5.十三人の勇者たち ②
「っはぁ~、円卓かよ。気分出るねぇ。軍の幹部さんが使ってる部屋かい? ここ」
案内役の騎士に連れられた部屋の中心に置かれたものを見て、吟人はうなった。
直径でも十メートル以上はある、身の詰まってそうな木材で設えられた円卓である。
周囲の調度品も見たところ一級品で、相当高額な費用を投じられた部屋であるとは彼にも理解できた。
手入れも毎日行われていると、なんとなく小姑気分で卓を指でなぞりつつ確認する。
さぞやおエラい方々が日々使っているのだろう……などと思っていると、
「まさか。我ら勇者専用の部屋だ」
先に着席していたルシオンが言った。
「僕らは立場的には国賓であり、国軍相当の戦力だ。将軍よりも遥かに地位が高い。まさか同じ部屋で会議を行うわけにもいくまいよ」
「え、なに、この部屋、わざわざセッティングしてくれたの? 悪いねぇ」
「違う。あらかじめ設えられていたのだ……おい、この辺りの常識をいちいち説明しなければならないのか?」
さすがに苛立ってきたのか、眉根を寄せて言うルシオン。
吟人は彼をおちょくるのを諦めて、首元の白毛玉を頼った。
――アルヴいわく。
勇者とは神に導かれし者であって、国家に帰属してはならない存在である。
という謳い文句は、完璧なほどに建前である。
勇者という存在は、国家との繋がりを持つ事を避け得ない。
彼らが神の加護により一般人と隔絶した戦力を持つとは言え、修行期間は必要であるし、それは冒険者ギルドに登録し、依頼をこなすという形で行われるケースがほとんどだ。
討伐難度の高い魔獣を倒したり、高額な賞金首を捕獲・殺害する事で経験値を取得しレベルを上げるシステムを《時の神》と眷属の神々で作り上げているからだ。
だから、各国には《神殿》という神界の任務を円滑化する組織から派遣されてきた人材が常駐し、冒険者ギルドの運営に参加しており、そしてそうした活動には国家の認可や後ろ盾が不可欠である。
国としても、依頼という形式を取れば特級戦力である勇者の一時的な雇用も可能という旨味がある。
どの国も自国民が勇者となれば謁見を許し、路銀を支払いつばをつけておくし、ルシオンのような貴族階級出身の勇者となればとりあえず爵位を授ける。
吟人にしても、〝転移先〟がガッツェ=バンゲンだった時点で、同国の冒険者ギルドに登録する以外の選択肢はなく、冒険を繰り返しレベルを上げている内にいつの間にやら皇帝の招集を受けて駆けつける立場になっていた。
そして、円卓の間しかり、たいていの国は城内に勇者の為の部屋を建設しているのが常識だとの事。
――それ、ズブッズブに癒着している関係って言いませんかねぇ?
という本音は飲み込んでおいた。
「さてっとぉ」
と、吟人は尻をつけるのもためらわれる程重厚かつ細工も精緻な椅子に腰掛けようとする。
(ヤッベェな、俺こんな高い椅子座った事ねぇよ。座り心地が良すぎて離れられずに痔になったらどうしよう)
などとアホな心配までしていた。
そわそわしながら尻を下ろそうとした所で、
「――待て。アンタ、そこに座る気か?」
と、赤髪の鎧姿の勇者に留められた。
「ん? なんかマズかったかい?」
「その席次は第五席だ。〝千透智の勇者〟メルロ・カーディスが本来座るべき場所なんだが……アンタ、異世界から喚ばれた新参者だろう? 魔人の討伐数は?」
「っあー……ゼロだね。つか出くわした事すらねぇや」
「なら、そこの末席に座るんだ。ガッツェ=バンゲンの他の勇者は、少なくとも三体以上の討伐経験を持ってる」
歴戦の勇士らしき落ち着いた佇まい――の奥深くに、少量の優越感と蔑みを覗かせつつ、彼は言った。
「へーい」
特に口答えする事もなく、吟人は指示された席に座った。
実際、彼の実績はこの場にいる誰よりも下だし、実は秘められた力を隠していて戦えば圧倒できる、みたいなよくあるオチもない。
この、勇者という存在が飽和した三層世界において、異世界から召喚された勇者というのは概して実力が低い。
まず剣と魔法の世界とやらに慣れる事から難しいし、親類縁者もない場所にいきなり放り込まれるので、メンタルに相当な負荷がかかる。
