7.復活した魔人王は、いかにしてアニメTシャツを着るようになったか ④
「お前たちは、志を同じくしてくれていたと、信じて……」
「フン――私は、地の魔神を殺す程の力あるものに付き従っただけだ。敗北したあんたの復活を待って無謀な戦いを続けるより、元の鞘に納まった方が楽だったんでね。他の連中もそうさ。あんたの理想なんてものに共感してついてきた魔人なんて一人もいない。全員、あんたのその、異常な力に臣従したのさ」
「シェリエル、も……?」
「ん~? アタシは、魔神についたワケじゃないわよ? もうジジイの相手は飽き飽きしてたし」
こちらのやり取りに興味を失ったように桃色の髪をいじりつつ、シェリエルは言った。
「今の流行りはダンゼン勇者ちゃんよねぇ。アンタみたいに、ちょっとガキの夢丸出しの純粋無垢な妖精少女っぽく振る舞って勘違いさせてやれば、なァんでもしてくれるバカばっかだし……あ、でもぉ、同郷の幼馴染の僧侶ちゃんとかとヤってたりするから童貞じゃないのよねぇ。アンタと違って」
「ぐ、ぬ……」
「で・も、それが燃えんの。報われない幼馴染ヒロインを食って、メインヒロインの座に収まるのが快感なの。で、そいつがイチバン絶頂の時に切って捨てると、死の絶望も相まってタマラナくいいィ~貌してくれんのよねェ。……今のアンタみたいにね」
「き、さま……」
「ふふッ、それ疼いちゃう……アンタ、ケンカの腕とカオだけは極上だからねェ。ホントにそれだけだけど」
「――とまぁ、こういう、いわば毒婦だったんだよ、こいつは」
ケィルスゼパイルが会話に割り込んで告げる。
「魔神側でなくとも、生かして、重用した方が都合がいいんでな。魔王として、人界を第二の魔界に作り変える我らの計画に」
「ハ……そう都合よく行くものか。貴様らの如き小物の企みなど――あのゼノン・グレンネイドは喜々として叩き潰しにくるぞ。奴にとってはちょうどいい暇つぶしだ」
「ああ、言ってなかったな――ヤツは死んだよ」
放たれた言葉が、魔人王を停止させる。
「な――に?」
「お前が月に篭って少し経った頃にな。我々としても、胸を撫で下ろしたよ。あんなバケモノがいては、あらゆる計略が滅茶苦茶になる」
ケィルスゼパイルの語る言葉が、ヴェルの耳を素通りする。
――あの男が、死んだだと? 馬鹿な。
そんな事が、あるはずがない。
ヤツを殺せるのは、俺だけだ――
「あんたも同様の邪魔者だ。ここで始末させてもらおう……力は出せんぞ? 宝刀アスタロトはあんたの魂魄を刺し貫いた。持ち手の魔力を食らって際限なく鋭くなる魔神の聖遺物……少し霊体を励起させるだけでも激痛が走るはずだ」
「こんなもの……づッ!」
基底の身体から、闘争に適した姿に変じようとした瞬間、胸を焼かれる痛みを覚えた。
「ハハ……いくらあんたでも、無理に戦おうとすれば死ぬぞ? というより、魂魄が削り取られて消滅する。最後に忠節なる部下に褒美をくれよ魔王様。最強気取りのあんたを、気軽になぶり殺しにできるっていうな」
「ぐ、ぅ……」
苦痛にうめきつつ、迫る五人の魔将を滲む視界に収めるヴェル。
「――待て、ケィルスゼパイル。ワタシにやらせてくれないか?」
最後の、これまで一言も口を聞かなかった、全身を経文のような入れ墨で刻みつけた魔人が声を上げた。
妖書館主ネイラトラッセルアグリゲイエルエレコマンドリューインエライラパトィラマレッセンォオラメンターイル、である。
「む、お前か……何やら、お前はとりわけこいつへの遺恨が深いらしいな」
「そうだ。魔人王ヴェルムドォル。ワタシはオマエの欺瞞に憤っている」
ケィルスゼパイルを押しのけて、怒りに燃える眼を向ける妖書館主ネイラトラッセルアグリゲイエルエレコマンドリューインエライラパトィラマレッセンォオラメンターイル。
「オマエは、これまで一度もワタシの名を呼んだ事がない。魔人にとり、名がどれほど重要な意味を持つか、知らぬワケがあるまいに。いつも、おい、とか、貴様、とか、同志よ、としかワタシを呼ばなかった。忠節なる部下? 同志? 笑わせる。本当にそう思っているのなら、ワタシの名前を言ってみろ!」
「そ、それは……ええと」
彼は口ごもった。
露骨に口ごもった。
妖書館主ネイラトラッセルアグリゲイエルエレコマンドリューインエライラパトィラマレッセンォオラメンターイルは鬼の首を取ったように言い放つ。
「それ見たことか! 所詮オマエは、美辞麗句を並べるだけの中身のない男に過ぎんのだ! 我が呪詛大経典のもたらす病魔に侵され果てるが良い――」
「ま、待て! じゃあ、そこのそいつらは貴様の名前を呼んだ事があるのか!?」
魔人王の放ったのは、起死回生の一手だった。
他の四魔将が揃って動きを止めた。
「……オマエたち?」
妖書館主ネイラトラッセルアグリゲイエルエレコマンドリューインエライラパトィラマレッセンォオラメンターイルは、仲間に疑念の目を向ける。
「いや、それは……」
「えっと、だナ」
「……」
『ぶぶぶぶぶ』
流体の身体を持つマイルゲィリトイルセルは、分子レベルで動揺している。
「なんだそれはマイルゲィリトイルセル! 一体どういう事だマイルゲィリトイルセル!!」
妖書館主ネイラトラッセルアグリゲイエルエレコマンドリューインエライラパトィラマレッセンォオラメンターイルは、流体の胸ぐらを掴もうとして手を湿らせる。
なんかぬるかった。
「ケィルスゼパイル! 何か言ってくれ! オマエは、魔界でも指折りの智将! ワタシの憤りを理解しているはずだ! ワタシの名を呼び、ヤツに己が欺瞞を知らしめるのだ!」
「う、うん……そうだな」
「ケィルスゼパイル! 早く!」
「……ダンナ、マジで頼ム。この場を収めるのはアンタのオツムの力しかねェ。っつーか、クチの回りっぷりカ?」
『ぶぶぶぶぶ』
「……」
残りの三将の期待の篭った視線に、ケィルスゼパイルは窮地に陥った。
やがて、滝に飛び込む小魚のような表情で、言った。
「ネイラトラッセルアグリゲイエルエレコマンんっぐッッッ!!」
噛んだ。
あたりは気まずい沈黙に支配される。
好機だった。
「とぅっ!!」
ヴェルは言い争う魔将たちに背を向け、残り少ない魔力をすべて脚力に振り分け全力で逃げを打った。
「あっ! 逃げた! 追うぞ!」
「待て! ケィルスゼパイル! 今のはどういう事だ――」
もみ合う五魔将を尻目に、魔人王は脱兎の如く魔王城を飛び出した。
魔王たる誇りを捨てて、逃げて、逃げて。
魔大陸を飛び立ち、極点を抜けて南方の大陸までたどり着いた所で、足を止めた。
なんのために逃げるのか。
もう、戦って勝ち取るものなど、何もなくなったというのに。