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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第二章 ダークエルフと十三人の勇者たち
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3.舞い降りしやっかいさん

 さて、ゼノンはこのお嫁さんごっこ(プレイ)を誰にも邪魔されずに続ける為に、何重もの防衛体制を敷いていた。

 ムンドの町中に不審な魔力を帯びたものが現れれば即座に彼女へ警報が来るし、強化ゴーレムが複数体起動して迎撃に入るようになっている。


 だが、彼女の警戒網には唯一穴がある。

 それは、空。

 無論飛翔魔法の遣い手など珍しくもなく、空中からの襲撃もありえると結界は敷いているが言い換えれば結界一つ程度のこと。


 それを突破された事実が彼女の霊的知覚に感知されるまで、およそ四秒程度のラグがある。

 すなわち、それまでに二人の住む廃館に到達する速度を持つ飛翔体があれば、ゼノンはそれを察知できないのだ。









 だから、それは、それだけの速度で飛び込んできた。

 歓声を上げつつ。


「ぜぇええええええええええええええええのぉおおおおおおおおおんんんんんんんんんさぁあああああああああああまぁぁぁああああああああああ――!!」


 ドップラー効果を発生させつつ、それは猛烈なスピードのまま廃館の庭に到達し、大地に激突した。


「なっ、なななななんじゃあっ!?」


 もうもうと上がる土煙の中で、ゼノンが当惑の叫びを上げる。

 ヴェルは彼女をかばおうかとも思ったが、ゼノンとて弱体化著しいとは言え魔導王である。下手に保護するような事をすれば、プライドを傷つけるだろう。


 それに、三重魔眼の動体視力は落下時点でその飛来物を捉えており、彼女の命を危険にさらす程の脅威ではないと認識していた。

 というか、見覚えがあった。


 ぶぁさぁっ! と、それは背に生えた翼をはためかせ、土煙を打ち払った――単なる風の作用ではない。伴った魔力が、大気に働きかけたのだ。

 そのせいでオムライスが土埃にまみれた。


 せっかくの食事を台無しにしたそれは、褐色の長耳をぴくぴくとうごめかせ、恍惚とした表情でゼノンに蕩けたような熱視線を送っていた。


「なんかずったぼろなんじゃけど!?」


 ゼノンが指摘する通り、それは腕が露骨にあらぬ方向へ折れ曲がり、足の関節が一つ二つは増えていた。


「空中にいた時は無傷だったぞ。墜落の衝撃によるものだな」


 ヴェルは自分の動体視力に基いて冷静にコメントする。

 そしてそれは、頭から血をびゅるびゅる流して、足が複雑骨折しているのに異様な速度で駆けてくる。


「ゼノン様っ! ゼノンさまゼノンさまゼノンさまぁ~っ♪」

「えっ、なに!? なになにっ!?」


 その根源的恐怖を催す光景に、ゼノンは迎撃する事も忘れて立ち尽くし、そいつのタックルを身に受ける羽目になった。


「ああっ、やっぱり改めて日の下で見るとなんともお可愛らしい! いいえっ、そんな事実は知るまでもなく魂で理解していて当然の事……あなたの第一の下僕リューミラは、今日までゼノン様を想わない日はありませんでした!」


「ぐえぇぇえええ」

「ああっ、シメられた鶏みたいなお声も素敵ですぅ……」


 自分の凶悪な質量の乳でゼノンの顔面を圧迫しつつ、その少女はおぞましい発言をする。

 どうにかもがいて谷間から顔を出すと、ゼノンはその少女の顔を見上げてその正体に思い至った。


「り、リューミラ? いつぞやのエルフの娘か?」

「はい! 我が主ゼノン・グレンネイド様! 貴女様の永久(とこしえ)の下僕、リューミラ・エレネスレンスルス、只今御身の元へ帰参いたしました!」


 血まみれの微笑みを浮かべ、少女――リューミラは言った。


「あれっ、マジで戻ってきたの?」

「何を異なことをおっしゃいますか! 私の帰る場所は最早ここしかありません! ああっ、故郷が滅ぼされてよりついぞ覚えなかった安心を感じるぅうう……傷ついた身体が癒やされていくようですぅ……もっとぎゅううっとさせて下さいませゼノンさまぁ……」

「ぎゅううう」

「ああっ……鵜飼い漁の鵜のような悲鳴も愛くるしいですぅ……」


(いや単に治癒能力で肉体が再生しているだけだろう)


 ヴェルは無言でつっこんだ。

 ゼノンが本気出して錬成したキメラであるリューミラは、少なくとも百種を超える魔獣の因子を植え付けられていた。確か多頭竜ヒュドラ系と妖鬼トロール系の高位種も加わっていたはずなので、首を切り離しても死なないだろう。現に、折れた手足は既に再生しきっている。


