009
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「寝るのはまだ早いぞ!! 目を覚ましやがれっ!!」
閉じた目を開ける前に蹴られ、ケツから転がった。
「痛っ……な、なにしやがるって、エッ!?」
魔の杖は空中で止まっていた。
状況を飲み込めないグレンは、必死に目を凝らす。
「正義の味方が助けに来てやったぜ、おっさん!」
見知らぬ女性戦士が、グレンが蹴られる前の場所でカルファンの杖を止めていた。
良く観察すると、その女性戦士には右腕がない。
「お、お前だれだ!?」
「ああ、私か。アストレイって言うんだ。よろしくなぁ、おっさん。クック」
「おっさん、おっさんうるさい! 俺はグレンだ! おっさんに変わり無いが……」
「そうか、お前があの伝説のおっさんか。クック。今日は色々と見れる日だ! クック」
「伝説のおっさんなんていねーよ! でもまあ、なんだ、助けてくれてありがとよ」
「気にするなっ、おっさん。積もる話もあるだろうが、後にしよう……ぜっ」
どうやら、忽然と現れたアストレイに助けられてた、という場面なのだろうが、どこか腑に落ちない表情を見せるグレン。
肩に刺さる火柱を、手で掴み、燃え移る手の平を気にすること無く、それを抜き去った。
「痛っ。酷いことしてくれるぜまったく」
「お、おっさん。お、おしゃべりもいいが、少しは少女を助けてくれよ。クック」
トリプルSの戦士といえ、左腕一本はやはり辛いのであろう。
グレンは立ち上がり、彼女の加勢しようと近づく。
「なぜ邪魔をする、アストレイ!!」
「はあぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ。炎で頭がイカれたのかカルファン!」
「黙れ! 邪魔立てするなら、貴様も殺してやる!!」
「おうおう、やっと本性を現したなゲス野郎っ。右腕の代償は高くつくぜ!」
アストレイは短く気合の入った声を発し、擦れるような金属音がしたかと思うと二人は間合いは開き、再び対峙した。
無詠唱なのか、カルファンが持っていた杖を振る。
アストレイの足元の地面が隆起し、彼女目がけて木が生える。
「顔に似合わずせっかちだな。少女相手にそれだと嫌われるぞ。つっかもう、その嫌な性格のせいで腕一本なくしてるがな。クック」
左腕一本で大剣を横になぎ払い、彼女に向ってくる生きた木を切断した。
そして、彼女はそれと同時に、大剣から迸る風圧で、カルファンを更に後方へと追いやる。
「なあおっさん、言い加減起きて加勢してくれよ。間合いは十分できたぞ。英雄は少女を助けるって役目だろ」
「ふん、何が少女だ。白魔物の鱗の甲冑なんぞ着た少女なんて聞いたことねーよ。笑わすなぁ」
「見る目あるね、おっさん。中々やるじゃん。流石、森ん中に結界貼ってることはあるな、あははは」
その言葉で、やっと腑に落ちない事が判明する。
「ヤツは調査隊か?」
「ちょっと違うが似たようなもんだ」
「じゃあどうして助けた。お前とヤツは同じ場所に瞬間移動してきただろ」
「ヒュー、やるね、そこまでお見通しか。まああれだ、その辺は諸事情ってやつで勘弁してくれ。つっかさあ、おっさんすっげえモンに色々狙われているな。なにやらかしたんだ?」
豪快に笑う少女につられ、グレンも笑う。
しかし、グレンの瞳は先程までとは違った。
瞳の色は完全なる戦闘体勢。蒼白の瞳を宿していた。
「さて、どうする、カルファンだっけ? 二対一。違うな、二と一匹対一だ!」
上空に旋回するワイバーン。
いつしか魔物は消え、夕暮れが空を赤く染めていた。
……やはりあの魔物、ダークローブの女がテイムしていたか。
「どうした、カルファン。黙ってたらわからねえぜ、クック」
アストレイが、先制攻撃を仕掛ける。
それに、待った、を掛けるグレンだったがもう遅い。
左腕を高く上げ、その場を鋭く蹴り上げると正面から突撃する。
戦士クラスなら当然の攻撃方法なのだが、郡流星まで使いこなす相手。
無用心にもほどがある。
グレンが何か言おうとした時、
――時の記憶
カルファンが詠唱する。
時の流れがゆっくり進行する魔法。
それが体感できるのは詠唱した本人だけで、詠唱中は時の長さに合わせ鼓動も半減し、その時間によって寿命も短くなっていく。
