15.魔人王と勇者の問答 ②
自由都市ムンドの中央広場。かつて、コール・ノットマンがヴェルを襲撃した場所である。
その際の破壊痕は、事件後にゼノンがゴーレム工法にて短期工事で修復した為、跡形もなくなっている。
今そこに、ムンドの市民三千ほどが集っていた。
というより、集わされていたという方が正確だが。
「……ゼノンちゃん、これは一体どういうつもりかな」
民衆の先頭に立つ猫目猫耳の市長、グライカントが言う。
さすがに彼も、ガッツェ=バンゲンからの逃亡計画の為に昼夜問わず働き詰めの真っ最中に、強制的に転移術で呼び出されては不快さを隠しきれない。
しかも相手は、その騒動の張本人である。
民衆に囲まれ、広場の噴水の縁に小柄な身体を立たせたゼノンは、市長の問いに不遜な口調で応じた。
「うむ。今回市長とその友人であるヴィンスくん、ほかこの広場に集められるだけの市民を集めさせてもらった理由じゃが……先日言うだけ言って保留になっとった、魔王軍加入の件、もう一度考えてもらおうと思っての」
彼女の言葉は魔法で拡声されており、広場の全員に聞こえている。
加えて、光学投影の魔法まで併用され、ムンドのほぼ全市民がこの光景を見ている。
その中での、この傍若無人極まる発言である。
市内の悪感情っぷりを測定する魔法でもあれば、一気に数値が跳ね上がった事だろう。
その中で、市民を代表してグライカントが尋ねた。
「……あの時は戯言かと思って放置していたがね。自らキメラにしておいて、討伐されたくなければ自分たちの兵になれと言う……マッチポンプにも程がある、とね」
そして彼は、全市民に内密にしている事をはぐらかしつつ付け加えた。
「そして今回の件だ。ここまでが君の計略だったとも、私が疑ってしまうのも不自然じゃあないよね?」
その詰問に、ゼノンは真っ向から言い切った。
「――そのとーりじゃっ!!」
へっ? とグライカントは間抜けな声を上げてしまう。
あくまで牽制の為の詰問で、本当にそうだとまでは考えていなかったからだ。
挙句の果てに、ゼノンは全市民に向けて爆弾を放り込む。
「よく聞けムンドの民よ! 今、セリオン都市連合国の国境付近にて中央大陸の大国、ガッツェ=バンゲン双連帝国の大兵力が駐留しておる! 目的はセリオン都市連合国もろともかの国の皇太子殺害容疑のかかったわしとその手下リューミラを滅ぼす事!」
広場全体が、そしてここまでは聞こえないが市内全域がどよめいた。
ゼノンは重ねて告げる。
「そしてこの容疑は濡れ衣なんぞではない! まったくの事実じゃ! わしは、ガッツェ=バンゲンに恨みを持つというリューミラをあえて癒やし、あれやこれやと土産をつけて復讐に送り出した! 都合がいいと思ったからじゃ! ムンド市民を全員泥沼に引きずり込んでなし崩し的にわしらの手駒になってもらう計画にな!」
あまりの暴露である。
市民は激怒した。
大いに激怒した。
現場である中央広場などは、石やら煉瓦やら、どこで持ち込んだのか生卵やら馬糞までゼノンへと投げつけられた。
無論、彼女の周囲には障壁が張り巡らされており何一つ届かない。
「……どういうつもりかね、ゼノンちゃん」
流れ弾をくらって、高級そうなスーツの肩に生卵をへばりつかせたグライカントが問いかける。
彼女の言葉がブラフであると彼は気づいていた。よくよく聞けば突っ込み所が多すぎる。
ただ、内情を知らないムンド市民にとっては疑う余地などありはしない。
なぜ、わざわざ全てを狙ってやった大悪人だと自ら喧伝する?
