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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第三章 降臨! 氷獄の魔神
83/117

エピローグ.《聖王》は、世界の中心に立っていた。

「では、司令官代理。都市警備部ほか十七セクションの予算稟議を霊子メールで送付させて頂きましたので、正午までに承認をお願いいたします。午後からは魔導盗聴システム《なみくじらRev004》の改修レビューにネット経由でご参加を……夕刻からは……」


「――殺・人・計・画! それは仕事のスケジュールという名の計画的殺人デスよおねーさん!」


 自由都市ムンドの市庁舎の隣にある魔王軍総司令部三階、司令官執務室にて、革張りの椅子に膝を抱えて座るヒナが絶叫した。


「ポリス! ポリスを呼んでー! もしくは労基署ぉー!」

「我がムンドでは、もうこの魔王軍が警察組織の役を担っておりますので。それに、行政組織のほとんどは私の父経由でゼノン司令官が鼻薬をきかせています」


「腐敗を隠そうともしねぇー!」


 スーツの着こなしがこの上なく堂に入った、黒髪女豹の美人秘書アンリのしれっとした物言いに、ヒナは頭を抱える。

 魔王軍司令官代理。


 それが今の彼女の肩書である。

 魔神降臨などという大儀式を曲がりなりにも成功させてしまったヒナは、裏の業界で有名人になってしまった。


 神界・魔界のあらゆる勢力から付け狙われかねない立場。

 そこをあの手この手の話術を駆使し「保護してやるからウチで働いてみんかの~」などと勧誘してきたゼノンについていったのを、今ではヒナは死ぬ程後悔している。


 あの女は、忙しくなった魔王業の肩代わりをしてくれる、魔導に長けた働き手もとい社畜を探していたのだ。

 あっという間に外堀を埋められ、既にヒナはこのバイト魔王の立ち位置から抜け出せなくなってしまっている。


 一文の得にもならない魔神降臨事業に強制参加させられ札付きになった挙句に辺境の片田舎でブラック労働。


「ちょっとここんとこのボク不幸すぎない……? ボクにもっと優しくしてくれてもよくない世界……?」

「それが魔人の生き方というものだ、ヒムナルキアよ」


 執務室の絨毯の上で座禅を組み、瞑想していたネイラが言う。


「苦難から逃れられぬなら、いかでかそれを友として愉しまん」

「ぺっ、じじむさい事言ってんなよばーかばーかロートル負け犬魔王。ボクの友達はカウチとポテトで十分ですぅー」


「……オマエの不幸の原因の大半は、小物のくせに率先して地雷原で踊り尽くすその人間性にあるとワタシは思う」


 どんよりと重たい哲人の気配で小言を述べるネイラ。

 ぐぬぅ、とヒナは唸り、


「アンタ、別にここの住人になったワケじゃないんでしょ? の割には随分入り浸ってるけど、ヒマなん?」

「ヒマなのだ」


「正直に言っちゃったよ……」

「十大魔王なんぞという茶番に付き合ったのはケィルスゼパイルの計画の助けとなる為。そもそもワタシはとうに親も無く、無頼で生きてきた古き魔人よ。ヤツが逝った以上、魔界の思惑に加担する義理もない」


「じゃあ、こっちにつくの?」

「それもまた気が進まん。ワタシは、ヴェルムドォルを裏切った身。変節とは、一度でも恥ずべきもの」


 繰り返すべきではない、などと彼は含蓄ありげに漏らした。


「それに、ワが新たなる友人ゼノン殿に悪名高き十大魔王なんぞの世話をさせて、新婚生活に負担をかけるのも心苦しい。――まぁ、しばらくははぐれ者の魔人の面倒でも見て暮らすとするさ」

「……どうしよう。このハードコアハゲオヤジのヒトの良さが天井知らず過ぎて怖い」


 よくよく考えてみれば、彼がしばしこの場に留まっていたのも、ヒナを相手に「はぐれ者の魔人の面倒を見る」活動の為だったのだろう。


(このオッサン、どこぞのガチャ廃ヒキニートよりよっぽど魔人の王様向きなのでは……)


