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 少年の持っていた短剣の刃が、エメラルドに輝く。

 強く長く、そして禍々(まがまが)しく。


 狂気の巨人(ジャイアントビースト)が恐れをなしたのか、雄叫びを上げ、狂乱した動きで突進してくる。

 揺れを感じ正気に戻ったアストレイが叫ぶ。


 「に、逃げろ!」


 その叫びも虚しく、少年と狂気の巨人(ジャイアントビースト)が一直線に結ばれ、すれ違う。

 地響きをたて、足を止めるモンスター。


 「ま、まさか……」


 壁に背を押し付け、立ち上がったアストレイが震える。

 彼女の目を持ってしても見えなかった。

 狂気の巨人(ジャイアントビースト)の上と下が、ちょうど半分辺りからずれる原因を。


 岩の塊と化したモンスターが崩れ、拡散しながら周りに埃を舞い上がらせる。

 しばらくし、埃が落ち着くとそこに立って居たのは、一人の少年。

 ではなく、異形の存在だった。


 「お、お前は……魔、魔物……」


 いつ変化したのだろうか、姿形が一変してる。

 少年の頭から全身を覆う黒のフードと長いローブ。

 目深にかぶったフードから表情を知ることは出来ないが、フードの奥に真っ赤にたぎる赤目(レッドアイ)が輝いている。

 手にしたその短剣はいつしか身の丈ほどの長剣に変わり、今もエメラルドに発光している。


 それが今、アストレイに近づいてくる。


 歩くたび、長いローブは(あで)やかに振れ、そこから覗く脚には剛毛が生えていた。

 光りすら逃げ切れないその暗黒の姿に、アストレイは気でも狂ったのか。


 「あはは、あははー。あははー……」


 目前に差し出された長剣が、左から右へ軽くなぎ払われる。

 音も立てず、いや、随分遅れて彼女の耳に届く。


 笑い声はそれでも続いたが、地面に落ちてやっと止んだ。

 下半身だけになった断面からは血すら流れない。

 一体どれだけの速さと切れ味だったのか、地面につけた頭で考え、瞳を閉じた。



 異形はそれを見届け振り返る。

 もう一つ離れた場所に倒れている人体を見て、息を吐く。

 黒いその息は直ぐに(もや)になり、漂い始めた。


 長剣をもう一度なぎ払う。

 その剣の軌跡は離れた場所にあった人体に命中し、まるで沸騰した水蒸気のように周りの空気と馴染み、その場にあった全ての物を消失させた。

 なにも無くなった暗闇に三つの赤目(レッドアイ)だけが瞬いてた。


 遠くの暗闇の更に奥にある三日月の細い目が、何かを感じ取り、気配なく痕跡を消した。



 ◆



 ――ギルド酒場から出来た王妃。


 馬車に戻る足取りは重く、腰を下ろしても尚、沈黙を守ったまま。

 低い天井のどこを見るでもなく、目に写しているだけ、といった感じで瞳を泳がせていた。

 ムーンから告げられた冒険者の名前。


 ――魔物使い(テイマー)アーネスト・シルビア


 今一度それを口にし、下品に呟く。


 「ヤツは破綻してる……」


 次ぎの心当たりでも見つかったのか、天井から目を離した王妃は護衛に指示を与え、馬車は走り出した。



 ◆


 ――リオンを待つミーサ。


 「きゃ……ん、あっ……っ」


 突然後ろから口を押さえつけられ目を丸くする。


 「静かにしろ! アイツが居なければ殺してやるところだったが……。黙って我々の指示に従え!」


 見知らぬ女性のその低い声に、脅迫と感じる以前に緊迫感が乗っている。

 だからなのか、抗うことをやめ、何も言わずゆっくり立ち上がる。

 手を離され、そっと振り向くその先に、二人の人物が立っていた。

 一人はすぐ傍に立ちその後ろに、一人……、違うもう一人。


 三人?


 影に隠れ、分からなかった一人がミーサに近寄る。

 驚いて後ずさりをしたミーサだったが、


 「あなた……ティナーなの!? ど、どうしてここに……」

 「ミーサ。今はこの場から離れよう。事情は後からでも……」

 「ダメよ! あそこにグレンと……」

 「グレンとリオンか。あの二人もう、人ならざるモノになった」


  ミーサの声を遮った、ティナーの言葉に失念するミーサ。


 「!?」

 「我々の仲間、アストレイを捜しに来たが一歩間に合わなかった……。こうなれば全然話は違ってくる。さあ、急いでここから離れよう!」


 激しく抵抗を示すミーサ。


 「いやよ!! 二人を置いては……」


 説得は無駄だと瞬時に判断した三人は、合図もなしにミーサを取り囲む。


 「な、なに!?」


 唖然とする彼女に何も告げず、詠唱が行われる。

 息が当たる距離に立ち並び、彼女を中心に輪になる。


 ――選定移動(アサインテレポート)


