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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第二章 ダークエルフと十三人の勇者たち
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9.再び魔人王は町に働きに出かけました。

 いい加減豆とジビエに飽きたのか、あるいはパントリーの一部を丸ごとぬか床に置き換えられたせいか、はたまた魔人王のパーティから高難度クエストに必須のSSRサポーターを勝手にゲーム内アイテムに還元し彼に声にならない悲鳴をあげさせたせいか。


「もー!!」


 とうとうゼノンがキレた。


「いいかげんにせんかリューミラ! ここに戻ってきてからというものわしらの生活を守るどころかぐっちゃぐちゃにかき乱しまくっとるではないか! 一体何が不満じゃっちゅーんじゃ!」


 リビングにて、メイド姿のダークエルフに指を突きつけ糾弾する彼女。その背後では魔人王が膝を抱え、死んだ目で携帯端末を見下ろしている。

 さすがに主になじられて、たじろぎつつも、リューミラはヴェルを指差して言った。


「だ、だって、私納得いきませんゼノン様! この男が貴女様の夫だなどと!」


 彼はリューミラの声も耳に入らず、ひたすら「俺の軍師が……かえらず……かえらず……」とかつぶやいている。


「ちょっと私がこの変なピコピコをいじったくらいで異常なダメージを受けてますし、それに何よりこの男――全く働いていないじゃないですか!!」

「ぐぬぅっ!!?」


 根本的な指摘を受け、ヴェルではなくゼノンの方が苦悶の声をあげ、よろめき後退した。

 そこにメイドは畳み掛ける。


「日がな一日屋敷にこもり人形を不自然に低角度から眺めたり四角い箱に映るひらひらきらきらした少女の踊りを見て「尊い」とか言ったりする他何の活動もしない生産性ゼロの生物を世間では決して家長とは呼びません!」

「べっ、別に、こいつは夫であっても家長ではないし!」


 ゼノンは言い返す。

 ――少女の実家では一家の大黒柱は母親で、それが彼女の家族観に反映されている。


「それに、こいつのいつも見とる珍妙不可思議な映像やらフィギュアって、魔力を貨幣として決済される妙な購入方式じゃし、メシも食わん以上はなにも産み出さんがなにも消費せん極めてエコな存在なんじゃ! そう、ダイオウグソクムシみたいに!」


 彼女の言い分は何のフォローにもなっていない。


「ダイオウグソクムシを夫にする意味がこの世界のどこにあるというんですかっ!!」


 対するメイドの発言は全くの正論である。


「この男自身が何も消費せずとも、ゼノン様が家事をしつつ屋敷の維持費や食費・服飾費その他費用を賄う状況はどう見ても不公平です! 与えるばかりの夫婦関係が真っ当だとは、私どうしても思えません!」

「うるさい! わしにはわしのやり方があるのじゃ! ……わ、わしは、その」


 急に口ごもり、ゼノンは指先を胸元で搦めて言いづらそうにしてから、


「旦那さまは、時折、かっこいいところを見せてくれたら、それで十分じゃし……」


 その開く前の花の蕾のような表情に、猛烈に嫉妬を催すものを見出して、リューミラは更に反論を重ねようとした。


「そんなの、」

「――今回は、この娘の言う事に一理あるな、ゼノンよ」


 いきなりダメージから回復したヴェルが、立ち上がって言った。


「ん? 唐突にどうしたんじゃ、もうちょい落ち込んでてもよいのじゃが」

「いや、よく考えれば奴は便利すぎてむしろゲームが面白くなくなると思ってた頃だし、なんならフレのを借りればいいと気づいた。――話を戻すが、与えられるばかりでは愛とは言わんとは全くその通り。むしろ貰った以上のものを返す事で愛の深さを示すべきと言えよう」