 正直今の彼女はその辺の下位魔人よりよっぽど強力な力を得ているので、おそらく増長してどこぞのお山の大将として君臨していると二人は思っていたが、どうやら予想を外したらしい。


「リューミラは貴女様と契約いたしました! 我が里を滅ぼした怨敵を誅殺せし暁には永遠の忠誠を誓うと! そして今、無事宿願を果たし帰参したのです!」

「んっ? 仇討ちしたの?」


「はい! ゼノン様より頂いたこの身体で、こう、くしゃっとやってやりましたとも!」

「ふーん。どこの誰なのじゃ? それ」


「はい! 名前とかはよく知らないのですが、やたら大きくてこしゃくな砦に居を構える、外面だけは良いまさに人面獣心の輩でした! それはもう丁寧にブチ殺させて頂きましたとも!」

「ほうほう」


 ゼノンは褐色の乳に圧迫されつつ思案する。

 現在のエルフは「神に見放された種」とも呼ばれる。


 ゼノンの全盛期に起きた神界の内ゲバで、彼らの信仰する森林の神や妖精の神格が滅んでしまった為だ。

 大部族は散逸し、細々と森に隠れ潜んで過ごすものが多く、その内に闇に堕ちた(ダーク)エルフなどという空想が流布されるようにもなり、妙な偏見を持つものも増えた。


 野盗などに襲撃され、土地を奪われ奴隷として売買されるというのは、彼らにとってよくある話である。

 彼女の場合も、そのようなケースだろうと、ゼノンは結論づけた。


「うむ! でかしたぞリューミラ! 父祖や同胞、そして己の仇を自ら果たすという心意気あっぱれ! わしも力を授けたかいがあったというものじゃ!」

「ぜっ、ゼノンさまぁ~……過分なお言葉、リューミラは幸せですぅ……」


 はふぅん、と恍惚となって、褐色エルフはゼノンに抱きつき頬ずりする。


(ふわわわわわっ、すごい、すごいよこのお姉さん……友達のカヅラちゃんも相当だったけど甲乙つけがたい凶器だよぅ……うぅ、わたしがおっきいおっぱいに弱いのって、前世の影響なのかなぁ……別に女の子が好きってわけじゃないんだけど)


 内心では、チョコレート色の山脈の絶景に相当動揺している彼女である。

 それを振り払うように咳払いして、


「し、してじゃな、当初言い含めておった魔王軍うちで働くという契約は、履行してくれるということでよいのじゃな?」

「もちろんです! ゼノン様の命とあらば、万軍の敵と単騎で戦う事も厭いません!」

「おお、そうかそうか」


 別に万軍と戦うような大それた事をする気は全くないが、その意気込みは素晴らしい。

 あくまでゼノンの願いは、このかりそめの夫婦生活を継続する事である。


 転生の影響で大いに弱体化した彼女としては、家庭を守る為の戦力が増えるのは大歓迎だ。


「して、私はいかような敵をってくればよいのです? 隣国の王ですか? 地下に潜む抵抗勢力レジスタンスのリーダーですか?」

「そ、そんな物騒な事はせんでええよ。えっとじゃな、わしと旦那さまの家を警護する、いわば警備員としての雇用じゃな」


 指先から鋼でも切り裂ける鋭利な爪を伸ばし、ぎらついた殺気をにじませるリューミラに、ゼノンは言った。

 リューミラはフリーズする。


「………………………………………………ごけっこん、されているので?」

「う、うむ。まぁ、そんな感じじゃ」


 あくまで疑似プレイだが、それを対外的に説明するのはややこしいので、プライベート以外では正式な夫婦で通す方針でいる。


「どこのどいつ、です?」


 表情の失せた顔と声で、リューミラは問いかけてくる。

 ゼノンは訝しみつつも答えた。


「わしらの下に敷かれてる男じゃ」


 ――リューミラが来襲してくる直前、ゼノンはヴェルに馬乗りになった状態でいた。

 位置関係が変わらないのであれば、当然彼は二人の女の尻を保護する敷物になっている。


「おまえをキメラにした時もおったのじゃが、覚えとる?」

「……私、知りません」


 冷え冷えとした口調でリューミラは答える。

 どうも、前回も含めて彼の事は視界にすら入れてなかったらしい。


「む。話は終わったか」


 ゼノンの座りをよくする為に、不随意筋まで静止させていたヴェルは言う。


「これからよろしくな、エルフの娘よ、」

「――ちっ……」


 褐色エルフは彼を見下ろすと、ゴキブリを視界に入れたような不快そうな表情で舌打ちしたのだった。

 


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