「……市民をまとめ上げるのに、いい機会じゃと思わんか? グライカントくん」
「……なに?」
小さく呼びかけられた言葉に、彼は反応する。
具体的には猫耳がぴくっとした。
「仮にこのまま時が過ぎれば……近く、ムンド市民は小規模な離散を繰り返していずれ解体されていた。それは分かっておるじゃろ?」
「……まぁ、ね」
危惧していた事ではある。
元が人間だったとは言え、キメラは十分魔獣の定義に入る。
いつ、何をきっかけとして討伐対象に入るか分かったものではない。
この事が露見するのは時間の問題で、そうなれば何が一番厄介か。
――ムンド市民の多くが逃亡奴隷や犯罪者、亡命貴族、そしてその子孫たちである。
しかし、国境を隔てた北の大地に捕獲、あるいは暗殺の兵力を送り込むのは並の仕事ではない。大兵力を持ち出せば国家間の問題になり、あるいは秘密裏に送り込むのなら露見後のリスクも背負わねばならない。
このコストに見合わないと、今までムンドの民は見逃されてきたのだ。
それが、今回の件を経て事情が変わる。
冒険者に、クエストの形で依頼を出してしまえるのだ。
金さえ払えば中央大陸側の欲しがっていた逃げた政敵、手放すには惜しかった奴隷、取り逃した罪人、捕縛も討伐も好きにできる。
近く、この町は依頼を受けて潜伏する冒険者であふれかえるだろう。
そうなれば治安は悪化し、都市の運営は立ち行かなくなる。
そもそも分かりやすい目印と化したムンドに住み続ける理由もない。
彼女の言う通り、逃亡者が続出しやがてムンドは崩壊するだろう。
「これを防ぐ手段はただ一つじゃが、きみんとこのヴィンスくんの家では力不足じゃ。そしてきみ自身が立案するにはカドが立つ提案でもある。じゃろ?」
「……そうだね。そういう事か。分かった。やってみてくれたまえ。不首尾に終わっても私に泥はかからないようだし。……君はほんと悪知恵の働く良い奥さんだよ、ゼノンちゃん」
「うむ。任せておけい」
にっ、と微笑み親指を立ててゼノンは応じ、市長を下がらせた。
もう一度魔法で拡声し、ほとんど暴徒と化した市民に告げる。
「はーっはっはっは! 泣こうが喚こうが腐った卵を投げつけようがもう遅い! 既にセリオンの市長会議じゃムンドを生贄に差し出してセリオン全体は助かるっちゅうプランが絶賛進行中! 近場の都市に逃げ込もうにも受け入れてはくれんのじゃ! おまえらはわしの作り出したこの泥沼の状況にずっぷりハマってもう逃げられん!」
市中のあらゆる所で悲鳴と祈りの声が漏れる。
ゼノンは金髪を翻し、膨らみかけの胸を張って堂々と言い放った。
「生き延びる手段はたった一つ! ムンド全市民が結束し、外敵を撃退する事じゃ! 今回のような国の大軍が来ればこれを防衛し、侵入者があればこれを発見、殲滅する! 世界史上最凶最悪の悪徳の都ムンド! 今回のガッツェ=バンゲン双連帝国はおろか、世界最強国ノヴァレスティア神聖国すら手出しを控える絶対防衛戦力を有する全市民魔王軍都市ムンドと化す事で、おまえたちは誰はばかる事なく、そのキメラの身体を抱えたままこれまで通り生活ができるのじゃ!」
魔力を乗せた演説に、一瞬、高まりきった市民の熱が沈静化する。
――嘘だろ……正気とは思えん……ありえるのか?……いやでも……
そんな、困惑に満ちた声が上がる。
その中で、市長の隣に控えていた兎面のヴィンスが手を挙げた。
「私……いや、俺たちは暴力慣れしてる者でも都市に棲みつく一介のチンピラに過ぎん。俺たちの力ではそこまでの町を作り上げる事は不可能だが? ――あんたらがそうしてくれるのかね?」
「――無論よ」
にたり、と夫と似たり寄ったりの禍々しい笑みを浮かべてゼノンは言った。
「我こそは歴史に封殺された真なる魔導王ゼノン・グレンネイド。その叡智の全てをもって、おまえらをどこに出しても恥ずかしくない立派な悪の軍勢に仕立て上げてくれるわ。――なにより」
ゼノンは、指をぺすんと打ち鳴らした。
その直後、ムンドの空に荒野の風景が投影される。
ガッツェ=バンゲン親衛軍十万と、その中心で戦陣を張る十三勇者。
それに対する青肌のアニメT男。
「おまえらのケツを持つのは、わしの愛しの旦那さま、世界最強の魔人王ヴェルムドォルじゃ。その力がどれほどのモンか、その目で確かめて、今の提案を考えてみるがよい」
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黒沢吟人は、魔人王を取り囲む十三勇者でもやや後方に立っていた。彼の転移した時の位置関係から、自然とそうなっただけなのだが。
十数メートル離れた場所で、遠巻きに魔人王ヴェルムドォルを名乗った男を伺う。
魔人王、というか魔人自体見るのが初めてな彼であるが、
(えっ、なにっ、アレが魔人王!? なんでジーパンにマク○スのパチモンみたいなプリントTシャツ着てんの!? あのアキバの大通りに立たせたら高確率で勘違いしたコスプレ外人ってテレビで紹介されそーな兄ちゃんが最強最悪の魔人王!? な、ないわ~! 召喚されて一番ありえない異世界の実態だわ~!)
