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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第四章 セリオン都市連合国統一
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8.ゴールドラッシュ・ダンジョン ②

「はーいそこで立ち止まってー。寄り集まってー。くんずほぐれつしてー」

「いやなんでくんずほぐれつする必要があんだよ」


 吟人は文句を言いつつもちびヒナの指示の二番目までは素直に従った。武術サークルメンバー八名で背中合わせに一箇所に固まり、時間が過ぎるのを待つ。

 これまで草(・・・・・)木一つない(・・・・・)砂漠だった(・・・・・)眼前の光景が(・・・・・・)凄まじい勢い(・・・・・・)で密林に変じる(・・・・・・・)


「……やり過ごせたかい?」

「ん。オッケー。ちょっと待ってな。マナ流を計測して方向割り出すから」


 と、ちびヒナは本日何度目かの電波受信顔になる。


「しかし……これは本当に厄介だね」


 武術サークルの一人、人虎レンフゥのチャンが思わずそう言ってうめいた。

 他の面子も同意見だった。


 今、自分たちはゴールドラッシュ・カジノの地下ダンジョンに潜っているはずだ。

 しかし、目の前にある風景は南部大陸さながらの大密林。


 歩けば弾力を返す土、濃い森の香り、全て本物。

 太陽らしき輝きまで、空を見上げれば存在する。


魔境ダンジョンってのは、そういうモンでしょ」


 吟人の首にしがみつくちびヒナが、耳元で囁いた。


魔力源リアクターの魔力で大量の精霊を発生させてロケーションを劇的に作り変える、外界から隔離された異空間。それがダンジョンだ。キミらだって素人じゃないんだから」

「つっても、こんな目まぐるしく環境が変わるダンジョンなんて初めてだぜ俺ぁ」


 吟人は言い返した。

 確かに、魔境ダンジョンというのは、彼女が説明した通り、異常魔力の発生によって自然界の基準を越える精霊が発生し、平地ではありえない環境を構成しているものだ。


 しかし、これまでの冒険者生活で踏破したダンジョンは、凍れる洞穴だの樹木が蠢く樹海だのある程度固定されており、砂漠が密林に変わるなどという不条理は初めての経験であった。


『それは、君が低レベルのダンジョンしか経験していないからだ、吟人』


 同じく服の首根の辺りに住み着いているアルヴが言った。

 解説役で張り合っているようだ。


『覚えておきたまえ。最難関のダンジョン、伝説級の迷宮レジェンダリー・ダンジョンクラスはこの環境が基本だ』


 いずれ、君はここを単独で踏破しなければならないのだから。

 そう付け加えて、彼は言った。


「ま、人造の、模造品レプリカだけどね」


 ちびヒナが逆側から言ってくる。


「それだけに侵入者対策にカスタマイズされてる。実はロケーションの組み換えの時、空間も入れ替えてるんだ。さっきみたいに空間転移のタイミングでまとまらないと、進めば進む程分断されて、疲弊しきった所で一人ずつスタッフに回収されるって寸法さ」


