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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第二章 ダークエルフと十三人の勇者たち
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6.十三人の勇者たち ③

 十三人の勇者が揃ったところで、席次で言えば六番手のルシオンが挙手をした。


「……今回の件については、僕が座長を務めさせて貰っていいだろうか?」


 彼の発言に、吟人はある意味感心した。

 この場にいる十三名の中で、彼が最年少だというのによく怖気づくこともなく自己主張ができるものだ。


 実際、すぐさま異議が上がった。


「こういう時は首席ロンメオ次席フラウが音頭を取るモンだろう?」


 最初に吟人に文句を言った赤毛の勇者だ。年の頃は吟人と同じくらいで、胸甲ブレストプレートや脚甲といったいささか軽装寄りなのも彼と同様、ただ確か扱うのは片刃の長剣で……


「炎熱の神アグニに導かれし〝烈紅刀の勇者〟ロンガ。それも一つの道理だとは否定しない」


 と、ルシオンは応じた。

 どうも上座を起点として左右に順番に割り振られているようだから、彼の真向かいにいる彼は第七席次という事になる。


 水属性と火属性って、明らかに対立フラグじゃん、と思いつつ吟人は彼らの応酬を聞く。


「しかし、ロンメオ殿は国の英雄であり、不老の加護により見かけはお若いままだがご高齢だ。むしろこのような雑事を乞う事こそ不敬と言えよう。フラウ殿は失礼ながら、国外を放浪して長い。今回のような国家の重大案件を取り仕切るには不向きだ」

「……別にいいわ、それで」


 上座の隣に座る、影を写したかのような美しい黒髪をした女がつまらなそうに言った。

 ありがとうございます、とルシオンは言い、そして唐突に顔を歪めた。


「そして僕には、貴族として果たすべき責任がある」


 屈辱と怒りの色だった。


「僕は勇者であるとともに、この国の子爵でもある――コンラッド殿下とも、知己でした」


 その感情を、彼は声に乗せて語る。


「あの方にはとても返しきれない恩義があった……ランゴバルト陛下と同じ、いやそれ以上に国を想う、真の賢君の素質を持つ方でした。半魔獣の賊なぞに討ち取られて良いはずがなかった……なんで僕はあの場所にいなかったんだ……!」


 目尻に涙すら浮かべる彼に、吟人の斜向い、つまり第十一席に座る女が声をかけた。


「……ルシオン君、自分を責めないで。あなたはその時、東部に出没した魔獣の討伐に出ていた。あの時、あなたがいたからこそ救われた命もあったのよ」

「メリッサさん……すいませんでした。つい、取り乱しました」


 呼吸を整え、気を静めると彼は言った。


「この悔恨と憤怒を共有できるのは、帝国貴族たるロンメオ殿と僕だけです。申し訳ないが、皆さんは外様だ。この件に関してだけは譲れない」


 決然とした宣言に、第五席のグラサン男が言った。


「ま、エエんやないの? 所詮会議の仕切りやし。戦闘バトルん時は、ワシみたいなパーティ持っとるヤツらは勝手にやるしな」


 異世界勇者には言語理解スキルも付与されるが、なぜこの男、〝千透智の勇者〟メルロ・カーディスの喋りが似非関西弁に聞こえるのかは分からない。


「そりゃあ、アンタは文句ないだろうけどな……」


 ロンガが食い下がった。


「あん? なんやロンガ、文句イチャモンでもあんのかい」

「そりゃあな。帝国の勇者全員を招集した以上、組んで戦るシチュエーションは絶対あるだろ。そういう時主導権握るのはどっちにしろアンタじゃねぇか、千透智サンよ」


「ワシは敵のステータスを流しとるだけやで。知覚系スキル持ちはたまーにアンタみたいのに絡まれるんよなぁ。意図的に情報を操作して戦況をコントロールしてるっちゅう」

「違うとでも言うのかよ?」


「オイオイ凄むなや。ワシ、サポート系やで? バッチバチの前衛とケンカして勝てるワケないやろうが……普通はな?」

「てめぇ――」


 一触即発、といった空気が渦巻いた所で、


「――ロンガ殿、メルロ殿」


 中央から、円卓を一太刀で寸断するような声が上がった。

 白銀の鎧姿で首席に座す、金髪の、整った顔立ちをした三十路絡みの男は何か気分を害したようでもない。ただ、静かに彼らに呼びかけただけだ。


 しかし、二人の激した男は凍りついたように静止している。


「この円卓に集う者たちはどういった存在か? 少し考えて貰いたいな。神の正義を示し、人界に平和と繁栄を約束する勇者だ。決して安酒場で喧嘩をするチンピラの集まりではないはずだ」


