014
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『アリスヘブン様。魔物使いを見つけました』
『そう、案外早かったわね。予想が当たった、というところかしら』
『はい。あと、シュナの森で……』
カルファンのその話しに怒りを含ませ、遮る。
『そっちはいい! お前は私の命令に従っておけばいい!』
『申し訳御座いません……』
『なんの為に噂を流していると思うの。王妃が捜し当てるまで放置しなさい』
『……そうでした。差し出がましいこと、お許し下さい』
『口実が出来るまであと少し。ははは、皆死ねばいいのよ』
『…………』
不気味に笑うアリスヘブン。
姿を現さなかったカルファンからの返事はない。
たぶん、彼女に言われた通り、元からここに居なかったのだろう。
いつもの臭気はなく、古びた建物の部屋で一人、アリスヘブンはカップを口にした。
椅子に揺られ、妖艶な香りが辺りを支配する中、
「全ては私の中にある」
と、自信に満ちた物言いをした。
◆
震えるミーサの肩を抱き、山を下る。
リオンなしでは今にでも倒れそうなほど弱く、たどたどしい歩み。
すぐにでも駆けだして煙が上がるその場所へ行きたかったリオンだが、ミーサの流す涙の意味を、言葉にこそしないが分かっているようだった。
何も言わず、ただ黙って支え、彼女に合わせて歩く。
何度もよろめき、その度に立ち止まり、また進む。
その繰り返しの末、ようやく近くまできた。
渓谷の間には川が流れ、それを少し下った辺りに拓けた場所があり、そこに大地を揺さぶる原因と思しき箇所があった。
この位置からでも分かるほど大きく縦に岩が裂け、その穴から白煙が上がっていた。
拓けた場所まで行き、近くの石の上にミーサを座らせる。
「ここで待ってて、ちょっと様子を見てくる」
うなだれ座り込むミーサは、小さく頷く。
不安げな表情で彼女を見ていたリオンだが、何かを振り切るように駆けだした。
そして、近づいて分かる。
縦に裂けた岩の亀裂は想像以上に大きく、大人が二人横に並んでも十分通れそうな幅があり、亀裂の高さは家の屋根ほどある。
中の様子を窺うが、始めは真っ暗で何も見えなかったが、次第に目が慣れてくると、亀裂は随分奥の方まで続いている。
その奥に何かが揺らいでいる。
「灯り? 燃えてる、のか……」
灯りとも何とも言えない、頼りない光源目指し自然と歩き出していた。
壁づたいに手を沿わせる。
外見からは分からなかったこと、視覚より感触で分かる。
壁をなぞるその指先にリオンは、
「爆破……じゃない? 魔法か!? なんでこんなに滑らかなんだ……」
それに気を取られ進むうちに、ふいに足場がなくなった。
「あああっ!!」
しかし、尻もちを着くほどでもなかった。
膝下ほどの段差を降りただけ。
「びっくりした……」
胸を撫で下ろし、辺りを探る。
そして、見えて来た頼りない灯り。
透き通る真紅の炎。
これは魔法によって生み出される、灯り、つまり篝火。
「……そんな」
リオンはその篝火を知っていた。
冒険者たちが使う初級魔法。
低レベルがゆえ、その魔法に己の個性を求める者は多い。
一人ひとり微妙に異なる色を付け、ダンジョンを燈す。
だからリオンは知っていた。
その篝火の色を。
暗くなるといつもそれをつけ、山道を一緒に降りた。
「グレンーーっ!!!!!!」
ゆらめく真紅の炎を睨み、灯りの元へ走った。
途中、何かにぶつかり躓きそうになるが構わずにいた。
滑るように膝をつき、抱きつく。
「グレン! グレン! グレンーーっ!!!」
激しく体を揺する。
それに反応するのは左右に振れる頭だけ。
支えを無くし左右に振れるだけ。
力なく左右に振れるだけ。
「……どうして……なんで……。馬鹿ヤロ!!!」
響き渡るリオンの声は、虚しくダンジョン内を駆け巡る。
横たわるグレンの胸に顔をあて、握った拳を振り下ろす。
何度も何度も振り下ろす。
「馬鹿……ヤロ……」
罵声はいつしか泣き声に変わっていた。
恥ずかしげもなく声を上げ、泣いた。
「おい、お前。男だろ、いい加減泣くのはやめろ……みっともない。クック」
どこからともなく、リオンを煽る声が聞こえた。
顔を上げ、泣いた目で辺りを見渡す、が何も見えない。
その目は赤目を湛えている。
「誰だ!!!」
怒りを爆発させ、苛立ちが表情に、全身に纏い出す。
「おいおい、勘違いするな。俺様は味方だ。ちょっとばかりへまやって……ゴホッゴホ、お前の泣き声で目が醒めたよ」
「うるさい! 黙れ! 何処にいる! 今すぐ殺してやる!」
「あーあ、だから落ち着けって。仲間だって言ってんだろ、ちゃんと聞けよ」
リオンは短剣を取り出した。
怒りに震えたその手で、闇雲に短剣を振り回す。
「危ないって、当たったら傷つくだろ」
「そのつもりで振ってんだ! どこだ、隠れてないで出てこい!!!」
と、その時、暗闇の中から「止まれ!」の合図。
咄嗟に体を止め、「そのまま、真っ直ぐこい」と続く声に短剣を握り絞める。
自分の居場所を教える導き。
「クソっ! 馬鹿にしやがって。ああ、今すぐ行って殺してやる!!」
「そうだな、そのままこっちへこい!」
「チッ……」
言われるがまま、その方向に向かって歩くリオン。
突如、その背後で何かが蠢いた。
「走れ! 早くしろ!」
暗闇の声が叫ぶ。
背後の殺気に押されてか、立ち止まる。
いつの間にか体が震えている。
持っている短剣も小刻みに音を立て震える。
「あの時と同じだ……震えて何もできなかった……」
暗闇の向こうに吊り上がった真っ白な目が、一つだけ浮かび上がる。
石が崩れる音がして、その目の高さは見上げるほど高くなる。
転がってきた石が、リオンの靴のつま先当たった。
既に殺気のする方へ向いているリオン。
「今は違う……絶対に許さない! 絶対に!!」
リオンの赤目が光りを放す。
壁や床、ここがダンジョンの中だと明確に分かる赤目の明かり。
倒れたグレンの姿があらわになり、暗闇から罵倒して来た声の主も姿を現す。
もちろん、目の前の壁に対しても。
狂気の巨人は崩れかけており、体中から岩が、石がこぼれ落ちていた。
それでも、その名の通り狂気の雄叫びを上げる。
それに反応したのか、リオンの瞳が更に眩しく光る。
「お前……その目は……」
壁に持たれてたアストレイは、初めて戦慄というものを感じたのだろう。
これも本能というべき行動、生きる為の行動を取る。
座った状態で、剣を構えた。
「俺様が……恐怖を感じているというのか……」
構えた大剣が小刻みに振動する。
それに耐え切れなかったのか、いや、無駄だと認識したのだろう。
構えた大剣が金属音をたてて地面に転がる。
空いた右腕を必死に動かす。
後ろへ、少しでも後ろへ。壁に阻まれていると知りながらでも、後ろへ。
「あの目から離れないと……死ぬ……」




