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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第三章 降臨! 氷獄の魔神
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14.魔人王vs貧弱似非ロリ社長 ①

 現在ヴェルたちのいるメイトシェラ霊山の標高は、五千メートル程度。

 八千メートル峰が数多く存在し、中には一万メートルを越えるものすらある西方大陸の山々の中ではさしたる高さではないが、東側のルートは非常に急峻な地形であり登攀は不可能とされる。


 特に山頂付近はおよそ一千メートルに渡ってほぼ垂直の氷壁がそそり立っている。

 ――ヴェルは、その氷壁のてっぺんから数十メートル離れた空中に強制転移され、自由落下している最中である。


「……尻が、冷えるな」


 空中であぐらをかき、高空の冷えきった空気を尻でかき分け落ち続けながらヴェルはつぶやいた。

 この即死確定のフリーフォールに参加しているのが、彼たった一人であるのが幸いか。


 いや、ゼノンやリューミラならば飛行する手段を持っているから対処は容易だっただろう。

 吟人も、懐の毛玉がいるなら生き延びられたか。


 飛べないのはヴェルだけである。

 厳密には、基底状態から遷移して肉体を変成させれば翼の一つも生やせるのだが……


 条件が足りない。

 一人では(・・・・)もえないのだ(・・・・・・)


 とは言え、別の手段も思いつかない。

 ザイルとハーケンさえあれば、氷壁に引っ掛けて難を逃れられるだろう――先程のコスプレ衣装のように、簡単な道具を作れる技術が魔人にはある。


 しかし、それは無から有を生み出しているのではなく、自然界の精霊の精気を練り上げて物質化しているのだ。

 ヴェルは地の魔神の子。


 ぶっちゃけてしまえば、地に足がついていないとその手の技を使えないのだ。


「どうしたものか……」


 などと思っていると、視界の端に青い丸太の切れ端ぐらいの太さのものが同時落下しているのを発見した。

 さっき切り落とした自分の右腕である。


 どうやら転移罠の魔法的なアルゴリズムが、切り離された腕も同一存在として認識して一緒に飛ばしたようだ。


「おお」


 ちょうどいい。こいつを使おう。

 そう腹を決めるなり、ヴェルは腕を拾い上げて自分の髪の毛を数本引きちぎって、左手で器用に結び、腕にくくり付けた。


 硬直した指を無理やり貫手の形にする(指の骨がぼきぼき言うが気にしない)。

 その間ゼロコンマ何秒かといったところ。


 そして。


「ぬぅんッ!!」


 右腕を思いっきり氷壁に向けて投擲する。

 指先が氷の奥深くまで突き刺さり、ロープ代わりの髪の毛を握るヴェルの身体を氷壁へと引き寄せた。


 いかにも魔人らしい、傍目に相当キモい脱出手段で事なきを得るヴェル。


「ケィルスゼパイルめ……相変わらず仕掛けが上手い」


 氷壁に張り付き、ヴェルは唸った。

 ネイラが漏らさずとも、先程の罠がかつての腹心の手によるものだとすぐに分かった。


 いかにも必殺めいた雪崩を囮にして、本命の空間転移への対策を遅らせる。

 ヤツらしい手札の切り方だ。


 この手の搦手はかかってから力任せに叩き潰してきたヴェルは、やはり今回もあっさりかかってしまった。

 現世のゼノンも、即対応はできなかっただろう。


 霊地の魔力を流用して規模を広くした魔法罠だ。影響圏内はこの山に限られる。

 彼女がメイトシェラ霊山のどこかに飛ばされたのは間違いないが……


(さて、戻って探すか、進んで探すか)


 一秒未満悩み、彼は氷壁に足を突き立て――登り始めた。

 ゼノンが当初の目的を放棄せずに動くなら、山頂付近まで調査を行いに来るはずだ。


 少なくとも性格上、後退するとも考えにくい……


(いや、そうでもないのか?)