 本質に迫る想像をしかけた所で、ネイラは瞑想を切り上げ立ち上がった。


「では、ワタシはそろそろつ事にする。……しかし、ヒムナルキアよ。オマエも実に素直でない」

「……んに?」


「オマエとて、人界を長く生きた海千山千の者だ。諸々の勢力に目をつけられたとて、生き延びる術は持っていよう。ここに留まる理由があるのだろう?」

「この可憐なロリっ娘をババア扱いすんなよな……」


 窓から去ろうとするネイラに、頭をぽりぽりとかきつつヒナは拗ねた声を返す。


「アンタに比べりゃ全然若造だよ。まだ、百年も生きてない……だからさ、捨てきれない、青臭いこだわりみたいなのも、持ってたりするのさ」


 このおせっかいな魔人への礼代わりに、本音を彼女は告げた。


「埋めておきたいイベントCGがさ、見つかりそうなんだよね」


 と、彼女は宝石を外したペンダントをいじる。

 子供を抱いた魔人と人間の夫婦を見るまでは、ここにいてもいいと、ヒナは思っている。






  ――――――――――――――





 その宮殿は、世界の中心である。

 聖別された白輝晶石で外壁を建造された、厳かな気配に満ちた建物。内部には門外不出の聖遺物を収めており、外側からも神気が香る。


 エクスシアは何度かこの場所に訪れているが、生活の匂いは無い。

 この国は、王が不在で(・・・・・)ある期間を(・・・・・)想定した(・・・・)稀有な国家体制を敷いている。


 主のない建物となれば、自然と無味乾燥としてくる。

 表立ってそれを言う不敬者は、ここに訪れる者では数少なかろうが。


 主がいなかったとしても、ここは国家にとって最重要の場所だ。

 神に拝謁する聖域として。


 段差のついた謁見の間の手前側、赤い絨毯の上まで進み出て、エクスシアはひざまずく。


「聖巫庁特任神官、エクスシア・エンピレア・エスキュール、只今帰参いたしました」


 聖騎士団副長の肩書を名乗るのは、作法にもとる為、神殿での官職名を彼女は告げた。

 ――個人的な欲求で言えば、逆だったが。


「っだよ、ガァキの癖にしゃっちょこばってんなよチビぃ」


 ぴくり、と右のこめかみの皮膚がひきつれる。

 謁見の間の階下右手側に立つ、鎧姿の長身赤髪の男は、エクスシアの向けた視線に「おう、元気かぁ?」と腕を組んだまま不遜に声をかけてきた。


 エクスシアは、周囲にもれないよう軽く嘆息するに留めたが。

 向かい側の、階下左手からは怒声があがった。


「ヴァン・デン・ビィスト勇者団長! 不敬にも程がある!」

「ンだぁ? 生徒会長。手下のクラス委員長がいじめられるとでも思ったかぁ?」


 小馬鹿にしたように、右手側の男――ヴァンが言い返す。

 向かいの、黒髪に一房白髪を混じえた細身の男は、岩肌のような皮膚にシワを寄せて言う。


「くだらん揶揄を止めろ。エクスシア殿は聖務を与えられ、聖騎士団に編入された身。もはや身内意識など持ってはいない」


 つい先月までいた霊山の空気を思い出す冷えた声。

 エクスシアは沈黙していたが、ヴァンはそれに反応した。


「っだよなぁ? 捨てたガキだもんなぁ? そいつァもう俺様の手下だ。俺様ぁ自分トコの下っ端にアイサツしただけだぜ、パスカヴィル総督聖府長官ど・の。なぁエエエ」

「……エエエと呼ぶのはやめて下さい。あと、聖騎士団と勇者団は別組織です」


 初めてエクスシアは言い返す。


「んだよツれねぇなァ! 一緒に魔王をブッ殺した仲だろうが! 神官連中に追い出されたんだからよ、細かい事にこだわるクセもそこの生徒会長に突っ返しちまいな! そしてエエエというシンプルなようで微妙に噛みそうなスリリングさが病みつきのあだ名を受け入れろ!」

