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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
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22.ゼノン・グレンネイドvsコール・ノットマン ②

 帰ろう、と彼は立ち上がって――


「……?」


 不意に額の魔眼が蠢き、接近する魔力を照準する。

 もう、それは広場に現れている。転移魔法による魔力痕も感知されない。

 魔力を迷彩する事が可能な――少なくとも、高位魔導士クラスの存在が、ヴェルに近づいてきている。


(いや……魔力、だけではない?)


 感じ取れる力の波長に、人間のそれとは違うものが混じっていると感じられる。

 両眼も含めた三重の魔眼による精査を開始しようとした瞬間。


 隣でジャグリングをしていた芸人の手から、ボールが落ちた。

 それに追従するように、芸人の身体もくずおれる――魔眼の視力は、彼が完全に地面に落下する前に彼が事切れているのを見定めた。


 片目を逆に向けて、周囲の状況を確認する。

 広場の人間もまた同様――何らかの手段で一瞬にして死亡して、倒れようとしている。


(毒? 呪詛? いや違う――)


 人間たちと違い、自身が特に抵抗せずともその何らかの干渉を弾く感覚を覚え、彼は攻撃の正体をおぼろげながら察する。

 が、誤断であった。


 正体を暴くのではなく、対処をすべきだった。

 常在戦場の気構えは彼からとうに失せて久しく、彼はそのツケを、相手に数秒の猶予という形で支払ってしまった。


「《霊喰呪顔(ガン・カース・メンヌ)》」

「《精霊変質(エレメンタル・シフト)》――《死毒霞(ヴェノム・ミスト)》」

「《破邪鉱尖錐ドゥラ・ドゥラ・ミスレーア》」


 略式詠唱による魔法発動。

 霊体を捕食する人面疽が召喚され、退魔属性に改造された大気の精霊が霊的攻撃力を持つ毒霧に変化し、最後に広場の大地が干渉を受けて無数の巨大な錐に変じる。


 呪詛で足を止め、毒で弱らせ、攻撃魔法で仕留める典型的な高位魔導士の連撃(コンボ)が、ヴェルへと襲いかかる。

 数秒後、粉塵渦巻き物言わぬ人の死体が散乱する死地と化した広場で――彼は、無傷でそこに立っていた。


 目の前で、金色の髪が風にたなびく。


「無事か、ヴェル!?」


 ゼノンは慌ててこちらに振り向き、声をかけてくる。

 どうしてやってきたのか、など問うまでもない。転移の魔法だろう。


 このタイミングで現れたのは、前回の教訓から町に結界を敷き警戒していた為だ――おそらく、彼女の建てた建築物にその手の仕掛けがあるのだ。


「俺を誰だと思っている……前方を警戒しろ。敵は高位魔導士で、おそらく……」

「――は、さすがの御点前」


 ぱん、ぱん、と手のひらを打ち合わせ、粉塵をかき分けてやってくる敵。

 ブラウンの髪色をした、今のゼノンより一つか二つ上程度の年若い少年。


 魔導士らしい緑で縁取りされた黒のローブを着込んでおり、胸の徽章からどこぞの結社に所属していると分かる。

 そして、ローブの下では強力かつ高額な護符を無数に装備している。


 これらから、どうも戦る気らしい事と、ある程度の素性は察せられるが……


「完全に後手に回った状況下で、三種の攻撃魔法を即座に解析して最小限の対抗術式(カウンタースペル)で無力化した……魔導士の闘争の格は、〝捌き〟の巧さで分かるとは言いますがね……御美事、と言わざるを得ません。ゼノン・グレンネイド」


(この姿のゼノンを知っている……? 何者だ?)