 こちらもこちらで、最初に受けた説明を繰り返す辺り、アルヴと張り合っているらしい。


「放置されるって事ぁ無いのかい」

「おいおい吟ちゃん、こんな底意地の悪い防犯対策を取るヤツが、ダンジョンの隅で衰弱死なんて楽な殺し方選ぶと思ってんのかい」


「聞きたくなかったねぇ、その推察。――いかにも当たってそうで」


 吟人は肩をすくめて言う。

 軽口を交わしている間に、ちびヒナを介した魔王軍情報班による解析は終わったようだ。


「次、南西に4.3キロ。ボクの指差す方に、正確にヨロ」


 ――この、迷わず進む事など絶対不可能そうな魔境を、吟人たちは最短ルートで進んでいた。

 後方スタッフである情報班のおかげである。


 ちびヒナの感知する魔力流を分析して、目的地を割り出し侵入ルートを作り出す。

 なるほど、あの魔導王が素直に驚嘆し褒め称えた人材だけあって、化物じみた手腕のようだ。あの、引きこもりのややメタボ気味な似非幼女は。


 後方がこれだけ優秀だと、失態の責任は前衛にかかってくる。

 緩める事なく前進し、成果を上げたい――などと、肩に力の入った考えを吟人はしない。


「なぁ、その前に休めるトコない?」


 肩に担いだ槍をくるりと回し、言った。


「えー」

「頼むよ、このとーり」


 と、ちびヒナに懇願する。


「じゃあ……えっと、途中に、泉があるね。野営も出来そうだ」


 どうも高濃度魔力に満たされた魔境ダンジョンの時間の流れは、現実のそれと異なるらしい。

 一泊二泊した所で、ゴールドラッシュ・カジノの方で一夜明ける事は無いだろう。


「でも、意識はしといてね――ちゃんぜのもミラたんも、キミがダンジョンを踏破する時間稼ぎをしているんだって」


 釘を刺すようにちびヒナは告げる。

 ゼノンらがカジノで目立って注意を引いているのは聞いている。


 リューミラも、ダンジョン上層部で、武装都市ガラの正規部隊を相手取ってゲリラ戦を展開しているらしい。


「魔導王の嬢ちゃんも、リューミラの姐さんもまだまだ余裕さ」


 あの悪辣腹黒な少女なら口八丁手八丁で何日でも時間を稼いでくれるだろうし、リューミラは主の為ならば同じく何日でも粘り続けるだろう。

 ついでに言えばヒナ本体も徹夜仕事は日常茶飯事だろう。


 ――つまり、もっとも無理がきかず、失敗が許されない立場が吟人らのチームである。

 メンバーの内半数はキメラ討伐クエストで返り討ちにあった元冒険者で、こうした仕事の心得もある。が、いかんせん他の規格外のメンバーからすれば二枚も三枚も落ちる。


 現に、彼らの疲労の色は濃い。

 砂漠が密林になる程の変容――大幅な気候の変化が起きているという事だ。


 進むだけで体力を奪われる環境な上に、魔境ダンジョンは進むだけで良い無人の迷宮ではない。

 このダンジョン深層では、警備兵は遭難の危険から配備されていないようだが、魔獣の類は存在する。


 彼らは魔人と同じく魔力を活力源とする為に、食事の必要がなくダンジョンに生息する事が可能である。最もポピュラーな脅威だ。

 連中との交戦を可能な限り避け、時に避け得ぬ戦闘を迅速に終わらせる。


 そんな作業も間に挟めば、当然疲れも溜まってくる。

 金庫破りと金を盗み出す手段はちびヒナに一任しているから詳細は知らないが、破った金庫から宝物を担いで逃げ帰る復路は、この倍以上の疲労があるはずだ。


 ――つい一月前に、雪山で体力配分をミスって無様を晒した身としては、安全マージンは確実にとっておきたい。


「っつーわけで、みなさーん、あとちょっとで大休止でよろしくっスわー」


 武術サークルに声をかけると、彼らはおうと返してくる。

 そこは戦闘に特化してじゅつを磨いた吟人と違い、生活のすべとして冒険に勤しんできたベテラン冒険者。吟人よりも現状の把握はできている。


 むしろ、彼が言い出さなければ意見として具申してきたろう。


(それに……ねぇ)


 吟人は、そちら(・・・)を見ずに、ぽつりと、誰にも聞こえないように呟いた――









 法則さえ把握できれば、ロケーションの切り替えに合わせた空間転移が最も効率的な移動手段になる。

 休憩後、更に一日かけて十数回の転移を重ねた吟人たちは、次の転移先がこれまでと毛色が違う事に気づく。


 静かな湖畔、周囲には密林や樹海といった物騒な気配のない普通の林。

 湖畔のそばには、木組みのコテージが建てられている。


安全地帯セーフティゾーンさ」


 ちびヒナは告げた。


「あのコテージにはたぶん、ダンジョンの意志システムにアクセスできる設備がある」


 ――なんでも、高位のダンジョンは、構成する精霊がより集まる事で一つの意識体のような何か(・・・・・・)が形作られるらしく、ゴールドラッシュ・ダンジョンのような人工ダンジョンではそれを操って、内部の人間を選り分け、認証されていない敵意ある人間に害をもたらし、味方の体力や治癒力に恩恵をもたらすのだそうだ。


「つまり、ボクらを味方として認識させれば、このダンジョンの最奥までは一直線。ロケーションの更新と空間転移の制御もダンジョンの意志がやってるからね」

「なるほど」


 相槌を打って、林の木陰に隠れていた吟人は周囲の仲間に目配せする。

 コテージの前に歩哨が立っており、窓から数人の人影が確認できた。


 ダンジョンの運営スタッフだろう。

 ダンジョンの意志システムとやらの細工はちびヒナが担当してくれるとして、連中を排除してそこまで彼女を連れて行くのが自分たちの役目だ。


(さて、どうすっかね……)


 森からコテージまでは開けた草原だ。

 気づかれずに接近する事は難しいが、可能な限り中の人間に伝わる前に無力化したい。


(――リーダー。俺に行かせてくれ)


