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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第四章 セリオン都市連合国統一
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10.闇鍋エルフ、成長する

 ガラという都市は、現状はどうあれ当初の設立理念はセリオンへ流れ着いた民を外敵から防衛する事であり、その為に軍備を増強してきた。

 やがて軍閥化して内部の不和が顕著になった今、その理念は形骸化していったが、軍としての教義ドクトリンが変わる事はない。


 すなわち、国境線である砂漠に点在する砦を拠点として、ゲリラ的に敵を摩耗させる砂漠戦。

 数度、大物の政治犯を匿った際に行われた小競り合いに過ぎないが、その戦闘に彼らは勝利し、実力を証明してきた。


 そして、その戦闘能力は数十年前のある事件をきっかけに決定的に変質する。

 ――銃の伝来である。


 中央大陸に馴染めなかった異邦人――異世界からの勇者の一人が、その製法を伝えた。

 この世界の文化的正当性を担保する必要のある中央大陸諸国家と異なり、辺境のならず者国家であるセリオンは、この珍奇にして極めて有効性の高い兵器に注目した。


 錬金術を駆使した製鉄、火薬生成、実地での運用試験。

 あらゆるプロセスが突貫で行われた結果、セリオンの暗部であるマフィアたちはもう多くが銃を携帯しているし、ガラの軍隊なども同様だ。


 ――銃火器で武装した三層世界唯一の軍集団。

 それが武装都市ガラであり、現市長であるガルチェ・バイソンはこの力でもって人界の構造を塗り変える――中央大陸に侵攻し己こそが世界の支配者になる、とまで思い至っているが、それはさておき。


 第三銃兵連隊。

 ガラの中でも精兵とされるその部隊が、今夜のゴールドラッシュ・ダンジョンの警護にあたっている。


 急遽変更されたシフトである。

 これは、グレイマン・ゴールドバーグが魔王軍に興味を持っており、武装都市ガラにとって変わる戦力として期待している事が情報部の働きによって察知されており、その牽制を目的としたものだ。


 そうした事情もあり、彼らは「一人も生かして返すな」と厳命されている。

 そんな第三銃兵連隊が配置しているのは、ダンジョン上層、ダンジョンの力によって形成された広大な〝砂漠フィールド〟


 つまり彼らが最も得意とする戦場である。

 そこで、彼らは敵の陽動部隊らしきキメラ兵十名ほどを迎え撃った。


 三個大隊で構成された連隊の兵数はおよそ一五〇〇名であり、全員が銃で武装している。

 なおかつ、ダンジョンの力で第七鉄火大隊には身体能力の強化バフがかかっている。


 負けるはずのない、圧倒的な戦力差。

 そんな戦いに、彼らは悠々と挑み――









「第五中隊全滅……全滅だッ!!」


 通信用の魔道具を手に、部隊長らしき男が叫ぶ。

 連隊を構成する中隊の一つを取り仕切る彼は、先発隊であり正面突撃を担う部隊のバックアップを任されていた。


 砂漠での視認性を弱める外衣に身を包んだ彼らは、狐狩り――味方部隊の強襲から万一にも逃げた敵を始末する役目だった。

 あくまで万一の事である。


 たった十名程度の敵が、百名を越える銃で武装した兵士相手に、地の利まで奪われて勝負になどなるはずもない。

 交戦開始のコールが入った時は、祝杯の銘柄まで考え至っていたのが――


「敵は、たった一人だ! たった一人の化物だ!」


 悲鳴のように男は叫ぶ。

 ゆらり、と魔力が空間を歪めるがゆえの蜃気楼を背負い佇むのは、一人の女。


 どういうわけか、交戦開始時点で見られた味方もなく、ただ一人。

 褐色の肌と銀髪、暗赤色の右目と蒼い左目を持ち合わせる長耳の少女。


 かつて高御座の人(ハイヒューマン)と呼ばれ栄華を誇り、神に見放されて迫害を受け、失意のなか邪悪に魅入られ神々への復讐を誓う――そんな空想物語で語られた、ダークエルフそのままの姿だ。

