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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
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6.復活した魔人王は、いかにしてアニメTシャツを着るようになったか ③

 魔人王の居城は二百年後も変わらず、そこに存在した。

 北海の瘴気流に侵された魔大陸、その中枢。


 魔素が濃く、もっとも魔に属する生命体が活発になる場所の一つだ。

 その中心にある巨大な城の玉座の間に、ヴェルと配下たちは転移したが――


(……む?)


 石の床を踏みしめた瞬間、身体に重みを覚える。


(封印を破るのに、魔力を使いすぎたのか……? いや、二百年ぶりの惑星の重力だからか……? しかし何か、妙な違和感が)


 疑念を浮かべ、それが形にならない内に、


「――ヴェルムドォルさま!」


 砂糖菓子のように甘い声音が、自分を呼びかけるのを聞く。

 玉座に続く絨毯を歩み寄ってくる、可憐な少女――二百年経っても、その容姿にはなんら衰えがない。


「おお……シェリエル」


 ヴェルは、緊張に喉を震わせつつ彼女の名を呼んだ。

 妖精公主シェリエル。


 桃色の花をつける美しい樹木の精霊と、ハイエルフのハーフ。

 魔人の類ではなく、大きな力を持つ存在でもない。

 しかし、その可憐さ、永遠の美しさゆえに地の魔神に囚われていた美姫である。


 魔神を滅する際に救い出した彼女は、以後魔人王に付き従っている。

 彼女の親族である千年桜花林の下で、その美しい少女を見初めて以来、ヴェルは彼女に淡い想いを抱いていた。


 抱き続け、伝えられずにいた。

 いつまで経っても伝えられなかった。


(しかし……)


 それは怯懦なのだと、二百年の孤独から思うようになっていた。

 伝えるべき思慕は、口にしておくべきだった。


 また戦いにその身を投げうつのが魔人王の宿命とあらば、なおの事だ。

 彼女を前にして、その想いは一層激しくつのる。が。


(いやいやいや、今はまずいだろう!)


 全裸の男に告白されるとか、どういう罰ゲームだという話だ。


「あなたのご帰還を、心待ちにしていました!」


 歓喜の声をあげて駆け寄ってくる彼女に、喜びを覚えつつもヴェルはそれを制止する。


「ま、待て、シェリエル。今の我の姿を見よ……いや、見るな!」

「どっちですか!?」


「と、とにかく、今はこの場から出ていてくれ」

「そんな……わたしの事を、きらいになったのですか……?」


 細くささやくシェリエルの目尻に、輝く涙が浮かぶ。

 精神体が揺らぐ程の罪悪感を、ヴェルは覚えた。


「ち、違う! そんな事は、決して……ただ、着替える時間が欲しいのだ! 我は今全裸であるがゆえ!」


 魔人王は正直に言った。

 が、


「そんなこと些細なものです! もう待ちきれない! わたしに、想いを遂げさせてください!」


 と、シェリエルは裸の魔人王に抱きついてきた。


「ちょっ」

(や、ややや柔らかすぎるぞこの手のひら! っていうか今の思わせぶりな台詞はなんなのだぁっ!? もしや、シェリエルも俺を……!?)


「し、シェリエル! 頼む、服を着させてくれ……こういう事はやはり段階を踏むべきというか、男の俺から言わせて欲しいし、」

「――いいえ、服を着ていないのがいいんです」


 胸にすがりつき、表情の見えないシェリエルの甘い声が、急に冷却されたような響きを帯びた。


「シェリエル――?」


 問いかけようとした瞬間、胸を貫く激痛が走った。


「だって――素肌の方が、刺しやすいもの」


 一歩、二歩と飛び退いた彼女の手のひらは、血で濡れている。

 蒼い――魔人の血液だ。


「づあッ!」


 激痛が肉の脳を焼き、ヴェルは胸元を確かめる。

 黄金の、装飾の施された刀の柄が生えている。刀身は根本まで彼の心臓に潜り込んでいた。


(俺の肉体強度を突破して……精神体まで貫通している! ただの刀ではない!)


