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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
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3.魔導王ゼノン・グレンネイドの最期 ③

「ま  さ  か」


 戦慄するゼノンに、コールは勝ち誇って告げる。


「色欲に染まった聖女だって? 随分とひどい侮辱をするもんだ。人間神の中でも大神の一柱ですよ、この御方は」

『ふふ……もう種明かし? お早い事ねぇ、コール』


 広間の空間が歪む。

 高次生命体の受肉プロセスだ。精神世界から物理世界に影響を及ぼし、仮初の肉体を構築してそれに宿る。


 現れたのは、濡れたような黒髪を持つ、白い装束に身を包んだ長身の美女。

 大気が震えを起こすほどの神気を除けば、見覚えがある。


 ここの所、週に三日は尻を揉んでいる相手だ。


「ウィータちゃん……なるほど、そういう事か《命の女神(ヴィタエ)》」

「――ほら、(わたくし)の正体を察した瞬間に《権能》の対応を始めてる。この抜け目の無さがゼノン・グレンネイド。古神代から数えても最強の座にある魔導士よ」


「す、すいません……しかし、この悪漢に、少しでも屈辱的な死を与えてやりたくて」


 慌てて謝罪するコールの顎を、女神は非現実的なまでに美しい指でつるりと撫でる。

 少年は、官能を呼び起こされて身震いした。


「いいのよ、コール。我らが眷属。この男の打倒に貢献した貴方ですもの、この程度のうさ晴らしは許しましょう」

「神と契約したのか、コール……しかも、よりによってこのエロ女神とは」


 脂汗を垂らしつつ、ゼノンはうめいた。


「エロ女神とはゴアイサツね。出産は、神聖なものでしょう?」


「詭弁じゃ詭弁……神界に都合の良い結婚を仕組んで、ガキが生まれるまで監視するような出歯亀やり手ババアとか、趣味でもなきゃ到底できん……クソッ、ババアのケツを週に三回も揉んでしもうた……一生の不覚じゃあ」


「五百歳超えたジジイが何を言ってるのかしら……っていうか三回どころじゃないわよねぇ。延長含めて五時間のうち、秒間三度はそのスケベな指が人のお尻を撫で回してたわよ」


()けるのは老人の専売特許じゃからの……」


 残念。記憶の捏造は叶わなかった。


(っつーかオイオイ、マジでやばくないかコレ? 時間を稼いでも《権能》の解除どころか、解析もロクに進まん……対神用の停滞術式も全力でやって拮抗が精一杯じゃ。死神級の呪詛すら解呪できるこのワシが?)


「無理よ無理。いくら貴方でも、十二柱の大神が協調した計画にはまり込んで、逃れられるわけがないでしょう」


「女神自らが、色街のホステス役をやってまで、か……いや、その捨て身ぶりには恐れ入る」

「それだけ貴方は危険視されていたの」


「ふん……本物の人間のおなごにしか、見えんかったのじゃが」


 ゼノンはもちろんただのエロジジイではない――敵の名前を挙げれば一晩で足りないエロジジイだ。五百年の内に引っかかってきたハニートラップは数知れない。


 怪しいと思った女は精神体レベルで解析して害のない事を確認している。

 いたずらな春風の泉のウィータちゃんと、店員全員の霊的構造には偽装の痕跡も一切なく潔白で、記憶走査でも普通の人間の経歴しか検出されなかった。


「人間の魔導士レベルならたやすく看破したでしょうけどねぇ、ゼノン。神をナメ過ぎよ? 《偽りの神(ロキ)》の権能で洗浄した受肉体を《時の神(クロノス)》とその眷属で経歴偽装した……いくらあなたでも、ここまでの欺瞞工作を見破るのは不可能というものよ」


「大神レベルの権能を無駄遣いしおって……ちったぁ信徒(にんげん)に還元してやれ」

「だから言ったでしょう? 貴方はそれほど危険視されてるって。三界大戦の教訓から、我々はまつろわぬ者を積極的に管理する方針を固めました。ましてやあのヴェルムドォルと同等の力を持つ人間など……牙をムかれる前に、ヌいておくのが得策でしょう? 子羊には、眠っていたままでいてほしいの」


「ムくとか、ヌくとか、いちいちイントネーションからエロいなこの淫乱女神……いたいけな童貞小僧をたぶらかしおって」


 コールをぎろりと睨みつける。

 少年は、ゼノンの眼光に総身を震わせ、気圧された自分を否定するように声を張り上げた。


「な、なんだってんだよ! アンタが悪いんだろう!? 僕を認めず、飼い殺しにして……」

「チッ……子を作った経験がないのが、裏目に出たわ……おい馬鹿弟子」

「……っ」


 こちらの言葉に耳を塞ぐコールに、押し付けるようにゼノンは告げた。


「――責任を、持てよ」

「あ……アンタを、助けろって事かよ。出来ないに決まってんだろ、」


「アホウ。この土壇場でそんなモン期待するか……もう、お前はワシの手を離れたのじゃ。――責任を持て、コール。自分の行いに」


 そこで停滞術式が切れた。膝をついている事もできなくなり、身体ごと床に倒れ込む。

 たった数分魔法を行使した程度で、ゼノンの魔力は枯れないはずだ。


 いや――これは、魔力枯渇とは違う。


(なに か……接続を、切られるよう、な)

「ふふ、貴方に飲ませた酒は、究極の秘薬よ?」


 女神ヴィタエが告げる。


「私の命の権能と、《龍神(ヴァスキ)》の秘術をかけ合わせた――《転生の秘薬》。肉体と精神体が接続している限り、貴方はどんな攻撃手段も魔法で対抗してしまうから。強制的に魂魄と星幽体を引き剥がして、生命の潮流に引きずり込んでいるの……呪詛の類とは真逆。生命体である以上不可避の〝救済〟となれば、貴方も対抗手段を持っていない……我々にここまでさせた人間は、貴方が初めて。けど」


 女神は、その名が示すように腹立たしい上から目線で、小さく、ゼノンへ餞を送る。


「――貴方、本当に優しいのね。自分をハメたクズを最期まで弟子扱いして」

(アホなこと、抜かすなババア……)


 消え行く意識を必死でたぐろうとしつつ、ゼノンは悪態をつく。


(チ……)


 ありとあらゆる死地をくぐり抜けた感性が、これで終わりだと囁いていた。


(クソ……未来で、ヤツを、一人……残す……ことに……)


 そして、彼の意識は昏く閉ざされた。

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