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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
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5.復活した魔人王は、いかにしてアニメTシャツを着るようになったか ②

 人界の周囲を取り巻く七つの衛星(つき)の内、第三衛星ヴァルターは二百年前より魔力光で青く輝いている。


 極大封印術《星辰螺殿封呪(ア・グラ・シーリャ)》は、星の引力と霊的質量を利用した大魔法である。循環する魔力が封印を補強し、星の中枢に対象を半永久的に縛り付け続ける。

 しかし彼は、魔力流に翻弄されつつも脱出の機を伺っていた。


 休眠し、精神世界で氣を練り続け、瞬間的に星の質量を上回る魔力(エネルギー)を放出する事で封印を破る。

 第三の月(ヴァルター)の霊的質量も封印の維持のため目減りしつつある。


 自分なら可能だと確信し、魔人王は機会を待ち続けた。

 恒星からの太陽光が閉ざされ、星の配置が負の局面に傾き、月の力が一番弱体化する二百年後の月食まで、彼の頑健な精神は耐えきった。


 勝利の瞬間だった。







「こんのッッッッッックソ月が死ねやオラァアアアアアアアアッッッ!!」








 少々言葉づかいが悪くなったのは、テンションを上げる為と二百年の幽閉生活の鬱憤ゆえなので許されたし。


「っハ……ハハハハハ! ヒャハハハハハハッ!! 出た! ついに出た! このクソ忌々しい封印をブチやぶったあァッ!! 外の空気うんっまー――くねーよ! ここ月じゃん! 空気ないじゃーん!」


 ハイテンションの残りカスと引きこもり中に出来上がった独り言のクセから、魔人王は月の大地でノリツッコミする。


「くのっ! くのっ! このクソ月! よくも二百年間も閉じ込めてくれたな! 一生月見とかしてやらんからな! 他の行事は当てつけのように楽しんでやる!」


 魔人王のいる場所を中心に地震が発生するほどに強く、彼は八つ当たりのケリを月の大地に入れる。


「っあー、ほんッッッと退屈だった。進んで家に引きこもりたがる人間がいるとか聞いた事あるが信じられん。俺はもう一生屋根のある場所に住みたくないくらいだぞ」

「魔人王様」


「思いついた! 魔王城は撤去して魔王軍は原則野営にしよう。森林浴とバーベキューで健康的な侵略活動! 今の俺はアウトドアの素晴らしさをいくらでも伝道できる……」

「魔人王様!」


 伝達に空気を介さない魔人語で大きめに呼びかけられて、ようやく振り返る。

 五人の腹心、五魔将たちが勢揃いして、今の彼のハイテンションっぷりを目撃していた。


 ヴェルの精神が停止する。


「……………………………………………………こほん。出迎えご苦労、我が配下たちよ」

「はっ」


 部下たちは空気を読んだ。


「まずは二百年の不在を詫びよう。我の力不足により、迷惑をかけたな」

「いえ、力不足などと。我ら、外側からの封印の解呪を幾度となく試みましたが、いずれも甲斐なく、口惜しく思っておりました。力が足りず主君を救えぬ不義を詫びねばならないのは、我らの方です」


「言うな。仕方あるまい。これは、あのゼノン・グレンネイドの渾身の大魔法だからな」

「……は」


「貴様らの精強は疑わんが、ヤツの魔法に対抗できるのは我の魔技くらいのものよ」


 名前を出すと、むくむくとイライラがつのってくる。

 あの銀髪マッチョジジイの好色丸出しの面構えは、二百年の間一度たりとも思い出さない日がないほどだ。


 いかにしてヤツに恨みを晴らすかを考えて、この長い退屈の日々を過ごしていたのだ。


「配下たちよ。まず我は、封印破りで放出した魔力を回復させる。貴様らはその間、ゼノンの動向を調査せよ。ゴォラベルカ、貴様が適任だろう」


 呼びかけられた、灰色の硬質な皮膚を持つ巨人は、少し戸惑うように口ごもる。


「……ヤツより、聖域への侵攻を優先すべきではありませんか? ゼノン・グレンネイドは人なれど、神の尖兵ではありません。あえて戦わずとも、」

「甘いぞゴォラベルカ」


 部下の諫言を、ヴェルは切って捨てた。


「ヤツは確かに、神の側に属さぬ無頼の徒よ。しかし、目立ちたがりのヤツが我の戦いに介入しないワケがない。無頼であるからこそ行動の予想ができんあの男は、真っ先に叩き潰すべきなのだ」


 ヴェルは、その言葉の道理を疑いはしなかった。

 しかし、腹心たちは霊体の負の波動を強めた。


「……あなたは、うつつを抜かしておられる」

「なんだと?」


「あの男と関わってしまったが為の、この二百年の停滞を、我ら五人が嘆かなかったとでもお思いですか……?」

「む」


 配下の口答えに、一瞬殺気立ったヴェルは、その発言に口をつぐむ。それを言われると弱い。


「ゴォラベルカッ!! 不敬であろう! 首を差し出し許しを請え!」


「いや、待てケィルスゼパイル。忠言耳に逆らうという言葉が人間にはあると聞く……受け入れ難き言葉の遇しようは、王の器量を示すというもの。首を賭けた諫言など言わせてしまった至らなさを我は恥じるべきなのだ」


「……もったいなき言葉」


 ひざまずく、緑の髪を持つ幽鬼の如き魔人にヴェルは告げる。


「しかし、ヤツとは決着をつけねばならん。我は魔人王なのだ。敗北を捨て置いては魔人たちもついては来ないだろう」


「わ、我々の忠義は、その程度では曇りませぬ」

「うむ。無論、貴様たちは別だ。よくぞ我が復活に駆けつけてくれた」


 と、ヴェルは居並ぶ五人の魔将を睥睨する。

 錬金石鬼ゴォラベルカ。


 翠星魔霊ケィルスゼパイル。

 極黒炎帝ラガヅ。


 瘴水原流マイルゲィリトイルセル。


 妖書館主ネイラトラッセルアグリゲイエルエレコマンドリューインエライラパトィラマレッセンォオラメンターイル。


 盟主たる《地の魔神》を滅ぼしたすぐ後に仲間になった、最も付き合いの長い部下たちだ。

 魔界を制圧し、神界の神をも打倒して、神々の意のままに動かされる物質世界の生命の自由を獲得する。


 神話の時代を終わらせる。

 そんな、途方もない戦いにこれまでついてきてくれた者たちだ。


 彼らを疑うなど、あってはならない事だ。

 あってはならない事だが、一つだけ、些細な疑問がある。


「……ところで君たち、その、なんだ……我の服は、持ってきてはこなかったのかね」


 惑星に匹敵する霊的質量を全展開した完全体ヴェルムドォルとしてゼノンと戦った末に封印された彼は、着ていた戦装束などとっくの昔に宇宙の塵と化している。


 すなわち、さっきからずっと丸出しの全裸で会話していた事になる。


「はッ! 申し訳ございません! 失念しておりました!」

「……そうか」


 元気のいい部下の回答に、ヴェルは苦い顔になる。


「まぁ、よい。根城に帰れば、着るものなどいくらでもある」


 ヴェルは、はるか数十万キロの彼方にある青い星を見上げて言った。


「再び征くぞ。魔人王の、帰還だ」

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