表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
9/117

8.おままごとのはじまり

 全裸の青肌魔王は、その後数日現地の官憲にわいせつ物陳列罪で追われた後、〝同志〟と出会いジーパンとアニメTと俗世の楽しみ方を受け取った。


 そのまま永久にそこで埋もれていたかったが、どこぞのだれか――たぶんケィルスゼパイルの悪知恵で、世間に魔王復活の報が漏れて彼は人間からも狙われる身となり、同志に危害が及ぶことを恐れて各地を転々とする事になる。


 そうして、一年が過ぎ、逃げ疲れた彼は北方の辺境を終の棲家とした――









「というわけだ」

「うぅむ……どっちかっちゅーと、サクっと終わった南大陸の同志とやらの話を深掘りしたい気もするが」


「ダメだ……彼らは世俗を捨てた、まつろわぬ聖人の一派。その存在は守護(まも)らねばならぬので、情報はうかつに漏らせない」

「そ、そうか」


 ゼノンは、魔王の青肌を包むアニメTをじーっと眺めつつなんとも言えない顔で相槌を打つ。その上に乗った首は、妙な達観にあふれていたりもした。若干イラっとする顔だった。


 気を取り直す意味で、淹れ直した紅茶を一口含む。


「それにしてもヴェルよ、昔忠告したじゃろーが、あのピンクエルフに惚れると痛い目見るどころじゃ済まんぞって。わしの経験上、世の女の中でも特大級の地雷の気配がプンプンしとったぞ」


「あの時は彼女を天使だと思ってたのだ……御使い的な意味でなく」


 痛恨に顔を歪ませて、ヴェルはうなる。


「……これでわかっただろう。我も同様に、信じていたものに裏切られてここまで落魄(おちぶ)れた。だから分からん。なんで貴様はそうしてへらへらしていられる?」


「あん?」


 話を振られて、ゼノンはその細い顎に指を当てた。


「いや、前世(あのころ)のわしって敵作りすぎとったから、店仕舞いの頃合いじゃったなぁって今では思えるし、現世(いま)は親元で蝶よ花よと過ごして友達もおるしなぁ……特になんの不満もないっちゅーか」


「そういう事ではなく……」

「――それに、これはよくある(・・・・)こと(・・)じゃよ、ヴェル」


 ゼノンは紅茶を再び口にして、言う。


「おまえとわしが味わったのはな、〝凋落〟じゃ。力を恃みとして生きてきたわしらが、力の翳りの時を経てその座を奪い取られる。長き寿命を持つ魔人は学ぶ機会が無かったんじゃろうがな、短いサイクルで生きる人間(わしら)からすれば、しごく当たり前のことじゃ」


「馬鹿な……あの時の我らの強さに、翳りなど」

「あったんじゃろーて。暴力という力は衰えを知らなかったとしても、別の、人に裏切られるだけの弱さが、すでに顔を覗かせていた」


 少女の翡翠の眼に宿る、老練した輝きからヴェルは目をそらした。あの屈辱を抱くに足る理由があったなどと、彼にはとうてい納得のいく話ではない。


「ま、封印期間を除けば百年も生きとらんよーな、挫折も知らん若造には、受け入れがたい話じゃろうがの」

「……挫折なら、まさしく貴様に封印された事がそうだろう」


「ありゃまだ勝負の途中じゃ。ノーカンじゃろ?」


 にかっ、となんの曇りなく言うゼノンに、ヴェルは目を細めた。


「……ああ、そうだな」


 晴天のような笑みが、眩しかった。


「なら、ここで決着をつけるか」


 考えてみれば、落ちぶれた末に終生の宿敵の介錯で果てる。至上の結末ではないか。

 その誘惑は耐え難く、ヴェルは敗北者の魂からなけなしの敵意を発する。


 胸に刺さった宝刀は魂魄に同化して、もう抜ける事はない。これは、今ゼノンに伝えた昔語りには含めていない事実だ。


 この状態で奴と戦えばおそらく――だがそれも――


「何いっとる。やるわけないじゃろう」


 ゼノンは、あっさりとその、なけなしの敵意を霧散させた。


「……なに?」

「今の貴様のような腑抜け、ぶっ飛ばしたところでなんも面白くない。せめて、おまえが面白く死ねるくらいの気概を取り戻さんことにはこっちが燃えんわ」


「見下してくれる……その通りだがな」


 落胆と共に、ヴェルはまさしく腑抜けたような言葉を漏らす。


「ならば、我はこの場限りは命を拾ったという事だ。面白く死ねるだと? そんな心境、永遠に取り戻せるものか。惰性のままに生き、いずれゴミのように野垂れ死ぬのが我の望みよ。それが魔人王ヴェルムドォル=グ・ム・ラゲィエルの成れの果てだ。貴様とて、そんな屑に用などあるまい。我の事など忘れて、とっとと去ね、魔導王」


