9.白き聖騎士団 ②
山道から外れた窪地の縁に、ゼノンらは身を潜めて張り付いた。
ゼノン、ヴェル、リューミラ、吟人の横並びの順番である。
眼下の景色を覗き込むと――確かに、三十人程度の人間の集団がいた。
ほとんどの面子が、チェインメイルの上に白いサーコートを着て、鉄兜をかぶっている。
(どこぞの正規軍じゃな)
ひそひそとゼノンがつぶやく。
ただ、どこの国に帰属しているかまでは分からなかった。
装備に国家や貴族の紋章などがあるかとも思ったが、意図的に排除されているようだった。
(ま、紋章なんぞ見ずともある程度は見当がつくがの)
こんな極寒の環境でただ金属鎧を着るというのは自殺行為。
おそらく何かしら魔導的な処置を施して、内側の肉体の凍傷を防ぐかしているのだろう。
ゼノンらと同じく、兜の内側はゴーグルをはめ、マスクで呼吸を補っている。
近年、魔人の侵攻にさらされ汲々としている西方諸国の騎士団にしては装備が整いすぎていた。
加えて――
(えらく神気臭い)
と、彼女は一団を表現した。
三十人の構成員全員に、神の影響下にある者特有の霊子波長をした魔力が観測された。
おそらく隠形の類の術を自分たちに施し、周囲から身を隠しているのだろう。
ヴェルが彼らを発見できたのは、警戒の手薄な尻を追う形になった事と、彼の三重魔眼の感知力が桁外れである為だ。
(連中が全員勇者って事かぁ? いくらなんでも多すぎやしねぇかい)
吟人がひそひそと疑念を呈する。
現在、存在を保っている神々の正確な数は人間に明かされてはいない。
しかし、三層世界構造の確立から現在に至る数千年の間に、いくばくかの個体は消失している。
エルフ種の庇護者であった妖精の神フレイなどもその一柱であり、四百年程前の彼の消失が、エルフ種の没落のきっかけともなった。
それはさておくとして――現存する神々はおそらく数百柱がせいぜいと、ゼノンは前世の記憶から推察していた。
そして彼らは配下の勇者をあまり多くは抱えない。
人間に強力な力を与え、これを管理、制御するのは殊のほか困難な事であると彼らは歴史に学んでいる。
一柱につき一人か二人。いくつかの例外を除けばそんなものだ。
勇者という自己主張の強い連中が集団行動に不向きなのは、ガッツェ=バンゲン双連帝国十三勇者出身の吟人がよく知るところである。
その疑問の視線に、ゼノンはひそひそと応じた。
(ありゃあちと毛色が違う。僧籍、神官の類じゃ)
――神の力を人が行使する手立ては、二種類存在する。
一つはこれまでにも何度も出てきた、勇者のシステムである。
特定の神と契約を結び、帰依する事で生じた霊的な結合点を経由し、神の力、《加護》を得るというものだ。
この方式の最大の利点は、〝誰でもなれる〟という事である。
もちろん、戦士として利用するのだから資質が問われるのは当然だが、極端な話質さえ問わなければその辺の農民を今日から勇者に仕立てる事もできる。
ゼノンが今しがた言った〝神官〟は、それとは別のシステムで神の力を得る。
ある種の適性を持つものが、長年の修行の末に神界と霊的に接続し、漏出する神の力を借り受け行使する。
神聖魔法と魔導師は呼んでいるが、彼らはこれを冒涜的な呼称とする。
魔法は魔人の魔技を模倣して編み出されたものという説があるからだ。
彼らは自身の扱う力を、《秘蹟》と呼んでいる。
(その秘蹟を使うのが、神官っちゅーわけじゃな)
(ど、どう違うのですか)
とにもかくにも会話の輪からおいてけぼりを食らいたくないリューミラが疑問を述べた。
(身も蓋もない言い方をすれば、量産型勇者じゃ。秘蹟は教育に手間がかかる上に才能も要るし、加えて平均的な能力も勇者に与えられる加護より遥かに低い)