 しかし、アレはそんなものではないと、先発隊が彼女に蹂躙される様子を見せつけられた男は知っている。


 彼女の他に誰一人立つもののない砂漠の中心で、少女はゆらりと身体を揺らして――

 こちらを、見定めた。


 ゆうに一キロは離れているというのに、その両目はまっすぐ彼を捕らえていた。


「応戦しろ! 狙撃兵! ヤツを狙え!」


 指示を飛ばすのと同時に、訓練された精兵はバイポッドで固定した狙撃銃の引き金をひいた。

 超音速の初速で発射された弾丸を、少女は見て避けた(・・・・・)。そうとしか思えない動きだった。


 同時に、狙撃兵が胸を押さえて苦しみだし、砂漠に倒れ伏したまま動かなくなる。

 呪詛返し。


 狙撃手の殺意を媒介に呪いを行使し、心停止させたのだ。

 残りの狙撃手が怖気づいた。


 その数秒の空白に、ダークエルフは砂漠を蹴立てて尋常でない速度で疾走した。

 砂塵が巻き上がり、影も形も見えなくなる。


 闇雲に撃ち込むか、それとも後退して視界を確保するか。

 迷っているうちに、正面そばで風が吹き荒れた。


 ダークエルフが、背中から翼を生やして風を生み、砂塵を吹き飛ばしたのだ。

 彼女は既に、男の部隊の展開する中央にいた。


 全員が驚きつつも、彼女に向けて突撃銃を構えた。

 こうした状況も訓練している。密集した中で同士討ち(ブルー・オン・ブルー)をやらかすなどという素人丸出しの真似はしない。


 火線が味方に届かないよう、足を狙って撃つ――

 敵はそれを読んでいた。


 その場を飛び上がり、翼を操って兵士の一人の背後に降り立つ。

 ダークエルフの右腕が異形の黒腕に変わり、兵士の肩と肺を押しつぶす。


 喀血してくずおれる兵士と、入れ替わるようにして現れた姿。

 美しい少女であるはずのそれを、もう同じ人間とすら思えない。


「死ねぇええッ!!」


 恐慌じみた殺意を吼え猛り、男はダークエルフを狙って引き金を引いた。

 部下も同様の感情を抱いて同じ事をした。


 無数の火線が彼女に集中し――

 彼女は、人間の動体視力ではまるで捕捉不可能な動きで走り、致死の銃撃から免れてみせた。


 高速のまま味方の一人に向けて走り抜け、首を刈り取って血しぶきを撒き散らす。

 砂漠の空を舞う生首が、先発隊を襲った惨劇がこの部隊にも降りかかるのだと、男に予感させた。


 耐えきれずに叫ぶ。


「じ、銃弾を避ける人間なんて、アリなのかよッ!!」










『あまり本気を出すな、リューミラ』


 高速機動を続けるリューミラの脳裏に、しわがれた男とも女ともつかない声が響く。


(なんでよ!?)


 短気に自分の脳内へ向けて怒鳴りつけるリューミラに、声は告げる。


『我らの目的は、この連中を殲滅する事ではない。クロサワなる元勇者が首尾よくダンジョン最奥の金品を奪うまで時間を稼ぐ事だ。勝ち目無しと見られて空間の閉鎖などという手段に出られたら、我ら(・・)とて脱出は容易ではない』


 我ら、という言葉に、妙なニュアンスがあった。

 ――その声の主は、〝不死術士の真言使いエルダーリッチ・ロゴス〟という。


 闇鍋キメラエルフ・リューミラを構成する百の怪物の一体だ。

 リューミラが日々、ゼノンの役に立とうと闇雲な鍛錬を続けていくうちに、どういうきっかけか彼らの一部と対話が出来るようになった。


 最初に話かけてきたのが、この〝不死術士の真言使いエルダーリッチ・ロゴス〟だ。


『適当にあしらえ。我らなら加減の出来る相手だ。この程度』


 怪物の声には、侮蔑が混じっていた。


『こやつら対人戦に慣れすぎだな。我の生前にもこの玩具がいっとき流行ったが、すぐ下火になった。銃弾より早く動く手合いや、ミサイルすらものともしない生物など、この世界にはごまんといるのだ』