「お断りじゃ」


 拒絶の言葉を、ゼノンはらんらんと輝く大きな瞳で斬り捨てた。


「おまえがそんな腐ったまま終わるなんぞ、わしが許さん。おまえはわしの終生のライバルなんじゃからな」

「っ、勝手な言い分を、」


「まぁ聞け、ヴェルよ。わしの五百と十四年くらいの経験から鑑みるにじゃ、おまえがこうも死んだ魚の如く成り果てとる理由はたったひとつよ」


「……なに?」

「かつての同志に裏切られ、志半ばで挫折した、というのとはちと違う。それは……」


 ゼノンは、もったいつけるだけもったいつけると、唐突に「がたんっ」と椅子の上に登り、ヴェルを一直線に指差して言い放った。










「女にゴミのように捨てられたからじゃあッ!!」











 じゃあ……じゃあ……じゃあ……


「魔法でエコーをかけてまで言う事か!」


「よいかヴェル。おまえの今の惨状はまさしく憧れた女に最悪のフラれ方をした童貞のそれじゃ。あのピンクエルフに抱いておった夢成分まじりっけなし100%の初恋が裏返った呪いに取り憑かれ、淀み、腐った、下半身未使用男の目も当てられぬ人生終着点の姿じゃ」


「誰がそこまで酷い! というか童貞じゃ、ない、し……」


 魔王の言葉は尻すぼみになり、テーブルの木目を眺めつつぶつくさ言い始める。


「それに、今は女子なんだから、貴様、もう少し慎みを持てというか、その顔で下品な言葉づかいをするなというか、せっかくカワ……いや、その」


「そのリアクションのどこに説得力がある。っちゅーか、並の童貞を遥かに上回るこじらせっぷりじゃぞ、この百年童貞め」

「百年童貞!?」


 圧倒的な力を持つ称号を押しつけられ、ヴェルの唇が青ざめて震える。


「腕っ節一本で魔王と呼ばれるまで成り上がった男がなんとも情けない事よ……いや、喧嘩一筋じゃからこそ魔王にまで成り上がったっちゅー事か」


 ふぅ、と困ったように吐かれたため息が、魔王(童貞)のプライドを傷つける。


「まぁ、だからこそおまえを復活させるのは簡単じゃ――女を作れ」

「……は?」


「じゃから、女じゃ。お・ん・な。女から受けた傷は、女で癒やすのが一等効くと相場が決まっとる。おまえのその夢見がちな童貞の理想をいー感じに満たしてくれるかわいい女を見繕って、慰めてもらえ。さすればイッパツでおまえは立ち直ることじゃろう。この国際ハニトラ被害者の会にて傷だらけの大仙人と呼ばれたわしが保証する」


「適当な事を言うな! というか、辺境の廃墟で引きこもっている我に、そんな女の当てなどあるか!」

「ここにいるじゃろう」


 ゼノンは。

 自分のふくらみかけの胸を指差して。

 そう言った。


「…………………………………………はい?」


「じゃから、ここじゃここ。こーこ。実際、かつての魔王ならともかく、今の世捨て人同然のおまえになびく女なんぞカネを唸る程積んでプロにお願いするしかないからの。そんなカネわしも持ち合わせとらんし、なによりそれじゃ意味ないじゃろ――わしがひと肌脱ぐしかあるまい」


「は、え?」

「そして、どーせなら究極の理想を追求するぞヴェル――すなわち、「嫁プレイ」じゃ!」


「嫁プレイ、だと――」


「そーじゃ。引きこもりでニートでダメンズ丸出しのおまえを見捨てず、華麗に家事をこなし、かいがいしく世話を焼き、尽くしに尽くし尽くす極上の良妻プレイをおまえに体験させてやろう。なぁに、前世(まえ)は男だったのじゃ。オスの心情カンニングし放題のチート嫁ってやつじゃぞ?」


