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 オークス国領土にある、シュナの森。


 この森には伝説のダンジョンを含め、三つのダンジョンと特別地区と呼ばれる魔物(ドラゴン)の巣窟がある。


 金貨とレア素材、そして名誉を求め、連日数多くの冒険者たちがこの国を訪問し、この森にあるダンジョンを目指していた。


そんな中、この少年は違っていた。


 「命を賭ける冒険者は、ゴミだ。闘う相手を間違えている」


 ◆



 「マスター、ビールくれ!」

 「こっちもだ、マスター」


 闘い終えた冒険者たちが、今日もハント話しで盛り上がり、あちらこちらで自慢大会が繰り広げられている。

 それがギルド酒場。


 「リオン、急いでクレおばさんからガララの鱗を買って来てくれないか」

 「ええー、今からですか?」

 「頼むよ、在庫が切れそうなんだ。日が沈むまで一時間はある、な。頼む!」

 「いいけどさ、その分の金貨は別でくれよ」

 「もちろんだ! そうと決まれば急いで取って来てくれ」


 ああ、わかったよ、と面倒臭そうな表情をしたその少年に、親はいない。


 山菜取りに出掛けた両親は、突然現れたモンスターに襲われ、幼かった少年一人残し、亡くなった。


 その後、国営の孤児院に預けられ、同じ境遇の人種や、盗賊、人買いたちから救出された子供たちと一緒に幼少期を過ごした。

 そして、十四歳になると里親に引き取られる。

 この少年もマスターに引き取られ、まもなく一年が過ぎようとしていた。


 リオンがギルド酒場のマスターに何か問いかけようとした時、ムーンがカウンター越しに、「客からのクレームよ」と、素っ気無くマスターを呼びつけた。


 「はいはい、すみません」と、巨漢の体に出っ張ったお腹を小さく見せるよう窮屈(きゅうくつ)に身を屈め、両手をすり合わせ店内へと消えて行く。


 「はあ、ホント嫌になっちゃう。わがままばっか! 冒険者って最低!!」

 「お前もだろっ」


 ねえ、今なにか言わなかった、と髪に付いた臭いを叩きながらそう言うと、リオンを睨みつけた。

 ムーンは自慢の長い黒髪に、巻きタバコのくさい臭いが付くことが我慢できない。


 「別に……」

 「んん? なにそのカッコ……まさか。いいわ」


 怪訝(けげん)そうな表情をするムーン。

 背を向ける彼女にリオンの手が伸びる。


 「えっ、あ、ちょっとまった!」

 「ちょっとなにすんのよ、離しなさい。痛いでしょ!」

 「あ、ごめん」

 「なにがごめんよ、ホントにもー。お父さんには言ってあげるから、リオンは行かなくていいわ!」


 プンっとそっぽを向き、歩き出だす。

 カウンターを軽々飛び越えたリオンは、素早く彼女に近づく。


 「きゃっ」

 

 驚き照れた声を上げるムーン。

 冒険者たちの歓声と口笛が店内に(とどろ)く。

 

 スカート捲り成功の歓喜に応え、両手を上げるリオン。

 周りの大人たちは、それを見て再び沸きあがる。


 「こらっ、リオン!」

 「ケチケチするなよ、お姉ちゃん」

 「うっさぁーい!!」


 スカートの裾を押さえ、叫んだ。


 「帰ってきたらタダじゃおかないからね!」


 気にする風もなく――どちらかと言えばニンマリとした表情でまだ手を振っている。

 店の奥から鋭く飛んでくる視線を、店の扉を閉めることで断ち切った。


 「なによ可愛くないガキねったく。ってかお父さんーっ!」

 「ムーン! バナブンを一つ追加してくれ!」

 「ちょっと、お父さんーっ!!」

 「こっちにジュンビール二つくれ! 真っ赤なお顔のネエちゃん、急ぎで頼むよ」

 「はいっ急ぎで。ムーン頼むよ!」


 お父さんの景気のいい声と冒険者たちの活気に押され、頬を赤らめたていたムーン――長耳の先まで赤い。

 彼女はそれ以上なにも言わず、扉から目を離した。


 「……お姉ちゃん、か」




 太陽が落ちるまで一時間はある、が外は思ったより暗い。


 リオンは町の中央にある噴水を横目に、シュナの森へと続く道を目指す。

 クレおばさんの店は何度も行っているせいか、暗くなることに差ほど気にする様子もなく、淡々と歩く。

 