動揺のあまり目がくらみそうである。
――その魔人王は、直後キメラの正体について語り始めた。
やはりあったらしい事件の裏の事情に、吟人は衝撃を受ける。
だが。
(かと言って、この流れは変わらんよなぁ……となれば、俺はこっち側につくしかないわけで)
明言されてはいないが、勇者にも〝クビを切られる〟という事がありえるようだし、そうなれば異世界からの帰還もままならない。
たとえ人倫にもとる行いであったとしても、己の為に戦うより他はないのだ。
問題は魔人王がどれほどの強さを持っているかだが、彼はロンガを相手に逃げたと聞く。
この面子であれば、問題なく勝てるはずだが――
その認識は。
魔人王が、構えを取った瞬間に、霧のように消え去った。
「……………………………………ッッ!!?」
吟人の背筋に電流が走ったように錯覚され、毛穴の一切が開き、冷や汗が滝のように吹き出す。
魔人王の構えは、半身になり、左掌を緩く前に出し、右拳を腰だめにする空手にも似たオーソドックスなもの。
ありとあらゆる武術の遣い手がそれを見ても、ただ、基本の構えと評するもの。
ありふれた、誰にでもできる戦備え――
「……おい、十二席の旦那」
思わず、隣の第十二席ゴレアスに問いかければ、彼は不愉快そうに聞き返してくる。
「なんだ? 今にも戦いが始まるのだぞ?」
「ちょっとでいいから聞いてくれよ……ロンガの奴ぁ……〝アレ〟を、逃げるまで追い詰めたっつってたんだっけ?」
「呆けた事を抜かすな。さっき、ロンメオ殿もそう仰っていただろう?」
「だよな……俺の記憶違いじゃあ、ねぇよな……」
乾き、ひりつく喉を唾を飲み込み無理やり潤して、吟人はひとりごちた。
「……………………嘘だろ?」
戦闘態勢に入った魔人王に呼応して、十三の勇者たちもまた構えを取る。
そこに、念話の魔法でメルロが呼びかけてきた。
『――ロンメオの旦那が時間稼いでくれたおかげで、魔人王のステータスが割れよったわ』
これこそが千透智の勇者、鑑定術師メルロ・カーディスの真骨頂、知恵の神メーティスに授かった《能力看破》の加護である。
彼は魔人も含め、ありとあらゆる敵の能力を数値化して見透す事ができる。それを事前登録した仲間内で共有する事も可能だ。
それは《時の神》が作り上げたレベリングシステムと同じ基準で査定され、戦術の組み立ての参考にされる。
仮に敵戦力が中級魔人クラスであっても、この能力を元に適切な配置を行えば、十三人の勇者の力で十分対処可能だ。上級魔人ともなれば攻略は難しいが、逃走の目処くらいは立てられる。
そして、導き出された結果は予想外のものだった。
『――丸っきりザコや。魔力量を始めとした全ての能力値が、下級魔人の中でも最低格ほどにしかあらへん。スキル構成も取り立てて珍しいモンは一つもない……拍子抜けやな。この二百年の魔人と勇者のイタチごっこにすっかり置いてかれたって感じや。それであのドヤ顔。笑える道化やで』
無論、そんな評価が下ったからと言って勇者たちに油断はない。下級魔人と言えど、気を抜けばこちらに致命傷を与えるのに十分な力を持っているのだ。
しかし、全員少なからず希望を抱いたのは確かだった。
――だが、直後、メルロの口から説明が補足される。
彼もまた、少しばかり戸惑っているようだった。
黒眼鏡に投影された敵の能力の、ほんの一項目だけが、気にかかる。
『《魔人拳》……まぁ、連中のほんま基礎も基礎の格闘スキルに過ぎんのやけど……』
『それが、どうしたのです?』
念話を使える第十席ネクタが、彼に問いかける。
メルロは、困惑しつつ答えた。
『スキルのレベル値が、見えへん』
それが、何を意味するかなど加護の担い手であるメルロ自身が理解していないのだから、他の勇者たちにわかるはずもない。
「はっ、それがどうしたってんだよ!?」
大喝して刀を担いだのは、第七席のロンガである。
「俺はもっと上級の《魔人煌拳》や《真・魔人拳》を使う中級魔人とも闘り合った事すらあるぜ! 《魔人拳》のスキルレベルが上限値の魔人ともな! スキル隠蔽の技術を使って隠しても所詮下位互換! 俺の前じゃ児戯に過ぎねぇんだよ!」
敵を前にした昂揚から、戦意に満ちた笑みを浮かべて彼は全身の魔力を練り、神気と重ね合わせ、勇者たるべき究極の気力を発揮する。
流れるような気の操作でそれを足元に集中させ――彼の姿が掻き消える。
彼我の距離は十歩程度。そしてそれは、あらゆる武技の極みに達した東方至高の武人の一人、紅烈刀の勇者ロンガ・ウェンリィにとって指呼の間も同様である。
瞬時に駆け寄り、紫電が如く太刀一閃。それで片が付く。
(今度こそ仕留める! テメェみたいな雑魚魔人、俺の目指す頂への踏み台にすらなりはしねぇ!!)
