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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第二章 ダークエルフと十三人の勇者たち
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エピローグ1.分かたれた二人の道

『妙な慢心を抱き神槍を捨てて敵に挑み、敗北したばかりか、情けをかけられ命を拾うとは! 何たる体たらく! 我が主、力の神マグニに申し訳が立たんと思わんかッ!!』


 戦場となった荒野、ガッツェ=バンゲンの親衛軍が全員砂漠へと逃げ去っていった後にただ一人吟人は残り、力の神マグニの遣わした天使から怒鳴られていた。


 正座の文化はなさそうだが、なんとなくそうしている。

 かと言って、天使(こちらはアルヴと違い、鎧を着込んだ人間の姿をしている)の言うような心情とは程遠かったが。


「ハーイスンマセーン反省してマース」


 おちょくるような発言に、天使はいかにも頭に血が上ったような顔色をする。

 その後小一時間ほど説教は続き、吟人が「ねぇ、この話いつ終わんスか?」と聞いた所で彼は全てを放棄した。


『貴様に目をかけたのは全くの間違いだった! 貴様から勇者の資格を剥奪する! どこへなりと消えるがいい!』


 そう告げて、天使は光の中に消え去っていった。

 そこから数分後、吟人の全身から溢れていた力が消え去るのを感じた。


 神の加護が、打ち切られたらしい。

 神役場で勇者手当の打ち切り手続きを出して、受理されて……みたいな流れが裏側であったとしたら、少し笑える。


「さってとぉ……」


 吟人は折れた槍を杖代わりにして、立ち上がる。

 片腕を失い、かつ加護による筋力強化も失ったのだ。立つ事すら一苦労だった。


 しかし、荒野から吹きすさぶ風が、心地よかった。

 異世界に来て、最初の、生きるのに精一杯だった頃と同じ、悪くない気分だ。


(自由の風、ってぇ奴だぁねぇ)

『まさか、一人で羽を伸ばせるなどと考えていたのではなかろうね。私を忘れたのか?』


 上着のフードから、白い小動物が抜け出てくる。


「あん? シロ公? なんでまだいんの?」


 今の話を聞いていなかったわけではないだろうに。

 勇者の資格も加護も剥奪された今、ナビゲーターの天使アルヴもまた、彼に付き添う理由などない。


『私とて、死後に身柄を預けて天使になってはみたが……どうも、神の膝下は息苦しいと生前には無かった悟りを得てね。足抜けの機会を伺っていた』

「そうなの? 言ってくれりゃあ良かったのに」


『私はそれ程君を信用してなかったのでね。そこはお互い様だろう?』

「はっ……似たもの同士ってワケかよ?」


 なんだかおかしくなって、吟人は広々とした荒野に高笑いを打ち上げた。


「で、これからアンタはどうすんだよアルヴ」

『この身体だからね。人についてなければ旅もままならない。元の身体に戻してくれる者を捜すのも一興だが……まずは、神々の寄り付かないようなとびっきり退廃的な場所にでも行きたいね』


 アルヴはそう言って、吟人にたずねてきた。


『君はどうするつもりだね?』

「はぁん……そうだねぇ。そうさねぇ……」


 吟人の行きたい場所は、決まっていた。


「俺もこの身体だ。そこにたどり着くまでの道のりで、魔獣にやられて死んじまうかも知れねぇけど……」


 槍を担いで、砂漠を背にする。


「弟子入りしてぇ男がいるんだわ」

『そうか。ならば乗せていってくれ。私の言っている場所も、そこだからね』


「いいぜ。旅は道連れ世は情けだ」

『異世界のことわざか? いい言葉だな』


「だろ?」


 そう言って笑い合い、一人と一匹は荒野を歩み去っていく。














『おぉ……大魔との戦で傷つき、良師を失った悲憤、いかばかりでしょう、勇者ルシオン』

「は」


 ルシオン・アルバニスが水の女神アプサラスの天使の訪問を受けたのは、ガッツェ=バンゲン親衛軍の敗走に紛れた後、軍勢が小休止を取っている最中だった。


 散り散りに逃げ、行方も知れない兵士たちも多いが、彼は皇帝を匿うと撤退の指揮を引き受け、物資をかき集めて皆を鼓舞した。


 天使(白い法衣を着た女の姿をしていた)は、その彼の姿を見てまずは同情の言葉をかけた。

 それに対し、ルシオンはひざまずいた姿勢で謝意を述べ、続けて告げる。


「しかし、この度の敗北は我らガッツェ=バンゲン双連帝国十三勇者最大の不覚、慰めよりも叱責を下さいませ、神の使徒よ」

『いいえ。今回は相手も悪かった。かの大いなる邪悪、魔人王ヴェルムドォルが本格的に動き出すなど……奴の力は封じられていると言われていたのですが……』


「それは……初耳でした。しかし、そこは魔人王。なにがしかの邪法にて、復活の術を見出したのでしょう」

『なれば、此度の件、神界の不手際もありましょう。私は貴方に責はなしと考えます』


「は……しかし、」

『もう、自分を責めるのはおよしなさい、少年よ……貴方は若い。唯一残ったガッツェ=バンゲン双連帝国の勇者として、水の女神アプサラスの名を背負い一層の精進を期待します』


「はっ!」


 砂漠に膝を預けたまま、ルシオンは頭を垂れる。

 天使からは、彼の表情は見えない。

 ゴミを見るかのような、見下げきった顔つきは。


こいつじゃ(・・・・・)駄目だ(・・・)


 中堅の水神のもたらす加護などたかが知れている。

 あの男は、一つの神話体系の至高神の加護を得たロンメオすら子供扱いしてみせたのだ。


(もっと強い神の助力を得ないと……いや、助力程度じゃ駄目だ)


 神の持つ全ての力を手に入れるくらいでないと、あの魔人王には勝てない。


(ガッツェ=バンゲンの看板はまだ捨てられないが……帰国したら、まずはノヴァレスティアに行く)


 かの国の大勇者に接触し、その強さの秘密を手に入れられれば、活路が開けるやも知れない。

 それが駄目なら世界中放浪してでも、力を得る方法を探し出す。

 砂を握りしめ、震える指を天使から隠しつつ、ルシオンは胸中で憎悪を告げた。


(どんな手段チートでも構わない……必ずお前を上回る力を得て、殺してやる! 殺してやるぞッ!! 魔人王ヴェルムドォルゥウウウッッ!!)


 そうでなくば、あの荒野の無残な記憶は決して塗りつぶせない。

 あの時負った、この傷は決して、決して埋められはしないのだ。

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