おまけ④ 魔導王様系アイドル・ゼノンちゃんデビューする 後編
ファンタジー世界の隙間の隅っこの奥の奥、みたいな一部の連中に熱狂的に支持されているだけのアイドル産業の知見など、ゼノンが持ち合わせているはずもなく。
近道裏技大好きの彼女は、当然他人に知恵を借りる事を選んだ。
「ボクぁ高いよー。ギャラはイッポンロケ弁ビフテキ夜はザギンでシースーよー」
ムンド中央区にある魔王軍本部の会議室にて、やたら大きいティアドロップ型のサングラスをかけたヒナがわけの分からない事を言っている。
正直仕事以外で関わりたくない相手だが、真っ当にアイドルなるものを知っている人間がゼノンの周囲には他にいない。
「ちゃんぜのアイドル化計画か~。いいねいいね~びんびん来るねぇ~。前々から極上の素材だと思ってたんだよねぇ~。ボクに任せなちゃんぜの、きっとキミを世界一の妹にしてやるぜっ☆」
「わしは一人っ子じゃ……」
とまぁ、明らかに暴走の兆しが見られたので、ヒナ一人に任せる選択肢は無い。
「……ところで、あの熊みたいな身体したいかにもタダモンじゃない爺は誰さ」
会議室の隅でモニターを床に直置きし、あぐらをかいて動画をつまらなそうに眺めている銀髪のマッチョ爺。
数ヶ月ぶり登場、仮想ゼノンである。
「近所のじーさんじゃ」
「いや明らかにウソでしょ。……アレ、物凄い精巧なゴーレムだよね。うっわーあのやる気の無さそうな表情、真に迫ってる……ちゃんぜの、ボク新しいビジネス立ち上げようと思ってて屋号はオリエ○ト工業にするつもりなんだけど」
「よく分からんが断る」
言い知れぬ嫌な予感に思わずゼノンは即答した。
魔導師ならぬ魔法技師として卓越したヒナだからこそ、完璧な人間として振る舞うゴーレムを作る技術的困難を知っている。それゆえの発言だろう。
しかし、ゼノンも前世の記憶から再現する老魔導王だからこそここまでの完成度で作れるのであって、他人や架空の人間を一から構築するのは不可能だ。
だいいち、そうでなければもっと頼れる人間を作る。
「っかぁ~、こいつぁ素面じゃ見れんのぉ~。こういう過剰に情緒的な芸風、ワシゃ肌に合わんわ」
ビール片手に砂肝を摘んで、仮想ゼノンは教材としてヒナから提供されたアイドル動画を眺めている。
一時間前から不平をたれつつダラダラ動画を視聴して、今では三倍速で早回ししていた。
本当に興味が無いのだろう。
が。
「まぁ、だいたい理解したわ」
と、唐突に動画の停止ボタンを押して立ち上がると、仮想ゼノンは会議用テーブルに用意された紙とペンを手に取り、さらさらと一息に何かを書き記した。
「ヒナ君、コレ、こいつのデビュー曲じゃ」
楽譜らしい。
ほい、と気軽に机を滑らせて渡されたそれを、ヒナも胡散臭そうに受け取ったが、フリーハンドでやたら正確に引かれた五線譜を半ばほどまで見るなり急に鼻息が荒くなる。
「ふぉおおおお! すっげぇええ! コード進行から楽曲の構成まで何もかも定番を外さず絶妙にヘタウマい! 完ッッ璧なアイドルソングだよコレ! パーフェクトだよ!」
「舞台演出はコレで行く」
「いいねいいねーっ! テンション上がってきたぁ~!」
「じゃ、曲の打ち込みと演出用魔法の組み上げ、巻きでヨロなヒナ君。ケツカッチンじゃから」
「おーきーどーきーっ、近所のじーさん!」
(一瞬でヒナのハートを掴んだ……)
楽譜と舞台演出の青写真が書かれた紙を引っ掴んで自分の研究室へとノリノリで走り去っていくヒナを見て、ゼノンは自分の前世のチートっぷりに戦慄を覚えた。
「じゃ、次はおまえさんじゃメルティスちゃん」
二人きりになった所でゼノンの本名を呼ぶ仮想ゼノン。
ゼノンの方も自己暗示を解いて元の人格に戻る。
「う、うん。ゼノンさん」
「ワシの事はプロデューサーと呼べ」
「は、はい。プロデューサー」