 前世のイケイケ爺であったゼノンなら、深追い深入り上等じゃあとでも言って突っ込んでいったかも知れないが、今のゼノンは安全マージンを確保しない限りは動かないようにも思える。

 それが、実力に裏打ちされた行動理念の差なのか……


 どちらにせよ、頂上付近に来ているのなら、一度そちらまで登ってから下山がてら探していった方が見つけやすかろう。

 途中で右腕を回収し、ハーケン代わりに突き立てつつヴェルは氷壁をするする登攀していく。


 所詮人類仕様の秘境である。

 魔人王にとってはハイキング同然だ。


 降りかかる氷塊を軽く振り払いつつ、徒歩とそう変わらない速度で上り詰めていく。

 ――それが止まったのは、山頂まで五百メートル程度の地点だった。


「……む?」


 突き立てた右腕の手応えが、変わった。

 三重魔眼を励起させ透視してみれば、空間がある。


 加えて魔力痕跡も認められた。暖房系の魔道具の稼働に特有の波長……


(なるほど)


 ヴェルは両足を氷壁に突き立て固定すると、左拳を突き入れた。

 数メートルほどの厚みの壁に、人が通れる程度の穴が開く。


 身体を穴の中に滑り込ませると――そこは、岩石をくり抜いた通路だった。

 もちろん魔法かそれに類する技術で、地精に干渉して岩盤を掘り進めたのだろう。


 どうもケィルスゼパイルは、〝あくのひみつきち〟を作る趣味があったようだ。

 無論、地脈を利用して魔界と人界を繋ぐ経路を作る目論見もあるのだろうが。


 どちらにせよ、この山が魔神降臨の儀式の本拠地であるのは間違い無さそうだ――内部に侵入すると、膨大な魔力の胎動が感じ取れる。

 方向は下方。


 霊山の霊脈が集まる中央最下層の空間で、儀式は作動しているようだ。

 波長を観るに、人界に実体化しかけている――が。


(……〝抵抗〟を考慮すると、失敗するのではないか? これは)


 魔神降臨とは、小規模な世界を召喚するのと同義である。

 イメージとしては、ゴムボールの入った一つの箱に追加のゴムボールを入れ込むような感じだ。


 無理をすれば詰められない事もないが、半端な力では元のゴムボールの弾力に押し戻される。

 弾力に負けないだけの力――魔力量がなければ、魔神は人界に降りられない。


 それを為すには、この場の魔力は相当不足しているように思える。

 このままでは、失敗するだろう。


 だが――


(あの男が、初見で失敗すると看破できるような計画を立てるか?)


 かつて、その男を従えてひた走っていた時代を思い出し、首を傾げる。

 などと、物思いに耽っていると、


「ぐ る ぁ ぅ」


 怨念混じりの獣の唸り声。

 通路の奥から、四足の獣が鼻をひくつかせつつ近寄ってくる。


 赤い体毛、尾の毒針、獅子のような鬣を持ち、こぶし大の異様に大きな目がぎょろぎょろと耐えず蠢き、肉体の周囲には悪霊の霊体らしき薄もやがかかっている。


悪霊憑依・毒赤獅子ガイステッド・マンティコア》という高位の魔獣だ。


(まぁ、巡回くらいはいて当然か)