 と、立候補してきたのはフロッグマンのキメラであるポンノだ。

 元からカエル面であったせいか、「キメラになってもあまり変わってない」と評される哀れな男(もちろん独身)である。


 だからというわけではないが、水棲キメラがいるのを失念していた。

 わざわざ水辺を背負っているのだから、そこから奇襲するのが簡単か。


(任せた。行ってくれ、ポンノさん)

(おう)









 襲撃は、ほぼ理想的な形で終結した。

 湖から上がったポンノが迅速に歩哨を片付け、コテージ内部の人数とその配置を外側から把握。奇襲にて抵抗する前に叩きのめして歩哨と同じく簀巻きにした為、ちびヒナの求める機材を破壊されるなどという事もなかった。


「いけそうかい?」


 と、ちびヒナに声をかける。

 彼女は先程から、風水の遁甲盤とダウジング用の振り子(ペンデュラム)を組み合わせたような道具の並ぶコンソールをいじっていた。


「まぁなんとか~……あ~くそっ、インターフェースがローテク過ぎて勘が狂うよ……自前のなら秒殺なのにさぁ~」


 などと、文句をたれつつも仕事はこなしてくれそうだ。

 どちらにせよ、ここからこちらに出来る事は待つ事くらいだ――


「あれっ? アクセス拒否……? ここの端末なのに?」


 と、ちびヒナが不可解そうに唸った。

 それと、同時に。


 軽い浮遊感とともに、風景が瞬時に切り替わった。

 木張りの廊下――左右の――襖?


(――やべぇッ!!)


 状況の把握に努めている暇などない。

 吟人はすぐさまちびヒナをひったくるように抱えて、飛び退った。


 一瞬遅れてちびヒナのいた箇所を撫でた鈍い鉄色の刃風――しかし、そこにじつの無い事を吟人は看破した。

 こちらが彼女を最重要視しているが為の、極めて効果的なフェイント。


 の目的は、別にある!


「……あ?」


 それ(・・)の近くにいたキメラ兵士が、唐突に眼前に現れた者を認識する隙すら許されず首筋をなで斬りにされた。

 血風を撒き散らしくずおれる彼――その影に隠れるようにして、更に敵は暗殺を続ける。


 人虎のチャンの顔面を縦割りにして、更に三手目を隣のキメラ兵に叩き込もうと――

 そこに割り込んだ吟人の素槍が、刀の物打ち(・・・・・)を弾く。


「――カカッ」


 その男は、吟人の追撃がかかる前に後ろに下がった。

 追い打ちをかける事も考えたが――追えない。


 いくつかの理由で、激しく動揺していた。

 この手練に心理的な準備のないまま仕掛けては、即座に返り討ちに合う。


「――出来おるな、坊主。並の〝ぱーてぃ〟ならまず全滅まで斬り込めた。一流の〝ぱーてぃ〟でも五人はれた。その状況でたった二人で終わりでは、初手はそれがしの大敗であるな」