「……いやです」


「てめぇー!」

「いい加減にしろ! 口が過ぎるぞヴァン殿!」


 なおも絡んでこようとしたヴァンに、細身の男、パスカヴィルは言い返す。


「私は、不敬と言った! 神前である事を自覚しろ!」

「そうは言うがよパスカヴィル。俺様の女神オンナはアレと相性が悪いのさ」


 と、ヴァンは階上を親指で示した。

 数十段先の頂点には、玉座はなく、一人の神々しい女が立っていた。


 白い、何物にも汚れぬ聖なる一枚布で仕立てられた聖衣を纏い、ぬばたまのような美しい黒色の髪を伸ばした絶世の美女。

 人間ではありえない美貌。


 その女は、《命の女神(ヴィタエ)》と呼ばれていた。


「貴様ッ! 人類神の主神九柱に数えられる御方を前に――」

「よいのですよ、パスカヴィル」


 パスカヴィルの怒声を、ヴィタエは遮った。


「あの嫉妬深い子の悋気を買っては、後が怖いもの。女神の名において、勇者ヴァンの無礼を赦します」

「は……」


 その神気に当てられ半ば反射的に、パスカヴィルはひざまずいた。

 女神は彼から興味を無くしたように視線を外して、次はエクスシアの方へと向けた。


「聖女エクスシア。重要な聖務の半ばで帰参を願い出た理由、まずは報告してもらいましょう。――既にパスカヴィルからは聞いているけれど、それでも当事者から話を聞きたいわ」

「……はい」


 エクスシアは、冷や汗をにじませながら答えた。

 胸の奥の心臓に触れられたような気分だった。


 受肉した神々に拝謁するのは、彼女の人生で何度かあった事だが。

 しかし、このヴィタエという女神には異様なものを感じる。


 慈愛に満ちた、生命を司る神性。

 そんな女神を前にして、なぜこんな気分になるのか――








 報告を終えると、右側に控えたヴァンが左掌を右拳で打った。


「チッ、退屈で面倒な仕事だなんて放棄しなけりゃ良かったぜ。魔神と戦り合う機会を逃しちまった」


 この勇者は本気で言っていると短い付き合いでも分かっていたが。

 発言を許可されれば、エクスシアは制止しただろう。


 人知を遥かに超えた戦いだった。

 許されざる考えだが、認めざるを得ない。


 あの場に魔人王がいなければ、人界は滅んでいた。


「氷獄の魔神の降臨に、それを滅ぼした魔人王。神殺しは健在、という事ね……」


 薄く微笑みながらひとりごちるヴィタエ。

 その唇が、小さく言葉を継いだ気がした。


 ――あの下級魔人、しくじったのね。


「報告ご苦労様、聖女エクスシア。死闘を生き延びた労をねぎらい、休息を与えたくもあるけれど……情勢は、それを許さないようね」


 彼女は告げる。


「迅速に本来の聖務に復帰なさい。魔の蠢動は三界大戦より二百年経った今、とみに活発さを増したわ。それに比べて、聖なる勢力は未だ盤石とは言えません」


 その言葉を耳にして、ヴァンは面白くなさそうに顔をそらす。

 自分の力を否定された気分なのだろう、とエクスシアは推察した。

 それに構わず、ヴィタエはエクスシアへと言い放つ。


「今一度――いいえ、今度こそ世界を救う《神の子》の聖誕を叶える為、《命の女神》は受肉した。私が授けた貴女の役目は」

「《聖女探索》」


 エクスシアは、女神の言葉を引き継いだ。


「わたしを……史上全ての聖女を超える神霊適性を持つ、真なる聖女、《神の子》を産む《神の花嫁》を探す事です」

「そう。それこそが神界の、そして人界の全ての生きとし生けるものの為、必ずや果たさねばならない使命。神の代理者たるノヴァレスティア神聖国の聖女にのみ許された、栄誉ある聖務だわ」


 ――言うべきか?

 エクスシアの脳裏をよぎったのは、その一言だった。


 コキェト大連山脈で出会った、神器《六片武神》を完璧に使いこなしていた少女の事を。

 それが神への偽証という、恐ろしくも許されざる行為になりかねないとしても、彼女には踏ん切りがつかなかった。


 彼女が《神の花嫁》であるという確証はない。

 だが、自身の聖女としての霊感が、その可能性を強く訴えていた。


 それでも――


(《神の花嫁》が魔人王の妻だなんて、最悪の事態だ)


 あの、世界を滅ぼしかねない怪物が溺愛する少女を巡って争うのか?

 それこそ、人界の危機に繋がりはすまいか?


 それは、人界筆頭国家ノヴァレスティア神聖国の聖女として、踏み切っていい事なのか?

 魔人王と――この少年(・・・・)の戦いは、世界の破滅に繋がるのではないか?


