6.ゴールドラッシュ・ダンジョン ①
ゴールドラッシュ・カジノにカチ込みをかける前日。
「ではっ、ブリーフィングを始めるぞー野郎どもー」
そう述べるのは、教室風に仕立てた一室で黒板を背後にした、白衣姿のヒナである。
背の低さを補う為に、一組の車輪とハンドルがついた台に乗っている。
(セグウ○イじゃん)
と、安い作りの机 (いかにも高校の教室にありそうな)に身を預けた吟人は口に出さずつっこんだ。
付け加えるように質問を投げる。
「なぁ、その前にさ、こないだのハイテクホログラフは? なんでいきなりアナログになってんの?」
「こんのばかちんがぁっ!」
その返答に、ヒナはへろっとしたフォームでチョークを投げる。
神がかり的なコントロールで、白いチョークは真上に向かって飛び、ヒナの頭上に落ちた。
「ホントチミにはガッカリだよ吟ちゃん。本場から来た癖にタマシイのステージが低すぎる! 見ろよ! 白衣・眼鏡・ロリ・先生だぞ!? 盆と正月とクリスマスが同時にやってきたよーなモンだと思わんかね! チミは盆にサンバを踊るのかね!? クリスマスに門松を飾るのかねっ!?」
「言いたい事はなんとなくわかるけど……この世界には盆も正月もクリスマスも……」
「あるじゃん」
「あるんだよなぁ……」
この異世界の神々は、数百年前から地球人の勇者を喚んでいるらしく(完全に計画的な集団拉致事件だ)、彼らから伝来した文化が強く根付いている。
単位までメートル法を採用している有様で、おかげで馴染むのは楽だったが、ファンタジー世界へのワクワク感は非常に乏しい。
どうも、地球とは繋がりやすいのだそうだが……
「まったく、ボクのオトモダチ諸兄を見習い給へよ吟ちゃん。なっ?」
彼女の呼びかけにやんややんやと答える、教室の右列の人々。
ヒナ率いる情報班である。
全員が眼鏡をかけていて、なんだか濃い。
真ん中の列の吟人の背後にも、ゴツいフィジカル系キメラ男が揃っており――先日の、魔王軍武術サークルである。
左列のリューミラ(既に寝ている)は、ムンド警備隊から厳選した連中を連れている。
これが、カジノ強盗の実行部隊という事になるわけだ。
総勢で三十人もいない上にほぼ半数が戦闘能力のないヒナの手下だ。
このメンツで、一国を支配するヤクザの大物が中核ビジネスにしている施設を襲撃するという。
「あれっ、無理くねぇコレ?」
非現実的にも程がある。
「んなこたないよー。この世界は個人の能力の振り幅デカいからねー。適切な作戦、適切な人員、適切な時機さえあればこんなんラクなオシゴトさ」
「……なんか、この手の仕事の経験あるように聞こえんだけど」
「ふふっ、なんだかんだでおねーさん長生きしてるからねー」
妖しげに言い、眼鏡の奥の左目をウインクさせるヒナ。
『まぁ、その適切な作戦とやらを聞こうじゃないか』
机に乗ったアルヴが、とりなすように言ってきた。
「おっ、さすがだねードラ、」
『その件はいいだろう。早くしたまえ』
何か言いかけたヒナを制し、アルヴは先を促す。
ふーん、と面白げに唸ると、ヒナは黒板に板書を始めた。
「ゴールドラッシュ・カジノは魔導建築学に基づいて作られたウルテク建造物なワケだけど、それ故に内部構造とセキュリティは一定のルールに則ってるんだよね」
数式らしき文字の羅列は正直一切読み取れなかったが、天使と、悪魔のイラストがデフォルメされて中央に描かれている。
「悪魔ってのは、魔人とその親玉の魔神ら〝人を誘惑するもの〟の俗称。天使は吟ちゃんも知っての通り。対称的な二つの存在を門のモチーフにするってゆーのは、二つの力を取り入れて流用する為なんだよね。神気と魔力を組み込み、防衛と迎撃のエネルギーに転化すんの。それに魔導的防衛拠点は原則、地脈を活かす形で地下に作るか、星辰の引力を使えるバカデカい塔かになるんだけど、ゴールドラッシュ・カジノの地上部分を見る限り前者だね。あそこの地下には最低でも二、三百メートルの地下階層が広がってる」
「それって……」
「お、吟ちゃんピンと来た? そーだね、キミ冒険者だもんね。――そ、いわばゴールドラッシュ・カジノってのは人工ダンジョンなワケ。魔導建築学っていうのはそもそも、ダンジョンを再現する技術だからね」
人界の〝魔力溜まり〟が土地を削って変質させ、地下深い迷宮あるいは天高くそびえる塔になる。
この現象を指して〝ダンジョン〟と言う。
冒険者の一業態であるダンジョン・エクスプローラーの主戦場である。
「これからボクらはダンジョン攻略をするってコトさ。警備兵は神気で祝福がかかっているMOBで、魔力で動作するトラップが張り巡らされてる。しくじれば死、でも最下層にゃあオヤクソク通りお宝がざっくざく。燃えてくるじゃん?」
確かに、心に未だ少年を飼っているなりたて成人男性として、やぶさかではなかったが。
その人工ダンジョンへの侵入方法が、「搬入される荷物に紛れ込む」というのはいささか冒険的情緒が無いのではないか。
〝ゴールドラッシュ・ダンジョン〟地下階層の上層部にある資材置き場に持ち込まれた木箱から這い出て、吟人は強張った筋肉をほぐすよう伸びをした。
「割とすんなりいけたな……っつうか、いけすぎたというか」
搬入物のチェックなどはしないのだろうか?