「見解の違いだねぇ……こっちは二人殺られただけで大失態だぜ」


 軽口を叩きながら、動揺を抑える術を探る。

 まず、空間転移を活用した奇襲にまんまと引っかかった事。


 そして、敵がたった一人の尋常ならざる達人である事。

 そして――


「まさか、お侍サマ(・・・・)に出会うとはよ」


 敵は、袴姿であった。

 鳶色の小袖に鼠色の袴。


 手には抜き身の打刀。

 時代劇でしか見たことのないような、テンプレートな侍である。強いて言えば、髷をゆっていない事だけ外れているが……


「やはり、同郷か」


 四十絡みと見られるその男は、にたり、と口の端を釣り上げた。


「……どうかね。俺の日本クニじゃあ、アンタみてぇのは銃刀法違反で逮捕されるんだけどな……」


 吟人は会話に乗りつつも、状況の把握に務めた。

 本来なら、無駄話をしている余裕はない。


 だが、位置が悪すぎる。

 武家屋敷の廊下――この場所については、そう推察するしかない――には、吟人と男の間に、生き残りのキメラ兵がいる。


 彼らと結託して数でかかるのは下策だ。

 今しがた、殺したキメラ兵を難なく遮蔽物として利用してみせた手際。敵は多対一に慣れている。


 連携をさして訓練していない吟人たちでは、かえって不利になるだけだ。

 彼らの撤退する機会を、作らねばならない。


 相手は、それを分かっているはずなのに攻めに出ない。

 どういうつもりか――


「時代が違うのだろうよ、坊主」


 男は、会話を続けてきた。


「この異郷に喚ばれる勇者の年代は程々に幅がある。察するにお主、某より未来の日の本から喚ばれて来たのだろう?」

「おいおい、俺の爺さんより前の年代の癖に俺より物わかり良いじゃねぇか……」


 過去の日本人と、異世界で邂逅するなど、にわかに信じられない話だ。


「っつーか、勇者がマフィアの片棒を担ぐなよ……」

「なに、某に加護をよこした神は盗人の神でもあるらしくてな……同郷の友がここの主なのだ。本来の意味で、同郷のな」


「アラエモン・ベスターってヤツか。ソイツも日本人かよ」

「おう。虎城阿頼衛門(こじょうあらえもん)などと名乗っておった、博打打ちで女衒の優男よ」


(今誰がやってるか知らねえけど日本国総理大臣サマ、異世界の神サマなる人さらいのクソ野郎に全身全霊の遺憾の意を表明して頂きたく何卒お願い申し上げます……)


 奇異極まる運命まで演出してくれたこの世界の神を呪う言葉を、吟人はつぶやいた。


「しかし、ここまで踏み込まれるとは驚いたぞ。あくまで某の存在は、亜羅衛門のかけた保険に過ぎなかったのだがな。さすがは音に聞こえし魔王軍といった所か」

(警備兵とは別系統の指示で動いてるって事か)


 先程倒した連中は、武装都市ガラから派遣されてきた兵士なのだろう。男の事を知っている素振りが無く、だから奇襲に引っかかった。


「警備の連中も災難だな。アンタが連携取ってくれてりゃ、痛い目見ずに済んだのによ」

「連中と肩を並べて仕掛けても上手く事は運ばなんだろう。お主、全く警戒を解かなかったからのぅ!」


「やっぱ、俺らをずーっと尾行けてたのはアンタかい……」


 先程の休憩は、あわよくば準備の出来ている状態で奇襲を待ち受ける意図もあったのだが、奴は乗ってこなかった。

 心得ている、という事だ。


「どんなヤツも、獲物を仕留めた時は気が緩むからねぇ……」

「そういう事よ――ま、瞬く間にのされた雑魚と組んでも邪魔なだけよ。お主は今、痛感しておるだろう?」


 それは――

 キメラ兵たちにとって痛烈な皮肉ではあるが、同時に、この場で最も吟人が必要としていた言葉だった。


 彼らは熟練の冒険者で、引き際を心得ている。

 挑発と受け取ってつっかけて来たりはしない。


 なぜ、こちらを利する発言をする?


「どういうつもりだい? アンタ……」


 吟人の問いかけを誤解なく理解して、男は言った。


「美味そうな肉を前に、やすい屑肉を退けるのは当然だろう?」


 妖気すら感じられる、薄笑とともに。

 その時まで、吟人はその事に気づかなかった。


 男の眼に。


「某がこの世界に喚ばれたのは、辻斬り騒ぎを起こしてお縄にかかる直前でのぉ……この異世界は、あの時代、あの世界より、遥かに居心地が良い……遥かに、人を斬りやすい」


 魔物の眼だ。


「お主も武人ならわかるだろう? 武術は人を殺傷する技術なれば、人を殺さねば決して業の完成に至らぬのだと」

「……さぁてねぇ」


 吟人は、男の語る言葉しんじつをはぐらかした。

 彼は、つれぬのぅ、と茶化すように言って、続けてきた。


「この〝だんじょん〟の意志の〝あくせす権〟は某に移譲されておる。この場所は某の意のままに動く。逃げる選択肢はない――だから――だから――某の剣の、糧になるがよい」

「お断りだ……と言いてぇんだけど」


 吟人は、首のちびヒナとアルヴに降りろと告げた。

 ひたり、と槍の螻蛄首けらくびに掌を添わせて、男に言う。


「アンタが今殺したヤツ、ガルゾフと、チャンって言うんだぜ」

「うん? なんだ? 仇討ちなどと初心な事を抜かして、某を興醒めさせる気か?」


「そうじゃねぇよ……こっちもカチコミにきてる以上覚悟はしてる。何よりそんなあめぇ理由で戦っても槍捌きを鈍らせるだけだ。けどよ」


 戦気を、ゆらり、ゆらりと高めていく。


る理由にはならねぇが、退転さがらねぇ理由としちゃ十分だな、オッサンよ」

「はっ!」


 男は呵々大笑して、刀を青眼に構えた。


「数多職能の神ヘルメスに導かれし〝技巧神域の勇者〟流派は、無外流と一刀流を印可まで学んだ――獅堂兵衛(しどうひょうえ)だ、小僧」

なげぇよ。俺は〝元〟だからそんなうざってぇ名乗りなんざ要らねぇ。槍も我流だ――黒沢吟人だ、殺人鬼」




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