目が醒めたのか。
キリっとした表情に変わり、力強い足取りで階段を降り始めた。
◆
ティナーの説明はとても分かり易く、要点だけがまとめられていた。
先ず、我々『薔薇の血』は現在、冒険者としての活動はしていない。
今の『薔薇の血』はジュノー共和国に仕える衛兵的存在だと言った。
詳しくは説明出来ないらしいのだが、そういうことらしい。
『血の七日間』から数えて六代目。ミーサからみて二代後の後輩に当たる。
それがなぜ、アストレイを捜索することになったのか。
それはある情報がきっかけになっていた。
ティナーは、辛い自分の過去を語るように話出す。
「『血の七日間』の大戦中、オークス国に押されていたジュノー共和国は、最強の魔法使いにお願いをしてある機関を作った。……今思えば悪魔のような機関だ」
ティナーは一呼吸置いてから続ける。
「簡単に解説すると、一般人から魔力、つまり生命力を頂いて魔力に換える魔法を生み出した。それを使い一人の魔法使いに魔力を供給し続ける。ああ、見事成功したよ。魔物すらへっちゃらなくらいの魔力を手に入れたのさ」
いつの間にかテーブルの上に掌を組み、「多くの人種を犠牲にしてな」。
彼女はそれを初めて聞かされた時、愕然としたらしい。
しかも、その禁断とも言える魔法が解読され持ち去られた、と話しは続き、世界は終わったな、と感じた。と、当時の思いをそのまま口にした。
目を伏せるティナーに代わり、後を引き継ぐ形でシンフォニーが喋りだす。
少し話しは変わるけど、と前置きをして。
「当時の国家元首、ジュノー四世は『薔薇の血』の犯した罪の償いの為、オークス国にその者達を差し出すご決断で、気が触れたことにされておりましたが、実はその裏で、禁断の魔法の開発に力を入れていたのです。優秀な魔法使いしか使いこなせない魔法より、汎用性の高い魔法へと作り変える……」
「それが服従の霊って魔法だ。魔法使いは魔族って限られるけどよ。俺様みたいに一般人のなんの変哲も無い魔物使いにも使える魔法としてな」
メイが話しに割り込み、自分を弄るその姿かどこか痛々しい。
そんな彼女をシンフォニーは怒るどころか、目を逸らした。
ティナーが落ち着けと、メイの肩に手を置く。
「そんな魔法、聞いたことがないのですが……」
ミーサが口を開いた。
ティナーは、メイの肩に手を置いたまま彼女を見る。
「そうなんだ。開発に成功したのはいいが、違った方向に使われた。元々は効率よく魔力を吸い上げる魔法だったのだが、ある魔物使いがその服従の霊を使い、人に掛けた。そしたらどうだ。まるでモンスターを操るように操作出来てしまった……」
魔力を吸収するより手っ取り早い、と実証してしまったのだ。
多くの一般人を集めるだけで、戦える兵士として使える、と……。
ティナーの目は、憎むべき相手を見ているように話を付け加える。
「ミーサやグレン、そしてリオンを襲った奴、そいつの名は魔物使いのアーネスト・シルビア。戦争が終わり、封印されるはずだった魔法書を盗み出したのもそいつ。もちろん当時から捜索はしたさ、でも昨日現れるまで行方知れずだった……」
ミーサもその話で思い出したのか、俯く彼女を尻目にメイが喋り出す。
「でだ、最近になって、なんとオークス国の魔女アリスヘブンに禁断の魔法書が渡るんじゃないか、っていう情報が出てよ。で、潜入していたらアントニー王妃が人捜しに出掛けるってんで、ご同行したのさ。アストレイとこのシンフォニーがな」
顔を上げるミーサに、ティナーが足りない部分を補う。
「そもそも本来の情報は、アントニー王妃がルツェルン湖に離宮を造る話から始まったんだ。それを建てる際、地下に秘密裏に強大な魔法陣を作る計画が持ち上がっているという話しがね。ジュノー共和国としては、それに対して警戒するに越したことはない。両国の関係性は昔ほど悪くはないが、それでも前例があるだけに……」
その調査を任されたのが我々『薔薇の血』のメンバーだったのだ、と。
そこで、我々も二手に別れて詮索することにした。
先程も言った、アストレイとシンフォニーが王妃に。
メイはアリスヘブンに。
残った私は千里眼が使えるからその両方。
特に王妃を中心に監視していた、と端的にティナーは解説した。
「ミーサたちが襲われている時、千里眼で監視をしていた私はその状況を知っていた。だけど途中からカルファンという魔法使いが郡流星を使いやがった。それで見失ってしまった……すまない」
頭を下げ、許してくれ、と言った。
あの時、助けに入っていれば、と後悔も口にした。
悲しい目をしたミーサが、無理に笑顔を作る。
「気にしないで下さい。貴方のせいではありませんから……」
尚も下げ続けるティナー。
リビングに、静寂が訪れた。
それぞれの思いを消化するための時間が必要なのだろう。
だれも口を開こうとはしなかった。
窓に朝日が当たり、ゆるやかに差し込む。
重い空気を軽くしたかったのか、ティナーが窓に手を掛け、外気を入れる。
「ここから先、もっと辛い話になる」
穏やかな朝の風がリビングを満たす。
席には戻らず、窓辺に持たれるティナー。
外の景色に焦点を合わせることなく、再び語り始めた。