詠唱した本人にも危険を伴う闇の魔法。
それを意図も簡単に実行するカルファン。
そうとは知らず、突き進むアストレイ。
カルファンの魔の杖が振り上げられ、振り下ろされる。
その動作は、こちら側から見れば一瞬の出来事。
傍目からその魔法の効果を理解するのは難しい。
振り下ろされた杖に鈍い音が伝わる。
そして、地面に倒れるような音。
「なに!?」
驚いたのはカルファンだった。
殴りつけた相手は、グレンが召喚した雄鶏変異体だった。
雄鶏の頭に蛇の体。首の付け根からは二本の鍵爪が付いた羽。
それが今、絶命の鳴き声を上げ、地面にひれ伏した。
カルファンはどう思ったのだろうか。
それがアストレイではない、と知った時の瞬間のことを。
見上げるカルファンの頭上に、鈍く光る大剣が舞い降りて来た。
「ふぅー。ありがとよ、おっさん」
「どのみち操り人形だ、本体はとっくの前に逃げてるだろ……っ」
「どうした、おっさんっ!?」
グレンはその場に崩れた。
「魔力使い過ぎなんだよ、おっさん。ったくしゃーねえな。まぁ、貸し借りなしで行こうぜ、おっさん。クック」
空を赤く染めた太陽が山の向こうに隠れようとしていた。
しかし、周りの森はまだ明るく周囲を照らしている。
炎の勢いに耐え切れず、家が崩れ落ちる。
「おっさんの丸焼きか。チッ、喰いたくもねえや」
二つに割れたカルファンに唾を吐き、軽々とおっさんを肩に担ぎ、炎の中を悠然と進んでいった。
◆
ミーサは夢を見ていた。
今になって、どうしてあの日の夢を見るのか。
遠い過去。
そして、忘れたかったはずの出来事を…………。
「どうなってる? なんだこのダンジョンは!?」
夢の中のグレンが大声で叫ぶ。
壁に穴を開けたことによってダンジョン自体が痛みを感じたのか、空間が歪ながら揺れ動き、どこからともなくやってくる、金属や木を擦り合わせたかのような不快音。
それは耳の奥を激しく刺激し、激痛を伴っていた。
全員が耳を塞ぎ、頭を抱え、倒れる。
「ぐあおあーーー!」
「きゃぁーーー!
「な、なんだぁああっー!」
「痛っーーーぃ!」
何が起ったのか分からない。
現実のミーサも額に汗が滲む。
しかし、夢から覚めることなかった。
ただシーツを強く握り締めるだけだった…………。
「これは……」
「地形が変わってる……!?」
初めに気付いたのは弓使いのミーサ。そして、戦士のマリーが答える。
「ダンジョンが錬金されたと言うのか……」
グレンとルナは最初意味が分からなかった。
それを現実のものとし、誰よりも早く攻撃に転じたのは、やはり感の鋭いミーサだった。
――聖なる矢
詠唱ととも打ち放たれた矢は、一匹の死者に命中し、絶命した。
しかし、その後ろから次々に現れる死者。
複数の相手に対し、弓は非力だ。
仮に、死者相手に接近戦になったとしても、一匹あたりの攻撃は大したことはない。
だが、それが数十匹、いや、それ以上となれば話は別。
息を殺し、一同が凝視しする中、
――死の蘇生
死者を甦らせる魔法が詠唱された。
悪魔系の呪いが掛かった相手にこの魔法を掛けると、生き返らせようとする効果によって呪いが解かれ、昇天させるという効果がある。
逆利用した死の蘇生、死者種にとって一撃必殺の魔法。
でも……。
「魔力が足りない……」
ルナは肩で息をしながらそう言う。
ここに来るまで――ルナだけじゃない、他のメンバーたちも魔力を使い果たしていた。
今の一撃で、前列にいた死者たちを昇天させることは出来たが、二列目、三列目と、通路一杯に広がって波のように押し寄せてくる。
「クソっ、切りが無いぜ。しかもあれ、食屍鬼じゃねえか……厄介なヤツまでいやがる」
一見するだけでは良く分からないが、他の死者とは少し違う。
動きも早く、全身包帯で巻かれているが、ところどころ黒や赤に汚れている。
それに、攻撃力が死者の数十倍もある上に、死の蘇生も効きが悪い。
絶体絶命のピンチとなった『薔薇の血』のメンバーたち。
ミーサの汗がシーツに落ち、染みこんで行く。
うわ言の様に、口を開いて何かを言おうとするが、声にならない。
「大丈夫、大丈夫ミーサ…………」
その声に呼び起こされて、ミーサは目を覚ました。
あっ、と声を上げる。
そこにはリオンが上半身を起こし、ミーサの手を包むように握っていた。