 冷静な口調で痛烈な批判を受けた彼らは口をつぐむ。

 そして彼、ガッツェ=バンゲン十三勇者首席ロンメオ・ザイフリートは次いでルシオンの方を見た。


「静観していたが、君もまた同格の勇士を主導するには早すぎたようだ。人を導く者は、人前で激し、涙を見せてはならない」

「も、申し訳ありません……」


 恥じ入ったように顔を赤く染め、うつむく彼にロンメオはフォローを入れる。


「しかし、真っ先に手を挙げたのだ。この件に関しての情報は取りまとめているのだね? 多忙を言い訳にする訳ではないが、私よりも深く事件を知悉する君に、補助を頼みたいな」

「は、はいっ!」


 顔を上げ、露骨に憧憬の眼差しを見せるルシオン。


(……人の操縦上手ぇなー。確か八十越えてんだっけ。年の功ってヤツかねぇ)


 などと、吟人は関心しつつその様子を眺める。

 ロンメオは、自然と一呼吸の間を置いてから、よく通る声で告げた。


「さて、今回、我々十三勇者が参集したのは、皇帝陛下より直々の討伐依頼を受けたからだ。依頼内容は、皇太子コンラッド殿下を殺害したキメラの討伐」


 それを受けて、左右の席から同時に声が上がった。


「「キメラ、ですか?」」


 第三席次、第四席次を占める〝双剣子の勇者〟イミナリオ兄弟である。


「訝しむ気持ちは分かるよ。本来キメラというモンスターは、討伐難度D、相当高度な術者に作られたものでもBを上回る事はない。この中に、受注クエストの平均難度がAAを下回る者はいるまい……だが……ルシオン?」


「はい。そのキメラは、精兵揃いの近衛兵を十数名一息に皆殺しにしてのけ、魔導警戒網の補足出来ない速度で飛行し、逃走しています。かつ、国内の聴取では王宮に侵入する以前に各所で魔獣の殺害事件を起こしていると判明しました」


「ふむ、なんの為にそんな事をしたのだろうね」

「……私見を述べてよろしいですか?」


「構わんよ」

腕試し(・・・)をしたのではないかと。国境から王都に至るまで七回、ヤツの手で魔獣が殺害されておりますが、最初は〝鋭刃毛灰色熊エッジファー・グリズリー〟、次いで〝陸棲白海蛇ランド・サーペント〟……最終的に朱鱗山脈を踏破して近場の町で〝貴種朱竜スカーレットドラゴンロード〟三体分の素材を換金していた事まで確認できています」


「徐々に難度を上げていったという感じだね。……しかし、最後のはキメラ離れも甚だしいな。最悪、魔人級の戦力を持っているという事になる……実際、どうなんだね? キメラと似た能力を持つ魔人という事はないのかな?」


「そういう観点でしたら、メルロ殿に先行して鑑定を依頼しておりますので、彼から聞いた方がよろしいかと」


 水を向けられて、興味なさそうに二人のやり取りを伺っていたメルロが応じる。


「あー、現場で魔力痕を精査したけど下手人は間違いなくキメラや。――ただし、アレを作った術者はありえんほど腕っこきで、ありえんほどイカれとる」

「どういう事だね?」


「構成因子100以上のキメラなんぞ成功例が無いどころか専門の錬金術師もまずやろうとすら思わんわ。合成された霊体が定着せず分解されるか、表出する因子のバランスが取れずに身動きも出来ん肉の塊になるのがオチや。〝目撃者〟の下男のガキが言うにはそいつ、普段はたいそう色っぽい十五か十六くらいのエルフのおじょーちゃんの姿しとるらしーやないけ。もうワケが分からへん。ワシがキメラ専門でやっとったら発狂して首くくっとったやろな」


 ぐえぇ、と首を吊るジェスチャーでメルロは言う。


「ふむ……幸い、その、信じがたいことに、という前置きはつくが……そのキメラが術者の名前と所在地を残していってくれた」


 ロンメオは、その名前を告げた。


「ゼノン・グレンネイド……知っているかな?」


 その問いかけに、第七席までが沈黙で返した。

 そして、


「〝残念賞〟のゼノン、という都市伝説が西方大陸の冒険者の間では有名だったな」


 第八席。〝万里弓の勇者〟ノールドが言った。


「なにかな? それは」

「西方大陸では特に階層の深いダンジョンが多い事は知っているよな? 腕利きの冒険者が苦労してその最下層にたどり着くと、大概〝魔導王ゼノン・グレンネイド様参上〟という壁のイタズラ書きと共に目ぼしい宝がかっさらわれていたという……」