 しかし、夜は魔の住む世界。

 勇敢な冒険者とはいえ、余程の用事がない限り、夜間外出する人は少ない。

 夜のモンスターが強いことを知っている証だった。

 

 シュナの森へと続く町の端までやって来た時、リオンは扉も門もない、ただの木で作れたアーチを見上げる。

 そして、それに連なるただの木の柵を。


 城下町にしては、一見無防備過ぎるその作りに、不安を感じ眺めていたわけではない。


 そこには、視認出来ない魔法防壁(パーフェクトウォール)の存在があった。


 普通そう聞くと、頷くだけで終わってしまうのだが、ここオークス国の魔法防壁(パーフェクトウォール)は頷くだけは終わらない。


 国境沿い全てに設置された腰の高さほどの木の柵。

 その全てに魔法防壁が施され、それをたった一人の魔女が詠唱し続けている、と聞けばどうだろう。


 夜だけではない、一日中である。


 知らない前と知った後では、感じることに変化はあっても、思うことは皆同じ。


 魔物(ドラゴン)級の桁外れな魔力。

 やがて訪れる畏怖の念。


 それでも文句を言う者は誰一人としていないだろう。

 この町を外敵から守っているのは、その魔法使いであり、魔法防壁(パーフェクトウォール)なのだから。



 アーチをくぐり抜けると気温が一気に下がったのか、腰に巻き付けていた皮の上着を肩の上から掛け、なぜか辺りを見渡す。


 「……よし、大丈夫だ。誰も居ない」


 そう呟くには、少し訳がある。

 この少年、両親を亡くす以前から誰に教わることなく、魔法を詠唱(えいしょう)することができた。

 しかし、それを知ったすべての大人たちは、口を揃えてこう言うのであった。


 「魔法は使っちゃダメ。君は人間なんだから」


 と。


 それを分かった上で詠唱しまったのは、つい最近こと。


 先日、酔っ払いの冒険者がどういう訳か町中に現れた下級モンスターと運悪く出くわし、襲われるという事件が発生した。


 下級モンスターだからと言って下手をすれば死ぬかもしれない緊急事態。

 それをかすり傷程度で終わらせてたのは、リオンが放った魔法があればこそ、だった。


 酔った上に突然の出来事で、襲われた冒険者自身がどうやって助かったかは覚えておらず、しかも夜間と言うことで目撃情報は皆無。


 第一通報者は十五歳の少年。

 当然、目撃者もその少年一人だけ。

 

 だから少年は、助かった経緯を聞き出されるかと思っていただろう。

 しかし、平和ボケした民衆の関心はそんなことよりも、モンスターが現れたのは魔法防壁(パーフェクトウォール)に抜け穴があるからだ、といった全く違った方向へと流れていった。


 リオンはそれで終わっていれば良かったのだが、民衆たちとは少し違った噂を耳にしていたので、そのことをマスターに話した。


 オークス国の最高峰(トリプルS)の魔法使い、アリスヘブン。

 魔法防壁(パーフェクトウォール)を詠唱してる魔法使いの名前である。


 そのアリスヘブンの魔力が弱体化している、という噂。

 リオンは、それをどこで聞いたかまでは覚えていないらしく、ありのままをマスターに伝えると、


 「そっか、そりゃ大変だ! うちの店がまた儲かるな」

 「なんだよそれ、町中にまたモンスターが現れたらヤバイだろ! いつも俺が魔法で……っ」

 「んん? いま何て言った? リオン!!」


 その後、こっぴどく怒られたのは言うまでも無い。

 ふと、そんなことを思い出したのか、辺りをもう一度再確認する。


 「よし!」


 腕を突き出し、躊躇(ためら)いなく詠唱をかます。


 ――光りの矢(ライトアロー)


