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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第三章 降臨! 氷獄の魔神
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17.腹黒恋愛脳魔導王&KY委員長聖女の死闘 ②

 さっきは神器を武装する一瞬前の事だったので、全貌を観察するゆとりなどなかったが、今は余す事なく彼女の容姿を見る事ができた。

 年の頃は、ゼノンと同い年くらいだろう。体格もほぼ同じ、歳を考えても小柄な方だ。


 ()けるような白い肌、老齢から来るのではない、不思議なほどに艶めいた白く長い髪、そして眼球まで水晶のように白い。

 全身がほぼ白色で構成された、雪景色に溶け込むような可憐な少女である。


 さりとて、雪山に埋もれるような儚さは見受けられない。

 凛、と真っ直ぐ、意志の強そうな眼光で前を見ている。圧倒的な存在感を感じる。


 圧倒的な存在感で――全裸だ。

 そもそも容姿が余すところなく判別できるのも、服を着ていないからだ。


 全身がほぼ白色、と言ったのは――ちょっと言及するのに恥ずかしい部分まで白いわけではないからだ。

 きれいな桜色だ。

 そうした所も全開だった。


 唯一手にした、あの巨大な十字架は局部を隠すに手頃なはずだが、そうした用途を思いつきすらしていないようだった。

 だと言うのに、なぜこの少女はここまで衒いのない顔つきでこちらを見るのか。


 どこか誇らしげですらある。

 よもや露出狂なのか。


「むぅ……声を返してくれてもいいだろうに。ちょっとさみしいじゃないか」

「服を着ろォ――――――――――――――――――ッッ!!」


 たまらずゼノンは絶叫した。


「おや、これは失敬」


 などと、聖女――エクスシアは笑う。

 笑うだけだ。


 服を着る気配はない。

 魔神の漏れ出る魔力の影響を受けた極寒の雪山で、全裸で通すつもりなのか。


 極めてエクストリームな変態だ。

 ある意味尊敬にすら値――


(いやしないけど)