「地の魔神の宝刀アスタロト……アンタが魔神をぶちのめした後にガメた宝の売れ残りよ。足がつきそうだし、持て余してたんだけど……二百年経ってようやく、良いィ使いみちが見つかったわ。あの爺さんも復讐を遂げられて喜んでるかもね」


 キャハハハ、と手を口元に当てて笑うシェリエル。

 かつて一度も見たことのない、酷薄な笑みだ。


「シェリエル……なぜ」

「ぷはっ……「シェリエル……なぜ」って、ホント笑えるよね、アンタ」


 くすくすと、こらえきれないような嘲笑を漏らして彼女は言う。


「さっきはなァに期待してたか丸わかりだっての! 力ばっかり強いウブなガキって、本当に扱いやすいわよね。ちょっと勘違いさせる事言うだけで、あっさり惚れてくれるんだもん――でもザンネン、アタシ、アンタみたいな地獄バカが、ドワーフ製の(まさかり)より大ッ嫌いなのよねぇ」


「ぐ……」


 激痛に膝をつきつつ、羞恥に顔を染めるヴェル。

 裏切られたのか? あるいは――精神操作か偽物という線も考えられる。


「魔将よ! シェリエルを捕縛しろ! 決して殺すな!」


 ヴェルは配下に指示を飛ばす。

 シェリエルは、よりいっそう嘲笑の刻む皺を深くした。


「ホント、アッタマ悪」

「?」

「魔人王様」


 気づけば背後に魔将の一人が立っている。


「ゴォラベルカ、我の傷は捨て置け。まずはシェリエルを――」


 魔将は、身体を構成する岩石を再錬成し、退魔銀のハンマーを作り出してヴェルを打ち据えた。


「ぐがッ!?」


 渾身の一撃をうけ、ヴェルの身体が床を砕いて沈み込む。


「何を――する」


 ケィルスゼパイルが、倒れ伏したヴェルを冷たい視線で一瞥し、


「まったく、永遠に封印されたままと思っていたが……なんたるしぶとさ。おかげで、余計な手間がかかる。マイルゲィリトイルセル」

(りょお)……(かぁい)


 水の魔人が放った高速の水流に、ヴェルの地を掻いていた左腕が引き裂かれた。

 激痛に身を捩りつつも、その場から跳躍し首を刈ろうとした追撃を避ける。


 腕を再生させつつ、ヴェルは問いただす。


「貴様ら、なんのつもりだッ!!」

「いやはや、信じらんねェナ、魔人王サマ」

「ごぶっ!」


 ラガヅの灼熱の拳打を背面に受けて、ヴェルは吹き飛ばされた。


「この期に及んでまだ「なぜ」が出るのかヨ? 最強の魔人ってヤツぁ、呆れる程のニブさだな、それとも余裕カ? えェ?」

「裏切る、気か? まさか……我らは五十年の間ずっと」


「――その四倍の時が経った事を、まだ実感しておられぬようですな、ヴェルムドォル」


 緑髪の魔人が、冷徹に告げる。


「あんたが二百年間惰眠を貪っていた間、情勢は大きく変わった。神界は天使を頻発に遣わし、人間を従属させ物質界の完全教化のために動き始めた。この危機に、いと高き方々は我々の罪をお許し下さったのだ」


「お、お前たち! 魔神の軍門に下ったのか!?」


「ここに着た時、不調を感じなかったか? 今の魔王城は魔神の影響下で、あんたの能力を減衰させる邪氣が満ちている。あんたほどの力を封じる環境なら、属性の異なる我々とてまともに動けはしない……我らは、再び造物主の力を頂いた」


「馬鹿なッ!! それでは……元の木阿弥だ! 貴様らは我らの戦いを無為にした!」

「いいや、無駄なんかじゃなかったさ。我ら力ある魔人は魔神の恩寵により魔王の称号と力を手に入れた。今や我々はあんたと同等なんだよ」


「功名と力をエサに踊らされているだけではないか! そんなもの(・・・・・)に縛られぬための、我らが戦だったはずだ!」


 今の人界――物質界は、魔神と神々の勢力争いの舞台だ。

 そこに存在する生命体の属性(アライメント)が悪に傾けば魔神が恩恵を受け、善に傾くなら天上の神々が潤う。


 彼らは各々物質界に干渉する端末として、魔人と天使を作り、己の意のままの世界を実現させようとする。


 現在の物質界は、人類神が支配的であるがゆえに人界と呼ばれている、といった具合だ。

 この世界で、魔人も、天使も、人間も、獣も、植生も――ありとあらゆる生命が神の都合で戦わされる遊戯の駒に過ぎない。


 許せなかった。

 己が何者かを他者に決められ、その通りに動かされる事が。


 自由なものになりたかった。

 その為の戦いだった。

 それを――


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