4.復活した魔人王は、いかにしてアニメTシャツを着るようになったか ①
「っちゅーわけじゃ。いやさっすが神よの! 一筋縄ではゆかん! 盛大に不覚を取ったわ!」
にゃっはははは、と顛末を語り終えた現世のゼノンは大笑し、げほげほとむせて紅茶を飲んだ。
それを聞き終えたヴェルは、不愉快そうに唸る。
「……ただの転生では引き継がれないはずの星幽体を継承していたのはそういう事か。間抜けめ」
「仕方ないじゃろ? その辺の天使や下級神ならいざしらず、大神クラスがこぞって仕掛けたハニトラじゃぞ。自慢じゃないが、わしはこの世界で一番ハニトラにひっかかってきた男なのじゃ。これは魂魄レベルで刻まれとる人生縛りプレイじゃなかろうか」
「本当に自慢にならん……そうではない、馬鹿め」
不機嫌に、ヴェルは吐き捨てた。
事ここに至って、何も分かっていないのかこの男……少女……いやどっちだよ。
「いくら大神の計略とは言え、それだけで貴様の目をごまかせるものか……その計画の肝は、貴様の弟子だ」
彼は、その計画の筋書きを見てきたように言う。
「調合済の秘薬なら、貴様は口にした瞬間に企みに気づいただろう。秘薬は貴様の腹の中で調合されたのだ。最後の薬種は、弟子が貴様に飲ませた水よ」
そこには、最も成分の看破されやすい霊草や神水の類が含まれていたのだろう。
ゼノンは、それだけは検めずに口にしたのだ。
「昔からつくづく身内に甘い……貴様、これまで一体何人の弟子に裏切られた?」
「うーん、全体の半分くらい?」
「その半分程度で弟子を取るのをやめろ!」
かわいらしく首を傾げて天使の微笑みで言う美少女(中身はじじい)に、思わずヴェルは憤激した。
「いやしかし、魔道とは学問であるからして、引き継がねばならぬものじゃし……独立した以上、わしと利害が一致しない事もあるじゃろーて」
「ドライなのかウェットなのか……」
あるいは、さすが世界一の魔導士の精神構造と納得すべきなのか。
「……まぁ、おまえにすまんとは思っておるよ」
「? なにを言ってる」
唐突な謝罪の理由がわからず、ヴェルは問いかける。
ゼノンは気まずそうに視線をそらして、
「今ではコール・ノットマンがわしに成り代わって魔導王で、おまえを封印したのもやつという事になっとる。女神の後押しを存分に受けたんじゃろうな」
神界の神々は、各々の領分に属する生命体を従属させ、見返りを与える事で手駒としている――勇者、聖騎士、神官といった者たちだ。
魔導王であり、勇者でもあるコール・ノットマンが魔人王を封印し、超国家的体制による魔道機関である国連魔導士協会を立ち上げ、今も彼の子孫たちが一大派閥を築き強い影響力を持っている――それが現世のゼノンが学んできた〝正史〟である。
彼女の知るコールの実力では、なし得ない偉業だ。
あの女神ヴィタエが、相当高い下駄を履かせてやったのだろう。
「まったくもって、わしの不始末じゃ。あの馬鹿弟子、魔導王の座はともかく、魔人王封印の功までさらっていくとはな……不愉快じゃったろ?」
「……今聞くまで、その事実を知らなかった」
「あれっ? そうなのか?」
「ああ……復活してより、世情を気にかける余裕はなかったからな」
ヴェルはこれまでの一年余りを思い出し、顔をしかめる。
「今の話、我にはまったく理解できん……信じていた者に裏切られて死んだのに、貴様はどうしてそこまで楽観できる」
「――ふむ」
ゼノンが漏らしたのは、疑問の回答ではなかった。
「その辺が、おまえの泣き所か」
「……っ」
「言え。いったいなにがあればこうなる」
と、ゼノンは女学生の制服めいたジャケットの内ポケットから、一枚の紙を取り出しテーブルに置いた。
ヴェルの手配書だった。
「わしは冒険者なるものの格付けには疎いが、その辺のモンスター狩りを生業とする連中なんぞ、本来のおまえなら百万いても軽々皆殺しにしてのけたはずじゃ。それが逃げに逃げて辺境の廃墟で引きこもりじゃと? ふざけんな」
今度は、ゼノンが苛立ちをあらわにした。
「だいいち、なぜ一人なのじゃ。五魔将はどうした。他の配下は?」
「……」
だんまりを通すヴェルに、ゼノンは嘆息した。
「おまえね、十六年も戦り合った上に二百年も貴様の自由を奪った仇敵が、わざわざ生まれ変わった後にまで遠路はるばる会いに来てやったのじゃぞ? そんなわし以外の、いったい誰に胸襟を開くというのじゃ?」
「……どういう理屈だ、馬鹿め」
――毒気が抜けた。
「ならば、茶の礼代わりに答えてやる……つまらん話だが」
紅茶をすすり、顔をそらして実に嫌そうにアニメT姿の魔人王は語る。
砂糖を入れたのに、口内には苦い味が広がっている。