 ちょっとゼノンは雰囲気に引きずられかけた。

 あるいは――彼女は単純に、燃えた聖騎士の服の代わりを持ち合わせていないのかも知れない。


 着の身着のまま(着てないけど)雪山に放り出された哀れな少女、という事なのか。

 そのはずだ。


 そうに違いない。

 そうであって欲しい。


 切に願う。


「いや、着るよ。着る着る」


 と、エクスシアは呪文――彼女ら流に言えば、祈句チャント、あるいは聖歌クワイアと呼ばれるものを唱え、秘蹟を発動させる。

 数十センチほど空間が歪み、そこに彼女は手を突っ込み衣類を引っ張り出してくる。


 勇者たちが《倉庫インベントリー》の加護と呼ぶ、初歩的な神々のわざだ。

 レベルの高い聖女なら使えておかしくない。


 着ようと思えばすぐ着れるのを数分引っ張ったのは十二分におかしい。


「わたしの霊体適性は火神の助力を得る方向に偏り気味でね、寒さをあんまり感じないんだ。体温も高くて汗っかきだし。この事を言うとなぜか周りにウケてしまうのだけど」


 全身真っ白の雪の妖精的美少女がそんな台詞を言うのは、確かにちょっとおもしろい。


「というか、なんでマスク無しで呼吸が出来るのじゃ?」


 この雪山は、魔神の魔力の影響で、大気の組成が尋常でない。

 本来生身で呼吸できる環境でないのだ。


「これでも最高位神官さ。霊体が常時発動パッシブで備えている秘蹟もある。呼吸くらいなら問題ないよ……ただ、クラウディアが顔を隠せって言うから」


 確かに、他国で秘密の作戦中に、これだけ目立つ容姿の少女を連れていたら任務に支障が出るだろう。


「んしょ……っと」


 と、エクスシアは着替えを終える。

 神官の祭服を、動きやすいようにアレンジしたものだ。

 色は、イメージカラーなのだろう、やはり白地を基本に金の刺繍のアクセントがついたものだ。


 ゼノンの見立てでは、刺繍の縫い糸は《巡礼者の金神鳥ピルグリム・コカトリス》の羽、布地は《羊の王子サン・オブ・ドゥムジッド》の羊毛――霊獣素材の最高級品である。

 ちなみにぱんつも同じ原材料だった。


 着用の感触を確かめるように腰を回す動作を見れば、彼女の身体に合わせて採寸している(ぱんつまで)と分かる。

 デザインも特注らしく――なおかつ、ゼノンの覚えている限りでは、中央大陸の、さる超一流どころのデザイナーの仕事の特徴が見られる。


 衣類一揃い(ぱんつ含む)で、彼女の身元については概ね理解した。

 ちなみにぱんつの他に、上の下着はつけていない。

 明らかに不要なバストサイズだからだ。


「むー」


 それはそれとして、この少女が素顔を晒しているのに、自らはマスク着用というのは面白くない。

 先程自分を差し置いて活躍されたのもあるが――この相手には、どこか対抗心を刺激されるものがある。


 ゼノンは呼吸補助を魔法で代用して、マスクを取った。

 エクスシアが、軽く口を開けっ放しにしてこちらを見る。


「ふわ……す、すごいね……お姫様みたいなきれいな顔」

「……………………そうか」


 見惚れたような視線に、ゼノンは軽く咳払いして答える。


「そういうそっちこそ、おとぎ話から飛び出たような聖女っぷりじゃな?」

「……………………えっと。そうだね、ありがとう」


 ほんの少し、垣間見えた――少女が、顔を曇らせたのを。

 そも、聖女を名乗る存在が聖なる刃物ヤッパを携えて魔人狩りなど、おとぎ話だろうが娯楽小説だろうが冗談が過ぎる――最も神殿勢力が強い頃なら異端認定されてもいいくらいだ。


(聖女……)


 その定義は、神統会議テオゴニア――あまねく神々を祀る集団の、利益代表者の組織――によれば、「神統会議参加国あるいは国に準ずる団体九つ以上の推薦を受け、受肉した神と対面しその資質を認められた神官」だと言う。


 最初に聖女認定を受けたのが女性だから慣例になってしまっただけで、男性の「聖女」もいるらしい。

 さりとて、圧倒的に割合が高いのは女性の聖女だ。


 なおかつ、割合が高いと言っても、歴史上聖女認定された者は百人もいない。

 偽証は問答無用で死罪。


 正規軍らしき集団に属している以上、偽物という事はあるまい。

 しかしながら、本物であればなおの事不可思議でもある。


 聖女を保有する国は、それだけで強烈な発言権を持つようになる。

 お姫様に等しい扱いで、神殿の中に囲われているのが常識だ。


 軍属の聖女なぞ、見たことも聞いたこともない。


(熾天の聖女と言ったな……熾天、か……どうも、相当訳ありのようじゃな)


 そうつぶやき、しかしゼノンはこれ以上の考察を切り上げた。

 聖女が騎士団入りした裏事情なんて、この鉄火場じみた状況で優先度の高い情報ではない。


 それよりも、彼女の持つ十字架が気にかかった。


「その神器、《六片武神》じゃったか? 相当な威力じゃったな」

「ああ、これかい? 詳しい製法は機密だから言えないけど、六柱の武神の力の一部を行使できる、特注の神器なんだ」


 ぶん、とエクスシアは十字架の取っ手を握って振り回す。


「まぁ、わたしは炎神スルトの炎の剣にしか変化させられないんだけど……それでも、世界中でこれをまともに扱えたのはわたしが初めてなんだよ? 聖女でも、最高位の適性を持つ者の証だった(・・・)んだ」


 などと、自慢げに言って――すぐに、また顔色を曇らせる。

 どうやらその辺りに、彼女の泣き所があるようだが……


 この件、深入りして良い事などなさそうだ。


「――ところで、」


 ゼノンがエクスシアから一歩引いたタイミングを見計らい、

 踏み込むように、彼女は問いかける。


「あの男は、魔人だね?」


 誰のことだ、などと誤魔化す事は出来まい。


「……なぜ、そう思う」

「殺す――と、彼はわたしに言ってきたからね。わかるよ。幾万の獣の牙を向けられたような殺気と、暗夜に凪いだ大海のように異様に静かな魔力……正直、怖気が走ったよ。――危うくちびりかけたほどだ」