 敵の正体に疑念を抱くヴェルだが、その回答は隣からもたらされた。


「コール・ノットマン……?」


 ゼノンの、うろんげなつぶやき。


「いや、子孫、か……?」

「テオル・ノットマンと申します、偉大なる古の大魔導士様」


 純朴そうな、いかにも少年らしい丁寧さで一礼する少年。

 だが。


「安い芝居はやめたらどうだ、古狸」


 ヴェルは言った。

 ゼノンが奴の偽証を見抜けないのは、解析魔法に割けるリソースがないからだろう。敵もまたこちらを第一意識圏に収めており、両者は互いに魔法の発動を警戒し合っている。


 だから相手も、ヴェルの三重魔眼の視力を誤魔化す余力がない。


「霊体が相当に摩耗している。二百歳を越した所か……覚えのある数字だな」


 彼が言ってやると、チ、とテオルを名乗った魔導士は舌打ちし、


「手を組んだというのは本当のようだな……全く、厄介な事だ」


 急変した口調は、声こそ年若く高い質だったが、年経た男の魂が匂っていた。


「まさか、コール本人なのか……?」

「そうだよ、ゼノン・グレンネイド。私も貴様と同じく、人格を保って転生した……そちらは、そうと言われねば分からない容姿をしているがね。随分と可愛らしい……かつてのあんたを知ってる分、タチの悪い冗談にしか思えんが」


 そう言われて、ゼノンがヴェルの方を向いて「んっ、えっ? そうなの? マジで?」と無言のまま表情で訴えかけてくる。


「ちゃんと前を見ていろ……別に、俺はそこまで思ってはいない」

「そこまで思っては……?」

「いいから前を向け」


 空気を読まずに食い下がってくるゼノンに、ヴェルは言い捨てる。

 テオル――コール・ノットマンは、金髪の少女の容姿を苦々しげに注視していた。


「本当に、ゼノン・グレンネイドとの共通因子は存在しない……そもそも、奴は実子どころか血縁すらいなかったはずだ……貴様、それで(・・・)どうやって記憶と人格を引き継いでいる?」

「……?」


 意味不明の語り口に、ヴェルは眉をひそめる。

 が、ゼノンにはそれが伝わったようだ。神妙な顔つきで、沈黙している。

 やがて、言った。


「さてな」

「……まぁ、いい。死体にしてから霊体情報を解析すれば分かる事だ」


 少年の声色には、殺意が充満していた。


「……生まれ変わっても追いかけてきて(タマ)ぁ取りに来るとは奇特な事を……わし、そこまでおまえに恨まれとったんかの」

「ふん、とぼけてくれる……貴様には渡さん、魔導王の名声も、大派閥の長たる地位も何もかも……奪われる前に、もう一度殺してやる」


 引きつった表情で告げるコールを眺め、ヴェルはゼノンにだけ聞こえるよう声を潜めて言った。


「初めは貴様の事だから余程えげつないパワハラでもしたかと思ったが……これは、さすがにあちらの方に問題があるな、うん。というか貴様、弟子はちゃんと選んで取れ」

「じゃ、じゃって、入門だけはフリーなのがゼノン塾の大方針じゃから……というか、えげつないパワハラなんぞ……いや、割としたな」


「……今後お礼参りに来る弟子と延々戦う展開にならねばいいが」


 指先をつつき合わせながら言い訳がましい事を言うゼノンに、嫌過ぎる予感を抑えきれない。


「――しっかし、フいたモンじゃのぉ、コールよ」


 一転して、愛らしい顔を邪悪に歪めゼノンは元弟子に言い放った。


「今の術から見て、それなりの魔導士に育ちはしたようじゃが……それなり程度でわしにケンカ売る気かよ。おまえ、二百年の間にわしのおっかなさを忘れたのか? オマケに、わしの側にゃあ魔人王までいるんじゃぞ?」

(……そういえばこいつ、ハッタリも上手かったな)


 ゼノンの力が格段に弱まっているのと、ある理由からコールの力が向上しているのも鑑みれば、両者に大きな差はない。後者について知らないまでも、薄々何かあるとは感づいているはずだ。