「それは残念な話だね……ふむ、同一人物という事はあるのだろうか」

「さぁな」


 と、ノールドは興味なさそうにしていた所に、第九席、密偵然とした黒フードの男が言う。


「……魔導王と称し、高難度ダンジョンを踏破する実力を持つ魔導士と……メルロいわくありえん程の腕っこきのキメラ術者が全く同一の姓名を名乗るとなれば、何か関係があってもおかしくはない……」

「グリオ殿の言う通りだな」


 ロンメオは言った。


「今現在、魔導王と言えば国連魔導士協会の主流派閥の一つであるノットマン一族の開祖、コール・ノットマンという事になっているね」

「主流、という程でもありませんよ。落ち目の派閥です」


 ローブ姿の、いかにも魔導士然とした男、第十席〝風雪杖の勇者〟ネクタが言った。


「ふむ。子孫はそれほど出来物でもなかったのかな。魔人王の封印を始めとして、数々の功績を持つ大人物の血を受け継いでいるなら、もっと華々しい家系であってもいいはずだが」


 ロンメオの物言いに、なぜか第七席のロンガが「はん」と嘲笑めいたものを漏らした。

 首席にもそれが届いたはずだが、彼は気にかけなかったようだ。発言を続ける。


「すまないね、含みのある物言いをしてしまった……というのもだ、私はコール・ノットマンが偽物の魔導王であると疑っているのだ」


 第五席メルロ第十席ネクタといった魔導士たちが目を見開いた。


「私は若い頃、さる強力な魔導士の助力を得た事があってね……彼は自らを、魔導王ゼノンの弟子と名乗っていた。コールの名を出した時、彼はそいつは偽物だと言っていたよ。私は、表舞台に立ってから一度も魔人を討伐していないコール・ノットマンより、直接目にした彼の実力を信じる」


「そら中央学府ソフィアラにネジこんだらオモロイ事になりそな話やけど……つまり、今回魔導王を名乗ったヤツは」

「隠蔽された真実を知る程、魔導王ゼノンに近しい人物か……あるいは、本人という事も考えられる。高位魔導士の一部は、人並みの寿命を超越しているからね」


 メルロの物言いを引き継いで、ロンメオは言った。


「魔人王に打ち勝った魔導王、強敵だ。ガッツェ=バンゲンの最大戦力をもって当たるのは、妥当と言える」

「は、どうだか」


 それに何故か異議を唱えたのは、またしてもロンガだった。


「二百年前の話だぜ? 実際蓋を開けてみれば、大した事はないんだろうぜ」

「ロンガ殿、貴殿が高みを目指すのなら、その侮りは障害になるだろうね」


 彼の物言いに、諭すようにするロンメオ。


「我が皇帝陛下も、それを心得てらっしゃる。今回、獅子搏兎の気構えで事に当たるようだ……親衛軍十万を、セリオン都市連合国に進軍させるよう準備を整えている」


 その言葉に、吟人は思わず、えっ、という顔をした。

 やはりロンメオは目ざとかった。


「ギント殿。何か異議がおありかな?」

「い、いやー、俺は別に」


「何も責めているわけではない。ほら、さっきから貴殿は発言していないようだから……本来、我らは対等な勇者だ。自由に、議論に参加してくれて構わないのだよ?」


 平均的日本人である黒沢吟人 (20)は、自由な議論と言われて「いやいやほらそこはあれ」と言ってしまうタイプだ。

 というか。


(隣のッ! 十二席の! この青鎧のいかにも文句多くて場をかき回しそうなヤツ! コイツもさっきから何も発言してねーんですけど!? いかにも陰キャラな九席のヒトすら一回は喋ってんのに! っつーかさっきから女子勇者勢見てたり机の下で文庫本読んだり明らかにサボってんですけどォ!? 絶対コレキャラ被ってるロンガ(ヤツ)がいるからダレてるんですけどォー!?)