(いい事あるんですか? それ)
(選抜と教育のコストを人間国家に丸投げすれば後は勝手に生えてくるからの。手綱を握る相手は個人でなく組織じゃからコツさえ押さえておけば勇者ほどには管理しづらくもない)
ゼノンの物言いに、吟人がうなる。
(この世界の神サマって、ほんとーにありがたみねぇなぁ)
(お前の世界で言えばでっかい持株会社の役員会みたいなモンじゃしの)
(親父が中小企業のリーマンの俺からすればイヤーな響きだぜ)
(なにを言う。利害が一致している人類国家からすれば、うまく取り入ればオイシイ相手っちゅーことじゃ。持ちつ持たれつじゃよ)
話がそれたわ、とゴーグルの位置を直しつつ、ゼノンは話題を元の方向へ戻した。
(兵士的な役割を果たす神官、聖騎士といった連中じゃな、奴らは)
聖騎士団を抱える国家というのはそうそう多くはない。
その線から連中の正体を探るのは、難しくは無さそうだが――
(奴らの素性を確かめるのは、本題ではない)
重要なのは、こちらの行動に利するか、害するかである。
利用価値があるなら泳がせておくし、邪魔になりそうなら排除しておきたい。
(ちょっ……殺す気かよ?)
(事と次第によっちゃ当然そーなるわい。ここは、炸裂寸前の魔神抱えとる上に敵がごまんといる鉄火場じゃぞ? 下手を打てば即あの世行きな状況で不安要素を放置するなんぞアホのする事じゃ)
抗弁する吟人に、ゴーグルの奥の凶悪な眼差しを向けてゼノンは言う。
(魔神が降臨しようなんて場所に、神の使いとしてやってきてロクに立ち回れん実力で来るようなら、そりゃ連中の落ち度じゃ。違うか?)
(……ぐぬ)
なおももの言いたげな吟人に、彼女は指を突きつけ黙らせた。
(ま、そんな極端な真似をするのはこちらのリスクも高い。よほどの事でもない限りはやらんよ)
(そりゃ結構なこって……で、実際その辺の見極めはどーやってやんだよ?)
(接触してみる)
観測系の魔法で魔力量や筋力など戦闘能力の指標になるパラメーターは看破できる。
だが、防諜系の能力を相手が持っていたら偽の情報を掴まされるか、あるいは察知される可能性も高い。
実際に会って、話を聞いてみるのが一番だ。
それに、ゼノンは吟人に彼らの排除をほのめかしたが、最上の展開は連中と不可侵条約なり結んで矢面に立ってもらう事である。
少なくとも彼らにこちらの存在は認知してもらわねば、土壇場で突っかかられて窮地に陥る羽目にもなりかねない。
交渉は不可欠である。
(……いや待てよ嬢ちゃん。このメンツでかぁ?)
ちらり、とゴーグルの中の視線をちらりとずらして吟人は言ってきた。
その先にいるのは、黒肌半裸の変態エルフと青肌アニメTの魔人王である。
魔神降臨を目論む魔人の集団が暗躍する山にいて、どう誤解されるか目に見えているというものだ。
(変装すりゃよかろーに)
幸い、魔道具の補助がなければ呼吸が困難な状況下ともあって顔を隠す言い訳もたつ。
全身を覆うような衣装を着込んで後ろで黙らせておけば急場はしのげるだろう。
ヴェルは角が生えているので、いかめしい全身鎧でも着せた方がいいかも知れない。
(どうじゃ? ヴェル)
(うむ。任せておくがいい)
これまで会話に参加せず、雪玉を崩さずかつだんだん大きくしていきながらどこまで積み上げられるかといったアホなゲームにチャレンジしていたヴェルが気軽に応じる。
自然界の精霊、魔力、気といった概念を練り込んで物質化するのは魔人の基礎技能である。
変装用の衣装を用立てるくらいならたやすい。
(俺も一度、コスプレというものをしてみたかった所だ)
(いや、違うから)