圧力に満ちた眼力に、つい反射的に従ってしまう。
前回はゼノンでええよと言っていたのに。
理不尽である。
「もう振り付けも出来とる。これからすぐボイトレとダンスレッスンじゃ。一週間でおまえさんを頭の天辺からつま先まで夢と砂糖菓子で出来た完璧なアイドルにしてやる。汗腺からメープルシロップを出すくらいのつもりで臨むように」
「はうぅ、またスパルタ学習なのぉ……」
前回の料理修行でイヤという程彼の教育方針を味わったゼノンは、げんなりと肩を落とした。
「あ、でもでも、今回はダンスは運動補助魔法で上手に見せられるし、歌も音響を精霊さんに補正して貰えば綺麗に聞こえるよっ」
「ダメじゃ! そういうのは一切ナシ!」
「え~っ、その方が合理的じゃん……」
「分かっとらんのぉ。合理的に、合理性を追求するならそもそもアイドルなんぞ要らん。ヴェルムドォルの奴を虜にするなら、進むべき方向は全くの逆じゃ」
「逆?」
聞き返すゼノンに、仮想ゼノンは野卑な笑みを浮かべて告げる。
「徹底して非合理性を追求せよ。それがアイドルっちゅーもんじゃ」
かくして一週間、ゼノンは仮想ゼノンの指導の元例によって例のごとく地獄のレッスンに励んだ。
演出のヒナが舞台から転落するアクシデントが発生したり、
逃げ出したゼノンを仮想ゼノンが雨の中追い回したり、
ライバルユニット(?)のお嬢様に挑戦されたり、
笑顔を忘れたり取り戻したり、
おおよそ二十五分程度のドラマ二クール分を圧縮したような経験をたった七日でこなして、へとへとになりながら努力に努力を重ね――
その、結果。
「あんまりうまくならなかったんだけど……」
純白のステージ衣装に身を包み、軽くメイクしたゼノンが控室で肩を落としている。
予定していたライブの当日、であるが前日のリハーサルの結果は芳しくない。
まだステップはいくつか踏み間違えるし、音程もたまに外す。
一週間で急造したにしては見れるモノに仕上がったが、それでも時間が足りなかった。
「そもそも、もっと時間を用意しても良かったんじゃ……」
「鉄は熱いうちに打つのが鉄則じゃ。客の気持ちが高まってるうちに見せた方がええ」
仮想ゼノンは彼女の前で腕組みしつつ、そう告げる。
「それに、おまえさんは十分仕上がっとるよ。自信持ってええ」
「気休め言わないでよ……動画のアイドルさんと比べたら全然だし」
正直に告白すると、自分で歌って踊る前は、どこか小馬鹿にした気持ちがあった。
実家の付き合いで観劇の類はよく足を運んでいたし、ああした身体芸術の粋を凝らしたダンスや歌唱に比べたらいかにも単純で、「これならわたしにも出来ちゃうんじゃない?」と思いすらした。
実際やってみて、その認識の愚かさを思い知ったわけだが。
彼女たちはすごい。
ヴェルがハマるのもよく分かる。
普段彼女らの歌と踊りを見て目が肥えている彼の前で、自分の拙い芸を見せてがっかりされたらと思うと怖くて逃げ出したくなる。
「うぅ……」
胃がきりきりして、今日何度目かのトイレへ立とうとしたゼノンに、仮想ゼノンはため息をつき言った。
「お前さん、ワシの言った事を聞いておらんかったのか。アイドルとは、徹底して非合理性を追求する芸術じゃと」
「……覚えてるけど」
どういう意味か分かんなかったし。
「お前さんも、最初見て思ったじゃろ。アイドルの芸は、超一流どこのオペラやオーケストラなんかに比べたら単純で稚拙じゃと」
「……………………うん」
「実際、その通りじゃ。お前さんが実家で見て来たのは、天才なのは大前提、その中でも生え抜きがガキの頃から専門教育受けてなるっちゅうエリートの業じゃからな。技法も感性も磨き抜かれとる。合理性の塊じゃ」
仮想ゼノンは言う。
「合理であるからこそ、客を選ばない。誰が聞いても美しく、楽しい」
「……アイドルは、違うってこと?」