 足元から現れた魔法陣は四人を包み、次の瞬間――消えて無くなった。



 ◆



 ――ここは、ミストダンジョン。先程見つけたモンスターを前に……。


 「ほらどうしたの、行きなさい!」


 そう息巻くのは一人の女性だけ。

 他の三人の男たちは震えていた。

 炎の魔人(イフリート)を前に、勇気を持って出て行くやつは、無知か自信過剰者だけだ。


 そんな冒険者たちに構うことなく、魔人は地獄の業火を惜しげもなく燃やす。

 炎の塊で出来た上半身は筋骨隆々に膨れ上がり、腰から下は徐々に先細りして見えない。


 宙に浮く炎の魔人(イフリート)には足と呼べるモノがないせいなのか、異常に移動速度が速い。

 間合いを一瞬に詰めて来るその姿に、たじろぐばかりの冒険者たち。

 もう一度、今度は腕を振って指示をだす女性。


 その手にある蒼い光りが効力を発揮したのか、冒険者たちは次々と戦闘体勢をとり、鋭い眼光に変え炎の魔人(イフリート)へ突進する。

 今までのことを全て忘失したかのようなその表情、剣を持ち、弓を持ち、魔法を使い、闘い始めた。


 炎の魔人(イフリート)の巨体から業火が飛び散り、辺りを燃やす。

 それでも冒険者たちは気に止めること無く、ただひたすら攻撃を繰り出す。

 己の体に業火が付こうとも、燃え上がる顔や足になっても攻撃の手を弛めなかった。


 遠目で見れば炎の魔人(イフリート)四体がジャレあっている異様な光景。

 それを、それこそ本当に遠目で眺めているのは、魔物使い(テイマー)のアーネスト・シルビアだった。

 彼女が催眠魔法を掛けて指示を出していないのは明白だった。

 仮にそうであれば、逆によかったとさえ言える。

 催眠魔法は有る一定の痛みや恐怖によって解除される。

 しかし、テイムされた相手にそれはない。

 自我が破滅するまで闘い続ける。


 そんなシルビアがテイムするのはモンスターだけではない。

 人種にも使っていた。

 

 それが証拠に、テイムが成功した時に現れる模様が手の甲に三つ、蒼く刻み込まれている。

 絶対服従のテイム魔法。


 ――服従の霊(マインドソウル)


 それを今、冒険者たちに使用している。

 理性や知性がある人種にそれは効かないとされていたが、先の大戦中実際それが使用され、多くの民の命が失われたと囁かれていたが、本格的な調査は行われていなかった。


 なぜならその昔、魔物使い(テイマー)たちが服従の霊(マインドソウル)を人に使用する人体実験が行われたが、理性や知性ある人種はそれらが邪魔して、大人どころか赤子さえ掛かることはなかった。


 仮にそれが可能だとすれば、それこそ人智を超えた魔力が必要になり、それほどの魔力がある魔物使い(テイマー)なら、魔物(ドラゴン)をテイムした方が遥かに効率がいいとされていたからだ。

 実際、人種に服従の霊(マインドソウル)を掛けるより、魔物(ドラゴン)に掛ける方が安易だった為、禁忌魔法として封印されることになるのだが。


 しかし、『血の七日間セブン・ディズ・オブ・ブラッド』を生き抜いた人々の間ではこう噂されていた。


 人形使い師(ドールマスター)、または死神(リーパ)は存在する、と。

 人種をテイムするヤツはいるのだと……。



 狩るのが楽しいかの、テイムするのが楽しいのか。

 業火に燃える人の体を指差し、高笑いをするシルビアがそこには居た。



 ◆



 王妃を乗せた馬車は、とあるダンジョンの前に来ていた。

 

 昼間でもうっそうと生い茂る木々のせいで日の光りは遮られ、辺りはとても薄暗い。

 一般人が用事もなしで絶対来ない場所。


 「お、王妃着きました」


 ありがとう、と馬車の内側から聞こえ、扉が開く。

 王妃は辺りを見回すが、特段変わった様子は見せず、いつもの感じで降りた立ちダンジョンの出入口へ歩く。


 「王妃! まさか中に入るのでは!?」

 「馬鹿っ、そんなわけないでしょ。いくら私が……」


 言いかけた言葉を止め、馬車の上から見守る護衛を睨む。


 「なにやってるの。早く降りて来なさいよ」

 「で、でもここは……」

 「でもって、口ごたえする気なの? さあ、早く!」


 仕方なく、といった感じで馬車から降りる二人の護衛たち。

 彼らはここがどんな森か、このダンジョンがどんなダンジョンか、それを知っているからこそ渋るのであろう。

 しかし、やはりそこは王妃の護衛。

 わがままと分かっていても無理です、とは言わず。


 王妃の前に立つ二人は震えている。

 彼女はその二人に対してこう言った。


 「ちょっと中を覗いてくるわ」

 「えっ、だ、ダメです、王妃!! 先程お入りにならないと……」

 「あーん、そうね。気が変わったわ……」


 呑気にアゴに指を当て、そう答える。


 「そんな……気が変わったからと言って、お一人でダンジョンに入るなんて!?」

 「あら、いつ私が一人で入るって言ったのよ! まあ、いいわ別に。付いてこいと言うつもりはないから。じゃあ、ここで見張ってて。それだけでいいから」


 自分はいかない、と案に言ってしまった護衛たちに反論する余地を与えず、王妃は踵を返し先へと進んだ。

 残った護衛たちは、ただ見送るだけだった。


 このダンジョンが世界三大ダンジョンの一つ。

 ミストダンジョンだと分かっているからこそ護衛たちは、あのような態度をとったに違いない。


 「人はだれでも自分が一番可愛いのよ。そうじゃなきゃ可笑しくなるわ」


 見えなくなった王妃から、そんな言葉が流れてきた。


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