 無駄に自信満々な表情で告げる魔人王。


「どうやら再び来たようだな……働くべき、時機が」

「い、いや、ええんじゃって無理すんな」


「心配するなゼノンよ。俺とて魔人王と呼ばれた男。人間の労働が如き一撃で仕留めてみせよう」


 心配すべき要素が山のようにある発言をして、彼は身をひるがえした。


「待っていろゼノン。すぐに就職口を手に入れ凱旋し、初任給で貴様に城の一つもプレゼントしてやろう」


 やはり不安要素しかない発言を漏らして、力強い足取りで魔王邸の玄関から飛び出していく。


「あっ、ちょっ、ヴェル!?」


 ゼノンは彼を追いかけるが、初任給で妻にプレゼントといういい感じの言葉の響きにテンションの高まった魔人王の縮地は、あっという間に彼の背を遥か彼方へ運び去っていく。


「あ~……」


 追いすがる手を所在なさげにさまよわせ、ゼノンは嘆息した。

 彼女としては、彼が働きに出ても一緒に過ごす時間が減るだけで何も楽しくないし、なにより。


「今は、むしろ一番悪い時機なんじゃよなぁ……」










 魔人王の周囲には猫の子すらおらず、春なのに木枯らしが吹き、荒野から転がってきたらしき西部劇のアレ(タンブルウィード)が足元を猫のようになついている。

 自由都市ムンドの、最も人通りの多いはずの目抜き通りの光景である。


「…………………………………………………………むぅ」


 困った、とばかりに首をかしげ、ヴェルはうなった。

 彼の姿を目撃するなり、町の住民は逃げ惑い家屋の戸を閉め鍵をかけ、屋台は畳まれた。


 青肌に角を持ち金色に輝く瞳が三つなどという特徴的過ぎる容姿だ、人違いという事もあるまい。

 去り際に、町の子供が石と共に投げつけてきた言葉を彼は反芻する。


「厄介者か」


 思えば、ゼノン最後の弟子コール・ノットマンとの戦いに巻き込まれムンド市民が全滅し、その後にゼノンにキメラ化され蘇ってより一月も経っていない。

 自分たちに最大級の不幸をもたらした厄介者として、警戒されて当然なのだ。


 試しに何件か戸を叩いてみたが、面接どころか返事すら返ってこない。

 これでは就職など夢のまた夢であるし、もう帰りたかったが、ゼノンにあんな宣言をした以上手ぶらで即帰宅ではあまりに格好がつかない。


 どうしたものか、と思っていると。

 通りの向こうから、一人の男が歩いてくるのが見えた。


 西方の辺境に見合わぬ、フォーマルなスーツ姿で、奇妙に頭から浮いたシルクハットを被っている。

 というのも当然で、男の顔は人間大の兎そのものだった。


「こんにちわ、旦那さん」


 彼はヴェルの前に立つと、渋いバリトン気味の声で挨拶してきた。状況が掴めず迷い込んだわけではないらしい。


「私はヴィンスと言う者です。この町で、まぁ、少々数の多い家族の、父親をしております……おっと」


 軽く頭を下げたせいで、兎の耳から帽子がこぼれ落ちる。

 それを拾い上げて、ヴィンスと名乗る男はついた砂を払った。


「失敬、失敬、未だにこの兎の顔に慣れなくて」

「俺たちを恨んでいるのか?」


「いえ、いえ……この歳までこの辺境で生きていれば、人生色んな事が起きると心得てますのでね。むしろ兎の顔など、可愛らしいではありませんか」

「そうか――その割には、私兵を控えさせているようだが」


 魔人王の三重魔眼に死角は存在しない。

 通りの屋台の影、商店の二階、諸々の影に武装したキメラが潜み、こちらを注視しているのをヴェルは看破していた。


 なかなかに驚きなのが、地中に〝強襲する土竜(アサルト・モール)〟のキメラが隠れている事だった。

 戦術の出来不出来ではなく、この一月もしない間にそこまでキメラの能力を使いこなせているものがいる事について、目を見張るものがある。


 全体を見渡せば、他の兵たちも獣人セリアンスロープと見まごう程に魔獣の特徴を引き出している。普段は人間に近い身体を取れるキメラ体を作るのがゼノン式のキメラ術であるから、こちらも霊体をコントロールして意図的に姿を変化させているのだ。


 こういった事は、適切な訓練を行わなければできない。


「魔導士なのか?」

「いえいえまさか、私らはそうしたまじないものは苦手でして……ただ、せっかく拾った化物の力なので、上手に使いこなすべきかと思いまして、モグリの術者に金を積み教わりました」


「知恵を持つ者のようだな」


 身に降り掛かった不幸も損得で捉え、冷静に己の力量を計り適切な判断を下す。

 まさしく知恵だ。

 あのエルフに、欠けているものである。


「はぁ、ありがとうございます……しかし、ウチの子たちにも困ったものだ。私一人で行くと申し付けておいたのですがね。本当に、報復のつもりはないのですよ」


 言い訳がましく言うが、この手の人間が本気で部下を押さえ込めば暴発など起こり得まい。


「構わん。立ち回りの賢さに免じて殺さんでおいてやる。用件を言うがいい」

「は、は、寛大なお言葉感謝しますよ魔人様……では」


 と、兎面の男は告げる。ムンド市内の背の高い建物の一つを指差して。


「少々、我々と茶飲み話に付き合って頂けますかな? なに、長くお手間は取らせません」


 ヴェルの知らない事ではあるが、彼の指先にあるのは、市長が政務を行う市庁舎の最上階だった。

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