 その、生前の話、とやらを語りだすと長くなるのがこの怪物の欠点だった。

 しかし、今が戦闘中であることは忘れていないようだ。


 〝不死術士の真言使いエルダーリッチ・ロゴス〟は、話題を切り替え語りかけてくる(その間に三人倒した)。


『いい訓練と思え。千変万化、百花繚乱たる我らの戦い方を』


 どうもこの怪物は、持って回った言い回しが好みなようだ。

 ――まるでなっていない。


 訓練のさなかに、そう聞こえたのが最初の彼(?)の言葉だった。

 ――ただただ愚直、猪突猛進。百の怪物をその身に宿す怪物王の戦いに全く相応しくない。もっと頭を使え、頭を。


 そんなやり方なんて知らないわ、と答えると、怪物はせせら笑いと共に告げた。

 ――誰がそなたの乏しい脳髄で考えろと言った。考える頭は、我を始めとしてそなたの中に(・・・・・・)いくらでも(・・・・・)いる(・・)


『〝回遊する霊魂(ウィルオウィスプ)〟を幽体離脱させ、戦況を俯瞰させよ。〝魔犬の女王(スキュラ)〟の鼻で伏兵を探れ。情報諸元は我が処理し、戦術を授けよう。まずは、右に避けて敵の身体を盾とせよ』


 リューミラはその通りに動いた。

 攻めあぐねる敵兵の隙をつき、また一人、二人と倒していく。

 今度は重症を負わせるに留めた。


『そうだ。負傷兵をエサに敵の足を留めよ。状況が混沌としていくにつれて、この手のヘイタイどもは統制が取れなくなって力を失っていく』


 〝不死術士の真言使いエルダーリッチ・ロゴス〟のアドバイスを受けつつ、絶えず動き回り敵を翻弄する。

 そのうちに――通信用の魔道具に向けて援軍を要請していた男の顔から、一切の色が失せるのを見る。


『そなたの部下がやってくれたようだな』


 リューミラは陽動で、彼女が派手に暴れている間に、部下が指揮所の一つを襲撃して指揮系統を混乱させる手はずだった。

 うまくはまったようだった。


『これで連隊麾下の大隊一つの動きが散漫になるはずだ。この連中にも恐怖を植え付けた。放っておいても襲撃の可能性に怯えて勝手に消耗していく。いったん退いて別部隊を襲え』


 その言葉に従い、リューミラは一人二人狩ってから包囲を飛び出して逃げを打つ。

 砂漠を駆け抜ける間に、リューミラは問いかけた。


(ねぇ、なんで貴方、私に知恵を貸してくれるのよ?)


 ゼノンの手で強引にエルフの小娘に押し込まれた怪物たちに、そうする義理はないはずだ。

 〝不死術士の真言使いエルダーリッチ・ロゴス〟は、ふん、と鼻を鳴らして言った。


『今のエルフは〝妖精戦争〟を知るまい』

(……里長が、そんな事を言ってた気がするけど)


『あの戦争をきっかけに、エルフという種は神の加護を失い堕ち果てた。かつては莫大な魔力で精霊を従え、弓術の冴えに果てはなしと歌われた栄誉ある種が、今や森で迫害に怯え暮らすのみとはな』

(……)


『戦いのいろはも知らぬ、自前の魔力もロクにない、平々凡々な小娘が、見捨てられた種の末裔すえが、自らの運命を切り開くというのだ。滑稽で、暇つぶしに手を貸してみたくなったのよ』

(……貴方、元はエルフだったの?)


『……さてね。そんな昔の話は忘れたよ』


 かつてアンデッドに堕ち、今やキメラの一部へとなり果てた魔導師は、しわがれた声でそう答えるのだった。

 

 

 

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