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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第三章 降臨! 氷獄の魔神
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3.水着を着る為の至極自然な前フリ ②

 廊下をけたたましく走る足音が聞こえたと思えば、ドアを乱暴に押し開けて、メイド服着て銀髪をひるがえしたダークなエルフの少女が入室してきた。


 闇鍋エルフこと、多種属混成生命体キメラのリューミラ・エレネスレンスルスである。


「リューミラ! 悪の女幹部たる者、廊下を走ってはならぬと言っとるじゃろう!」

「も、申し訳ありません! リテイクしてきます!」


「失敗を強引に無かった事にするその図々しさは買うが、めんどくさいから止めよ!」


 もう一度入り口に戻って歩いてこちらへ来ようとした彼女を、ゼノンは慌てて押しとどめる。


「で、そこまで取り乱すからにはなんかそれらしい大事が起きたんじゃろうな。こないだのようにキャベツの漬物(ザワークラウト)に虫が湧いたとかで大騒ぎしとるんなら金輪際漬物作りを禁ずる」

「そ、そんなっ! お漬物作りは私が生まれてはじめて里長に任せられた誇りある仕事なんですよぉっ!? で、でも大丈夫です! 今回はちゃんと御家の一大事です!」


 ゼノンのうさん臭そうな眼差しを受け流し(というか気づいておらず)、リューミラは言う。


「またヤツが来ました! あのいまいちパッとしない感じの元勇者! ヴェルムドォル様と連れ立ってまたどっか行きました!」

「なんじゃとぉっ!?」


 机を思いっきり平手で叩いて立ち上がり、ゼノンは叫んだ。

 確かにそれは一大事だ。


「うぬぬぬぬぬ……あの小僧め……わしが仕事でおらんのをいい事にまたしても人の夫と仲良くしおってぇ……」


 ――黒沢吟人は、ゼノンの不興を買う事を恐れているようだが、既に手遅れなのである。

 ここ数ヶ月、強引に弟子入りしたあの青年をゼノンは最大限に妬み、どうにか遠ざけたがっているのだ。


「もう我慢ならん。リューミラ、闇討ちじゃ。あの間男の肘関節をあらぬ方向にひねり曲げてこい」

「了解しました!」


 敬礼して駆け出そうとするリューミラを、羊娘のエメラダが慌ててなだめた。


「ダメよぉ、リューミラちゃん。ゼノンちゃまもぉ……男の子はね、自分たちだけで遊んでた方が楽しい時もあるのよぉ?」


 ――なぜか、それを聞いたアンリの猫耳がぴくりと反応した。


「ぐぬぅ」

「さ、きゅーけい、しましょ? アンちゃん、お茶いれてぇ~?」


 強引にリューミラとゼノンをソファに座らせ、場をまとめるエメラダ。


「むぅ……」

「仕方ないわね……ちょっと、ゼノン様にひっつかないでよ羊女」


「はいはぁい、もぉ、リューミラちゃんは独占欲強いんだからぁ」


 そう言いつつも、リューミラの占めた右隣を避けてゼノンの左隣に座り、身体を密着させてくる。


「あっ、ちょっ、こら」


 対抗して、リューミラもゼノンに身体をすり寄せてきた。


「……何やってるの、あなたたちは」

「アンちゃんもぉ、ほら、ゼノンちゃまをおもてなししたげてよぉ~。お仕事でとってもおつかれなんだからぁ」

「あなたはもう……総司令?」


 と、アンリはソファに座るゼノンの正面に膝立ちになり、茶菓子のクッキーを差し出してくる。


「さ、お食べになって下さい」


 自然と、スーツの胸元が見える。

 ――正直、この二人を秘書兼事務方として市長から推薦された時、「あからさまにお目付け役じゃん」とゼノンは思った。


 思ったが、嫌とは言えなかった。

 だって。


(だって、このお姉さんたち……すんごいおっぱい大きいんだもん!)


 前世の助平爺の魂が何らかの要因で乗り移ったのか、はたまた何か他の、説明のつかない因業な性分か。

 この一見可憐な少女は、どうしようもなく巨乳に弱いのだ。


「す、すまんのぅ皆の衆……えへへ」

(ふわわわわわわ……いい眺めだよぉ……そしていい感触だよぉ……そびえたつ六つのお山だよぉ)


 仕事のストレスが溶けほぐれていくかのようだ。

 いや、厳密には仕事のストレスではない。


(最近……全然ヴェルさまのお世話ができてないんだもの)


 魔王軍総司令などと大仰な立ち位置に収まり、町の暴力を一手に管理する立場になってしまった以上、その仕事は山積みである。

 朝仕事に出て、夜まで残業してようやく帰る日々が続いている。


 連絡手段や管理業務のほとんどを魔法で効率化してしまったせいで、かえってゼノンしか管制できない体制になってしまったのだ。


 誰か、魔道の知識が深い人材に補助、というか肩代わりを頼んでしまいたいが、仮にも魔導王に比肩するような魔導師がそう簡単に出てくるものか。


 軌道に乗るまで、この生活を続けるしかないのだが、いったいそれはいつまでかかるものやら。

 元の安穏としたお嫁さんごっこ(プレイ)生活に戻れない現状に、彼女は大いにフラストレーションを溜め込んでいる。


 ちょっと巨乳のお姉さんから接待を受けたくらいでは、全く足りはしないのだ。


(お嫁さん成分が足りないよぉ……これはもう普通の日常生活だけじゃ補充できない……何か特別なことしなきゃ……特別な……)


 と、彼女の視線は「特別なこと」を求めてさまよう。

 窓の外は夏の盛りで、魔法で冷房をかけていても窓際の直射日光を浴びれば汗ばんでしまうほどだ。

 夏、夏なのだ――


(そうだ!)


 ゼノンは立ち上がり、周囲の女たちに向けて言い放つ。


「慰安旅行じゃ皆の者! 海で海水浴じゃあっ!」

 

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