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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第三章 降臨! 氷獄の魔神
54/117

プロローグ.ベンチャー企業社長、魔人にガチャマネーをたかられる

「んじゃ、《南海の鮭男爵》さんは1番から13番までのモジュールで単体テスト、《モッチプニ=ロッリ》さんは動画アップロード機能のバグ取りが終わったら鮭男爵さんのフォローしたぁげて~。《史上最強の弟子マグヌス》さんはパッチの開発シクヨロぉ~」


 照明が点いておらず、光源と言えば前方の精霊式端末モニタの明かりしかなく、全容の定かでない暗い密室である。

 そこで、幅広の椅子に膝を抱えて座る人物が誰かに指示を飛ばしているが、この部屋には他に人の気配はなかった。


 そして、その人物の手足の指は目まぐるしく動き、四方八方の空間に投影されたARコンソールを操作している。

 カスタマイズの限りを尽くしたマンマシンインターフェイスは、その人物にしか扱えない代わりに膨大な情報量を効率よく表現してくれる。


 ――あからさまに前章までと世界観が違う光景であるが、それを咎める存在もまたそこにはいない。


「サイト運営の方専念してくれてる《天の道を行き総てを司る勇者》さんも含めて、みんな本業の傍らゴクローさん。生放送配信サービスの正式リリースまで後三ヶ月。コレでがっぽがっぽ儲けて、ざっくざっくみんなに山分けするつもりだからさ~、もーちょいがんばってネ♪ ――ヴァルハラで会おうぜっ、諸君」


 最後にいい加減な敬礼とちゅっ、とリップ音を鳴らして挨拶すると、その人物は端末の通信ソフトを切った。

 モニタの明かりが照らすのは、幼児と言ってもいいくらいの子供である。


 薄紫色というなんとも奇妙な髪色の、明らかに手入れをさぼったぼさぼさした長髪と、ぶかぶかのTシャツの裾から伸びる小さな尾、分厚い度の入っていそうな眼鏡の奥の赤い瞳、そして額の小さな角――などを持っていなければ、夜更かしを咎めたくなるような。


 怪しげな幼女は、デスクに置かれたしけた揚げ芋を口に放り込み、サイケデリック極まりない色味のジュースが入ったペットボトルを躊躇いなくイッキ飲みして、ぶへぇ、と息を吐いた。


「さって、ちょいと金勘定でもしましょかねェ」


 このまま自分の担当する開発作業に戻ると、作業は徹夜になる――その前に、システムの監視用ソフトを立ち上げた。

 モニタの一つに、グラフ化された情報が出力される。


 その数値に、幻聴で金貨がざくざく舞い降りる音を聞き、幼女はほくそ笑んだ。


「でゅふひっ、本日も仮想通貨〝マジカ〟供給量は最高値を更新~。我が社 《すらいむ・おんでまんど》は目下急成長中の超優良ベンチャー企業でございまぁ~す、ってね」


 などと軽口を叩きつつ再びケミカルなジュースをラッパ飲みする。


「いんやマジでここまで当たると思わなかったよネェ~。あれっ、もしかしてボクの商才……ヤバすぎ?」


 ――当初は、他愛もない思いつきに過ぎなかった。

 この三層世界の中間層である人界では、時折神々が異世界からの勇者を召喚している。


 適度にヒーロー気分を植え付けてやれば、簡単に死地に出向いてくれる扱いやすい人材を求めての事であるが、これは文化の輸入という副次効果ももたらした。


 いつから異世界勇者がこの世界に流入したかは定かでないが、気づけば一部の魔導師たちが自分で作った美少女の人形を不自然な角度から覗き込むようになったり、月産ウン百枚で動画を作成するようになったり、猫耳のホムンクルスを作って仲間内から制裁されたりするようになった。