「そーじゃ。アイドルとは、客を選び、そして客が選ぶもの。〝好感〟なるパラメーターが歌と踊りの印象を増減させる。極論すれば、「上手くなくとも好きならオッケー」っちゅう非合理性の塊じゃ。――お前さんのこの一週間を振り返れ、メルティス。その拙い踊りと歌を作り上げるのに、お前さんはがんばったじゃろう?」
「……」
「それは、客に伝わるんじゃ。なにせヴェルムドォルは、お前さんを既に選んでいるんじゃからの」
「……ぅ」
一直線の言葉に、少女の顔が赤くなる。
仮想ゼノンは、にんまりとして告げる。
「そして、お前さんもまた客を選んでおる。じゃから、お前さんがすべきはたった一つ、お前のたった一人の夫に、世界一カワイイと思ってもらいたいと想って歌い、踊る事じゃ。それで何もかもが上手くいく」
「……うん」
なんだかその気になってきて、少女は立ち上がった。
「いいスマイルになってきたぞ、メルティス! さぁ、舞台に立て! 存分に魅せてくるがよい!」
「はいっ、プロデューサー!」
かくして少女は純白のステージ衣装を、翼のようにはためかせ控室を飛び出していった。
魔王邸近郊の森に、突貫で儲けられた野外ステージ。
オーディエンスは一人――のはずなのだが。
ヴェルが超高速の歩法で分身し、満員御礼のように見せかけられていた。
魔人王、規格外のオタ芸である。
「ライブに来てくれた旦那さまーっ! ありがと~っ☆」
煽りを入れると数百人分の歓声があがる。
「今日は楽しんでねっ、では歌うのじゃ――」
ヒナの打ち込みによるイントロが流れ、小さな星のような小精霊が舞い上がりライトアップされる。
楽曲と演出の豪華さに比して、歌と踊りは決して上手くは出来なかったけれど。
「うぉおおおおッ!! ゼノンンンンンッッ!! 貴様は最高だぁあああッッ」
サイリュームを振って男泣きに泣く魔人王の姿に、嘘偽りは無かった――
「ありがとぉ~っ☆ 大好きなのじゃ~っ!」
汗に濡れた笑顔で、客席に微笑みかけるゼノン。
曲自体は一曲で終わり。後は握手会をこなすだけ。
こんな短い時間の為に、なんともどたばたしたものだ。
「握手会は分身を解けよ?」
ステージに降りるなり釘を刺すゼノン。
数百人分握手を堪能するつもりだったヴェルは、暗い顔をして歩法を止めた。
「……素晴らしかった。俺はこの光景を永遠に忘れる事はないだろう」
「いや、できれば忘れて欲しいんじゃが」
「なぜだ?」
――いや、だってコレ恥ずかしいし。今更言うけど。
アイドルなる職業を、色んな意味で尊敬できるようになったゼノンであった。
「全国デビューはしないのか? CD発売は?」
「あるのか? この世界。CDとか……っていうか、やらんから」
「むぅ、なぜだ……俺はこの感動を世に広めたい」
「だーめーじゃ!」
握手した腕を振り回して、ゼノンは。
輝く笑顔で、言った。
「わしはお嫁さま系アイドルのゼノンちゃんじゃから! ファンは旦那さま一人だけ! 浮気は厳禁、じゃからなっ!」
後日。
「うわぁあああっ! やめんかぁああ!!」
魔王邸のダイニングで、ティータイムを終えると共に新調した電子精霊端末を起動させるヴェルに、ゼノンは顔を真赤にしてテーブルを叩き立ち上がる。
「……どうしたんですか、ゼノンさま。旦那さまは日々の日課をしているだけです」
珍しくも冷静な口調で、紅茶をすすりつつリューミラは言う。
「そうじゃ! 日課じゃ! 毎日なんじゃ!」
指をさす先のモニターに、先日のひらひらした衣装で歌って踊るゼノンの姿が投影されていた。
ヒナが隠れて撮影した動画ファイルを、ヴェルに提供したのだ。
彼はあれ以来飽きもせず延々とその動画を眺めて「尊い」と呟くようになり、結果ゼノンの家庭での心の平穏は崩壊した。
耐えきれず、彼女は叫ぶ。
「それは浮気じゃないから! じゃから! ――他の女の動画を見ろぉーっ!!」




