15.魔人王vs貧弱似非ロリ社長 ②
「へへぇー」
洗練された舞踏の如き、滑らかなDOGEZAをヒナは敢行した。
「かの伝説の魔人王様とは露知らず失礼なマネをばいたしました事、平に、平にご勘弁下さいませぇー! あっしは草履の裏にへばりついたアリンコの如き木っ端者にござりまするぅ~!」
卑屈さが磨き抜かれている。先日ヴェルや吟人がやったDOGEZAとは格が違う、迫真の謝罪スタイルであった。
明らかに見た目通りの年齢ではない。
しかし傍目には幼女に土下座させている男の図である。
雪山に人知れず築かれた秘密基地でなければ通報モノの光景だ。
だが、相対する男は彼女の言う通り魔人の王。
「そうか。で、今生の別れを告げたい者がいれば言うがいい。俺が代弁してきてやる」
「冷酷ぅー!」
殺害した相手の知人にわざわざ死亡通知を入れにいく面の皮の厚さは明らかに人類の枠外にある。
「当然だ。アカウントを盾にとってユーザーを脅迫するなど、企業倫理の薄い事甚だしい。あの通知から数日間怨念と共に練りに練り上げたコンプライアンス拳を喰らって散華するがいい」
「あばばばばば」
ガタガタと震えながら、圧倒的強者のオーラを放ち全力の殺意を自身にロックオンする青肌アニメT男を見上げるヒナ。
しかし彼女は、死地を脱する小動物の凄絶な嗅覚を発揮した。
ヴェルの、凄まじい切れ味の刃物で切り裂かれたような滑らかすぎる右肩付近の断面と、ぞんざいに廊下に放り捨てられた右腕を発見する。
「こっ、これはてえへんだー! 立派なおててがわやですわー!」
「さっきからどこの言葉なのだ? それ」
「い、今すぐお繋ぎさせて頂きまさぁー」
と、ヒナは右腕を拾ってきてヴェルの元に戻ってくると(逃げようとすればむしろバッドエンド直行なのはゲーマーの直感で悟った)、断面にかかっていた呪いを解呪して切り離された腕と接合した。
ほぼ一瞬の間の出来事である。
「ね、ね? 便利でしょ? 使えるでしょ? 一家に一台必要なボクでしょ? 生きているとオトクな子ですよおにーさん。ね、ね~?」
猫背ですりすりゴマをするヒナ。
「わざわざ貴様を殴る腕を治してくれるとは、気が利くではないか」
「無慈悲ぃ~!」
「なに、一発だけだ。一発殴るだけで勘弁してやる」
「なんか十三分の十の死亡率を予感する台詞ぅ~!」
ごきり、と弾丸の装填の如き骨の音を鳴らし右腕を隆起させるヴェル。筋繊維の一本まで魔力に満ちた豪腕である。
タブレット端末を抱えるだけで腕に乳酸の貯まる運動不足貧弱児のヒナなどがこんなもので殴られたら、十三分の十と言わず、死亡確定である。粉微塵になって欠片すら残らない自信がある。
「お、おおおおおたすけぇ~!」
壁に張り付き涙目で、この世の未練(預金、積みゲー、撮りためたアニメ)を想う彼女。
「……ふん」
と――その辺りで脅かすのを切り上げて、ヴェルは拳を引っ込めた。
「あれ……許してくれるの?」
「別に、貴様を殴るのがここに来た目的ではないからな」
むろん、アカウントは元に戻しておけと釘は刺しておく。
一にも二にもなく、ヒナは首を縦に振る。
ヴェルは立ち去ろうとしかけるが、ふと思いついて振り返った。
「しかし貴様、今の解呪、大した腕だったな」
繋いだ右手の指先を顎に当て、ふむ、と唸る。
その動作にも違和感がなかった。
大した腕、というレベルではない。この右腕に呪いをかけたのは今や十尊の魔王にまで数えられるようになった男なのだから。
解呪に長けた人類最高峰の神官でも、十人ばかりが束になり命まで削ってようやく解けるかどうか。
「い、いやぁ……この呪いかけたの、あの眼球ステッチと刺青が最高にロックなガングロスキンヘッドさんでしょ?」
「まぁ、そういうと何かすごいカッコいいもののような気もするが……」
ネイラの容姿を思い浮かべ、なんとも言えない表情をするヴェル。
しかし、よく分かったものだ。
「そりゃあ、こんな幅ウン百キロの細密画って感じの構造で呪術を組める魔人なんて妖書館主王くらいのモンだし……アイツの術式、精密で情報量多いけど、一分の狂いもなく理路整然としてる分スパゲッティコードよか解きやすいよ」
「スパ?」
「業界のジャーゴンってヤツだよ、お兄さん。こちとら、マッハいくらで飛んでくる火の玉とか雷は苦手だけど、この手のパズルは得意なのさ」
そう告げるヒナの瞳は、妖しげに閃き――幼女らしからぬ理性と智慧の色合いを帯びる。
「変わった魔技を持っている」
「魔技じゃないさ。魔法のたぐいだよ」
「……? 魔人ではないのか? 貴様」
――魔人は魔法を使えない。