 ヴェルの助勢があるとも彼女は思っていないだろう。

 ありもしないポケットの中身をチップに平然とレイズするのは、かつてゼノンの得意な駆け引きだった。


 一瞬、コールは怯みを見せたが――


「フン……そこの魔人など戦力になるか。聞いた通り、魔神の宝刀の効果は継続しているらしいな……貴様が、対策している事だけが気がかりだったが」

「……?」


 事情を知らぬゼノンからすれば全く謎の発言に、彼女は眉をひそめる。

 ヴェルは舌打ちし、頭の裏をかいた。


「ケィルスゼパイル辺りから聞いたか……? そこの、神の一柱よ」


 コールの背後の空間に向けて問いただす。


『――さすがは、次元を超越する三重の魔眼。容易には騙せませんわね』


 反響したような、肉声らしからぬ声が発せられた。

 すぅ、とコールの背後から神気纏う黒髪の少女が現れる。無論、彼の背後に隠れていたのではなく、受肉して可視の存在になっただけだろう。


「昔ゼノン(こいつ)をハメた《命の女神》とやらの眷属、といった所か?」

「ええ。リーベラですわ、魔界の叛逆者ヴェルムドォル」


 と、少女は慇懃に名乗る。空中に浮遊し、いかにもヴェルたちを高みから見下ろす風に、ではあったが。

 ヴェルの弱体化を漏らして神にトドメを刺させる――いかにもケィルスゼパイル好みの手管だ。


「おいおい……神憑きたぁ、実に振るうのぉ」


 吐き捨てるように、ゼノンは言った。


「妙に術式の練度と威力が釣り合ってないとは思ったが……女神の加護(チート)か」


 本来なら、その能力の正体をめぐって探り合いをする場面だが。


「他人の生命を奪って魔力に還元しているのだろう」


 ヴェルは言った。

 本来のゼノンとの関係からして、手助けする義理など毛頭ないし、助言すらするべきではないだろう。


 この二週間の生活も、今あろう事か庇われた事も、それを当然のように振る舞われた事も、ゼノンの押し付けに過ぎない。


 過ぎないが――何か、消化しきれない感情がある。

 それが、ヴェルの口を滑らせた。


「命の女神の眷属というくらいだからな。それが奴の権能だ」

「チ……本当に厄介ですわね、その魔眼」


 忌々しげに漏らすリーベラ。姉ほどには、面の皮は厚くないらしい。


「そういう事かよ……道理で」


 周囲の死体を見渡して、ゼノンがうなる。どこか不愉快そうな響きだ。

 魔導士となれば例外なく悪党で、その中でもゼノン・グレンネイドと言えば特に凶悪な部類に入るが――同様に、彼女は契約を重んじる古い魔法使いでもあった。


 闘争に関わらない一般人を利用する時は、相応の対価を用意して合意を求める――先のリューミラの時のように。

 それに反する女神の行いは、彼女の最も嫌う所だ。


「人間神の中でも生命を司る神だ。生殺与奪の権利を持っていて当然だろう? しかも、貴様のような悪を討つ為なのだから。この者たちは光栄に思うべきだ」

「そうかい……そこまで成っちまった(・・・・・・)か、コール」


 冷酷な響きで、ゼノンはつぶやいた。

 今、彼女の中でかつての弟子の殺傷を決めたのだろう。

 だが――


「……おい、コールとやら」


 ヴェルは、彼女の前に進み出て言った。


「おい、ヴェル、これはわしのケンカ、」

「黙っていろ。――この戦い、手打ちと行かないか?」

「ちょ……っ」


 文句を言おうとするゼノンを右手で制して――

 左手で、首を叩いた。


「条件は、〝これ〟だ。俺の首をくれてやろう」

「なっ、何を言っておるのじゃ!」


 取り乱して言ってくるゼノンに、ヴェルは告げた。


「見た所、今の貴様では奴に勝てん」


 弱体化したゼノンと、女神の助勢を得たコールの魔力に、大きな差は無いとヴェルは見立てた。

 そして、劣っているのはゼノンの方だ。


「さっきのハッタリも効くまい。転生による力の減退については、奴も知る所だろう」


 加えて、ゼノンに言っていない宝刀の件も知っている。

 正確な戦力を看破されているのでは、逆転の目は無い。