 幼女がそんな現状を鑑みて、まず電子精霊を使った通信ネットワークを構築したのは五十年ほど前(・・・・・・)だったか。

 そのネットワークを介してそれぞれ得意分野の違うクリエイターや、パトロンになってくれそうな金のある暇人を仲立ちしてみると、彼らは次々と商材を生み出した。


 中でも、人を雇って作らせた声と音楽を動画に当て込むというのはグッドアイデアだった。

 声優に歌とダンスを仕込んでアイドル化させるというサイドビジネスを考えたのは《史上最強の弟子マグヌス》さんだったか。


 思えば彼とも付き合いが長い。

 開発チームとして勧誘した、最初期のメンバーだ。

 同じ長寿の種族なのだろうか。


 流通経路ネット商品メディア

 この二つの武器を揃えた彼女は、総合コンテンツ配信サービス《すらいむ・おんでまんど》と銘打って、細々と、一部の好事家の間で広めだした。


 対価は購入者の魔力をプールする仕組みを構築した。

 貨幣の転送魔術などコストが掛かりすぎるし、そもそも外貨の違法な流通などその国の当局に目をつけられれば非常に厄介だ。


 その点、魔力という無色のエネルギーは、開発スタッフが魔導師である為いかようにも利用できて報酬として最適だった。

 もっともそれはおまけの理由に過ぎず、彼女自身どうしても魔力を稼ぐ必要があったのだが。


「にゅっふっふぅ……こんだけありゃあたとえ一万年生きても魔力不足になる事ないねぇ……こら笑いが止まりませんわぁ」


 魔力を通貨化した仮想貨幣であるマジカは、ここ十年ほどで加速度的に供給量を増やしている。ビッグバン的な勢いだ。

 やはりゲーム系のコンテンツに課金要素を加えたのが大きい。


 ユーザーはSSレアを求め狂ったようにガチャを回し、生まれた莫大なカネは運営を目指し流れ、集う。

 欲望にまみれたガチャマネーが舞い狂う、飽食の時代。


 その真っ只中を彼女は生きているのである。


「でも廃課金トップランカーの課金額は引くわさすがに。どんだけ回してんのさ……特に一年前にユーザー登録したこの《絹のような手触りのネコパンチ》さん。呼吸するように回してるんだけど。よく魔力カネが尽きないねぇ。さぞや力のある大魔導士なんだろうけど……課金王だわ課金王」


 データの一つを眺めて、恐る恐るとつぶやく幼女。


「……まぁ、こういう金銭感覚のド派手にぶっ壊れたユーザーがいるから、ボクは今日も生きてられるというワケで……ありがたやありがたや」


 と、幼女はどこにいるとも知れない課金王に向けて拝む。


「つーても、こんだけ魔力がプールされてもボクの肉体維持しか使いみちがないんだよねぇ……あんまり溜め込むと魔獣や死霊が発生するし……かと言って分配量見直すのもなぁ……仲間は気のいい奴らだとは思うけど、ネットでしか知らない連中を信用しすぎるのも……ヤバい研究に使われるのもヤだし」


 それが、目下の彼女の悩みのタネである。


「ま、仕方ないから頃合い見て廃棄しますか」

『――それは、困るな』

「……へっ?」


 モニタの一つが明滅し、スピーカーからくぐもった声が漏れてくる。

 そして、画面から緑色に発光する半透明の人影が生じ、部屋の中に無造作に抜け出てきた。


「にっ、二次元の存在が三次元にッ!? そんな夢の技術がいつの間にっ!?」

「――フン、何を言っている。電子精霊を利用した道具なら、霊体化して自由に精霊の流れに乗れる私が行き来するのは容易い、ただそれだけの事だ」


 デスクに降り立ったのは、緑色の髪を持つ幽鬼の如き男。

 ぞろりとした僧衣じみた服に身を包んでおり、裾が髪の毛の末端と同じく、ふわりと何らかの力で浮遊している。


 海月のようなシルエット。

 だが、それを茶化す事は出来ない。


 彼女の皮膚感覚は、その存在の恐ろしい正体を朧げながら伝えていたから。


「ま、魔人……っ!?」

「その通り。だが何を怯える。お前とて、同類だろうに」

「ええと、ぼ、ボクは、その……」


 小さな身体を縮こまらせて、言いよどむ彼女に、魔人の男はつまらなそうな顔つきで言った。


「――ああ。そう言えば、貴様は確か半端なでき(・・・・・)そこない(・・・・)に過ぎないのだったな、ヒムナルキア・ゲン・マドラ」

「な、なんで……ボクの名前、知ってんの。それに、できそこない、とか……」


「その程度の事を調べるなど造作もないことだ。霊はどこにでもおらず、どこにでもいる……悪霊の主、翠星魔霊ケィルスゼパイル、それが私の名だ」

「それって……!」


 魔人ならば誰でも知っている。

 大叛逆者、魔人王ヴェルムドォルの腹心、ケィルスゼパイル。


「最近、魔人王が復活したって聞いたけど……」

「はっ、私はもう奴と(たもと)を分かった……今、私は大いなる力を持つ御方のもとで動いている。そう言えば分かるな?」


 彼女――名前をつづめた、ヒナというのがネットでの通り名(ハンドルネーム)だ――は答えなかったが、それもまた、魔人ならば容易に連想できる答えだ。


「ヒムナルキアよ、偉大なる《冥獄の魔神》の命により、彼の御方の弟君《氷獄の魔神》を人界に現出させる。力を貸せ……よもや嫌とは言うまいな?」


 ケィルスゼパイルは、酷薄な視線をヒナに突き刺して、そう告げた。

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