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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第二章 ダークエルフと十三人の勇者たち
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4.十三人の勇者たち ①

 ガッツェ=バンゲン双連帝国の城門前で、一人の薄汚れた旅装の青年が、重厚な門構えとその向こうの城を眺めていた。


「っかぁ……何度見てもデッケェなぁ……修学旅行で行った凱旋門よりデッケェよ。どうやって作ったんだぁ? って毎度疑問に思うぜ」


 日焼けしてやや茶色がかった黒髪と、それよりもやや明るい色合いの瞳。平凡な顔立ちだが、妙に倦怠感に満ちた目つきをしている。

 フード付のマントの内に革鎧を着込んでおり、肩に長物を担いでいた。


 布をかぶせているが、おそらく槍だろう。

 得物を握る腕は、筋骨隆々という程盛り上がってもいないが、鍛え込んだ張りを備えていた。


「修学旅行……もう三年経っちまったなぁ……ハタチだよ。ヤベェなオッサンじゃん」

『その、三年間の一人旅のせいか。独り言が増えたなギント』


 声帯を介さない念話にて、フードの首元から這い出てきた毛並みの白い小動物が言う。


「シロ公よぉ、そいつぁ正確じゃねぇよ。一応、冒険者の一団パーティって奴にも入ってた時があったろうがよ」

『君が、アルヴという正しい名称で私を呼んでくれるのはいつになるのかね? そして、一月程度で〝ダルくなった〟と抜けていくようなパーティとは、コミュニティを築けたと私は認識しない。あと、二十歳は中年齢男性を意味する〝オッサン〟という言葉には相当しない』


「まくしたてんなよぉ、俺、口下手なんだから。――この世界の文明レベル、お約束どおり中世じゃん? 人生五十年じゃん? 寿命の三分の一以上生きてるって完璧オッサンじゃん?」


『ほう、これが異世界差別という奴か。この世界は科学技術の代わりに魔法が発達しているのだよ。石材をエンチャントすれば鉄筋コンクリート並の強度を持てるからこんな大きな建造物も建てられるし、食糧保存も魔法で冷やせば良いから流通だってスムーズだ。人間の大国に限れば、平均寿命は君のいた国とそう変わらない』

「はぁん、いつもの説明セリフご苦労さんです」


『なに、これが私の役職なのでね。〝異世界勇者〟ナビゲーターの天使アルヴ、御用とあらば即参上して君の無知を照破してご覧に入れよう』

「通勤時間0秒で人を小馬鹿にするのが仕事って。なにそれ超楽そう。俺でもなれんの、それ」


『人界出身の勇者は功績あれば引退時に天使として引き立てられる事もあるが、君は元の世界に帰りたいのだろう? ならばこのまま使命に励む事だ』

「へーへー。おかげ様で三年間ブラック労働に励ませて頂いておりまする」


 いかにも軽く、飄々とした調子で言う青年だが――表情に、いささかの懐疑の色がある。


(マグニの神さんが言うには、十分仕事をしたら帰らせてくれるって話だが……どうもな。ニンジンぶら下げ走らされてるお馬ちゃんの気分だぜ)


 だが、その色を首元の天使アルヴには気取られないよう隠している。

 ――城門を前に、ぼろに近い衣類をまとった男が立ちぼうけて遠目には独り言を言っている風景は、門番にとって決して快いものではない。

 いつの間にか、二人ほどの番兵が彼へ駆け寄ってきていた。


「なんだお前は! 去れ!」

「っあー、すんません。俺、ここの王様に呼ばれたモンでして……」


「っ! 何を世迷い言を! 貴様のような浪人が陛下の客だとぉ?」

「不審な! 大人しく縄につけ!」


「あーもう、すぐこれだよ……文明はどうあれ、人権意識とかマジ中世じゃんね」


 ぶつくさ文句を言いつつ、衛兵槍を突きつけ迫ってくる兵士二人を眺める青年。

 そこに。


「――静まれ!」


 玲瓏と響く声が、番兵を制止した。

 城門そばの勝手口から現れたのだろう。白銀の鎧に身を包んだ、いかにも高貴そうな身なりの少年が自信に満ちた足取りで近寄ってくる。


 霊的知覚に優れた者は、その身体にまとう神気を帯びた魔力を観測できただろう。

 そうでなくとも、番兵たちにとって彼は見知った顔だった。敬愛の対象として。


「〝氷帝剣の勇者〟ルシオン・アルバニス殿!」


 番兵のあげた声に手を振って答え、彼は命じた。


「城門を開けてこの人物を通せ!」

「は?」


 少年は敬意をもってあたるべき男であるが、番兵は思わず問い返した。城の正門は巨大なぶん開閉には数十名の魔導士官による操作が必要な大仕事であり、めったに開かれる事はない。

 例えば親衛軍の親征など、最大の権威と規模を持つ軍事行動にのみ行われる。


 そこまで知悉していなくとも大事であるのは察した青年が、手を振って拒否の意を示した。


「いやいや、いーってマジで。俺ぁその辺の裏口からこっそり入れてくれればさぁ」

「そうもいかない。ガッツェ=バンゲン程の大国となれば、欠くべからざる格式や有職故実というものがある。君はこの件で、彼ら番兵や文官を露頭に迷わせたいのか?」


「や、別に、そういうつもりは……」

「ならば襟を正すべきだ。いつぞや、招集に応じる時は文書にて手続きをとった上で正装してくるようにと言ったはずだぞ、力の神マグニに導かれし〝轟天槍の勇者〟ギント・クローズィア」


「へいへい、水の神アプサラスに導かれしひょーていけんのゆーしゃルシオンさん……なぁ、この恥ずかしい名乗り合いの風習ヤメにするにはどこに意見すればいいのかね。何担の神サン?」


「君は……異郷から喚ばれた勇者は概して礼儀知らずと言うが、その通りのようだ。互いの帰属を明らかにするのは、勇者たちの間で無用な混乱を防ぐ為の神のご叡慮だ。これは我らにとっての欠くべからざる作法だぞ!」

「じゃあ、そいつを欠いたら露頭に迷うってかい、おっかないねぇ……」


 くわばらくわばら、と青年はつぶやき、そして告げた。


「礼儀を云々するなら、いい加減俺の名前を正しく呼んでもらいたいねぇ。俺ぁ黒沢吟人ってんだ。金沢の祖父(じい)さんがつけた、大事な名前なんだぜ?」

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