神に才気を見初められ、得た力、成り上がらないで如何にする。
己は更に強さを極め、そしてどの勇者でも成し得ない程の前人未到の伝説を打ち立てるのだ。
昂揚と共に、軽功極めし縮地の歩法を、一歩、二歩、
――三歩を踏んで、影を前にした。
音速以上の速度で動くロンガを、これ以上なく正確に打撃する間合いに。
彼が動き出すより、遥か先んじてそこに占位せしめていた。
「 ぁ え? 」
紅烈刀の勇者、ロンガは影を見たことしか観測し得なかった。
魔人王の打ち下ろした手刀は、一瞬未満の速度で彼の脳天から入り、股間から抜けていた。
踏み出しの速度のまま、真っ二つに分かたれた男の体が、荒野を軽やかに舞って大地に叩きつけられる。
それを、魔人王は一瞥すらしない。
「0点以下だ」
冷酷な声が、そう告げる。
「どこの誰だか知らんが、この俺を前にして慢心するなど身の程知らずにも程がある」
彼の繰り出した手刀は、血の痕すらついてはいなかった――
――その身の落とす影に、女の濡れた黒髪が浮かび上がる。
十三勇者第二席、フラウ・ミグレド。
その得意とする、影を潜行する暗殺術。
他の十三勇者すら、彼女がいつの間にか集団から消えていた事に気づきすらしていない。
隠蔽系の加護を三つ、影の神スカーサハより賜った彼女の陰形は、それほどのものだった。
黒い短槍を手に、刺突を狙う。
ありとあらゆる生命を侵す毒の刃である。
メルロの伝えた魔人王の毒耐性値からして、即死に充分。
――フラウは、影から跳ね上がり敵の頚椎を突き刺す。
青い首筋に刃が潜り込む――幻影を、最期に目にした。
身体を回転させながらの回避と同時に打ち込まれた拳が、彼女の胸に突き刺さっていた。
心臓と肺が破裂し、逆流した血液が吐血と血の涙となって流れる。
くずおれる彼女が意識を手放す前に、魔人王は言った。
「合理的に判断し、好機を狙って奇襲を仕掛けたつもりのようだが――心気が揺らいでいたな、女。リューミラの話を聞いて動揺したか? 雑念を払わぬまま俺の間合いに立つなど、貴様も最初の男とさして変わらん。0点だ」
――かつて、ある国の王女として何の憂いなく暮らしていた一人の少女がいた。
その少女の国は、魔人によって荒廃し、そして彼女は暴徒と化した民衆に花を散らされ、その怨念を胸に秘め勇者に取り立てられたという。
美しい黒髪を持つ、少女だったという。
「だが、こちらも意図せず貴様の心を揺らがせた事は詫びよう。外見は破壊せずにおいた。後で身内に弔ってもらうがいい」
そう言い捨てて、魔人王は一歩、二歩と生き残った勇者たちに近寄っていく。
全員の面相に、脂汗が浮かんでいた。
――神の加護を持つ勇者の身体は、たとえ上級魔人であっても一撃で殺せる程脆くはない。
決して、決して。
こんな事は、あってはならないのだ。
その想念を踏みにじるように平然と、魔人王は言う。
「さぁ、あと十一人だ。貴様らは、もっとマシな答えを出してみろ」