 女神ヴィタエは、ふと一歩右に避けた。

 その後方に、一人の少年が立っている。


 女神が自ら道を開ける人間。

 ――ノヴァレスティアの宮殿は、王が不在である期間を想定されて作られた。


 拝すべき王が現れたその時、彼を万全の態勢で迎える為に。

 ヴィタエが告げる。


「私は《聖王》と共に、寝所を整え待つとします。ここに《花嫁》を迎えたその時に、永遠に続く神と人の黄金時代が訪れる事でしょう――」


 彼女の神々しい光にあてられて、その少年の髪が輝く。

 銀色の、力強い色彩をした髪を持つ少年が、世界の中心に立っていた――







  ――――――――――――――







「むっふー! こめかみにきーんと来るのーぅっ! ヴェルよヴェルよ、やっぱり夏はかき氷(コレ)を食べんとじゃなっ!」

「うむ。そうだな。とてもうまい」


 魔王邸の庭先にテーブルを置き、ヴェルとゼノンはグラスに盛ったかき氷をしゃくしゃくとかき込んでいた。

 ゼノン手製の、練乳シロップと果汁を煮詰めたフルーツシロップを混ぜ合わせ、白玉と果物を盛りに盛った豪華仕様である。


 スプーンも木を削って仕立てる凝りようだ。

 久々に存分に時間をかけて料理ができる幸せに、ゼノンは本気を出した。


(んっふふふふっ! コレだよコレ~! 魔王軍で内政とか雪山でバトルなんてムダなことに時間取られてすんごいフラストレーション溜まってた! お嫁さんごっこ(プレイ)! これこそわたしのライフワークなんだよぉ~!)


 そのお嫁さんごっこをする時間を捻出する為に、一人のなんちゃって幼女をブラック労働の生贄にした事については彼女の頭から消え去っている。


「ほれほれ、またあーん♡ してやるぞっ♡」

「う、うむ……あーん」


 口を空けたヴェルの舌に、白玉の乗ったかき氷を置いてやる。

 それを咀嚼してから、ヴェルはしばし迷うようにして、


「お、俺もあーんしてやる」


 スプーンでかき氷をすくって、差し出してきた。


「ふわ……い、いいの?」

「駄目な理由は何一つない」


「で、では……あーん」


 なんとなく目をつぶってから口を開けると、ひんやりした感触が舌に乗る。

 しゃくりと噛むと、先程よりも甘い味がした。


(んふゅぅう~~~~~~~~~~っっ♡)


 多幸感のあまり、ゼノンの顔は溶けそうなくらい崩れている。

 お嫁さんごっこ(プレイ)に彼が積極的に乗ってくれたのは、初めてだった。


「なんじゃなんじゃ、どういう心境の変化じゃ?」

「……いや、俺は、貴様と本当に結婚したいと思っているが……それはそれとして、この状況を楽しむのは構わんだろう?」


 青肌を朱色に染めて言う彼が可愛らしく、ゼノンはによによしながら頷く。


「うむ! ぜんっぜんいーのじゃ! これからも、色んなこと、いーっぱいして遊ぼうな! ヴェル!」

「――ああ。そうしよう」


 そう告げた、ヴェルの顔は。

 夏の陽光の影になって、見る事はできなかった。










 それから一時間ほどして、ゼノンはリューミラに呼び出されて出かけていった。

 なんだか、市長が大事な用事があると言うのだそうだ。


 もう少しだけ二人きりでいたいとヴェルは思ったが、仕方あるまい。

 出来る女は、忙しいのだ。


 アニメとかで言っていた。

 彼女の走っていった道を、いつまでも楽しそうにヴェルは眺めている。


 ――。


「おっと」


 ふと、左手の指先から漏れ出た金色の粒子を見下ろして、ヴェルは右手でそれを握った。

 しばらく握りしめておくと、どうにか粒子の漏出は止まる。


氷獄の魔神(ケィルスゼパイル)との戦いで、全力の半分も魔力を出してしまったからな)


 と、ひとりごちる。


(――そうだ)


 この夏の内に、もう一度海に行こうとゼノンに提案しよう。

 あの水着姿は実に可愛らしかった。


 一日かけて目に焼き付けるつもりだったのに、氷獄の魔神に邪魔されて、たいへん悔しい思いをした。

 あれだけしか見れないのは、もったいない。


 一度きりの夏なのだから。

 ――これからも、色んなこと、いーっぱいして遊ぼうな! ヴェル!


(ああ。そうしよう)


 ヴェルは、夏の日が暮れるまで、少女が走っていった道を眺めていた――

 




【第三章 降臨! 氷獄の魔神 完】

第三章終了になります。

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