それは、この人類種が魔神によって方向性を定められて作られる為だ。
特化した肉体、霊体の機能、それにより行使される技術群を魔技と言う。
それに対して、魔法は、人間が魔人を敵、あるいは取引相手として関係を持ってきた歴史上のある時点で、魔技を模倣する手段として作られた。
自身の霊体、あるいは自然界の精霊に働きかけ、魔人の技に迫る方法論。
つまり魔法である。
前者が岩を砕くのに素手を用いるようなもの、後者は岩を砕く道具を作るといった所か。
両者の力関係で言えば、基本的に魔人の使う魔技の方が圧倒的に強力だ。魔人の肉体は元よりその力を振るう為に作られているのだから。
しかし、汎用性と伸び代で言えば魔法は大きな可能性を持っている。
岩を砕くのにナイフとフォークで臨む阿呆もいれば、剣を作ってへし折る者――ドリルを作ってあっさり目的を遂げる者。
あるいは、岩をも砕くナイフとフォークを創造する規格外の化者。
その多様性を思えば、あるいは優れているのは魔法と、それを扱う人類の方なのかも知れない。
どちらにせよ結局、個人の努力とセンス次第でどうとでもなる、と言ってしまうと身も蓋もないが……
――脱線したが、魔人は、その強力に特化した肉体機能ゆえに魔法の行使に不具合を起こすのだ。
この制約は、あらゆる魔人に共通したものだ。
「やー……その、ボク――ハーフなんで」
猫背のまま、気まずそうに目をそらし、ヒナは言った。
「人間との間に生まれた半魔人、という事か? ……初めて見るな」
「ふ、ふつういないっしょ……人間なんかとくっついて、子供まで産んじゃう魔人とかさ……」
「……む」
図らずとも、自分の行状を否定する発言にヴェルは眉をひそめた。
「べ、別にボクの生まれの話なんてどうでもいいじゃん……とにかくボクは、この半端な人間要素のおかげで魔法も使えるワケ……半端な魔人要素のおかげで精霊ちゃんとうまく噛み合わないから、もっぱら道具の補助に頼るんだけど」
生身で満足に魔法を使えない――代わりに、特異な解釈と表現でそれを行使する。
魔人の一点豪華能力構成と人間の汎用性を併せ持つ存在、といった所か。
ゼノンが手放しに褒め称え、今しがた呪詛の第一人者とも言える存在の呪いをあっさり解除してみせるほどの才覚。
顎に手をやったまま、ふむふむと唸ってヴェルは直感した所を告げた。
「貴様、この魔神降臨騒ぎに相当深く関与しているな?」
「ぴょっ」
ぎくり、としたようにヒナは妙な悲鳴をあげた。
「なななななな、なんの事でせう」
「自殺願望があるなら別に喋らんでもいいが」
「いえっさー! お尻の毛穴の数まで白状させて頂きますサー!」
腕をぐるぐる回すと、彼女は背筋をピンと伸ばして敬礼し語り始める。
「ええっとぉー……ウチは魔力を通貨代わりに頂いてるのはご存知かと思うんですけどぉ……お客様のご愛顧により、相当貯蓄も溜まってましてぇ……」
「どれ程のものなのだ?」
「だ、だいたい上級魔人百人の一年分の活動に相当するんじゃないかとぉー」
「それは大したものだな」
「へい……」
もじもじと頷くヒナ。
「で、そこをあのケィルスゼパイルとかゆー根暗な緑に目ぇ付けられましてぇ……魔神降臨の儀式のエネルギー源にするとか……ボク、魔人としちゃヒエラルキー最底辺なんで上の命令に逆らえないんですよね……」
「ヤツ如き、叩き殺して逃げればよかろうに」
そう何気なしに言うと、ヒナは恨めしげな目線を送ってきた。
「そ、そりゃあ、伝説の魔人王さんならそれくらい楽勝なんだろうけど……ボク、戦闘能力皆無だもん。それに、こんな身体抱えて魔人の制裁から逃げ続けるとか不可能だし」
「どういう事だ?」
「……半魔人の一番の弱点なんだけど、ボク、魔力炉の出力激弱で……ふつうに生きてるだけで衰弱していくんだよね」
魔人の活動エネルギーは膨大で、とうてい食事などで賄えるものではない。
彼らは魔力をエネルギー源としており、それを生成する心臓、それをプールする魔人角という主要臓器によって生命活動を保っている。
「ふむ」
三重魔眼を開いてよく視てみれば、確かに身体を巡る魔力の流れが魔人としては脆弱過ぎる。角も一本しかない上小さく、容量もそれ相応だった。
実際、このアンバランスさでは、まともに生きてなどいけないだろう。
「そもそも魔力を貨幣として受け取るビジネスなんて始めたのは、生きてく為の魔力を他所から頂くためで……安定供給する伝手が出来る前の生活は、そりゃあヒドいモンだったよ。物乞いみたいなマネして、何度も死にかけて……」
「貴様の人生には興味がない」