 そう思いつつ、ヴェルはいい加減鬱陶しくなってきたホッケーマスクを取り、ツナギに手をかける。

 水気が染みて脱ぐのに手間取っている内に、魔獣は彼に近寄ってきていた。


「がぁっ!!」


 咆哮し、飛びかかってくる魔獣。

 前脚を繰り出し、鋼鉄をも引き裂く爪が放たれる――


 その一瞬前にツナギを脱ぎ終えたヴェルが無造作に放った回し蹴りが、魔獣の頭部を炸裂させる。

 頭を失った魔獣は、着地してふらふらと数歩だけ前に進み、どうと倒れた。


「次回のコスプレはホラー路線以外にしよう。野暮ったいし」


 何事も無かったかのようにヴェルはそうつぶやくと、魔獣の現れた通路の奥へと進もうとする。

 と。


「――へ、へ~い、そこ行くお兄さ~ん」


 進もうとした反対方向、後方の通路の曲がり角から、甲高い声色で呼びかけられる。


「なんだ」


 振り返って、ヴェルは問いかける。


「お、驚かないんだ……」

「気づいていたからな」


 ヴェルの三つ目の視野に死角はない。


「そ、そっちは危ないよ~……見回りの魔獣がわんさか」

「だから行くのだ」


 警備の厳重な方に出入り口やらの要所があるのだから、脅威度の高い道を選んで向かうのは当然だ。

 逆に言えば、この声のする道にはなんの脅威も感じなかった。


「おぅふ……このとっぽい兄ちゃん世紀末覇王的にヒジョーシキなアグレッシブさをお持ちで……トラブルのスメルがプンプンするぜ……で、でも、背に腹は変えられないかぁ」


 何やらぶつくさ言った後、声の主は顔を出して問うてきた。


「あ、あの、お兄さん魔人っぽいけど、あれ? 魔界のドロドロ権力闘争で派遣されてきた始末屋的エージェントのお方ですか?」

「全然違うが……」


 などと受け応えつつ、相手を見下ろす――やたらと小さいのだ。

 見かけを一言、端的に言い表すと引きこもり属性を山程搭載した幼女だ。


 ゼノンと比べても二回りは低い背丈。床に付く程長い薄い紫色の髪、分厚い瓶底眼鏡、数年日光を浴びていなさそうな白い肌。


 小さな角が一本額から生えており、膝上まで隠れる程の大きなTシャツの裾から尻尾が生えている。

 魔人で間違いあるまい。


 なんだか根本的な性根が今の自分と被っていそうで、とても嫌な感じだ。

 相手もそれを目ざとく感じ取ったようで、ヴェルのTシャツにプリントされたアニメ柄を指差してくる。


「あっ、それ、「超越次元アイドル戦記マクレイバー」のメリテスたんとVGF-13じゃん」


 すすすすす、と幼女が一瞬で距離を詰めてきた。

 自分の同類と見るなり途端に馴れ馴れしくなる辺りいかにもこの界隈の人間っぽい。


「あっれーこんなん通販で売ってたっけ? ってかメチャ上手いじゃんオフィシャル絵師よりイケちゃってるじゃんこれ自作なんすごいねチョーエロカワだねいくら払ったら売ってくれんの」

「いや……」


 語り口に句読点が無い。

 どうやら早口になるタイプのオタクのようだ。


「もーにゃんだよーウチのユーザーなら早く言ってよー。ね、ね、ボクここを仕切ってる超ド級に粘着質そーな腐れ苔色魔人に捕まっちゃってさー、孫請けどころか玄孫(やしゃご)請け並のブラック労働環境でこき使われちゃってんの! 逃してくれたらぁ……メリテスたんの声優さんと握手さ・せ・た・げ・る」


「……」


「ウソじゃないってー。ここだけの話、実はボク、このアニメ配信してる「すら・おん」のしー・いー・おー! ヒナたんなのでした! いやマジマジ。っつーかマクレイバーのスポンサーボク一人だしね! 製作委員会方式だとボクの好き勝手出来ないじゃん! 札束でほっぺた引っぱたいて趣味百パーでスタッフから何まで決めさせてもらいましたわ! ってゆーか自分専用のおやすみ・おはようボイスとからせたりましたわ! 今でも連中の言う事聞かすなんてボクのマネー&コネーのパワァーで楽勝ですぺぺのぺいっスわー! わっははははは!!」


 ヴェルの膝を肘で突きつつ高笑いする幼女。


「そうか……貴様がそうか……」


 ゼノンとははぐれてしまったが、

 代わりに、許されざる敵と出会う事は出来たようだ。


「あ、そーだ。ゲームアカウントにも特典プレゼントしたげる! ね、キミのユーザーネーム教えてよ! ……っていうか、あれ? ……なんか顔怖くない?」

「……《絹のような手触りのネコパンチ》だ」


「………………………… え っ」


 声を凍らせた幼女――運営のヒナたんに、ヴェルは告げた。


「実名はな――ヴェルムドォルと言うのだ」

「   ぴっ   」


 封印から二百年経った現在も、魔人王の名を知らない魔人など存在しない。

 敵対すれば魔神かみでも殴り殺す最凶最悪の素手喧嘩ステゴロの鬼として。


 ヒナは、今度は声はおろか全身凍りつかせて、自分がこの世から物理的にBANされかねない状況にあると悟り尽くしたのだった。

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