 何もなかった指先に白い光りの塊が(まと)い、それが長い矢となり木の柵に向って電光石火の速さで飛んでいく。

 何の変哲もない木の柵に当たるや否や、光りの矢(ライトアロー)は跳ね返され、地面に突き刺さり、その場で紫の炎を上げで炎上する。

 

 「大丈夫だ、(パーフェクトウォール)は生きている。アローもばっちりだ!」


 大きく息を吸って吐き出した表情は明るく、自信に満ちあふれていた。

 クレおばさんの家を目指し、駆け出すリオンだった。


 しばらく行くと、遠くに一匹のゴブリン。


 「エッ!? 日が沈む前じゃん……」


 そうたかをくくっていたリオンは咄嗟に道端の茂みへと身を隠した。

 焦ったせいで上着がずれ落ちる。


 「どうする……」


 ゴブリンは集団行動を取る個体が多い。

 下級モンスターは自身が弱いことを知っているので、自分たちより強い者に襲われても、誰かを犠牲にして逃げ延びたり、逆に襲い返したりと、弱い者なりに生抜く術を身に付けている。


 それが今、一匹。


 しかし、例えそれが数匹であってもリオンは狩りをする資格を有していない。

 当たり前だが、ギルド登録された冒険者以外の狩猟は禁止されている。

 となれば、引き帰すしかない。

 ここで戻ったとしても責める者は誰もいないだろう。なのにリオンは伏し目がち。

 何を感じそうしたのだろうか。

 マスターのことだろうか、それともムーンのこと。


 無意識に吐き出した息が聞こえる。


 何かを決断したのか。

 リオンは夕暮れに染まる空を見上げ、それからゆっくりと茂みの中を進み、足音を忍ばせ、身を低く、出来るだけ近づいて様子を覗き見る。


 その目に映ったゴブリンの数は、


 「一匹だけだ」


 腰に差していた短剣を抜く。

 両親の居ない家を引き払い、孤児院に行く際、暖炉の上に飾られていた年代ものの短剣。

 錆びこそきていが、持ち手の皮はぼろぼろに剥がれ、何度も別の皮を巻いた跡がある。


 少し頼りない短剣ではあったが――ゴブリンの目に突き刺せばなんとかなる。

 それに魔法も。


 たった一度の実践経験で変な自信が後押しでもしていたのだろうか。

 短剣を握る彼の瞳に恐怖はなく、勇気と情熱が溢れていた。

 

 なのに一瞬、目を下げる。

 それは昨日行われた、ムーンの十六回目の生誕際を思い出していたからなのか。


 ギルド酒場に居合わせた冒険者たちと大いに盛り上がり、夜遅くまで続いた。

 彼女は何も言わなかったが、リオンはどこか心底楽しめなかった。


 彼はその前日、雑貨屋の前で足を止め、贈り物を買う為の金貨が足りなかったことを、そこで初めて知ったのだった。

 一日遅れでも、と後悔の声が意気込みに変わる。


 「()れる……これを換金さえすれば!!」


 雄叫びを上げ、勢いよく飛び出して行く。

 少し緊張していたせか石に(つまず)きリオンは転んだ。


 二回、三回と。


 その拍子になんとゴブリンの目前まで出しまったのだ。

 唖然となるリオン。


 しかし、それだけならまだ対処のしようもあったが、彼が目にした光景は絶望しかなかった。

 物音に敏感に反応したゴブリンは、一匹だけではなく別に二匹もいたのだ。

 それが今、一斉に少年を凝視し始めた。

 

 低く唸る声、少し開いた口から唾液が垂れる。

 ニヤッと開く口元の周りは赤く、尖った歯の間にトカゲが挟まっている。


 短剣が小刻みに震えだす。


 「ライト……ライ……アロー」


 唱える唇は震え、呪文が成立しない。

 少年は怖くなってしまったのだろうか、両目を瞑る。

 狩りの基本知識を知らないその少年は、とんでない間違いを犯した。


 戦闘放棄――どうぞ殺してください、の意思表示。


 それを見届けた三匹のゴブリンたちは各々に奇声を発し、飛び跳ね、歩く足音をわざと大きく鳴らし近づいた。


 あー死ぬんだ。


 リオンはゴブリンの吐く臭い息を全身に浴び、そう感じていたに違いなかった……。


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