「ばっさりー!」
冷酷で無慈悲なヴェルの発言に、ヒナはめそめそした。
「ひどい……」
「知るか。――一つ疑問がある」
「なんですかぁ……?」
「上級魔人百人分と言ったが、その程度で魔神を人界に呼び込む事など出来ないはずだ」
このアジトに侵入した時、懸念した通りだ。
確かにその魔力量を溜め込んだのは大したものだが、魔神なる絶対存在をこの世界に召喚するとなると桁が二つ以上足りない。
単純な話、そんなもので魔神をデリバリーできるなら上級魔人が百人揃って一年間山に篭っていればいいのだ。現存する上級魔人が数少ないにしても、それくらいの頭数はいるはずだ。
むろん、神界の勢力もそうした動きには敏感で、すぐさま妨害に飛んでくるだろうが……
人界に魔神が降りた事など、三層世界始まって以来一度しかないのだ。
それだけの大事を成すには、何か、尋常でない要素が絡んでいる必要があるだろう。
ヴェルは、目の前のこの似非幼女がそれだと睨んでいる。
「どうなのだ?」
「うう……じ、実はぁ、低エネルギーでも実現可能な魔神降臨の儀式魔法って事でボクが提案しまして……」
金色に輝く三つ目の圧力に負けて、ヒナはゲロった。
「氷獄の魔神と同属性の、霊山の氷精の魔力を呼び水にして、まず半身だけ呼び込んで定着させたら、後はその非常識にデカい霊的質量をもう一度呼び水に同じ事を繰り返して、残りの半身を引き寄せるという、まぁ、そんなヤツでして、はい」
「それで、魔神を呼び込めるものなのか?」
「まぁ、計算上、まず確実に」
そうさらりと述べるが――そこに、幾多の名だたる魔人がやろうとして出来なかった偉業に対する気負いはない。
ただ、可能だという確信だけがある。
どうも、この似非幼女、有史以来の天才という奴かも知れない。
「で、でも、それも最終調整までボクが面倒見てやっとって話だから……いよいよって時に、隙を見て逃げてきたんだ」
「? 貴様、魔人の癖に魔神降臨に乗り気でないのか?」
「当然じゃん。魔神なんてのが降りてきてアポカリプスナウな修羅の国でボクみたいのが生き延びられるワケないし……」
びくびくおどおどとしながら、ヒナは頭を抱えてぶんぶんと振る。
「うあぁ……結局追っ手から逃げるのは変わんないし、余計恨み買って状況悪くしただけだぁ……」
「ついでに言えば、これだけの大事をしでかしたのだから神界にも目を付けられるだろうな」
どうもケィルスゼパイルは神々の手勢に伝手があるようだから(以前ヴェルも情報を流された)、あっさりヒナを売るだろう。
「泥沼ァーッ!」
ぎゃー、と彼女は地面にもんどり打って、廊下の壁に後頭部を打ち付けて身悶えた。
うるさい幼女である。
「では、俺は帰る」
と、ヴェルは逆方向に向けて歩き始める。
自分を振り回した相手のしょうもない裏事情を聞き取った以上は、ここに用はない。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよおにーさーん!!」
そこにヒナがすがりついてきて、ジーンズの裾にへばりついた。
「ボクも一緒に逃してよー!」
「なぜ俺がそんな事をせねばならん」
「ボクがいなきゃ魔神降臨は防げるって事を説明したくてあんな長話したんじゃん!」
ヴェルは「ならここで貴様を殺せば問題は解決だな」と言ったらどう反応するかちょっと試したくなったが、余計鬱陶しくなりそうなので止めておく事にした。
「知ってるよ! 魔人王はケィルスゼパイルに裏切られて死にかけたって! 憎いあんちくしょうの鼻をあかしてやりたいでしょ!? 得意絶頂の今ハシゴを外してせせら笑いたいでしょ!? 想像しただけでほくそ笑んじゃうでしょ!? ホントはその為にここに来たんでしょ!?」
「貴様、性格の悪い奴だなー……」
足元でちょっと貰い笑みしているヒナに、ヴェルはちょっと引いた。
「今更奴の事なぞ知るか。俺がここに来た目的は復讐ではない」
「じゃあなんだってのさ! 他にこんな雪山くんだりに来る理由ないでしょ!?」
「……どちらにしろ、今はそれどころではない」
こんな所でまごついている暇はないのだ。
ネイラの目的は各個撃破だ。戦力になりそうなメンバーを殺して、外堀を埋めていってからヴェルに挑む腹積もりだろう。
今しがた拳を交えた感触から言って、現世のゼノンでは手に余る相手だ。
奴がゼノンを見つける前に合流しなくてはならない。
「ついて来るなら勝手にしろ。俺は妻を探すのに忙しい」
そう告げると、ヒナはヴェルにしがみついたまま、きょとんと呆けた顔で。
つぶやいた。
「……妻ぁ?」