「なんで最後の台詞を言っちゃったの?」


 シリアスな発言が台無しである。


「あるいは、十大魔王よりも、遥かに危険な匂いのする魔力……彼は何者なんだ? なぜ魔人が、魔神を降臨させようとする勢力に敵対する?」

「それを聞いてどうする?」


 ゼノンは聞き返した。

 声が冷え込んだのは、極寒の外気を吸い込んだからではない。


「あれだけの力を持つ魔人が、魔神の降臨よりも優先する目的なんてロクなものじゃない、とわたしは睨んでいる」

「いや確かにロクなものではないんじゃけども」


 単にゲームアカウントを凍結された恨みである。


「あまねく生きとし生けるものの安寧を脅かす企みを、わたしは許すつもりはない……魔人というのは、いつもそればかり考えているものだからね」


 きっ、と真っ直ぐな意志を湛えた眼でゼノンを見据えて、エクスシアは告げる。

 その誤解を解いてやる義理も、メリットも無い。


 放置するデメリットも同様だ。


「はっ、あいつがおまえなんぞにれるかよ」

「あの男が滅するべき存在なら、この魂を燃やし尽くしても成し遂げてみせるさ。力の多寡なんて関係ない」


 ずい、と近寄って来る聖女。


「これは、聖女としての――人類としての姿勢の問題だ」


 強い目だ。

 しかし、ゼノンとてそんなものに怯むつもりはない。


「はん。――そういうのは、おまえらB級ヒーローごっこサークルの仲間内でやっとれ」


 凶悪な薄ら笑いを浮かべて、いかにも小馬鹿にしたように言ってやる。


「んな……っ!」


 エクスシアは気色ばむ。


「三界の戦なんぞ、神が勝とうが魔神が勝とうが人間が手の平の上で踊らされとるのはなぁ~んも変わらんではないか。勇者も神官どもも、外道の魔導師も邪王の類も、デカいツラして舞台のド真ん中でアホ踊りをさらしてわしら一般人にとっちゃあ大変迷惑な連中じゃ。熱苦しい顔で近寄ってくるでないわばぁ~か」


「なななな……なんっっ……ってひねくれた子だ! 神々、特に人類神は人間の営みを司る神格なんだぞ! その行いはあまねく人類の救済の為、彼らの下した我らの使命も同様だ!」


「はぁ~? そんなん誰も頼んでないんですけどぉ~?」

「そんな事はない! 悪に虐げられる民はこの世界の至る所で救済を待ち続けている!」


「じゃっからおまえらはB級ヒーローごっこサークルじゃっちゅーんじゃ。〝救い〟なんちゅーあやふやなモンがお山の大将の一匹や二匹ブチのめした所で実現なんぞするか。お前らがしとるのは、悪い奴らがいなくなればみんな救われる、幸せになれるっちゅータチの悪いプロパガンダを喧伝して自分たちに不都合な国々に介入して回るっちゅー、それはそれはタチの悪い神々と大国の都合による侵略行為じゃ。ことさらにタチの悪いのは、お上の上っ面を鵜呑みにして救世主ヅラで周りに迷惑を振りまくおまえらみたいな連中じゃ」


「ぐがっ……んぬぬぬぬぅ……」


 エクスシアは、白い顔を真赤にして唸りだすと、


「あなたは本当にイヤなやつだな! なぜか分からないが、初等学校時代の、おとなしくて気弱そうな顔の裏で担任の弱みを握ってサボりに買い食いありとあらゆる校則違反をやらかしたクラスメイトのシンシアさんを思い出す!」


「おまえも、初等学校時代、わしが退屈でクソつまらん神学の講義を抜けて中央通りでも一番美味いと噂なのに放課後にはいつも売り切れててめったに食べられん、数量限定さくさくとろふわマカロンの屋台に向かおうとするのを執念深く邪魔してきたクラス委員長のマーシャにそっくりじゃっ! ――その上貧乳ときた! おまえはもっともわしの興味を引かないタイプの生命体じゃ!」