どこぞの神官が統計を取ったところ、異世界勇者の実に二割程度が鬱病にかかるというのだから、当初は学生時代のラノベ読み経験からある程度期待感を持っていた吟人からすればガッカリする話である。
それでなぜ神々が異郷の勇者を採るのかと言えば、彼らは三層世界出身でないがゆえに時に常識はずれの成果を上げるからだと言う。
そういう意外性とは無縁のパーソナリティを持つ彼としては、大人しく外様に甘んじるより他ない。
別に、末席だけパイプ椅子というわけでもなく全く同じものなのだから、文句はないのだし。
「っあー……ヤベェ。ホントに座り心地がイイわー……この椅子分のスペースでいーからここに住ませてくんねぇかなぁ……」
背もたれに身を預けて、緩んだ表情をする吟人。
「――おい、包み布が当たる」
隣の、今度は筋骨隆々とした青鎧の男にたしなめられた。
「あ、スンマセンスンマセン」
吟人は謝罪して、椅子に立てかけた槍の包み布を巻取る。
青鎧はまだ憤懣やるかたないようで、追い打ちの文句を言ってきた。
「貴様、なんで得物を持ち歩いているのだ? 〝倉庫〟の加護を与えられているだろう? 神造兵器を手で持ち運ぶなど、盗まれたらどうするつもりなのだ?」
――神々の提供する最も基礎的な加護に、〝倉庫〟の加護というものがある。
文字通り、アイテムを異空間に収納する加護で、言うまでもなく利便性は計り知れない。
どの勇者にでも与えられ、どの勇者でも使っているのがその証拠だろう。
で、神造兵装というのはこれまた文字通り神の鍛造した兵器である。
闘神の類に帰依する勇者は持っていて当然だし、昨今は《鍛冶の神》とその類縁が作刀した武具を周囲に提供している事もあり、ほとんどの勇者が保有している。
威力はとみに絶大で、《武神》の勇者が放った神剣の一撃は山をも砕いたという。
吟人を導いたマグニもまた闘神の類なので、彼の力を込めた神槍を保有しているが……
「ああ、これなら大丈夫っス。ただの鉄の素槍なんで」
彼が包み布を巻いて持ち運んでいるのは、なんの加護もない、武器商から買い付けた一般的な直槍である。
マグニの神槍は確かに強力だが、反面破壊の規模が大きすぎて普通の冒険者クエストではとても使えない。蟻の駆除に大砲を持ち出すようなものだ。
それを最初の冒険で痛感した吟人は、すぐに似た間合いの直槍を買い付け持ち替えた。
いざという時の切り札に神槍を使うスタイルで行こうと彼は考えていたが、マグニの加護さえあれば、その装備でも十分クエストはこなせる。
それから三年間、神槍を使う機会はほとんどなく、直槍の方は破損する度に買い替えてもう十代目を越しているところだ。
「だからと言って、収納する事はできるだろう? 持ち歩くなど、邪魔になるとは思わんのか?」
「はぁ、そりゃそうなんスけどねぇ……こう」
彼は、槍を握ったまま答えた。
「三年振ってても、槍の使い方がまだまだ分かってねぇようでして……肌身離さず持ってりゃあ、ちったぁ身についてくるかと思ってるんですわ」
その言葉に、青鎧は「はぁ?」と当惑の顔を見せる。
「〝超速成長〟と〝技術改変〟の加護さえあれば、槍術のスキルレベルなど真面目に一年もクエストをこなせば上限値に達するはずだろう?」
彼の物言いは、「お前は真面目にやってなかったのか?」という含みがあった。
「いやいや……もう槍術のレベルは上限まで来てるんスけどねぇ……そういうこっちゃあ、ねぇんですわ」
吟人の言い分を、青鎧は理解しなかったし、むしろ低レベル勇者が妙な虚勢を張っていると解釈した。
「フン、異世界人はこの世界の理を受け入れられんようだが……勇者の強さとは、経験値を蓄積してステータスを向上させる事だ。それが神々の作り上げし魔界に対抗する為の至高の仕組みであり、そのおかげで我らは人間の身で魔人をも討伐する力を獲得できる。ぶつくさと抜かすヒマがあったらダンジョンに潜って一匹でも多く魔獣を倒してレベルを上げ、魔人討伐に参加する事だな。魔人と戦わぬ勇者など、存在する価値もないぞ?」
「はぁ、先輩からのアドバイス、ありがたく頂いときますわー」
吟人は、青鎧を見もせずに言った。
そんなやり取りをしている間に、欠けた席も埋まってきた――




