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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第三章 降臨! 氷獄の魔神
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16.腹黒恋愛脳魔導王&KY委員長聖女の死闘 ①

 ゼノンが飛ばされたのは、霊山の南西側のルートの麓付近。ほぼ傾斜のないなだらかな雪原だった。

 彼女は知るよしもないが、東側ルートの氷壁に飛ばされたヴェルとは違って、山腹に進んでいく道筋はさして困難でないように見える。


 一見して。


「……《観測子鬼オブザベイション・エレメンツ》」


 魔法を唱え、観測用の小精霊を喚び出し、周囲の情報を解析する。

 得られた観測結果は、あまり面白くない材料が揃っている。


(……空間が歪んでる)


 高位の魔人や魔導師がよくやる欺瞞工作だ。定められたルートを選んで進まない限り、決して前へ進めない。

 厄介な事に、空間の湾曲が流動的で安定していない。ルート解析は非常に困難になるだろう。


 魔術的な迷路のど真ん中に放り出された、というわけだ。


(大失態、だ……!)


 小さな拳を雪原に叩きつけて、彼女は歯噛みした。

 先の戦闘は、ゼノンにとって屈辱の極みだ。


 何一つ介入できず、最後にはまんまと罠に掛かって仲間と引き剥がされてしまった。

 あの時彼女は、五感系、第六感系を魔法で強化して万全の態勢で備えていた。


 だと言うのに、ヴェルの初撃が一切観えなかった。

 現世の少女メルティスは、ヴェルの戦闘を肉眼で初めて目の当たりにしたが――到底、ついていける領域に無かった。


 しかも、前世での過去の戦闘の記憶からして、彼はまるで力を入れていない。


(本気のヴェルさまは、もっと、こう、超かっこいい七段階変身とかしてたし!)


 魔力の出力に合わせて、それに適した形へと、霊体に織り込んだ実体を解放していくのが、本来の魔人王ヴェルムドォルのスタイルだ。

 現在はほぼ基底状態の魔力で戦闘している。


 眠りながら戦っているのに等しい。

 その彼にすら遅れを取っているのだ。


 一切、助けになれなかったのだ。

 その結果が、彼の右腕の喪失だった。


(ゼノンなら)


 魔導王ゼノン・グレンネイドなら、そんな無様を晒す事には絶対ならなかった。

 あの、異常な魔道の技術と豪放磊落な気性で偽装した裏の、悪魔のようなクレバーさを持つ男であれば、この程度の苦境は簡単に切り抜けられただろう。


 つい先日までは、自分がそうなる必要はないと、力を持つ味方をつくればいいのだと思っていたが――なんと悠長な事を考えていたのか。

 妖書館主王の発言を思い返す。


 ――その程度の魔力しか載せられん拳では、たとえ当たってもワタシの霊体までは砕けんぞ。オマエが魔力を練り込める身体に戻っていたのなら、命を賭して足止めするつもりですらいたが――このザマでは、杞憂であった。


 その言葉が、何を意味するのか。

 そもそも――いくらあの男が魔神に強化された超上級魔人とは言え、少女メルティスの知る二百年前のヴェルの実力なら、相手にならなかったはずだ。


 魔力を練って、肉体を変成させれば初撃で終わっていた。

 そうしなかった理由はない。


 あなどっていた訳でもないだろう。ヴェルは敵の実力を見切る事にかけては正確無比である。


(魔力を練れない身体になっている、ってこと……? でも、コール・ノットマンやロンメオ・ザイフリートの時はいくらか力を解放していた……)


 もっとも、コールの時は、少女メルティスは瀕死の重傷を負って気を失っていたのでその姿を見れてはいなかったのだが。


(何か、制約があるの……? でも、それをわたしに教えてくれないのはなぜ?)


 その、合理的な理由は思い当たらない。

 そんなハンデを事前に知っていれば、もっと対策が取れたかも知れないのだ。


 ――信用されていない、という事なのか。


(浮かれてたのかな……)


 横っ面を思い切り張られた気分だった。

 押しかけて、食事の要らない、病気もしない魔人を相手に家事をやってお嫁さんみたいな顔をして。


 好きだと、結婚してくれと言うのも、合わせてくれただけなのかも知れない。

 本当は、迷惑がっているのかも。


 そう思うと、そのまま雪原に立ち尽くしてしまいたくなる。

 けれど。


「……行かないと」


 少女メルティスは一歩、歩み始める。

 ヴェルが本来の力を出しきれないのなら、一人になどさせておけない。


 今の彼女が、彼らの戦いについていけるレベルに達していなかったとして、なんだと言うのか。

 力の差で勝敗の決まる正攻法(王道)など、魔導師にとって下策も下策。


 遥か格上の敵を制してこそ、魔道の本懐というものだ。

 前世の魔導王ゼノンは、幾人もの弟子にそう教えていた。


 至高の魔導師の魔力と魔法どころか、その教えまで、どんな弟子よりも遥か膨大な量で記憶に詰まっている。

 これ以上の高望みは、贅沢にも程があるというもの。


「今のわたしにだって、出来る事はたくさんあるよ、絶対……待ってて、ヴェルさま……」


 観測精霊を呼び出し、空間湾曲のポイントを見極めながら山腹まで進むルートを探っていく。

 その時だった。


「――ぐえ」


 カエルの潰れたような悲鳴をあげて、どちゃり、とゼノンの真ん前の雪原に落ちた物体がある。


「いたた……なんたる奇妙奇っ怪。横に落ちたり上に落ちたり、落ち着かないにも程があるじゃないか……ようやく地面にたどり着いたぞ……」


 顔の雪を払って、その物体は立ち上がる。

 先程ネイラと互角に渡り合った特攻ぶっこみ聖女。


「む、確かあなたは、オヤシラズさまと一緒にいた魔導師じゃないか」


 その姿は、一糸まとわぬ全裸であった。


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