「どうだ? 老魔導士。貴様の懸念は、俺とゼノンが組む事だろう? この場だけ引けば、労せずして問題が解消する」

「……何を企んでいる、魔人」


 疑わしげに顔を歪めるコールだが、最終的には乗ってくるとヴェルは見ている。

 この手の人間はリスクを取る事をひどく嫌う。


「魔人の腹中など、どうでもいい事だろう? 貴様は適当な魔法で俺を射抜けば良い。避けも防ぎもせん」

「……」


 権謀術数に慣れた老獪の目が、ヴェルの発言の真偽を確かめようとする。が、


「――ふっ、ふざけんな! どうでもよくなどないわ!」


 激高したゼノンが、ヴェルに食って掛かる。


「なんのつもりじゃヴェル!? わしを助けるつもりか!」

「違う。そんな理由などではない」


 拒絶めいた響きをもって、彼はゼノンの考えを明確に否定した。


「そろそろ……()と思っただけだ。分かっていた事だろう。俺は、自分の生に飽きている」

「お、まえ……」


 その頑なさに、ゼノンがよろめき後ずさる。

 その隙に、ヴェルは彼女を振り払い前に進む。

 振り返らずに、彼は言った。


「末期の戯言だが――俺は、貴様を恨んでいた」

「え……」

「一年も彷徨った挙句、こんな三下相手に、つまらん幕引きだ……俺は、殺されるなら貴様に殺されたかった。かつての、最後の戦いの中で」


 星空を踊りながら、目の前の相手以外に並ぶ者のない力を存分に振るい、決着をつけられていれば。

 全てが無意味だった生の真相を知らず、夢見るように死ねただろう。

 だから――


「ゼノン……貴様はなぜ、俺を殺さなかった?」


 一人の夜に何度もした問いを投げかけるが、答えを求めたわけではない。

 今更に過ぎる事だ。


 彼女もまた、答えはしなかった。

 背中越しの顔を確かめるのは、ためらわれた。


 何か、自分の心が揺れてしまうものを見てしまう気がして。


「じゃあな、我が終生のライバルよ」


 と、ヴェルはコールの立つ場所まで歩いて行く。

 ――無論、奴は手打ちの約束を守るタイプではあるまい。


 だが、奴の術が心臓に届いた瞬間の隙ならば、宝刀に侵された身体でも問題なく仕留められるだろう。

 それで終いだ。

 本当に、本当に、つまらない幕引きだ――


「《四面歪縛呪(テトラ・シーリャ)》!」


 背後で、ゼノンが唱えた呪の効果は、即座に現れた。

 ヴェルを中心に魔法陣が展開され、回転しながら空間を歪めていく。

 二百年前にも味わった感覚だ。


「封印術……! 貴様、また!」

「文句は後で聞いてやる。すっこんどれ」


 振り向く間もなく、封印は完成し、ヴェルは異次元に閉じ込められた。

 感覚を閉ざされる最後の瞬間に、奴が「ヴェルの、ばか……」とつぶやいたように聞こえた。











「……意外なものを見たな。なんだ、その顔は」

「黙れ」


 コールの言葉を封殺して、ゼノンは直前までしていた表情を切り替え、彼を睨みつける。

 死体が群れをなし、魔人王が姿を消した広場で、彼女は己が霊体を昂ぶらせていく。


「もう、わしはおまえを弟子とは思っとらん。手心を加えるなどと思うなよ」

「フン……こちらの台詞だ、ゼノン・グレンネイド。私こそ、貴様の弟子なんぞになった事を悔やんでいる。だから――無かった事にしてやる」


 そう彼が告げた直後に、リーベラが受肉を解いて不可視の存在に戻った。彼の援護に専念するためだろう。

 コールの周囲で、ムンドの民の命が渦巻き猛烈な魔力となって大気を震わせる。


「師匠としての、腐った元弟子の後始末が一割、そして八つ当たり(・・・・・)が九割――そいつが、おまえの死ぬ理由じゃ。偽魔導王」

「抜かせ! 今日貴様を殺して、私が本物になる――!」


 魔道に堕ちて、その後に高みに至った二人の魔導士は、言葉を重んじる彼ららしく殺意を宣告してから闘争を開始した。


ちなみに、普通の英語っぽい呪文が精霊魔法で、アレンジされてるような呪文は黒魔法です。

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