 どうじゃ? と無邪気に問いかけてくるゼノン魔導王五百歳超。


「い、いやいやいやいや、ないないないない」

「むぅ、なんでじゃ」


「なんでじゃって、貴様元はガッチムチの熊の如き筋肉ジジイではないか……いくら今が、その、あれだ……」

「――ん~? 今が、なんじゃって?」


 すとん、と。

 ゼノンは転移術を使って一瞬でヴェルの膝の上にまたがった。


 甘い香りが魔人の鼻腔を突き抜ける。

 ジーンズ履きのふとももに、淡いとすら思える少女の柔らかさがのしかかる。


「ふぉわっ!?」

「これ、妙な悲鳴を上げるな。耳がくすぐったい……」


 甘くささやきつつ、ゼノンは全体重を無造作にヴェルの胸板に預ける。

 当然、ふくらみかけの胸がアニメT越しの魔王の青肌に密着する。


 この魔人王ヴェルムドォル、闘争と研鑽の日々を生き。

 未だ女と手を繋いだ事すら、ただの一度としてなく。


 この(ぱい)のもたらすおつなる甘露に、抗う術はなく――


「ゴッハァアアアアアアアアアアアア」

「湯気を吐くな湯気を……まったく、楽しい反応をしてくれるのぅ」


 つつつ、といつの間にか背中に回された指が、背筋を撫ぜる。


「のぉヴェルよ、おまえ、今のわしくらいの身体が好みなんじゃろ。こういう、童子(わらし)と女の境目の、熟れる前の果実っちゅうやつ」


「ばっ、ばばばばばかをいうな」


「じゃって、そこの棚の人形もそういう身体つきのばっかじゃし……何より、あのピンクエルフがそれ系じゃ。正直わしの好みはもっと分かりやすくエロい身体なんじゃが、この際好都合よ」


「こ、好都合って」

「よ・る・の・せ・い・か・つ・じゃ」


 耳の産毛に、唇が触れるほどの近さで囁かれた。

 魔王の精神がざくざくに切り刻まれ鍋で煮られてシチューになる。


「夫婦っちゅーたら、まずそれじゃろ? あくまで嫁の疑似(プレイ)じゃが……おまえがどーしても、って土下座して頼むなら、わしも気まぐれを起こすやものう。こっちも処女じゃし、女の楽しみっちゅーやつをイッペン味わってみたい、とも思うておるし」


「ななななななななななななな」


 ヴェルの青肌が、みるみる赤く染まっていく――


「とまぁ」


 とん、と軽くゼノンは身を離して、目の前のテーブルに腰掛けた。


「こんな具合じゃ――ちょっと元気出たじゃろ?」

「……き、貴様、謀ったな」


「人聞きの悪い事を抜かすな。わしは、オトコなんてゲンキンなもんじゃって、おまえに教えてやっただけじゃ」

「……ふざけるな」


 不意に冷却された頭が、悪態となって舌に転がる。


「見当違いも良い所だ。我は腐っても魔人の王だぞ。その我が、女に捨てられたが如き瑣末事で、」


 唐突に。

 唇を、小さな指で塞がれた。


「俺、と呼べ。これからは、自分の事を。心の中の声と同じく――もう取り繕うな」

「な……にを」


「だーいじょうぶじゃよ、ヴェル。わしに全部任せておけ」


 と、ゼノンは――その魂を持つ、太陽の髪色をした少女は、光の溢れるような笑みを浮かべる。

 零落した魔人の王は、未だぐずぐずと永らえる負の存在は、それを直視し難く。


 しかし、目をそらせず。






「地雷女や変節漢に裏切られたが如き、なんて事はない。おまえは、世界最強の魔導王がライバルと認めた、唯一無二の男、世界にただ一人の魔人王なのじゃぞ?

 このわしがきっと、もう一度おまえの世界を輝かせてやるから――ふつつか者なれど、これからよろしくなのじゃ、あなた」





 こうして、二人の凋落した魔王の、夫婦生活が始まった。

 あくまで、模倣プレイに過ぎないけれど。

 それでも――これまでとは別の、何かが動き始めた事には違いない。






   ***********






 長い一日の終わり。

 廃屋の庭先に出てきた金髪に翡翠の瞳の少女は、大きく「っはぁ~~~~~っ!」と息を吐き出した。


「な、なんか勢いで動いたらとんでもない事になっちゃった……ど、どうしようこれから」


 少女は頭を抱えてしばしあたふたとして――覚悟を決めた顔つきで、拳を握り星空に突き出す。


「で、でもでも、ようやく会えたあの人が、あんなに落ち込んでいるんだもの! 元気づけてあげなきゃ! ふぁいとっ、おー!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