「そこは、仕込みがばっちりだったと思いねぇ吟の字」
変な口調で喋る五歳ほどの幼女が、吟人の首にしがみついていた。
ちょうど、元より小さいヒナを更に二回りほど縮めた感じだ。
首にぶらさがっているが、不可思議な程に重さを感じない。
「まぁ、俺ぁ肉体労働担当だし、深い理由は聞かねぇけど……ええと、人工なんたらの」
「人工魂魄憑依方式ホムンクルス・ちびヒナたん参号機さ」
長ったらしい名乗りを上げる幼女。
ヒナ本人の説明に途中からついていけなかったのだが――人工的に創り出した魂魄をヒナ自身の体細胞からクローニングしたホムンクルスに憑依させた、特別製の人造生命体だそうだ。
ウザい口調とぬるりとした絡みぶりはまさに生き写し。
能力的にもほぼ模倣されているそうだ。
その霊体はムンドの魔王軍総司令部の指揮所にいるオリジナルのヒナと繋がっており、ちびヒナの転送するダンジョン内部の情報を情報班総出でリアルタイムに分析し、マッピングとルート指示を行うとの事。
ほか、魔導的な処置全般を代行する小さくて優秀なエージェント、という触れ込みだ。
「しかし、参号機って……」
「――たぶん、わたしは3人目だと思うから」
「そういうのいいから」
「なんだよーノレよー本場の人ー」
「うぜぇ……」
存在感の希薄なホムンクルスなのに、鬱陶しさはオリジナルと大差無い。
「ボクの活動限界五年かそこらだけど、寿命いっぱいまで生きてオリジナルに下剋上するつもりだからしっかり守れよチミぃ。いやホント。守ってね? マジで。見捨てないでね? お願いね?」
「へいへい……」
さりげなく必死なちびヒナに雑な受け答えをしつつ――さらりと寿命の設定を明かされ、ちょっとブルーだ。
どうもあの幼女は、ゼノンよりも更にマッドらしい。
「リューミラの姐さんも潜入できたかい?」
そう問いかけると、ちびヒナは電波を受信したようなぐるぐる渦巻き目になる。
(絵面がひでぇ……)
「――うん。成功したみたいだ」
リューミラたちは、市街戦と奇襲慣れしたムンド警備隊のキメラならではの特殊能力で潜入する計画だ。
たとえば彼女の構成因子の一つである影魔は影の内に潜伏する能力を保有している。
巡回の影を伝って内部に侵入する事は十分可能だ。
他の構成員も、それぞれの能力で対応したのだろう。
まとまって潜入しなかったのは、そうした能力の差もあるが、「聖魔二つの力を取り入れる理論で作られた人工ダンジョンは、二つのルートから同時攻略するのが最も効率的な正攻法」という事らしい。
リューミラには適度に暴れてもらい、陽動役を請け負ってもらう。
吟人の役割は、ちびヒナを連れて最深部の巨大金庫に到達する事だ。
「ちぃと……首の重しが増えてキツいがな……」
毛玉と幼女を首に下げた吟人は、木箱から這い出てきた仲間を見渡し槍を担ぐ。
「今更だけどさ、こいつぁいわばムンドから受けた〝ダンジョン攻略クエスト〟だ。冒険者サン、キメラの下で働く事に、異論はねぇのかい」
その問いかけに――全員が首を縦に振った。
「辺境の冒険者の中じゃあ、誰の銭で酒を飲むかなんて考える奴ぁ脛が白い奴さ」
脛が白い――冒険者の中では初心者、甘ちゃんの隠語だ。
「だよな」
吟人もまた、彼らと同じ男臭い笑みを浮かべた。