「ひんっ……ひ、人の身体的特徴をあげつらってはいけないと学校で学ばなかったのか!」

「学習で(巨乳が好きという)本能は御せんわぁっ!」


「えらそうに言うなぁっ!!」


 ぐるるるる、と少女二人は唸り声を上げておでこをがつがつぶつけて威嚇し合う。

 それに飽きると、エクスシアは、ゼノンに指を突きつけ問いただしてくる。


「そもそもなんであなたは魔人と一緒にいたんだ! さっきの口ぶりじゃ魔神を崇拝する外道の魔導師ってわけじゃないんだろう!?」


 別にこの女にそれを言ってやる理由はない。

 ないが、隠し立てして〝その事〟がやましいと欠片でも思わせるなどもっとあってはならない話だ。

 ゼノンは叫ぶ。


「旦那さまといっしょにいるのはお嫁さんとして当然じゃろーが!」

「よっ、よめっ!?」


 唐突に突きつけられた言葉に、エクスシアは初めて怯んだ。


「そーじゃ! あいつはわしの好き好き大好き超愛してるだーりんさまじゃ!」

「ばっっっっっかじゃないのか! 魔人と人間が結婚なんて聞いたことない!」


「おまえの浅薄な知識と経験なんかより世の中はぜんぜん上を言ってるだけですぅ~!」


「へっ!? け、けいけんってまさか」

「ばっ、今のは一般論だしっ! そういうのは……未成年だし……わたしの身体もぜんぜんだし……」


 唐突にシモにそれた話題に、少女二人はのけぞって赤面し合う。

 誤魔化すように、ゼノンは声を張り上げた。

 

「と、ともかく、ないならないでかっぷる成立第一号って事で歴史に名を刻むだけの話じゃもん!」

「刻まれるのは悪名だろっ! あ、あなた、見たところ相当いい所のお嬢さんだろう!? 着てるものとか、言葉の発音でわかるぞ。親御さんに迷惑がかかると思わないのか!?」


 あちらもあちらで、会話しつつもゼノンの事を観察して正体を探っていたらしい。

 少しは世間ずれしているようだ。


「……おまえの知った事ではない。――物事には優先順位がある、それだけの話じゃ」


 声のトーンが自然と落ちるのを感じながら、ゼノンは答えた。

 そして。


「じゃから――おまえを利用した」

「? ――っ!?」


 その言葉に言及するより早く、エクスシアは彼女から見て右後方へ振り返った。

 さすが聖女、正解どんぴしゃの方角だ。


 彼女の見据える空間が、「ぐるり」と歪む。

 中から、黒い瘴気を先行させて浅黒い腕が伸び(きた)る。


 肌のひりつく、毒の熱風じみた呪いの魔力。


「――見つけた、ぞ」


 妖書館主王ネイラが、獲物の匂いを嗅ぎ取るように、瞼の閉じた顔を異空間からまろび出させる。

 その圧倒的な妖気から目をそらせずに、エクスシアはゼノンへ声だけ向ける。


「……謀ったな」


 邪魔の入らない状況でヴェルと再戦したがっている彼が、最大の脅威であるエクスシアを第一の標的にするのは分かりきっていた。

 ゼノンは、彼女の意識を会話に割かせる事で気配隠蔽系の秘蹟の行使を忘れさせ、エサとしてネイラを誘い込んだ。


「やはりあなたは、魔人の、」

「なぁにを勘違いしとる」


 怒りを込めて言いかけた彼女の言葉を遮り、ゼノンはその隣に並び立った。


「おまえに仕事をさせてやる、B級ヒーロー。――わしと組め。ここで、やつと決着をつけるぞ」


 まったく、エクスシアと同じ場所に転移させられたのは僥倖だった。

 上級魔人と対等に戦える手駒がいるのなら、光明も見えてくる。


「本気か……? やつと対等の存在と戦ったことがあるけれど……わたしの仲間の、人類最高の魔導師でも、魔王――最上級魔人とは、力の差があった」

「なら問題ない。――わしは、最高以上じゃ」


 自己暗示の再現する魔導王ゼノン・グレンネイドはそう告げる。


(死ぬかもしれない)


 少女メルティスの本心は、そう告げる。

 しかし、どちらの意志も合意して、この状況を形作った。


(あのひとが、力を出せないなら……こいつは、わたしがなんとしてでもここで止める。これ以上先に行かせやしない)


 彼女は既に、この恋に命を賭けると決めているから。

 

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