 心の中の声は誰にも届かず、吟人には二十四の視線が突き刺さった(十二席も場の空気につられてなんとなくこっちを見たのだ)。

 仕方なしに、言った。


「えー、っとぉ……これ、ぶっちゃけ皇帝陛下の息子サンの仇討ちなワケでしょ? そういう理由で、軍隊とか出しちゃうワケ? みたいな……そもそも税金から俺らの報奨金出てる以上、そこからなんつーか、ほらあれ」

「馬鹿を言うな!」


 案の定、言い切る前に文句が出た。

 ルシオンが、憤怒の表情で吟人を糾弾してくる。


「皇太子の殺害だぞ!? これは国家の威信に関わる問題だ! 我がガッツェ=バンゲン双連帝国の誇りをここで示さずしてどうする! 何より皇帝陛下は国の父とも言うべき存在! ならば国家は兄弟だ! 無念の死を遂げた兄弟の仇を討つのは当然だ!」


 少年は、噛みつかんばかりの勢いだ。

 とりあえず、へぇへぇすんません、と謝ろうとした所に、


「ギント殿の世界は、民に主権があるのだったね……なるほど、そんな世界ならではの考え方だ」


 ロンメオの言葉は、あくまで穏やかなものだった。

 ――少し、羨ましいな。


 ただ、そんな、小さな言葉が挟まれたのを誰も聞きとがめなかった。

 彼は告げる。


「しかし、この世界ではルシオンの言い分の方に理がある。陛下も、何も私情だけで事を成すわけではないのだよ。皇太子殺害という程の大きな事件を放置していては、他国から軽んじられかねない。これは政治的な問題でもある」


 それに、と彼は続けた。


「リューミラと名乗ったキメラは、ゼノン・グレンネイドがセリオン都市連合国を支配しているかのような趣旨の発言をしている……今のところその事実は確認できないにせよ、最悪のケースを考慮するのは当たり前の事だ――それに、もう一つ」


 と、彼は前置きして、


「先年復活した魔人王ヴェルムドォルもまた、かの国にいると冒険者ギルドのネットワークから報告が上がっている……最悪に最悪を重ねるのなら、二人が手を組んでいる事すら考慮して動いた方がいい」


 その発言に、円卓がざわめいた。

 それを打ち破ったのは、ほぼ中央。

 第七席の男だった。


「はっ、魔人王なんて大した事はないさ」


 ロンガは、周囲の動揺をあざ笑うように言った。

 ロンメオが、場を代表して問う。


「先程から、貴殿の発言には含みがあるね。理由を、聞かせてもらえないだろうか」

「なぁに」


 と、彼は自信に満ちた顔つきで告げる。


「ヤツが復活した直後に組まれた討伐クエストに、俺は参加しているんだ。あとほんの少しの所で逃げられたが――あんな弱い魔人見た事ねぇよ。魔人王伝説なんてのは、誇張された昔話ってヤツに過ぎなかったんだよ」


 その発言に、再び円卓は騒然とした。

 唯一静謐を維持していた、首席のロンメオが言う。


「それが事実で、相対する敵が他愛もないものだったとしても、気を抜くべきではない。我らは勇者だ。この剣を以って、正義を問い、問われる存在だ。敗北は決して許されない」


 そう言い放って、円卓を見渡し、ひとりひとりに呼びかけた。


「影の神スカーサハに導かれし〝深影棘の勇者〟フラウ・ミグレド殿」


「星の神ジェミニに導かれし〝双剣子の勇者〟ガンド・イミナリオ殿、ジェド・イミナリオ殿」


「知恵の神メーティスに導かれし〝千透智の勇者〟メルロ・カーディス殿」


「水の神アプサラスに導かれし〝氷帝剣の勇者〟ルシオン・アルバニス殿」


「炎熱の神アグニに導かれし〝烈紅刀の勇者〟ロンガ・ウェンリィ殿」


「狩猟の神ウルに導かれし〝万里弓の勇者〟ノールド・ズェッペルン殿」


「フラウ殿に同じく、影の神スカーサハに導かれし〝絶影脚の勇者〟グリオ・ゼペト殿」


「風の神ボレアースに導かれし〝風雪杖の勇者〟ネクタ・マグニカ殿」


「治癒の神アスクレピオスに導かれし〝癒手の勇者〟メリッサ・ハーグマン殿」


「戦の神アレスに導かれし〝巌戦槌の勇者〟ゴレアス・ボア殿」


「力の神マグニに導かれし〝轟天槍の勇者〟ギント・クロサワ殿」


 十二名の同胞に声をかけ、最後に彼は自分の名乗りをあげた。


「そして、光の神ルーに導かれし〝輝光剣の勇者〟ロンメオ・ザイフリート。この十三名と、栄光のガッツェ=バンゲン双連帝国親衛軍十万で正義を行使する。立ちはだかるのが魔導王であっても、魔人王であっても関係はない。不退転の意志をもって、これを討ち滅ぼし勝利する。それが、我ら勇者の使命である」

 

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